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第31話
「起きろ」
冷たい液体を勢いよくぶっかけられる。
「かはっ」
顔面から大量の雫が滴り強烈なアルコール臭が鼻腔を突く。
ビール。
素手で拭こうとして手首に抵抗を感じ、続く金属音に違和感。
そこで漸く両手が自由に使えない現実に至り愕然。
身を捩って振り仰げば両手にがっちり手錠がはまり、壁から突き出たフックに鎖部分が吊り下げられいる。
「んだよ、これ……」
無防備な目鼻にアルコールが流れ込み激しくむせる。
両手の理不尽な拘束に戸惑いを覚え、暴れれば暴れるほど金属の固い手錠が手首に食い込み鮮烈な痛みを生む。
徐徐に睡魔の名残りの靄と視界の濁りが晴れ頭が冴えていく。
得体の知れぬ不安と疑問に駆られあたりを見回す。
天井は開放的に高く太い鉄骨が碁盤の目さながら幾何学的に行き渡っている。
鉄骨を組んだ無機質な天井から視線を下ろせば、一面コンクリ打ち放しの殺風景な空間が広がっていた。
見覚えある情景。
そうだ廃工場。
夏休み最初の夜、麻生に連れ込まれた場所。
暴走族の集会場とも不良の溜まり場とも噂され地元で忌避される場所。
「起きたか」
「よく眠ってたな」
押し殺した笑声が流れる。周囲に影がたむろっていた。
工場の床は広範囲にわたり、煙草の吸殻やシンナーの袋ポルノ雑誌スナック菓子の袋が乱雑に投げ捨てられ蹂躙されていた。
不特定多数の人間に踏み荒らされた工場内は荒廃と退廃の気の澱みを一層濃くしている。
正面の闇に目を凝らす。
人がいた。一人、二人、三人……四人。
俺と同じか少し上くらいの連中。最年長は二十歳前後に見える。
一目で不良とわかる柄の悪さ、格好、スレた目つき。
どいつもこいつも知らない顔、赤の他人。
パンク系ファッションの一人が、中身をあらかた俺の顔にぶちまけた空き缶を無造作に放る。
「……誰だ、あんたたち……俺に用か?にしちゃ、手あらい、歓迎だな」
一言ずつ息を区切って言う俺を指さし不良どもが笑う。
頭のネジが数十回転ゆるんでそうなけたたましい笑い方。
軸ブレまくりいの哄笑が高い天井に殷々と反響し、怪物の咆哮じみた余韻を帯びる。
足元の床に落ちたシンナーの袋がいやでも目に入る……一発キメてご機嫌らしい。
落ち着け。
冷静に思い出せ。
自分に起きたことを順番に、時系列の順に並べて。
「―!痛っ、」
深呼吸と同時に脇腹が引き攣る。
暴れたはずみにパーカーの裾がずりあがり真新しい火傷のあとが覗く。
範囲はそれほど広くない、直径三センチほど。
脇腹の火傷が引き金となり記憶が一挙にフラッシュバック。
お袋と喧嘩して家を飛び出した。身を切るように冷たい風が吹いていた。空気は乾燥していた。空は高かった。逃避が目的でがむしゃらに足を蹴りだし駅前に来て、コンビニで立ち読みして、ああそうだ、レジの前で小銭を落として……
親切な人が拾ってくれた『大丈夫ですか』名刺・後藤弘文『君はひょっとして』麻生の後見人、マンションですれ違った男『話しませんか』缶コーヒーをおごってもらい、二人して駐車場の置石に腰掛け、世間話をした『君は譲さんの友達なんですか』俺はなんて答えた?そうだ、はいと言った、そうだと認めた。相手がそう思ってくれてる自信はないが、少なくとも俺は、一方的にそう自認してる。
何を話したっけ?……麻生の事、麻生の話。後藤さんは麻生を心配してた。いい人だった。この人が麻生にいてくれてよかった。俺は誰にも話せなかった胸の内と腹の底を出会ったばかりの後藤さんに洗いざらいぶちまけていた。後藤さんには不思議な魅力、出会ったばかりの人間がおのずと悩みを打ち明けたくなる包容力があった。俺は……麻生ともっと距離を縮めたかった、アイツに頼ってほしかった。辛いこと苦しいこと、もっと共有したかった。『譲さんをよろしくおねがいします』耳に心地よい低音。後藤さんは丁寧にお辞儀して雑踏に紛れ去っていった。
後藤さんを追って通りに出て、しばらくしてパーカーのポケットを探り
「路地」
路地に逸れた。
今帰ると電話を入れようとして。
人けがない閑散とした路地、建物の壁に阻まれた狭苦しい場所、表通りからは死角に入る。
拉致には最適の条件が揃っていた。
脇腹に喰らった衝撃を思い出し、顔を顰める。
「やっぱきくな、スタンガンは。一発で気絶しちまった」
「ちょっと強すぎたんじゃねーか?いきなりぶっ倒れてバンまで運ぶの苦労したぜ」
「車に近い場所でやれよ」
「下手に誘導して逃げられるよかマシだろ。文句ばっか言うな、じゃあお前がやれ」
不良どもがヒステリックに言い争う。
路地裏でスタンガンの一撃を喰らった、それは疑う余地もない事実。
現場で昏倒した俺は、近くに停まっていたバンに引きずり込まれ廃工場に運ばれた。
「待てよ……意味わかんね」
状況は大体わかった。わかんないのは事情だ、なんだって俺が拉致されなきゃならない?
俺はこれといってとりえもない平凡な高校生で犯罪に関与した前科は一切ない。
唯一やらかした悪さといえば小5の時、道で拾った千円を交番に届けず猫ババしたことか。
夏目漱石の祟り?
まさか。スタンガンで気絶させる手口からして尋常じゃねえ、そんな恨みを買った覚えは……
逆恨みなら?
「勝手にくっちゃべってねえで人の話聞けよ!なんだよこれは、悪ふざけもいいかげんにしろ、人にスタンガン向けちゃいけないって親から教わらなかったのかよ!しかも今俺の手に嵌まってるコイツはなんだ、手錠じゃねーか、警察から盗んできたのかよ!?大体スタンガン使って拉致とかフィクションの悪影響だ、一歩間違えば心臓麻痺でショック死だ、お前らみてーなごく一部の非常識な連中が現実と虚構の区別つかねー行動するから娯楽に規制かかるってわかってんのかよ!?誘拐ならあてが外れて残念だな、うち貧乏だから身代金払えねー……」
「知ってるよ」
二度と聞きたくない声。
笑う人影をかきわけ、体の半分が沈む不安定な歩き方でやってきたのは……
「ボルゾイ」
二度と見たくなかった顔。二度と会いたくなかった元同級生。
二学期の始まりと同時に学校から消えたボルゾイが目の前に立つ。
片手に分厚く包帯を巻き、片脚はギプスで固めぎくしゃく松葉杖を付いてる。
大人しく入院してろと言いたい重傷人の風体だが、目には爛々と憎悪が滾っている。
「退院したのか」
さすがボルゾイ、ゴキブリなみにしぶとい。生命力と回復力がすごい。
一瞬自分が置かれた状況も忘れ呑気に感心するも、次なる疑問が浮かぶ。
「学校辞めたんじゃなかったっけ。自主退学って聞いたけどなんでここに……がらの悪い連中と付き合って……」
「つくづくお気楽だなお前は。世間話する気か。状況見てもの言えよ」
ボルゾイが唇をひん曲げ揶揄し仲間が追従し失笑を漏らす……仲間なのだろう。
「紹介まだだったな。こいつらは俺のダチ、とっくにドロップアウト済み」
「お前もだろ伊集院」
「俺たちの世界にようこそ!」
野次と口笛が狂騒的に乱れ飛び男たちがなれなれしくボルゾイの肩を叩く。
言われてみればどいつもこいつもボルゾイに勝るとも劣らぬサドっ気が顔に出ている。
脱色した髪を立たせ髑髏の指輪で飾るパンク気取り、上唇にピアスを嵌めた肥満体、やたら顔色が悪く瞬きの多い痩せぎすの男……
人を見た目で判断しちゃいけないのは重々承の上知だが率直に言って気持ち悪い奴ら。
「俺がここにいる理由説明しろよ」
「偶然だよ。ふらっと散歩に出たらコンビの駐車場で知らねえおっさんとだべってるとこ見かけて、つい懐かしくなっちゃって」
「整骨院の帰り?」
「また減らず口が聞けて嬉しいよ……で、親切な友達に連絡したわけだ、元同級生と久しぶりにゆっくりおしゃべりしたいからセッティング頼むって。案の定携帯かけたら即飛んできた」
「たまたま近場にいてよかったよ」
松葉杖を振って種を明かすボルゾイと相槌打つ男達を見比べせいぜい憎憎しく毒づく。
「パシリか。とりまき侍らせてご機嫌なのは学校の中でも外でもおんなじか、進歩ねーな」
松葉杖に縋ったボルゾイが中腰の姿勢から前傾、高圧的に顔を突き出す。
鼻の先端が触れる距離に狡猾で陰湿な笑み。
「会いたかったぜ、秋山。何ヶ月ぶりだ?相変わらずヌケた顔だな」
「……拉致の黒幕はお前か」
警戒心がこもり声が低まる。
ボルゾイの様子は尋常じゃない。以前からイカれてたが今の比じゃない。
躁鬱の気の激しい哄笑をあげ、無事な方の手で俺の頬をぺたぺた叩く。
「ご名答。バカの癖に頭の回転は鈍くねえな。ああそうか、バカなふりしてるんだっけ。俺に目をつけられるのがいやでわざと実力隠しておちこぼれ装ってんだろ?俺がいなくなって過ごしやすくなっただろ、なあ?学校楽しいか、俺が消えて」
粘着な言い回しに辟易。
頬を包む手の温度と感触が不快。
頬にべたべた触りまくるボルゾイを反抗的に睨みつけ不敵に笑う。
「楽しいよ、お前が消えてくれて最高に。青春満喫してる」
高く乾いた音が鳴る。おもいっきり頬を張られた。
「…………調子にのるなよ、生活補助もらってる貧乏人の分際で」
「こう言ってほしかったんだろ?お前の考えてることくらいバカでも読める、俺を殴る理由ができるからな」
鉄錆びた味が口の中に広がる。
唾を吐く。薄赤い粘液が床に付着する。
工場は暗い。今が何時か分からないが、おそらく夜なのだろう。
煙草の煙とシンナーの匂いが混ざり合い悪徳の巣の如く廃墟の空気を濁らせている。
ズボンの尻がざらつく。不衛生な床で砂利と埃が擦れる。吊られた両腕がキツイ。
手錠の鎖は壁から突き出たフックにひっかけられてる。精肉工場の豚みたいな扱い……末路も似たようなもんだろう。
「さんざんいたぶって気がすんだんじゃないのか」
「まさか。本当ならこれから二年間、手をかえ品をかえたっぷり仕込むつもりだった」
「途中退場は不本意?」
「計画が狂った。本当なら今頃俺たちのドレイになってたんだ」
「ドレイって……リアルに口に出すヤツがいるとはな。なかなか新鮮な響き」
気丈ぶって軽口叩きつつ、だだっ広い工場内を視線で走査し逃げ道をさがす。
焦慮に苛まれ尻が焦げ付く。心臓が早鐘を打つ。
夏休み最初の夜、ボルゾイから受けた仕打ちがひとつひとつ甦り鳥肌立つ。
「なあ、一度聞きたかったんだけど」
できるだけ砕けた口ぶりで元同級生に長年の疑問をぶつける。
「なんで俺を目の敵にするんだ?どうしてそんなに憎めるんだ?俺、お前になにかしたか。自分じゃ気付いてねえけど、お前の気に障ることでもしたっけ。廊下ですれちがうとき足踏んだとか……学食で列に割り込んだとか……ほとんど弁当持参だから後のほうは可能性低いけど……俺、お前が根にもつことしたか」
本当にわからない。
こんなに執念深く恨まれる心当たりがない。
確かに入試の順位はボルゾイより上だった。でもそれだけだ、恨まれる心当たりなんてそれしかない。たったそれだけで、こうも執着できるのか。
退学して、いなくなって、やっと腐れ縁が切れたと安心したのに。
油断につけこまれた。
俺はふらふら外を出歩いちゃいけなかった。ボルゾイがどこに潜んでるかわかんねーのに、どこで見張ってるかわかんねーのに、ただでさえ人出が多い土曜の午後に呑気に駅前を出歩いちゃいけなかった。ボルゾイと行動範囲が重なってる事を忘れちゃいけなかったのだ。
「聞きたいか」
「すっごく」
一も二もなく頷く。好奇心と時間稼ぎ、両方の理由で。
ダン、と耳のすぐそばに衝撃。思わず身が竦む。
顔の横に無事な方の手を付き、唇が触れる寸前まで身を乗り出す。
「顔」
「顔?俺の?」
間近に詰め寄るボルゾイを身じろぎもせず見つめ返す。
本音を言えば顔を背けたい衝動と必死に戦っていた。
意志の弾丸を装填し、銃口のように強い目でボルゾイを直視する。
髪も肌もがさがさに傷んでる。
自慢の白い歯は不潔に黄ばみ唾と一緒に嫌な匂いをまきちらす。
少し痩せた、か?頬骨が高く浮き出、こけた目に青黒い隈ができてる。
毛細血管が蜘蛛の巣状に張り巡らされた眼球のぎらつきと毛穴からアドレナリン吹き零れる凶相に息を呑む。
息がシンナー臭い。間違いなく薬をやってる。
「自分で気付いてねーか?お前の泣き顔、すっげそそる。男の俺でも勃っちまう」
堕落に染まった吐息、歪み腐りきった性根。
「………は、………ははははははははは、冗談キッツイ。お前、正気?頭大丈夫?俺、男だぜ。別に顔キレイじゃねーし……美形じゃねえし、普通の、どこにでもいる……麻生みたいな二枚目じゃねえし」
腹に激痛が走る。
「!!―ひぐっ、」
脇腹に剣山を突き立てられたような衝撃に極限まで目を剥く。
刺激に涙腺が弛緩し生理的な涙で視界が霞む。
「麻生、麻生、麻生、麻生……そればっかだな。うざいんだよ、許可なく名前出すな」
「あくっ……ぅあ、がっ………」
「仮病の演技で同情引こうってか?電圧弱めに設定してやったんだ、有難くおもえ」
恩着せがましくほざき仲間から借りたスタンガンを虚空で放電させる。
スタンガンの電極の間で青白い火花が散る。
これで弱めだなんて、さっきは何ボルトだったんだ?
両手を拘束されてるせいで腹を庇えず無力に身を丸めることしかできない。
スタンガンを押し当てられた脇腹がずきずき痛む。
酸素を欲し喘ぐ俺にのしかかりボルゾイが唾まきちらし笑う。
「そう、その顔傑作!悔しさと恥ずかしさで死にそうなところをぎりぎりで持ちこたえてるその顔たまんねえよ、今まで色んなヤツいじめてきたけどお前が最高だ、最高にいい声と顔で鳴いてくれる、そこらの女なんかめじゃねーよ!!」
「………手錠……はずせ……」
息も絶え絶えに命令する。
ボルゾイがこれ見よがしにスタンガンを翳す。
「まだ懲りねーのか?」
やめろと叫ぶ暇さえ与えられなかった。
二回目、今度は腹のど真ん中にスタンガンが食い込む。
息が止まる。
三回、四回……立て続けに来る。
火花の弾ける音
頭が漂白
閃光が炸裂
体が意志で制御できず跳ねるたび手錠の鎖が耳障りに軋り鳴くスタンガンで責められる俺を囲み男たちが笑うボルゾイが恍惚と笑う
「ショック死しちまったらもったいねーぞ、お楽しみ残ってんのに」
「大丈夫だよ、一番低めにしてあるし。一回やってみたかったんだよな、スタンガン責め」
「はは、口からヨダレたらしてのたうちまわってエロいかっこだな」
「ふざけ……ーっ、お前らこんなことして、警察に」
脅しで口走った言葉を遮るように今度は首の後ろに
「!!っあい、ぎ」
「警察に駆け込む?やめとけ、恥かくだけだぜ。いじめっ子の元同級生と愉快な仲間たちに拉致られて、廃工場でスタンガン責めにあったなんてどの面下げて泣きつくよ?」
思考が働かない。
正常な判断ができない。
痛くて痛くてあとからあとから涙が出る。涙腺の調節がいかれちまったようだ。
最悪だ畜生、今日は厄日か、お袋に罰当たりなこと言ったからバチがあたったのか。
体表から体内へと電気が通過、太いニードルを突き立てられるような衝撃、激痛。
遊び飽きたスタンガンを引っ込め、にやにやと反応を窺う。
貪るように酸素を吸い込み、痺れた喉から掠れた声を絞り出す。
「うち………帰してくれ………」
目から鼻から滴った液体がビールと混じって顔をべとべとに汚す。
肩を不安定に沈め胸を喘がせ呼吸しつつ許しを請う。
前髪に衝撃。強引に顔を上げさせられる。
「わかってんのか、おい。お前のせいで学校やめさせられたんだよ」
「俺……なんもしてね……お前が勝手に、はっ……逆恨みじゃねーか………」
「チクったくせに」
誰に?
薄ぼんやり涙の膜が張る目で問い返す。
とぼけてると勘違いしたか、ボルゾイが黄ばんだ歯をむき出し唸る。
「チクったんだろ。そのツラとケツでたらしこんで、いいように使ったくせに。とんだ性悪だよ。俺に直接歯向かうのが怖いからって卑怯な手使いやがって……裏から手え回して……おかげでこちとら人生台無し将来設計完全に狂っちまったぜ、全部全部お前が余計なことしたから……お前みたいなクズは俺の下であがいてりゃいいんだよ、ああッ、俺辞めさせて勝ったつもりかよそれで!!?」
性悪?俺が?たらしこむ?誰を?
話が飛躍しすぎてついてけないが、これだけは確か。
ボルゾイは俺がすべての元凶が思い込んでる。
どうあっても俺に復讐しなきゃ気がすまないのだ。
激昂の発作に駆られ、髪をぷちぷち引き抜きかきむしりつつサディストの悦びに染まりきった狂気の哄笑を放つ。
「はは、その顔。びびりまくったその顔だよ、それが見たかった!まったく嬲り甲斐があるよ、なあ秋山これなにかわかるか、小学校から高校まで数えて八人!俺がいじめで登校拒否と転校に追い込んだ記録だよ、めちゃくちゃ簡単だった、すぐ音を上げてこなくなる歯ごたえねえヤツもなかなか粘るヤツもいた!!けどクラス全員の前で自慰強制されちゃおしまいだ、自殺未遂したヤツもいたっけ、可哀相に失敗したあげく手首の腱が切れて一生箸が持てなくなっちまったけど!!」
ボルゾイが誇らしげに仰け反り高笑い悪行の数々を暴露し、生理的嫌悪が極限まで膨れ上がる。
どういう神経してりゃこんなに楽しげに自慢げに自分がいじめて追い込んだヤツのことを話せる、理解できないしたくもねえ、頼むとっとと消えてくれ、これ以上俺の耳に腐った言葉を注ぎ込むな!!
「最、低だ、お前。お前がいじめたヤツらだって……痛みを感じて……家族もいて……これからの人生あるのに、生きてかなきゃいけねーのに」
「知るか。俺が楽しいからいじめるんだよ。でもな、お前はとびっきりだよ。今まで俺が追い込んだへタレの中でもとびっきりいい声と顔で泣いてくれてめちゃくちゃ興奮する。美術室の一件、覚えてるか?水吐き零してのたうちまわるお前、最高だった。バイブを股間に押し付けられて喘ぐ姿めちゃくちゃエロかった」
「言うな」
「感じてたくせに。気持ちよかったろ携帯バイブは、またしてほしいだろ。俺の手にしごかれて射精したもんなドピュッて、同級生に見られて興奮したろ?耳朶まで真っ赤に染まって、目がとろんと潤んで、ばらけた前髪が額に張り付いてすっげ可愛かった」
「地獄におちやがれくそったれ変態野郎、自分でしごいてろ」
「最高の褒め言葉だ。もっと睨んで罵ってくれよ、大人しい獲物にゃ興味ないんだ」
ボルゾイが笑いながら背後の男に顎をしゃくる。
革ジャンにブーツのガタイのいい男が歩み出、ポケットから瓶をとりだす。
「なん、」
ボルゾイと立ち位置を入れ替わり、栓を抜く。
俺のパーカーの裾を掴み、大胆に捲り上げ、火傷のあとも生々しい下腹部を外気に晒す。
「貧相な腹筋、女みてえに生白い肌」
「!ひ、」
傾いた瓶から裸の腹へと透明な液体が零れ落ちる。過敏な反応に笑いが渦巻く。
腹の窪みに溜まる液体を手で伸ばし塗り広げていく。
貧相に痩せた腹筋から薄い胸板へかけ骨ばった指の感触に伴い冷感がしみこんでいく。
瓶から零れた透明な液体は独特の粘性があり、捏ねれば捏ねるほどいやらしく糸を引く。
「やめろよ気色わりぃ、日焼け止めクリームが要る季節じゃねーだろ!!」
「暴れるな」
手錠の鎖もちぎれよと足を蹴り上げるもボルゾイの指示を受けた残るメンバーが寄ってきて、俺の肩を掴み抵抗を封じる。
壁に背中を固定され、身動きを奪われ、後頭部を分厚い手で押さえ込まれむりやり前屈みの姿勢をとらされる。
「勘違いすんな。お前だって聞いたことくらいはあるだろ……ローションだよ。潤滑剤。濡れない女の滑りをよくするために使う」
「ラブホによくおいてある」
「むりむり、コイツ童貞だから知んねーよ!」
下品な哄笑が渦巻く。松葉杖の先端がコツコツ神経症的にコンクリ床を叩く。
「裂けちまったら大変だろ、後始末が。病院ざたにゃしたくねーし」
その一言で。
これから行われようとしてるおぞましいの一語に尽きる悪趣味を、完璧に理解する。
「……ふ、……ふざけてんだろ」
声が震える。声だけじゃない、体も震える。
頭に上った血がすっと下りて、体を冷やす。
「だって、俺、男で……わざわざローション使って男を強姦するとか、正気じゃねえ」
「強姦じゃねえ、輪姦だ。本たくさん読んでるんだから言葉は正しく使え」
「ボルゾ、じゃねえ伊集院、だってお前、俺と同じクラスで……俺たち同級生で……」
「辞めたんだから関係ねえよ。まあ辞めなくてもお前は肉ドレイルートだけど」
お話にならない。
言葉が通じないボルゾイの説得は諦め、俺の腹にローションを塗り広げていく男に凄まじい剣幕で食ってかかる。
「お前らはいいのかよボルゾイの言いなりで、男をレイプとかできんのかよ、だってケツの穴にいれるんだぜ、汚いだろ普通に考えてさ!汚いだけじゃねえ、俺が警察に駆け込んだらお前ら全員逮捕だ、男をレイプした男って新聞に書きたてられたら外で生きてけね」
「お前は?」
ボルゾイが揚げ足とってほくそえむ。
「冷静に考えて外で生きてけないのはお前の方。元同級生に拉致輪姦されましたって証言できるか?男が男に手錠噛まされて強姦されたって言えんのかよ。証拠写真撮られるぜ?腫れて裂けたケツの穴に医者が指やら道具やら突っ込んで検査するぜ?誰に何回犯されたか、どんな言葉で辱められたかねちねち掘り返されて耐えられるか。刑事もどん引き」
「………………っ」
「新聞の見出しはこうだ、『地元高校生A君 元同級生に輪姦される』……同級生に、それも男に輪姦された悲劇の高校生として一躍全国区の有名人。ま、地元にゃいられなくなるだろうな」
加害者より被害者の立場の方が不利だ。
ボルゾイ達に輪姦されて、警察に駆け込んで。刑事に事情聴取を受けて。調書を作成され。
……証言できるか?
できるわけねえ。
最初から分が悪い駆け引きだった。輪姦は俺の口封じも兼ねた行為だ。
レイプ被害を訴えるのには物凄い勇気がいる、ましてや男が男に輪姦されましたなんて口が裂けても言えねえ。
スタンガンの不意打ちくらってあっさり気を失って気付いたら手錠噛まされて犯られ放題でしたなんて、自白と引き換えにプライドを売り渡すようなもんだ。
ズボンに男の手がかかる。
膝を蹴り上げるもたちどころにおさえこまれ下着ごと引き下げられる。
男が野卑な口笛を吹く。ボルゾイの笑みが大きくなる。
「ああ、一応皮は剥けてんだ。手間省けてよかった。剥くのも一興だけど」
「さらっぴんの新品だけにキレイなピンク色してる」
下劣な笑みを滴らせ、ローションに塗れた手を下へと移す。
「さわんな!」
ねちゃりぬちゃりと音がする。濡れた手の気色悪さに太股が粟立つ。
ぬるつく手が直接前を掴み緩慢にしごきたてる。指の間でローションが糸引く。
「!―んっ、」
恥辱で頭が煮える。
自分しか触ったことない場所をローションでぬめる他人の手にいじくりまわされ、悲鳴とも喘ぎともつかぬ塊が喉につかえる。
「……嫌だ、さわんな、気持ちわり……冷て……手えどけろ!」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い、ローションに塗れた手がくちゃくちゃ卑猥な水音こね回し前をゆるゆるしごきたて腰の奥の性感をかきたて快感を叩き起こす。
「反応いいな。今までで一番かも」
「感度いいんだよ。仕込めば使いものになる」
「こういうスレてねータイプ親父受けしそうだし」
「伊集院、あの人に談してみろよ」
「もう手は打ってある。例の写メは回したからあとは返事待ち。ま、今晩の仕上がり次第だな」
意味不明な会話の断片が強制的にもたらされた快感と淫蕩な熱で霞がかった脳裏に拡散していく。
「んっ……あ、ひぐ………ちょ、たんま、っとにも……うち返せ……俺の携帯……」
「今頃だれかに拾われてるんじゃねーか、路地裏にほっぽってきたし」
助けを求める手段さえ取り上げられ、絶望する。
携帯は路地裏だ。
肌身離さず持っていたところで、両手に手錠をかまされたこの状態じゃ家にも警察にも聡史にもかけられない。
麻生。
麻生。
麻生。
強制的に快楽に慣らされ呼吸が次第に荒く浅くなる。
執拗に前をいじくり倒していた手が、勃ちあがった頃合を見て後ろにもぐりこむ。
「!!―っく」
排泄にしか使ったことない孔に、ローションに塗れた指がねじ込まれる。
後ろが収縮、腸壁の猥雑な動きを楽しむように指が二本に増やされる。
息が、詰まる。
「処女の反応だな。体の力抜けよ、後がキツイぞ」
舌なめずりしそうな顔で男がうそぶき指を引っこ抜く。
圧迫から解放され、安堵で体がゆるむ。
その隙を見計らうように再びたっぷりローションを付けた指をねじこまれ、律動的に抜き差しされる。
内蔵がでんぐり返る。
痛い、涙が出るほど痛い、帰りたい、帰してくれ。
「痛ッ……やめ、頼むやめさせてくれ伊集院、こんなのっ……なんでもするから、土下座しろっていうならする、靴なめろっていうならそうする、だからこんな……ッ、も、保たね……おかしくなっちまう……」
「恥ずかしいか」
「恥ずかしいよ、やめろよ!!」
今ならボルゾイに土下座できる、恥もプライドもかなぐり捨て這い蹲れる。手が自由ならすがり付いていただろう。
抵抗しようにもさんざん電流責めにあって体に力が入らない。
命令系統の神経が麻痺し断ち切れて四肢が皮一枚でだらしなくのびっきてる。
顎の筋肉ががちがちに強張って口を開くだけで余力を使い果たし、罵倒も哀願もどちらにせよ用を足さない。
男たちが含みをもたせ目配せを交わす。
ボルゾイがにやつきつつ傍らの男に顎しゃくる。
唇ピアスがポケットから何かを取り出し、俺の膝に投げる。
コンクリ床に落下したのは……
妙にのっぺりした表面に光沢ある、プラスチックの球体。
「ローターだよ」
焦点の曖昧な目でボルゾイを仰ぐ。
男たちを仰ぐ。
全員いかれてる。
「ここにいる全員をしゃぶるか、ローター突っ込まれてイキっぱなしか、どっちか選べ」
この声どこから響いてるんだ。
遠近法が狂い、三半規管が酔う。
「はははははははっ、だってこれ指よりでかいし……ケツの穴に入るわけねー」
「しゃぶるほうでもいいんだぜ?」
「こっちは大歓迎。ローターで気持ちよくなンのお前だけだし?」
夢なら覚めてくれ。今すぐ。
そうだきっと瞼を開ければそこは居間の炬燵で俺はぐっすり眠りこけて妹に「兄貴ジャマ」って邪険に蹴り起こされる、目が冷めたらもう夕飯でお袋は台所でトントンと包丁の音が響く、だから嘘だ、こんなの夢だ、コンクリ床に転がったカプセル状のおぞましい物体もカプセルの尻から突き出たコードとそれに繋がるコントローラーも、全部、全部……
「どっちにしろほぐしてもらったほうがラクだろ、ヤることは一緒なんだからさ」
ボルゾイが物分りよく促し、なだめる。
俺の頭を抱え込むようにして引き寄せ、髪に指を絡め、くしゃりとかきまぜる。
「……突っ込んで……校庭十周とか……本気だったのか」
「スタンガンでケツの穴ゆるめっか。加減間違えて死んじまうかもしんねーけど」
ボルゾイは本気だ。
細めた目が嗜虐の愉悦に蕩け、ズボンの股間ははち切れんばかりに勃起してる。
拒めば本当にスタンガンを食わせかねない。
麻生のマンションに泊まった夜の夢を思い出す。
夢の中で美術室にいた。
同級生によってたかって組み伏せられ押さえ込まれ口をこじ開けられ、むりやりボルゾイのものをしゃぶらされた。
口の中に満ちる青臭い苦味まで忠実に再現され胃液が込み上げる。
「さっさと決めろよ」
苛立った男たちに手荒く小突かれ、右に左に頼りなく傾ぐ。
「同級生が手のつけようねえ変態だったなんて哀しいよ」
心と現実が乖離し、口が勝手に動く。
「お前らご自慢の雑菌繁殖した汚えもんしゃぶるくらいなら、ローター突っ込まれたほうがマシだ」
あんな苦しいのはごめんだ。
口の中一杯に膨張した肉が詰まって喉の奥まで衝かれて、苦い胃液にむせるような羽目は。
自発的にしゃぶるより強制的に突っ込まれるほうがまだマシだ。
俺が決めた事だ。でも卑怯だ、こんなのって。どっちに転んでも最悪じゃねーか。
せいぜい虚勢を張って不敵に笑ったつもりが、語尾の震えを隠せず失笑を買う。
恥辱と怒りで顔が染まる。
今すぐ消えてなくなりたい、蒸発したい。もう沢山だ、こんなの。どこに逃げてもボルゾイは追いかけてくる。俺がなにをした?何もしてない、ただいるだけで気に入らない、存在するだけで憎まれる、蔑まれる。
逃げればよかったのか?お袋と妹をおいて、誰も知らない町へ、貯金を持って逃げりゃよかったのかよ。そしたらこんな目に遭わずにすんだ、夏休みのあいだに決断してりゃこんな事には……
うんざりだ。
たくさんだ。
ぜんぶぜんぶ終わりにしてくれ。
「ひぐっ、」
しゃくりあげる。
ローションに塗れた手がローターを摘み上げケツの穴に押し当てる。
異物感の圧迫に喉が鳴る。
冷たく固いプラスチックの塊が、ローションで攪拌された穴の中へねじこまれていく。
内蔵が軋む。腹筋が引き攣る。声が小刻みに弾む。
「あっ、あっ、あっ」
指とは違う無機的な質感に体が拒絶反応を示す。
「感じてんの?エロい声出して」
場所を入れ替わり、再び正面に陣取ったボルゾイに残る片手で前をいじくられ、必死に歯を食いしばり喘ぎ声を殺す。
「ははっ、初めてケツに入れられるわりにゃ感じてるじゃん」
「マゾっ気あるんじゃねーの。いじめられっ子だろ、コイツ。なあ伊集院」
「なあ秋山、ここだけの話おしえてくれよ。お前、俺にいじめてもらってまんざらでもなかったろ。美術室でもちゃんと勃ってたじゃん。殴る蹴るされて言葉で辱められて実はむらむらしてたんだろ。マゾ犬の素質あるよ、たっぷり一晩かけて調教してやる」
膝を割り開かれた恥ずかしい格好をよってたかって視姦され、口笛と卑猥な揶揄を浴びせられ、堪えに堪えていたものが水位を上げあふれ出す。
帰りたい。俺が何したんだ。割にあわねえ、逆恨みだ、変態に目を付けられて、こんな……
ガチガチと手錠が鳴る。拘束をとこうと死に物狂いで暴れるほど手錠が手首を削り血が滲む、意味不明な奇声を発し支離滅裂に罵り精一杯の抵抗を示すも微熱に潤む涙目は迫力不足、男たちがげらげらと笑う、異物が奥へ奥へともぐりこむ、力んで押し出そうとしてもむり、苦しい、息ができねえ………
「―!ッは、はあっ、は、かふっ」
脂汗が前髪から滴り、床に染みを作る。
くちゃりと音たて指が抜かれる。
「辛そうだな」
「……は……頼む、伊集院……これ、……中、入ってんの……抜いてくれ……ッ、なんか、変で……へんなふうにあたって、動けね……」
息も切れ切れに訴える。
本当は、声を出すのも辛い。ケツん中の異物が、足をもぞつかせるたび妙な具合に動く。
使えない両手の代わりに限界まで身を乗り出し、ボルゾイに乞う。
びしょぬれの前髪と顔から脂汗とビールの混じった雫を滴らせ、跪く俺を勝ち誇って眺め、ボルゾイが手の中の物を見せる。
ローターのリモコン。
「―-----------――あああああああああっああああ!!」
不意打ちだった。
ほとんど準備もさせてもらえなかった。
体内から、凄まじい振動が、来る。
奥まで突っ込まれたローターが振動し、直接前立腺を揺すり立てる。
衝撃が突き抜ける。
背中を仰け反らせ喚く、背中が壁に激突し息が詰まりずりおちていく。
痙攣、不規則に跳ねる。息を吸って吐き吸って吐き、そんな当たり前のことができなくなる。
「あぐ、ぁふ、あ、ああ、っ、やめ、はず、んく、いッ」
機械のカプセルが激しく震え動き体内を攪拌、前立腺への刺激に連動して既にぎりぎりまで高められた前が爆ぜ、白濁を散らす。
振動が弱まる。
リモコンを一気に最強に跳ね上げたボルゾイが俺の反応に満足し、摘みを調節する。
「ローター初体験のご感想はどうだ?」
「もうイッちまったのか、つまんねー」
「じりじりためて遊べよ、一気に最強なんかにしたらへばっちまうって」
「沢山出たな。腹まで飛んでる。や~らしい眺め。本格的に撮影しね?」
「悪くねー案。あの人の都合次第だ」
手錠で吊られてなかったら倒れこんでいた。
「…………伊集院、てめえ………」
「美術室は序の口。廃工場が本番」
ボルゾイが松葉杖を持ち直し先端を突きつけ、宣言。
「言ったろ、ドレイにしてやるって」
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