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Trac01 Basket Case/Green Day 後編
澄んだGの音とガキン、という音が重なって聞こえた。右の腹の横がジンジンする。
血が一筋伝っていくのが分かった。恐る恐る見てみると、掠っただけみたいで皮一枚分切れて細く赤い筋がついていた。
今頃冷や汗が全身から吹き出て、力が抜けていった。
「う、あ、あああ」
山田の声だ。ヤツはその場でうずくまって、嗚咽を殺して泣いていた。
泣きたいのはこっちだっての。
とりあえずシャワーで体をサッと流して、先に風呂場から出た。丸まるヤツの背中から覗いていたのは、俺なんかよりももっと深い切り傷の跡だった。
部屋に戻ってパンツをドライヤーで乾かしていると、山田がホテルの部屋着で風呂場から出てきた。服ビッショビショだったからな。ヤツの鼻も目元も真っ赤だ。
「・・・すいませんでした」
山田は鼻をすすった。
「ナイフはナシだろ」
「すみません・・・本当にそこまでするつもりはなかったんです」
「じゃあそんなもん持ってくるな」
「人には使いませんよ」
山田は腕を上げた。毛が剃られた脇や二の腕の下には、びっしり傷が刻まれていた。
リスカってやつか?いや場所が違うか。
そろそろ乾いたかな。まだ湿っぽいけど履けない事はない。立ち上がって履こうとすると、山田はビクッと後ずさった。
「なんだよ、人を散々ボコっといて」
腕とか青痣すごいんだけど。まだ長袖の季節でよかった。山田はまたすいません、と小さな声で呟いた。
「あの、こんなこと言うのなんだけど、通報しないでください・・・」
「は?」
「傷害でマエがあるから、バレたらもう終わりなんです。会社にもそれがバレそうで・・・」
マジで?前科あるのコイツ。
ヤッベェ、マジで下手したら殺されてたかも。
唇が乾いて、無性に水が飲みたくなる。冷蔵庫に向かうと、山田はまたビクッとして俺から離れた。そのくせ視線は外さない。こっちを伺う野生動物みたいに、一定の距離を保っている。
「俺にはテメエみたいなシュミはねえよ」
イラっとして吐き捨てた。
小さな冷蔵庫を開ける。中は自動販売機みたいになっている。小銭を入れ、倒されたペットボトルが入った扉からミネラルウォーターを取り出す。
キャップを開けると同時に、山田が言った。
「殴るのは、好きなんかじゃない」
「はあ?」
「そうしないと、セックスできないから。
こ、怖くて」
なんかイライラしてきた。
相手をボコっといて、それで相手からなんかされるのは嫌だとか。
「気に入らねえな」
やっぱ帰ろ。胸糞悪い。
「鈴木さんは、なんであんな事出来たんですか?」
山田は、少しだけ俺に近づいた。
「あんな殴られて、犯されそうになってんのに、なんで体が動くんスか、声がでるんですか」
「そういう風にヤルって言ってたし。あとムカついたから」
山田は目と口を震わせ、俺もアンタみたいだったらよかったのに、と唇を噛んだ。俺はただの変態だっつーの。
「何があったか知らねえけど、殴られて悦ぶようなヤツ探せよ。俺はもうごめんだ」
山田はまたすげえビックリしていた。
「いるんスかね」
「お前世の中にどんだけ変態がいると思ってんだ」
「相手をボコって、動けなくしてからしかセックスできなくても?」
「それがテメエのセックスなんだろ。俺にはついていけないけど」
「そっか。俺、ずっと俺だけ頭おかしいんだって思ってた。そっか・・・」
その発想はなかった、と力なく笑いながら、山田は目に涙をいっぱい溜めていた。それからゴシゴシと目をこすって、
「鈴木さんて変態なんスね」
と、どこかさっぱりした顔つきで言いやがった。
「お前に言われたくねえよ」
山田は力なく笑った。
結局ホテル代は無駄になった。セックスはしなかったからだ。ホテルから出ると山田は言った。
「メシでも食いにいきませんか。奢りますよ。その、迷惑かけたんで」
「いいよ。金ねぇんだろ」
俺も無いし。
「・・・すいません」
「お前はセックスの方なんとかしておけ」
「カウンセリングには通ってますよ」
金がある時だけ、と目を伏せる。
「やっぱりちゃんとしたセックスしたいスよ」
「じゃそれまでドMを探しとくんだな」
そっちも難しそうスね、と笑う。
「どっちにしろ、金稼がないと。仕事頑張ります」
勝手にしろ。テメエだけ妙にスッキリした顔しやがって。山田はもう一度俺に謝って、それから帰っていった。
相手がいなくなると、無性にセックスがしたくなってきた。諦めて家に帰るか、それとも、いや、確か近くにあったよな。
久々に、ハッテン場にでもいってみるか。
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