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『わたしの家族』
「わたしの家族」
4年1組 児玉みはな
わたしの家族はお父さんとえっちゃんです。
お母さんはわたしが小さい頃にお父さんと離婚して家を出ました。でも仲が悪いわけじゃありません。今でもメールのやりとりをしています。
時々パリの絵葉書が届くので大事にお部屋に飾ってます。
水彩画でパリの街並みを描いたおしゃれな絵葉書はわたしのお気に入りで、壁のコルクボードに画びょうで留めてコレクションしてます。
お母さんは元気だけどそっちはどう?で、最初の一行は必ず始まります。
わたしは元気だよ、と返します。お父さんもえっちゃんも元気だよ続けると、それはどうでもいいとむくれます。どうでもいいことはないと言い返すと、のろけを聞かされるのはいやよとすねます。
大人なのになかなか難しい人です。
いいえ、大人だから難しい人なのでしょうか。わたしにはよくわかりません。でもわたしにとってはいいお母さんです。遠く離れた外国にいてもわたしのことをいつも考えてくれます。今はバリスタとしてパリの喫茶店でバリバリ働いてます。……あ、だじゃれじゃありませんのであしからず。
別れた旦那よりイイ男を見つけてやるんだから、がお母さんの口癖です。
お父さんは貿易会社の社長です。取引や出張や接待で忙しくて、毎日帰りが遅いです。疲れているのかイライラしてる事が多いです。眉間にはいつも皺、口はへの字に曲がってます。
友達の岡田さんは「みはなちゃんのお父さんてかっこいいね、うちのパパととりかえっこしてよ」と言いますが、私が勝手にOKをだしたらきっとえっちゃんが哀しむので、この話はなしの方向で。
えっちゃんはわたしが幼稚園の頃に家にやってきた家政夫です。かせいふだけど男の人です。まだ24才、四捨五入したらはたちで若いです。……と本人は主張してます。
一緒に住んでるんだよと説明すると、うちに遊びに来た友達は「どういうこと?」とみんな不思議そうな顔をします。みんなのうちには家せいふさんがいないそうです。家せいふさんはフツウ女の人なんだよ、と言われた事もあります。
でも男の人が家せいふになっちゃいけない法律はないし、わたしは男の家せいふさんがいてもいいと思います。みんなのいえはどうか知らないけど、これがウチのフツウだから。
岡田さんはえっちゃんの事をお父さんの愛人だと言いました。岡田さんのお姉ちゃんが持ってる漫画では、男の人に彼氏がいたり愛人がいるのはよくある事なんだそうです。今度貸してもらう約束をしました。とても楽しみです。
くれぐれもお父さんや家せいふさんには見つからないように、面倒くさいことになるよと口止めされたけど……
えっちゃんが家に来た日の事はよく覚えてます。プリンみたいな髪の色をしてて、なんだかへらへらした、頼りない人だなぁというのが第一印象でした。
えっちゃんの本当の名前は悦巳と言います。女みたいな名前だと本人は恥ずかしがりますが、わたしは可愛くていいと思います。そう言ったら「みはなちゃんのほうがかわいいっすよ!」と逆ギレされました。理不尽です。
えっちゃんはそれからずっとうちにいます。家せいふとして毎日大忙しで働いてます。うちの事はえっちゃんの仕事です。
ふーふー言いながらお洗濯ものを運んでベランダに干したり、じゅーじゅー目玉焼きを焼いたり、牛乳がキレてる事に朝気付いて近所のコンビニにサンダルを突っかけて駆け込んだり、下手な鼻歌を口ずさみながらごーごー掃除機をかけています。
だるんとしたジャージにエプロンを羽織っている事が多いですが、ちゃんとしたスーツも持っています。はたちの誕生日にお父さんにプレゼントされた物です。
イタリアのアルマジロだぞ、とお父さんはいばってました。
えっちゃんはすごく喜んで、スーツに袖を通しては、鏡の前で一時間くらい退屈せずにポーズを決めていました。お父さんは腕を組み、はしゃぐえっちゃんを見ながらまんざらでもない顔をしてました。えっちゃんはアルマジロがとても気に入った様子で、袖を通すのがもったいないからと自分専用のクローゼットに大事に大事にしまいこんでます。そっちのほうがもったいないと思うのですが……
「これは特別な日に着る一張羅って決めてるんす」
「特別な日ってどんな日ですか」
そう聞けばえっちゃんはあたりをきょろきょろ見回し、お父さんがいないのを確認したあと、こっそり耳打ちしました。
「みはなちゃんの結婚式とか……ですよ」
そういうわけで成人式のお祝いにえっちゃんが貰ったアルマジロは、わたしの結婚式までクローゼットで冬眠しています。
えっちゃんとお父さんはよく喧嘩をします。きっかけはささいなこと、部屋の隅に埃がたまってるとか箪笥の中のネクタイの場所が違ってたとかです。
えっちゃんは最初はガマンしてるけど、そのうち爆発して、負けじとお父さんに噛みつきます。
「誠一さんはテイシュカンパクなんすよ!ショッケンランヨウ断固反対、コヨウヌシのオーボーだ!」
「何がショッケンランヨウだ、お前がやるべきことをやらないから怒ってるんだ。ダークグレイのスーツに赤と金のチェックのネクタイを合わせるセンスは度し難いぞ」
「いいじゃないっスかお洒落で、遊び心も大事っすよ!」
「この組み合わせで大事な商談に臨めと?ノーネクタイでいくほうがまだマシだ」
どちらも負けず嫌いなので、長引くととても面倒くさいです。
仲直りの方法は決まってます。
怒鳴り合って喉が枯れた頃合い、えっちゃんはむすっとしたままリビングを突っ切って台所に行きます。お父さんはむすっとしてソファーにふんぞり返り、あてつけのように荒々しく音をたて新聞を広げます。
帰ってきたえっちゃんはお盆を抱えていて、湯気をたてる紅茶のカップが二人分……いいえ、三人分。
自分の前とお父さんの前に無言でカップをおきます。
お父さんはえっちゃんのほうを見もせずカップに口をつけ、ずずっと不機嫌げに啜りこみます。
それを見届けてようやく(勝った)と口元をゆるめて、自分の分の紅茶を飲むえっちゃんなのです。
もちろん、残る一人分はわたしのです。
えっちゃんは必ずわたしの分も紅茶を淹れてくれます。
わたしたちは家族だから、紅茶を淹れる時は必ず3人分です。
「みはなちゃん、紅茶入りましたよー」と廊下に出て呼びかけてくれるのを待ち、本を閉じてかけだします。
途中まで立ち聞きしてて、えっちゃんが腰を浮かすと同時に慌ててお部屋に戻ったのはヒミツです。
えっちゃんはわたしの分の紅茶にはお砂糖を三匙入れてくれます。
コンビニの景品でもらったお気に入りのミッフィーのマグカップをはいと手渡されると、子ども扱いされる不満と反発、甘えることが許されている嬉しいようなくすぐったさとが一緒になって、どんな顔をしていいかわからなくなる時があります。
たまに、ですけど。
喧嘩するほど仲がいいということわざがあります。えっちゃんとお父さんはきっとそれだと思います。
どっちも負けず嫌いの意地っ張りだけど、ずっと一緒にいるということはつまりそういうことなんでしょう。幼稚園から小学校に一緒に上がったこう太くんは、そんな二人をばかっぷると冷やかします。わたしも同感です。えっちゃんとお父さんはどこに出しても恥ずかしいばかっぷるなので、末永く仲良く喧嘩すればいいと思います。
最後にお父さんの秘密を暴ろします。
お父さんは上手に隠してるつもりだけど、わたしは知ってます。
こないだ学校から帰った時、お父さんの革靴が玄関にありました。えっちゃんはるすでいませんでした。その日は第二週の金曜日で、隣町のスーパーの特売日だから遅くなると言われたのでそれには驚きませんでしたけど、お父さんが先に帰っているのにはびっくりしました。
めずらしいな、仕事が早く終わったのかなと思いランドセルを背負ったままそーっとお部屋を覗いてみると、お父さんはむずかしい顔をしてクローゼットの前に突っ立っていました。なんだか怒ってるみたいでした。
「……箪笥の肥やしにするためにやったんじゃないぞ」
俺の見立てに不満があるのか、店に直接連れてくべきだったかとブツブツ独り言を呟きながらおもむろにクローゼットの扉を開け放ち、ハンガーにかけっぱなしのスーツを掴みだします。えっちゃんのアルマジロです。
手の中のアルマジロを目を細めて検分してから、その胸ポケットに銀に光る何かを指で摘まんで滑り込ませます。
扉の隙間から息を止めてうかがっているわたしにはよくわかりませんでしたが、光り物なのは確実です。
どうやら気が済んだらしくアルマジロを無造作に突っ返し、音荒く扉を閉め、憤然とした大股で部屋を出ます。わたしは入れ違いにトイレに隠れ、お父さんが玄関から出ていくまでじっと大人しくしてました。トイレで立ちっぱなしはお行儀が悪いので、ちゃんと便座に座りました。ランドセルがちょっとじゃまでしたけれど。
お父さんが家を出てからそーっと寝室に忍び込み、クローゼットを開けます。
アルマジロが吊られたハンガーを取り外し、粒状に膨らんだ胸ポケットに上から触れてみます。布越しの感触では何だかわかりません。固い石、のようですけれど……
いけないことをしている自覚はありました。
やめて引き返したほうがいいと思いましたが、最終的に好奇心が打ち勝ちました。
ここでやめたらずうっとずーっと気になったまま夢にまで見ちゃう気がしたし、それなら自分の目で直接確かめた方がすっきりするし。
右胸に縫製されたポケットに慎重に指をもぐらせると、固い何かに当たります。
それを人さし指で搔きだし、反対の掌に落とすと……
石は石でも光る石でした。
ダイヤモンドです。
きらきら光ってとっても綺麗。目の前につまみあげて思わず見とれてしまいました。
それはダイヤモンドの指輪でした。
ちょっとだけ、ちょっとだけと自分に言い訳し、ドキドキしながら嵌めてみたけど、わたしの指にはぶかぶかでした。緩すぎて抜けちゃいそうなので、なくしたら大変と思い直し、すぐに外しました。
指輪を元のポケットに戻しアルマジロをしまってから、クローゼットの扉に凭れて考えました。
なんでお父さんはえっちゃんのアルマジロのポケットに指輪を隠したんだろう、と。
贈り物を粗末にされた腹いせにえっちゃんを驚かそうとして?喜ばせようとして?あてつけ?仕返し?
お父さんの考えている事はよくわかりません。
わたしとお父さんは親子だけど、やっぱりわからないことはあるものです。
でも、想像してみることはできます。
今度あのスーツを着る時、それが何カ月後、何年後かわかりませんけれど、えっちゃんは右胸にしこる固い感触に気付きます。
不思議に思って胸ポケットを探ってみたら、ぴかぴか光るダイヤモンドの指輪が転げ出てびっくり仰天です。
えっちゃんにだけわかるドッキリ、そんな仕掛けです。
そういえばえっちゃんは、お父さんに指輪をもらったことがありません。
エプロンやスーツは買ってもらったけど、男と女の夫婦のひとたちが記念日にするような贈り物は、まだしてもらったことがないのでした。
お父さんはあれで恥ずかしがり屋だから、えっちゃんに直接渡す事ができなかったのかな。
えっちゃんが成人のお祝いのスーツに再び袖を通した時に初めてわかるように、ドッキリを仕込んでおいたのかな。
だったら最初から指輪を入れておけばよかったのに、と思わないでもありませんが、お父さんはきっと、自分がお金をはたいて買い与えたスーツをもったいなさがらずにえっちゃんに着てほしかったのでしょう。
えっちゃんのはしゃぎようがあんまり大袈裟でどん引きして、うっかり入れ忘れちゃっただけかもしれませんが。
お父さんには意外とそういうところがあります。詰めが甘いのです。そこがいいんスよ、とえっちゃんはノロケますけど。大人はよくわからな
……訂正です。
たったいま、この作文がお父さんに見つかってしまいました。ノックもせずに子供の部屋に立ち入るのはずるいです。だんこ抗議します。
お父さんは背が高いので、取り上げられたら手が届きません。本当にお手上げです。
お父さんは無言で作文に目を通し、その眉間の皺がだんだんと深くなり、おっかない顔になっていき、終わりにさしかかると気のせいか頬が赤くなって、への字に引き結んだ唇がむずむずして、ガマン比べをしているような感じになってきました。
読み終えた原稿用紙を机に伏せておき、しばらく黙ったあと、お父さんは渋々口を開きました。
「……訂正しておけ。ダイヤじゃない、ジルコニアだ」
「?」
「あの指輪はダイヤじゃない、その模造品だ。値段はだいぶ落ちる。……知り合いの宝石商に安いからどうだと勧められてな、その……配偶者に。俺の離婚を知らなかったらしいが。タダ同然で手に入れた石だし、捨てるのももったいないからな」
言い訳がましくまくしたて、ふてくされた子供のようにそっぽをむきます。
「……改まって渡す程のモノじゃない。気付かないならそれもいい。性格上アイツがあのスーツを着るのはいずれやってくるだろうフォーマルな場だ。その時、胸ポケットの指輪の存在に気付いたなら」
お父さんが自分のスーツの胸ポケットから取り出したものを見て、あっと叫びそうになりました。
そこにあったのはえっちゃんとおそろいのダイヤの……いいえ、ジルコニアの指輪です。
きらきら、ぴかぴか、とっても綺麗。
「……その時は、俺もこれをはめる」
「左手の、ですか」
「薬指にな」
そそくさと指輪をしまい、照れを打ち消すような足音をたて部屋を出ていくお父さんは、耳まで真っ赤でした。
これがわたしの家族です。
お父さん、えっちゃん、わたし。時々お母さん、そしてアンディと大志くん。
大好きな、自まんの家族です。
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