31 / 64

第31話

 ポケットには家を出るときかき集め数えもせず突っ込んだくしゃくしゃの万札、足を前に出すたびポケットがかさつく。  夜を迎えた繁華街は人出が多く、飛び交う嬌声に店舗から流れだす音楽が錯綜して混沌とした喧騒を生み出す。  行き交う人々は皆楽しそうに笑ってる。  友達とじゃれあい彼氏と腕を組み同僚と冗談を言い合い部下に説教する人々の生命力に溢れた快活な表情、泥酔したサラリーマンや学生が仲間に支えられよろばい歩く。自販機の前にはズボンを腰履きにした未成年らが屯う。  街頭に立つ消費者金融のティッシュ配りや風俗の呼び込みを軽くいなしつつ雑多な人ごみを縫う。  ポケットには一万円札が二十枚と少し。  誠一から貰った退職金。  意識すると途端に下半身が重くだるくなり、歩くのも億劫になる。マンションを飛び出したあとの記憶は途切れ途切れだ。パニックをきたし、どこをどう歩いたのか明確に思い出せない。  以前みはなと遊んだ公園に行った。  団地の中にエアポケット的に存在する公園は夜で人がおらず静まり返っていた。  ペンキが剥げかけたみすぼらしいらっこの乗り物に腰掛けて、札を弾いて枚数を数えた。  誠一は太っ腹だった。  不当に解雇されたが、それまでの働きに釣り合う報酬をくれた。  振り込め詐欺常習犯の悦巳は、口座に振り込まれる数字としてしか金の意味と価値を認識していなかった。  『お疲れちゃん、えっちゃん。今月もトップだぜ。この調子でばかなジジババ騙してがっぽがっぽ稼いでくれよ』  ノルマを果たした分だけ手渡しで支払われた給料は薄っぺらい茶封筒に入っていて、時給いくらのバイトに近い感覚に罪悪感は自然と麻痺していった。  二十万と少し。  多いか少ないか判断つかない。  自分の働きに釣り合う額だと妥協できる半面、誠一のわがままにさんざん振り回され苦しめられた慰謝料としては安すぎる気もする。強姦までされかけたのに割にあわねえ。たったこれっぽっち。いや、こんなに。どっちだ?……わかんねえ。  追い出されてから数日間、漫画喫茶を寝泊まり歩いた。  店内で販売してるカップ麺やスナック菓子や菓子パンで腹を満たし、お代わり自由のドリンクを何杯も飲んだ。調子にのって飲みすぎてトイレが近くなった。  いづらくなったら店を変えた。二十四時間営業のネットカフェや漫画喫茶は少し賑やかな街ならどこにでもある。都内の、しかも繁華街ともなれば500メートルごとに看板が出ている。泊まる場所には事欠かない。  インターネット使い放題、ドリンクお代わり自由、漫画読み放題、ゆっくり身を倒して眠れるリクライニングチェアまで揃った住環境は魅力だ。  自給自足の代名詞の漫画喫茶なら冷凍睡眠の装置よろしく窮屈なカプセルホテルよりよほど快適に過ごせる。おまけに安上がりだ。リクライニングチェアが少しくらい固くて筋肉痛になるのも我慢しよう、実際我慢できたのだ、以前の悦巳なら。   狭苦しい個室に閉じこもってるといやなことばかり考えてしまう、思い出してしまう。  それがいやで街に出た。  仕事帰りや学校帰りの人々で賑わう夜の街を徘徊しながらどうでもいいことを考える。  何も掴めないと諦めた手をポケットに突っ込み、薄汚いスニーカーをつっかけた足を投げ出す。  ヘアバンドは外してポケットに突っ込み、ぼさぼさの前髪で顔を覆う。寝癖のついた髪が脂でべとつく。だぶつくスウェットから漂う垢じみた体臭にすれ違う人々がいやな顔をし、わざわざ振り向いて囁き合う。  悦巳は歩く。  目的もなく、ただ歩く。  ポケットに手を突っ込み、肘がぶつかり毒づかれても顔さえ上げず、邪険に突き飛ばされても抗議せず、伸びた髪が遮る虚ろな目で爪先だけを見つめひたすらに歩く。ふやけきって乾いた吸殻やガムがへばりつくアスファルト。すれ違う靴、靴、靴、男や女の色んな靴。サブリミナル。嬌声と音楽、盛況な雑音がごたまぜとなった喧騒の渦。  たまたま通りかかった居酒屋から焼き鳥の香ばしい匂いが流れ出す。  「……トリ……」  虚脱しきった顔でぼやく。  ……そういえばいつから食ってないんだっけ。昨日なに食べたっけ。  『お前の肉じゃがは肉の主張が弱すぎる、もっと肉をいれろ』  『肉じゃがの主役はじゃがっすよ、じゃががいかにほっこりふかされてるかが問題であって肉は引き立て役なんす』  『詭弁だろうそれは。肉じゃがの主役は肉だ、肉のほうが先に来ることからも一発でわかる、変なこだわりは捨ててちゃんとした肉じゃがを作れ、じゃが肉なんてメニューは金輪際認めん』  『味しみたじゃがいも美味いっす、じゃがを蔑ろにしたら肉じゃがの心意気がすたれるっす!』  誠一は味にうるさく、悦巳が作る料理が気に入らないとくどくど文句をつけた。  肉じゃがやひじきの煮物、ほうれんそうのおひたしなどの和風の家庭料理は口に合わないらしく、料理本や幼稚園のママ友のアドバイスメモと睨めっこして悦巳が作ったそれらに対してもいい顔をしなかった。誠一が残した夕飯は結局翌日に持ち越し、悦巳の昼飯やアンディへの差し入れになるのだった。  「………」  アンディはどうしてるだろう。  誠一は、みはなは?  元気にしてるだろうか。  ちゃんと食べてるだろうか。  悦巳がいなくてもちゃんと、  「………………」  調子が狂う。  誠一と出会う前の日常にもどっただけなのに。  拉致も同然の強引な手段でマンションに連れていかれ、警察に突き出されるのがいやなら家政夫になれと脅迫、むりやり契約書に判をおさせられた。悦巳が言えた義理じゃないが犯罪まがいの手口だ。そうだ、いやいや家政夫になったんだ俺は。そうしなきゃ警察に突き出すって言われて、だっせえエプロン渡されて……  外出の許可を得るだけでも大変だった、幼稚園への送り迎えとスーパー以外の外出は実質禁じられていた、在宅中でも監視がついた、盗聴器つきのマンションに軟禁され家事と子守りを押しつけられうんざりした数ヶ月だった。  好きで家政夫になったんじゃねえ、子守りなんかまっぴらだ。  これでよかったんだろう、瑞原悦巳。  自由になれて嬉しいだろう。  報酬たんまり弾んでくれたし思い残す事はねえ『オレオレさんは優しいいい子ねえ』後のことなんか知るか、勝手にやれ、関係ねえ『一生懸命努力すればきっとオレオレさんのよさを認めてくれるわ』……  クビにしたところで誰も困らない。  俺がいなくなったらまた次をさがすだけだ、募集の広告をだすか適当な人材を拉致ってくるか俺の役目は簡単に誰かに取り代わられる所詮その程度のもんだった、何が誇りだプライドだ罪滅ぼしだ、今度の家政夫はきっと俺より手料理上手子守り上手でビーフストロガノフだかパエリヤだか小難しい横文字の料理をぱぱっと作っちまう、みはなちゃんだってそのうち新しい家政夫に懐くだろう、俺の事なんかあっというまに忘れちまって  『みずはらさん』  『悦巳』  だれかが俺の後釜に据わる。  俺の居場所を、奪う。  孤独感とか疎外感とか喪失感とか空虚感とか。  群衆の中で自覚する孤立感とか、行き場のなさとか、救いがたい心細さとか。  居場所ができたと勘違いする前は道のど真ん中で立ち竦むこともなかったのに。  周囲がうるさくざわつく。  ゲームセンターの自動ドアが開き若者の集団があふれだす。  ロゴ入りジャンパーを着たキャンペーン嬢が拡声器を使って新発売の携帯を喧伝する。  こんなに沢山ひとがいても俺はひとりだ。  ひとりぼっちだ。  施設には帰れない。  どこにも帰れない。  帰る場所なんて、ない。  俺のうちってどこだろう。そんなものあったっけ。  勝手に高校辞めて飛び出したっきりの施設には顔を出せない、伯母の住所は知ってるが頼るつもりはない、学費までだしてやったのに恩知らずと罵られ追い返されるのがおちだ。  よく知る友人の顔が瞼にちらつく。  消去法で選択肢を消していき最後に残ったのは施設で共に育った親友だった。  目についたコンビニに入り、サンドイッチとパンを数点、パックの飲み物を買う。  自動ドアから外に出、端っこにしゃがみこんでパックにストローをさしパンのビニールを破く。  ビニール袋に貼られたシールに気付いて手がとまる。  「三十点集めるとミッフィーのマグカップがもらえますよ、か……」  そのコンビニでは現在他社と提携したキャンペーンが開催されており、パンについてるシールを三十点集めるとミッフィーグッズと交換してもらえるのだという。  袋の中身をあさりおまけのシートをとりだす。  コーヒー牛乳をちゅーちゅー吸いがてら片手にかざしたシートを見つめ、くしゃくしゃに丸めて捨てようとした用紙をのばし、シールをぺたんと貼る。  「………なにやってんだか」  景品のカップを抱いてよろこぶみはなの顔が目に浮かぶ。  ストローが詰まり、ずずっと不快音をたてる。コンビニの前に座り込んでサンドイッチをぱくつく青年を、通行人が気の毒そうに、あるいは咎めるようにじろじろ見つめる。  「………防腐剤の味しかしねえ」  味覚までおかしくなったのか。  「コンビニのメシってこんなにまずかったっけ」   メシが喉につっかかる。異物感に耐えて塊を飲み下すので精一杯。  惰性で咀嚼と嚥下をくりかえす。  虚ろな視線を雑踏に放り、自分がまだ平気か確かめようと弛緩した口元だけで笑ってみる。  「家なき家政夫なんてかっこつかねえっつの……はは」  みはなの容態は快方に向かってるだろうか。幼稚園に復帰しただろうか。誠一は……  『文句があるならでてけ!』  『俺に噛みつく家政夫はいらん』  暴言と罵倒、掴まれた腕の痛みが甦る。  袖に隠れた手首には痣ができている。  自分は間違ってないと今でも思う。  子供より仕事を優先する誠一の傲慢さが許せなかった。  高熱で苦しんでる時くらいそばにいてほしい、手を握っていてほしいというのはそんなに欲張りでわがままな求めなのか。  だけどみはなをほったらかして言い争ってる場合じゃなかったのも事実。  具合の悪いみはなを父親失格の男のもとに残してきたのだけが心残りだ。  『みはなを返してくれと言われた』  写真たての女の笑顔に苦々しげな誠一の声が被さる。  「本気じゃねえよな……」  悦巳がどうあがいたところで俺様な誠一が意見を聞き入れる可能性は低い。  手首の痣が疼く。  呼応して胸も痛む。  「クビんなったんだからひとんちの事情に口出しすんのはお門違いだって……」  食べかけのサンドイッチを口に近づけた手をおろし、力なくうなだれる。  誠一もみはなもどうでもいい、今検討すべきは明日をも知れぬ自分の身の振り方、今夜の寝床だ。  過去に煩わされるのはたくさんだ、もう。  本腰入れてバイトさがしを始めなきゃ早晩のたれ死ぬ、誠一から貰った退職金もじりじり減っているのだ。  悲観的な気分に打ち沈む。  苛立ちを持て余しストローの先端を噛み潰す。  思わぬものが目にとびこんできたのはその時だ。  目の前を行き交う雑踏の足元にちらちら見え隠れする赤い色。   目を凝らす。  正体は小さな手袋。  子供の落とし物だろう赤い手袋は既に無数の靴に踏みつけられ泥だらけだ。  一瞬、みはなへの誕生日プレゼントと見間違う。  ぼろぼろに汚れきった手袋にべそかく女の子のイメージが結びつく。  拾おうと腰を屈めた悦巳の鼻先、突如として現れたごつい靴がわざと手袋を踏みつける。  「うへ、きたねーの踏んじまった」  「うわーケンちゃんマジ鬼畜じゃね?つか大人げねー、それガキの落としもんっしょ、おまわりさんにとどけてやんなきゃ」  「さっき犬のクソ踏んだはらいせっしょ?」  「つかさー、こんなとこに落ちてんのがわりィんだよ。通行のジャマ。よけとけよ」  馬鹿そうな若者が悪乗りして靴跡のついた手袋を蹴飛ばし、つるんだ仲間がそれをはやし立てる。  「お前捨ててこいよ」  「やだよ、ばっちィ。行こーぜ」  泥に塗れて元の色も判別つかなくなった手袋を瞬きも忘れ見つめつづける。  「待てよ」  「ああん?」  手袋を踏みにじる若者の肩を掴んで振り向かせ、全力で腕を振り抜く。  下劣な笑みを浮かべた顔面に拳が炸裂、若者が吹っ飛ぶ。   「……ん、だてめえっ、喧嘩売ってんのか!!?」  巻き舌の恫喝を平然と聞き流し手袋を拾い、丁寧に泥を払ってガードレールにひっかける。  汚れは完全に落ちないが、こうしておけば見つけやすいだろう。  「いきなり殴りかかってきやがって頭おかしいのか、ぼーっとしてんじゃねえよ何とか言えよ!!」  「……馬鹿みたいな声で笑いやがって」  「ああっ!?」  「うざいんだよ、お前ら」  ぎらつく目で若者たちと向かい合う。  「ここじゃまずいって、サツがくる」  つれが若者をつつき、それとなく悦巳を包囲して自販機横の路地へと拉致する。  風俗店が入った雑居ビルの谷間、ゴミが散らかった狭い路地にて対峙。  「どうしてくれるんだよ、ンな面白おかしいつらで合コンいけってのか」  「きっちりかっきり慰謝料もらわなくっちゃな」  「あの手袋お前んだったのか?ロリコン趣味か?気持ち悪ィ」  猛然と殺到する若者たちの間を敏捷な身ごなしでかいくぐりつつ拳を放つ蹴りを放つやけっぱちで暴れ狂う、幅の狭い路地では小回りのきく悦巳が優位に立つ。  骨と肉がぶつかる鈍い音、こぶしに伝う衝撃。  「くそがっ、なめんじゃねえっ!!」  怒髪天をついた若者が放つストレートをもろに喰らう。瞼の裏が灼熱に染まる衝撃。足がもつれもたつき、無防備に前傾したところを蹴り上げられ仰け反れば背後に回り込んだ一人にきつく羽交い絞めにされる。  「お返しだ!」  「!!がっ、げほっ」  胃袋ごと吐き戻す勢いで激しく咳き込む悦巳に容赦なく降り注ぐ靴裏と拳、頬に唾が飛ぶ、自由を奪われ抵抗を封じられた体勢で頭といわず顔といわず体といわずパンチを貰う、体のあちこちで痛みが爆ぜ視界が明滅さっき食べたサンドイッチと一緒に酸っぱい胃液が口の中にこみ上げる。  「ははっ、ざまあみろ、調子のりやがって!」  「ぼっこぼこの袋叩きにしてゴミ捨て場に捨ててやる!」  口の中が切れて鉄錆びた血の味が広がる。  もともと腕力や喧嘩にはてんで自信がない、なるようになれと挑発したものの勝算はなかった、どうなっても構わなかった、俺が死のうが生きようが気にかけてくれる人間なんていないんだからどうなったって構うもんか……  「あんな汚え手袋ひとつでむきになって、ばっかじゃねえの」  若者のせせら笑いに血の混じった唾を吐く。  「どいつもこいつもてめえもあの人もろくに話も聞かずばかだの役立たずだの決めつけやがって……ひとの話聞こうともしねえで好き勝手言いやがって、その役立たずの作ったメシを食ってんのだれだ、誰が毎日下着を洗って風呂沸かしてやってんだよ!!てめえの娘が風邪ひいても帰ってこねえで謝るでもなく言い訳して最低じゃねえか親として人として、あんたが大事な仕事してるってわかってんだよ、わかってっから毎日メシ作って待ってたったんだ、紅茶の淹れ方だって勉強して!!」   「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ、イカレてんのか!!」  哀しくて悔しくて胸が張り裂けそうだ。  今ここにいない男にむかってとうとう最後まで言えなかった本音を暴露、抑圧し続けた不満を絶叫する。  「わかってっけど譲ってほしかったんだよ!!」  目の前の若者は無視し、いまだ忘れられない男の残像になりふりかまわず縋りつく。  ―「俺がいなくなったらだれがあんたに紅茶淹れるんだよっ!!」―    寂しい。  帰るうちがないってこんなに寂しい事だっけ。  「紅茶なんて午後茶でじゅうぶんだよ!」  勝利を確信した若者が腕を振り抜く。  次の瞬間、頭上に差し掛かる非常階段の踊り場から颯爽と飛び降りた黒い影が垂直に落下しながら急激に加速、着地の前に風切る唸りを上げて足が旋回、若者の側頭部に蹴りが炸裂、脳震盪を引き起こす。  「ちょっと見ねえあいだに随分やさぐれちまったな、悦巳」  白目を剥いて倒れ伏す若者のむこう、殺伐とした場には不似合いに飄々とした声音が吹く。  突如として乱入した青年に仲間を瞬殺され、一対大勢の優位を誇示していた若者たちが気色ばむ。  「てめえこいつのダチか!?」  「余計なまねすんな、ひっこんでろ!」  「てめえもぶち殺してやらあ!」  竜の縫い取りをした革ジャンを粋に羽織り、逆立てた髪を金に染めた青年は、敵愾心も露わに自分を取り囲む連中に肉食獣に似て凶暴な眼光と笑みを剥く。   「ダチっていうか、マブダチ」  アスファルトを蹴り跳躍、肉薄。  鍛え抜いた四肢を駆使してぎりぎりまで撓めたストレートを放ちその勢いに乗じて回し蹴り、頭突きで額をかち割り流血の惨事に絶叫する若者の後ろ襟をひっ掴み前傾して突っ込んできた仲間とかち合わせて相殺、凄まじい威力を秘めた蹴りとフックとブローで的確に急所を突く攻撃を仕掛ける、腰に巻いた極太チェーンがじゃらりと波打ち足を一閃、体重の乗った蹴りが連続で炸裂、筋金の筋肉が縒り合わさった腕が鞭の如く撓うたび若者たちがまた一人また一人と再起不能となって撃沈していく。  返り血が似合う余裕綽々の表情に薄っすら笑みさえ浮かべた青年を呆然と凝視。  切れ長の一重瞼、皮肉げな角度に捲れた唇、精悍な容貌。どこかアンバランスで危険な横顔。耳にじゃらつくピアス、ぴったりフィットした革のパンツから垂れ下がるチェーン、それ自体凶器となる鋲を打ったブーツ。  最後の一人の鳩尾を尖った爪先で抉ってから道のど真ん中に仁王立ち、腰に手をあて鷹揚に振り返る。  「喧嘩弱えくせに無茶すんな」  暴力に酔う狂的な笑みから八重歯が覗くやんちゃな笑顔への変化に張り詰めた糸が切れ、腹を抱えてずりおちる。  「大志………」  信じられない気持ちで名前を呟く。  不気味なにこやかさで大股に歩み寄るや、壁に寄りかかって体勢を保つ悦巳へと手を伸ばし、髪をぐしゃぐしゃにかきまわす。  「よ」  頭をおさえこむようにしてぐしゃぐしゃにするあらっぽさが無性に懐かしく、満ち足りて俯く。    数ヶ月ぶりに再会した親友の手はあたたかかった。  

ともだちにシェアしよう!