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第35話「妻戸了悟の協力」
「あ、こんばんは」
芽依が席に戻ってくると、既に座敷には妻戸の姿があった。
「あぁー!すごい!本物の竹内メイさんだ」
「あはは。初めまして、竹内メイです」
「初めまして、妻戸了悟です」
ここで、芽依と妻戸は初めての対面となった。
元々人気のある役者ではあったものの、舞台出演と深夜帯のドラマ出演の多かった妻戸は芽依がスキャンダルを起こして家に引きこもっている間に更に人気が高まり、ゴールデンタイムのバラエティ番組やドラマにも出るようになった。
そこからは映画にも引っ張りだこだが、未だに芽依との共演はなく、こうして話すのは今日が初めてだ。
やはり渋みのある二枚目で、それでいて笑うと場の空気が和むような愛らしさがある。
妻戸はニコニコしながら七菜香の隣に座しており、芽依はその対面、泰清の隣に座った。
「とりあえず、ちょっと厄介な件で集まりましたけど、一回乾杯で」
泰清がフッと笑いながら困ったようにそう言うと、後の3人もグラスやジョッキを掲げて「乾杯」と言った。
芽依がトイレに立っている間に、テーブルの上には串焼きの盛り合わせとポテトサラダ、それから刺身なんかが置いてある。
「竹内さんは泰清くんとは結構長いんですか?」
「あ、はい。星降る丘のって言う映画で共演してからだから、それなりですね」
「ああ、あれまだ見たことなくて、すみません」
「いや全然!全然大丈夫ですから」
妻戸はやはり話しやすい人間だった。
穏やかな雰囲気に包まれていて、年齢なりの落ち着きもある。
確か半年程前に結婚した筈だ。
当時は「妻戸ロス」と言って、20代〜40代くらいまでの女性たちが結婚報道を受けてだいぶショックを受けているとニュースでも取り沙汰されていた。
撮影のとき以外は結婚指輪をしているのか、左手の薬指にシルバーのシンプルなリングが輝いている。
(鷹夜くんにあれ、付けたいな)
変な虫が寄らないように。
芽依は一瞬だけ妻戸の左手に視線を落とすと、「ううむ」と心の中で唸った。
確かにあれを鷹夜に付けさせれば、先日のように「浮気したらお前を捨てる」と言ういつもの冗談は減るだろうし、不安もなくなるだろう。
それに何より、結婚適齢期の彼を狙う女がこの先減るだろう。
魔除けに良いのでは、と思ってしまった。
「あ、でも、僕まだは観てましたよ」
「えっ」
「僕まだ」と言えば、芽依の復帰作としても有名で先日まで放映されており、続編の映画も決まっている「僕たちはまだ人間のまま」の事だ。
「最後のセリフすごい良かったですね。片菊くんと知り合いで、お友達って聞いて、松本遥香さんともこの間食事に行ったところだったんです。そこで竹内さんの話しになって、一度会ってみたいなと思ってて」
「えっ、うわあ、本当ですか?!変なこと言ってませんでした?遥香ちゃん、僕にはすごく厳しいので」
「いや、全然!本当に演技も素晴らしいし、お人柄も良いし面白い人だって言ってましたよ」
「うわあ、また、ううん。何か含みのある感じがしますけど」
芽依は苦笑いをして返した。
こうなってくると、芽依の周りで妻戸と会った事がなかったのは彼だけと言う事になる。
松本、友人でもあるが彼女の恋人でもある片菊凪とも面識があったとは驚きだ。
世間も狭いが、芸能界はもっと狭い。
妻戸は下戸らしく、芽依と同じで烏龍茶を頼んでいた。
しばらく飲み食いして場が和むと、とうとう泰清が姿勢を正して、「そろそろ本題いいですか」と切り出した。
思ってみれば、妻戸以外は同年代で、周りから見ればまだまだ子供と判断されそうな年齢層だ。
妻戸が今からする荘次郎の話しに対してどれくらい本気で向き合ってくれるのだろうかと、芽依は少しばかり不安になっていた。
それくらいに、妻戸了悟は年齢に見合った落ち着きと、大人気と、冷静さのある男だったのだ。
(子供の戯言、で、終わらなきゃ良いな)
芽依の脳裏には、ふと、鷹夜の真剣な顔が過った。
「僕が周りの人に聞いた限り、森沢さんのところに若い俳優が出入りするってことはつまり、もう洗脳されてるってことだって、言われてしまいました」
「っ、」
その声は、まるで本物の刑事や弁護士のように、冷たくて真剣なものだった。
「泰清くん。真城さん、竹内さんは、荘次郎とはかなり親しいんでしたよね」
「あ、はい」
荘次郎、と言う呼び方から察するに、この妻戸もそれなりに荘次郎と関わりがあるのかもしれない。
同じ事務所なら尚更、その可能性は高くなる。
七菜香は芽依と同様、少し驚き、そして彼を怖がるような声色で返事を返した。
「今のところ、ドールオンズは動きません。高山芸能の様子を伺っている段階です。と言うのも、既にご存知かもしれませんが、高山芸能の社長と言うのが、森沢幸穂の育ての親も同然の人間でして、彼女関係の問題にあまり手が出せないんです」
「え」
森沢幸穂のバックには、何らかの大きな力がある。
それは大御所芸能人達であったり、大物プロデューサー達であったりと様々、とは思っていたが、まさか高山芸能の社長までもが彼女を守る側に徹していると言うのだろうか。
妻戸は思っていたよりも、この問題に真剣に向き合ってくれていると芽依は感じた。
そして何より、泰清でも確かに掴む事のできなかったいくつかの情報を彼は持っていた。
「高山芸能の社長は、今現在は安達克也(あだちかつや)と言う80歳近いおじいさんです。彼は元は舞台役者のプロデュースなんかをしていたんですが、高山芸能を作った先代社長、高山智秀(たかやまともひで)とは従兄弟関係にあります。で、この安達と言うおじいさんの方が、当時10代そこそこだった森沢幸穂を芸能界に引き入れました」
「あー、じゃあ、相当可愛がってた節なんですかね」
「うん、そうみたいだね」
泰清の言葉に返事を返す。
聞いている限り、森沢幸穂は歳をとった今ですら、その安達と言う人間からすると可愛過ぎるくらいに可愛い自分の娘のようなものなのだろう。
「それもあるんだけど、どうにも、、」
「?」
「うーん、、本当にこれは内密にしないとまずいから、黙っていて欲しいんだけど」
「はい、?」
「森沢さんが占い師とかそう言うものに走ってしまった原因は、その安達って言うおじいさんとの間にできた子供を無理矢理堕ろさせられたからって話しがあるんだ」
ゴクンッ、と誰かの喉が鳴った。
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