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第7話
「部活に入ってくんねーか」
「入る動機と目的と必要と必然がない」
「んなの後付けでいいよ、ぶっちゃけ幽霊部員でいいから、籍おいてくれっだけで恩の字だから!入部届けにさっと書いて出すだけ一分もかかんないって、な、ピンチのクラスメイトを助けると思ってこの通り!ーって、無視か、また無視か、俺はH2Оか!?」
「酸素の元素記号はО」
「土下座を所望?わかった、それで心が動くなら……」
麻生は一定のペースで廊下を歩く。そのあとをストーカーの執念で追跡する。
待ちに待った昼休み、学食や屋上、庭、それぞれお気に入りの場所で弁当広げる学生で廊下がごったがえす。
四時限終了チャイムと同時に活気付く廊下において、麻生はけっして雑踏に染まらず孤高の異彩を放つ。
ただそこにいるだけで麻生は目立つ。
他の連中と同じ無個性な学ランを着ていても、今時珍しくらい黒い髪をしている。
「麻生ってさ、髪染めたことねーの?一回も」
鴉の濡れ羽色の表現がふさわしい、しっとり光沢のある髪をほれぼれ見つめる。
癖のない髪は歩みに合わせ揺れ、聡明な額を飾る。
シャープに整った顔だちに細身のフレームの眼鏡がよく似合う。
レンズの向こうの醒めた瞳と横顔がスノッブでインテリジェンスな空気を引き立てる。
敬遠されるのはよくわかる。
うかうか近寄ったら凍傷でも負いそうな冷ややかさ。
『あれが麻生?』
『A組の?』
『前回のテストも一位だったんだろ』
『すげー』
『どこ行くんだろ』
『学食じゃね?弁当もってねーし』
『うしろちょこまかしてるのダチか?無視されてっけど』
……うるさい、余計なお世話だ。
これからなるんだよ友達に……一応、その予定。意気込みだけは十分。
男子校の昼食タイムは色気もへったくれもない。授業で腹空かした連中が物凄い勢いで学食の販売に群がり名物ヤキソバパン争奪に血道上げる。
貧乏人の俺はとーぜん弁当持参、学食なんて贅沢はできない。節約節約っと。
「麻生、学食派?弁当もってるの見たことねーし、昼休みになるとささっとどっか行っちまうよな」
無視。
「俺?部室で食べてる。ほら、教室はボルゾイがちょっかいかけてきてうぜーし。ミス研の部室知ってる?知らない?旧校舎三階。麻生は入ってねーから知らないだろけど、文科系の部活は旧校舎に入ってるんだ、みんな。ミス研は資料室。埃っぽくて薄暗いけど、慣れると結構居心地いい。卒業した先輩がたが残したミステリの習作がどっちゃりあるし、部誌も創刊号からそろってる」
無視。
「こないだダンボール整理してたら六年前の部誌が出てきたんだ。学校の七不思議特集号でさ、当時のミス研が総力上げて調べたんだと。旧校舎トイレから聞こえる啜り泣きと勝手に鳴る音楽室のピアノは定番だけど、面白いのがあって」
フラップ開く。
「このガッコ、電波不安定だろ。ところによっちゃアンテナ立たねーし、なんでだろうってずっとふしぎだったんだ。住宅街からちょっと離れた辺鄙な丘の上にあっけど、まわりに遮蔽物ねーし、逆によさそうじゃん。部誌読んで謎とけた。丘に不発弾埋まってるって噂、地元じゃ結構有名っぽいんだけど、知らなかったからびっくりしちまって。よく考えりゃ不発弾の上に腰掛けながら授業してるわけで、身が入らねーのもどうり」
「怠慢の言い逃れ」
あ、やっと答えてくれた。
無視されっぱなしでいいかげん哀しくなってきたところに反応が返り、顔がげんきんに笑み崩れるのをおさえきれない。
にやけた口元を引き締め、頭をかきかき道化を演じる。
「やっぱそう思う?だよな、俺のど後ろだもんな。授業中爆睡してんのばればれか。よだれたらしてるとこ見てねーよな」
「寝言しか聞いてない」
「………待て、寝言?」
初耳だ。当たり前だ。寝言を自分で聞けるわけがない。
弁当をぶらさげ硬直する俺を置き去りにし麻生がすたすたいく。
「俺、変なこと言ってないよな」
冷や汗をかく。他人に寝言を聞かれるのは恥ずかしい、クラスメイトならなおさらだ。顔に血が上る。しかし気になる。
足早に追い縋る俺をふりきり、そっけなく言う。
「『火村の過去これ以上ひきのばすんじゃねー』『エノギヅその美貌で三十はむりがある』」
……心の叫びだ。
無意識の願望というか欲求不満というかが出たらしい。怖え、おちおち眠れねえ。
でもよかった、思ったよりやばい寝言じゃなくてとほっとする。
「あと、『兄の作った肉じゃがが食えないのか妹よ』『パンツ摘んでよけんな』と生活感あふれる愚痴も」
顔から火が出た。
今日持参の弁当は、昨日の夕飯の残りの肉じゃが。
麻生に付き纏いだしてぼちぼち一ヶ月が経過する。
季節は切り替わり、そろそろ梅雨に突入しようかという六月上旬。
鉄筋コンクリート製の校舎にゃ湿気がこもって廊下がべとべとする。とりもちでも踏んだような感触。
「………バイト疲れで授業中寝ないとしんどいんだよ。完徹ゲームのせいもあるけど」
後半は口の中でもごもご呟く。
俺は授業中ぶっ続けで寝てる。一年の頃からそうなので教師はもう諦めて放置している。わざわざ揺り起こしてくれる友達もいないからぐっすり熟睡できるのはありがたい……負け惜しみじゃない、断じて。
「同じクラスになって一ヶ月、お前の存在に気付かなかったのも、学校いる殆どの時間机に突っ伏して爆睡してたせいだ。真ん前にいりゃいやでも目に付くんだけど、生憎後ろに目が付いてねーし……プリント渡す時くらいだろ、顔みるの」
付け加えるなら、俺が麻生の下の名前を知らなかったのは、麻生に話しかける奇特な人物がクラスにいなかったせいだ。
貴重な五分休みを利用し、または授業の延長戦でぱかっと口かっぴろげよだれ垂れ流し熟睡する俺の後ろで、麻生は殆ど存在を感じさせなかった。
「見たくないけど」
付き纏いだして一ヶ月、麻生は俺に辟易してる。
それはよくわかる、露骨に態度と顔に出てる。
無表情がデフォルトの麻生が俺を見ると眉をひそめるのだ。やったね。
……いいのか、こんな自虐的な喜び方で?ちょっとは進歩してるのか、俺?
この頃は放課後の図書館訪問だけじゃ飽き足らず、五分休みも昼休みも付き纏ってる。
俺の執拗な勧誘攻撃に嫌気がさしたか、麻生は四限終了ベルが鳴ると同時に席を立ち、どっかに行っちまう。
そうはいくか。
逃がさじ麻生譲と今日もやつのケツを追う。
「体験入部のつもりで一回来いよ。後輩いいやつだし、本好きなら話あう。あの日二階からおちてきたお前見てぴんときた、運命感じた。ああ、これはきっとミス研存続のため天が遣わした使者だって……」
「こんな面倒くさいヤツだと知ってたら助けなかった。燃えりゃいいのに」
「別の意味で燃えてるからな!」
「広報活動に専念しろよ」
「してるって。ほら」
壁を指さす。そっちに視線をやった麻生が、顔を正面にもどしかけ、ぎょっとする。
《陸の孤島、クローズドサークル、完全密室、嵐の山荘、連続殺人……
上のキーワードにぴんときた人、旧校舎三階資料室へ!
ミステリー同好会は横溝正史の名前を正しく読める人を待ってます》
「後輩・妹に手伝わせて作ったポスター。贅沢にもカラーコピー。……よこみぞせいしハードル高いか、松本清張にすりゃよかった」
「このリアルな血しぶきは……」
「ミステリといったら殺人と血。上手く描けてるだろ。下に倒れてる死体は妹作。漫研だからめちゃくちゃ絵が上手いんだよ。たしか某図かずお見て描いたって……」
「来ないだろ、これ」
「怖いもの見たさ狙ったんだけど、すべったかな」
眼鏡のフレームを押し上げ、真面目な顔で壁に掲示したポスターを見詰める。
指摘され初めて気付いたけど、血を派手にぶちまけすぎたかも。
「そこらじゅうに貼っても誰もこなくってさー。第一、ガッコ入ってから同じ本読んでるヤツ見たことなくて。お前に運命感じたよ。よくあんなマイナー作家の……」
言いかけ、麻生が不愉快げな顔をしてるのに気付く。
「どうした?」
「なんでもない」
掴みどころがない。
俺を振り切るように歩き出す麻生の前に回りこみ、拍手で拝み倒す。
「頼む、麻生、ほんっとピンチなんだ。部員入んなきゃ廃部なんだ。一回だけでいいから、来てくれないか。なんなら幽霊部員でもいい、数合わせが大事なんだ。な、俺を助けたのが運の尽きだとおもって」
「暇じゃないんだ」
眼鏡の向こうから侮蔑の視線が注ぐ。
横手の壁のポスターを一瞥、無表情を僅かに崩し、片頬歪めるような冷笑を見せる。
「幼稚」
ポスターの下に倒れた死体に視線を突き刺す。
俺が無理矢理妹に手伝わせ描かせた、絵。
批評ぶった目でポスターの出来を嗤われ、胸の内で怒りが燻る。
「……………待てよ」
廊下の真ん中に立ち竦む俺を無視、立ち去ろうとした麻生に、声をかける。
麻生は立ち止まらない。俺が低く抑えた声を出しても、振り向きもしない。その態度が神経をさかなでする。
「妹の絵、ばかにすんな」
『めんどくさい』『死体なんて描けないし』とぶつくさ言う妹に、むりやりポスター制作を手伝わせたのは、俺だ。
妹と額を突き合わせポスターを描いた。
完成した時には手を叩いて喜び合った。
「すげーよく描けてる、天才」と絶賛すりゃ「おだてたって何もでないって」と照れながら台所に立ったが、それから上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。
「さっきの発言、撤回しろよ」
「下手を下手と言ってなにが悪い。パース狂ってるし……妹、才能ないんじゃね?」
満足げな妹の顔が甦る。
会ったこともないくせに才能ないと決め付けられ、嗤われ、凶暴な感情が腹の底から突き上げる。
麻生の気持ちもわかる。俺にうんざりしていた。放課後はおろか、昼休みまで付き纏われて、早く追い払いたくてしかたなかった。
でも、これはない。卑怯だ。
俺がなに言われてもこたえないからって、妹を引き合いにだすのはずるだ。
とりすまし拒絶する背中に怒りが沸騰、廊下中に響く声を張り上げ、手首を掴む。
「麻生!」
「-つッ、」
「え?」
ついかっときて力加減を忘れた。でもそんなに強く握ったわけじゃない。
麻生が苦痛に顔を歪める。
レンズ向こうの切れ長の目に激情がはぜる。
大げさな痛がりように長袖に包まれた腕を見下ろし戸惑う。
「あ、わり」
麻生が腕を庇い、忌々しげに俺を睨む。
壁に肩を預けるようにした無気力な姿勢、不興も露な軽蔑の顔に、胸が痛む。
「痛かったか?大丈夫か、保健室にー」
「そこ、何してる!」
怒号が炸裂する。
廊下にたむろう野次馬を邪険に薙ぎ払い、現場に駆けつけてきたのは、背広姿の若い男。
数学教師の梶。
腕を庇う麻生とその傍らでおろおろする俺とを陰険な目つきで見比べ、唸る。
「秋山、麻生になにした?」
「は?何もしてな……いってこともないけど、でも」
「言い訳するな」
憤然と歩みより、前に立つ。上背に威圧される。
まわりにたかる野次馬が面白そうに成り行きを見守る。
「廊下で喧嘩か。おちこぼれは場所を選ばないな。鑑別所で噛み付き癖を矯正してもらったらどうだ」
「待ってください先生、おちこぼれは否定しねーけど、俺そんな不良キャラじゃないですって。見りゃわかるっしょ?」
「大人しそうなヤツに限ってすぐ切れて刃物を持ち出す」
「零崎っすか」
微妙に人間失格気味だけどさ。
振りかざす偏見にうんざり。だから苦手なんだこいつ。贔屓が激しくて、気に入らない生徒にはとことん辛く当たる。二枚目風の精悍な顔立ちとスポーツでもやってるのかがっしりした体躯は、竹刀を持たせて体育教師と偽ったほうがしっくりくる。
ため息吐きうなだれる俺の方へ手をのばし、学ランの胸のあたりをまさぐる。
「………ふん、ナイフは隠してないみたいだな」
目をすがめ、つまらなそうに言う。
やけにしつこくねちっこい手つきで胸を検査され、身を引きたいのを懸命に我慢。
俺の胸元を這う梶の手を見、何故か麻生が顔をしかめる。
「大丈夫か麻生、怪我はないか」
「はい」
どうでもよさげに麻生が頷く。なげやりでおざなりな態度。
「原因はなんだ」
「……ミス研に誘ってたんです。入ってくれないかって、前から言ってて。麻生さえ入ってくれれば廃部にならなくてすむし、今日の放課後にでも来てみないかって」
しどろもどろに言う俺に馬鹿にした表情を浮かべ、壁のポスターを鼻で笑う。
壁のポスターを手の甲で叩きながら、追い討ちをかける。
「そんなつまらないことでか?程度の低さが知れる。麻生がおちこぼれの寝言に付き合うはずないだろう。いやがる人間にしつこくつきまとうのは感心しない」
「いいよ」
耳を疑い、顔を上げる。
「放課後、行くよ」
麻生がじっとこっちを見ていた。眼鏡の奥の目は相変わらずひややかで感情が読めない。
あっさり承諾され、ぽかんと口が開く。
「麻生」
梶が一瞬腑抜けになり、憤怒の形相に豹変。ぎらつく目で麻生を睨み、何か言いかけ、やめる。憤懣やるかたない梶と肩を擦るようにしてすれ違い、俺を追い越しがてら、耳元で囁く。
「………悪かった」
妹の絵を貶した謝罪を、俺にだけ聞こえる声で、ぼそっと呟く。
麻生譲は意外と律儀なヤツだった。
携帯からヒステリックな声が聞こえる。
『先輩、聞こえてますか先輩!』
「………聞こえてるよ」
『今どこっすか?さっき電話の途中でいきなり切れて、真理ちゃんに聞いたら意味不明なこと喚いて出てったって言うし……テレビも消さずに出てったって真理ちゃん怒ってましたよ、電気代の無駄遣いだって』
「妹の小言伝言するためにかけてきたのか」
『メール入れてるのにぜんぜん繋がらないし、事故にあったんじゃないかって心配してたんです』
床で悶絶しながら手探りで携帯引き寄せメールチェック、軽快な着信音とともに大量のタイトルが表示される。聡史め、十件近くいれてやがる。
「なんでもない。そこのコンビニまで、ジャンプ読みにきたんだ」
『大晦日の晩に?馬鹿じゃないですか?』
「るせーな、ハンター×ハンターの続き気になんだよ」
『今週休載ですよ』
「今週「も」だろ。コンビニでジャンプ開いて盛大にがっかりしたとこだ。お前こそ今どこだ、外だろ。早く帰んねーと風邪ひくぞ」
激痛が薄れるのを待ち床をのたくり這い、壁に体をもたせる。
冷え切った床にのびのび足を投げ出し、携帯を耳にあてる。
『猛スピードで出てったって言うから、てっきり野次馬かと』
「いかねーよわざわざ。不謹慎だろ、怪我人でたのに」
『ミステリマニアにあるまじき発言っすね』
「現実と二次ごっちゃにすんな。ミステリは紙の上の殺人だけど、現実は涙と血流してる人いるんだぜ」
言外に不謹慎だと非難された聡史がちょっと落ち込む。でかい図体とごつい顔に似合わずナイーブな後輩だ。
気弱げな野太い声を聞きながら、ミス研唯一の後輩、沢田聡史の顔を思い出す。
聡史とは中学から知り合いだった。聡史の妹と俺の妹が同い年の親友同士で、聡史は中学時代からよく我が家に遊びにきた。学校でも先輩先輩と懐いてくれた。一見体育会系の強面で、頬骨の張った顔には迫力ある。しかし気持ちは優しくなかなか話もわかり、俺とは共通の趣味で意気投合した。聡史も結構マニアックなミステリ読みなのだ。
『あ、でも、爆発といっても病院に運ばれたのは梶だけで隣近所に被害でなかったそっすよ。威力抑えめだったのが不幸中の幸いっす』
冗談なら不謹慎だけど、マジだから。
人を殺しちゃだめだっていうやつは、だれかを殺したいほど憎んだことがないのか。
「…………」
家電のやりとりを反芻、背中を預けた壁から冷気が染みる。
携帯に握力かけ、奥歯を噛みしばる。
麻生が梶を憎む動機に、心当たりがある。
『先輩?』
手の中から漏れる声によって現実に引き戻される。
「……聞いてるよ。聡史、さっさと家帰れ。お前はいいけど、ユキちゃんまで巻き込むな。風邪ひいたらどうするんだ。兄ちゃんだろ?しっかりしろ」
『帰りたくても帰れないんですって』
聡史が今にも泣きそうな声を出す。眉八の字の情けないツラが目に浮かぶ。
背後で忙しく書類をめくる音、電話の呼び出し音、靴音、殺気だった怒号が交錯。「家に連絡しろ」「病院はあたったか?」「畜生、年に一度の大晦日の晩だってのにまーた残業だ」……愚痴の闇鍋。
「………お前、ほんとに今どこ?」
『警察です』
「酒?煙草?職質でまたヤのつく自由業に間違えられたか。あ、ユキちゃん連れてたんなら未成年略取」
『前科確定で話進めないでくださいよ、現場に野次馬にきた友達と一緒にしょっぴかれたんですって!今ユキと一緒に待合室で……』
しどろもどろ弁解する聡史の声を遮り、椅子が倒れる騒々しい物音と、声変わりしたガキの号泣が聞こえてくる。
『……いやだ、あのドアの向こう行きたくない!取り調べ室行きたくない、死ぬ、きっと死ぬ!』
ドア向こうの友達の醜態に恐れをなし、聡史が往生際悪く取り乱す。婦警さんとユキちゃんが必死に宥める……あきれた。
「自業自得だよ。けが人出た現場なんて見に行くからだ。どーせ空気も読まず騒ぎたてたんだろ、お前らあれだ、事件現場撮ったカメラにピースサインで映り込んでるんだ。ゆとり世代め、反省しろ」
『うぷ』
「どした」
『ちょっと気分が悪く……』
「繊細すぎ」
『大晦日の警察酔っ払いたくさんで、お酒くさくって……黙って座ってるだけで悪酔いを……』
……どうしようもないヤツだ。こんな兄をもつと苦労する。ユキちゃんに同情。
窮状を訴える聡史の声を聞き流し画面を切り替えトピック検索、ネットに流出するニュースで、該当するものを捜す。
「あった」
青白い光発する液晶にニュースサイトが表示され、一番上に最新タイトルとして爆発事件が来る。
クリックし、記事を読む。
「……………役にたたねえ」
殆ど情報がない。「大晦日の惨劇 教師宅に時限爆弾宅配」の見出しの下に、事件が起きた場所と時刻、梶の本名が載ってるだけ。
「一時間ぽっちっきゃ経ってないんじゃ、むりだよな」
携帯の液晶を見詰める。青白い画面に俺の顔が映る。深刻な顔。目が暗澹としてる。
麻生の電話は信じられなかった。
聡史に聞いても半信半疑だった。
ネットで照合して、ようやく現実を知った。
事件は現実におきた。実際に梶の家に爆弾が送り付けられた。梶は爆発に巻き込まれ病院に運ばれ重傷で、そして俺は今、梶に爆弾を送り付けた張本人の手の上で踊らされてる。
何が目的なんだ、麻生は。
知りたくなかった。見なければよかった。好奇心に負け、検索した自分を呪う。
聡史の口から聞いてるうちは、まだ平静を保っていられた。
誰かの勘違いじゃないか嘘じゃないかと、都合よく自分をごまかしていられた。
必死こいて走り回っても全部杞憂ですむんじゃないかと、麻生が大晦日プレゼンツで仕掛けた壮大なる茶番劇じゃないかと、信じたがっていた自分がいた。
今はだめだ。
もうできない。
「………………くそ」
壁を背中で擦り、萎えそうな膝に手を付き、立ち上がる。
だぶつくポケットの中で切り抜きがかさつく。
「切るぞ」
『待ってせんぱ』
回線を断ち切る。
再び携帯を持ち、液晶の光で床を照らし、慎重に歩き出す。
教室は違った。麻生はいなかった。次はどこだ、どこに行けば会える?
脳裏に疑問符が増殖する。推理に煮詰まり、焦りを感じる。目を閉じ、麻生が行きそうな場所を数え上げる。
「教室じゃない。俺が来る五分の間にいける場所………」
もし下に降りたなら、階段で行きあったはず。俺が使った階段は2-Aの斜め前にある。
普通なら至近の階段を使うが……俺と行きあうと予測し、避ける。別の階段を使った?もうひとつの階段は廊下をずっと行った東端。しかしそっちには俺がのぼってる最中の階段の前を通過しなきゃ行けないわけで、遠回りになるのにくわえ、靴音が響く。踊り場にさしかかった俺に目撃されるか、姿は見られずとも靴音を聞かれる危険があるのに、そんな博打うつだろうか。
閃く。
「旧校舎か」
そっちの線があった。
階段を使わず接近中の俺からとおざかるには、教室の西側廊下をまっすぐ行って突き当たりを曲がり、旧校舎に抜けるのが一番簡単な方法。
景気づけに宙に投げ上げた携帯をはっしとキャッチ、床を蹴って走り出す。
さっき激突しかけた壁こそ西廊下の突き当たり。直角に接続した渡り廊下をひとっ走りすりゃ、そこはもう旧校舎。
スニーカーの靴裏で床を叩き、闇を溜めた窓ガラスに残像をひきながら、一路旧校舎をめざす。
ポケットの中の切り抜きがかさかさ鳴るのを聞きながら、あの日の放課後、旧校舎三階の城に麻生を案内した時の胸の高鳴りを反芻する。
特別室が詰まった旧校舎三階。
ガタの来た資料室の引き戸を開ければ、パイプ椅子に腰掛けた後輩が、俺たちを待っていた。
対抗心旺盛に麻生を睨みつけ、開口一番、聡史は言った。
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