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第32話

 目隠しされ手錠で吊られる。  「はっ、はふ………」  目を閉じても闇、開いても闇。  濃さが違うだけで黒一色ののっぺり平坦な視界に変化なし。  裏漉しされた闇が視界を奪う。蒸れた布が不快に顔にへばりつく。  窒息感、閉塞感、圧迫感……耐え難い。苦しい、助けてくれ。  来た。  まただ。  これで何度目?  「―ッ、あぁあっ」  突然振動が激しくなる。  体の奥に突っ込まれたローターが激しく踊り、前立腺を直接揺すりたてる。  腹が熱い。  ぐちゃぐちゃのどろどろに中をかきまぜられる。  身を捩り半狂乱で暴れるもランダムに設定されたローターは機械的な振動を続ける。  初めて体験するローターの味は強烈だった。  前立腺を刺激されると男でも感じるって聞いてたけど、嘘じゃなかった。  振動は弱まりまた強くなり、一瞬たりとも気が抜けない。  悦楽の波が引き微弱で単調な振動へと戻る。  怖い。  暗闇が。  自分が自分でなくなるのが。  「伊集院、どこだよ、いるんだろ、聞こえてんだろ!?」  喉を絞り名前を呼ぶ。  鉄骨を打ち立てた工場内に殷々と絶叫が反響する。  「いるんだろ、返事しろよ、無視すんな!-はっ……んく……早く、俺ん中に突っ込んだ、このふざけたおもちゃとれよ!」  腹筋に力が入らず、呼気が抜け語尾が萎える。  唇を噛み、喘ぎに変わりそうな怒声を律する。  暗い。怖い。  スタンガンのショックとローターから絶え間なく送り込まれる振動、それによる消耗で朦朧としていた間に目隠しをされた。  奪われた視覚をその他の感覚が補う。聴覚が過敏になる。身を捩るたび動きに合わせじゃらじゃらと鎖が鳴る。触覚。パーカーの背中に堅固な壁の感触。嗅覚。アルコールと煙草の煙が混ざりあった嫌な匂いが噎せ返るようにたちこめる。  ローターの振動はイきたくてもイけないぎりぎりに保たれている。右足から左足へ、左足から右足へ爪先立ち重心を移し気を紛らわす。熱を持て余した体がちりちり疼きだす。前が窮屈だ。パンパンに張り詰めてる。今すぐズボンのファスナーをおろしてしごきたい、じわじわ水位を増し込み上げてくるものを吐き出したい。  ジーパンの布地が勃起した前を圧迫、デニム地の抵抗がじれったい。苦しい。今すぐ手を突っ込んでめちゃくちゃにしごきたてたい。  振動には波がある。  初体験の玩具が体内で暴れ出し、腰の奥の性感の火種をかきたてる。  震えが粘膜を伝わって波紋が広がる。  手錠の鎖が擦れ合い耳障りに鳴る。  感覚を研ぎ澄まし、意識を延長した不可視の触手を伸ばし人の気配を探る。  手錠で吊られた俺を肴にボルゾイたちはどんちゃん騒ぎをしている。  放置プレイってヤツか?……人おちょくんのも大概にしろ。  「で、こないだの女ときたら傑作でさ。さわんなインポ!って蹴るやひっかくや大暴れしたくせに突っ込まれたら気分出してあんあん喘いでやんの」  「勝手に濡れるから女は便利」  「いい画が撮れたぜ。高い値がつく」  「無視すんなよ、聞こえてんだろ、なあ、なんとか言えよ!―っ、は……もういいだろ、こんなの……早くとれ……抜いて……」   酔っ払いの哄笑が爆ぜ、工場内に打ち立てられた鉄骨に跳ね返って殷々と響く。  アルコールが入ってすっかりご機嫌、俺の訴えなんか聞いちゃいない。  どこにいるんだ?距離感が掴めねえ。  「!!ひっ、」  顔の横で甲高い金属音が炸裂、次いで何かが勢い良く跳ね返る。  不意打ち。目隠しのせいで全く心の準備ができず心臓が止まった。  顔の横の壁に投擲された物体は反動で放物線を描き、カンカンと床を跳ね打つ。  意地悪い爆笑。  身を竦める俺へと浴びせかけられる悪意、乱れ飛ぶ野次と揶揄と罵声。  多分、空き缶。  中の一人がふざけて空き缶を投げ付けた。目隠しのせいで軌道が読めず冷や汗をかいた。  心臓はまだ鳴り続け首筋の脈が激しく踊る。  喉仏を動かし、固い唾をむりやり嚥下。拉致犯どもは完璧楽しんでる。  既に手錠をかまされている。この上目隠しは不要だ、意味がない。  目隠しはただの悪ふざけ、恐怖をより効果的に高め反抗を封じ込める小細工。   視界を奪われてから消耗度合いは著しい。  暗闇は精神的に来る。  現に今、俺は顔の横にぶつかった物がなにかもわからず、小便漏らさんばかりにびびりまくってる。  「さっきまでの威勢はどうした、みっともねえ悲鳴なんかあげちゃって」  ボルゾイが立ち上がってこっちにくる。アルコール臭が鼻を突く。  「……抜け……はやく………」  「何を?」  「中に入ってるもん……奥まで突っ込んだ……」  「何を?」  「ローターだよ、あの気色悪ィおもちゃだよ、とぼけんな!」  「コントローラーはポケットに入ってる。人の手借りず自分でとめたらどうだ?」  ローターと余裕を持たせたコードで繋がったリモコンはパーカーのポケットに入っている。  距離にして僅か数センチ、できるものならとっくにスイッチを切ってる。  「わかって言ってんのかよ……このかっこで、どうやって切れっていうんだ」  実際何度も試した、諦め悪く挑戦した、その度失笑を買った。  自力で手錠を切ろうと身を捩り肩を揺すりめちゃくちゃに暴れたが体力を無駄に消耗しただけ、一向に成果は上がらない。土台、鉄製の拘束具を自力で切ろうという試みからして無茶だったのだ。  ポケットはすぐそこだ。わかってる、わかってるから諦めきれない。  手錠さえ切れれば、輪っかさえ抜ければー……ポケットからぶらさがる卑猥なピンクのコードが恨めしい。  「ホントは楽しんでるんだろ。とめてほしくないんだろ。ぐちゃぐちゃのどろどろにしてほしいんだろ」  「ローターで処女ケツ犯される気分はどうだ?」  「前立腺中からひっきりなしに揺すられて、口からヨダレたらすほど気持ちいいってか」  「前もパツンパツンじゃねーか」  「ずっと突っ込まれたまんまだもんなあ。辛いだろ、イきたくてもイけなくて」  「二時間?三時間?よく保った方だよ」  頭の芯がふやけきってまともにものを考えられない。   前屈みに突っ伏し、唇を噛んで耐える。  汗で濡れそぼった前髪を誰かが摘み、悪戯っぽく囁く。  「質疑応答タイムといくか」  ボルゾイ。前髪から離れた手がポケットにもぐりこみコントローラーを掴み出す。  やっと切ってくれるのか。  俺の思惑に反し、ローターは不気味な振動を続けたまま。脳腫瘍の如く嫌な予感がふくらむ。  「秋山。お前、麻生とデキてるんだろ」   ボルゾイの声がすぐ耳元でする。  「………まだそんな……」  俺を貶める冗談か。こんな時だってのに、笑っちまう。  憔悴しきった半笑いを浮かべれば、摘みを調節する音に次いで衝撃が来る。  「―---―ー!!ぁぐ、」  振動がいきなり強まる。ボルゾイが摘みを一気に最強に跳ね上げたのだ。  俺はバカだった、スイッチを切ってくれるわけじゃなかった、都合よく勘違いして……下腹がジンと熱を帯びる。ローターが暴れまわる。肉襞に阻まれ低くこもった電動音が漏れる。  「余計なことは言うな。質問にだけ答えろ」  カチカチと摘みが回り振動が一定に戻る。  完全に止まったわけじゃない、腹の奥に埋め込まれたプラスチックの卵は単調な振動を続けてる。  とりあえず口を利く余裕はできた。へたを言えばまた強くされる。  尋問の形をとった陰湿な拷問。ボルゾイが底意地悪く含み笑い一方的な質問を再開する。  「麻生と仲いいよな、お前。麻生麻生って名前呼んで、どこでも付き纏って目ざわりだった。ちぎれんばかりにしっぽふって、そんなに麻生が好きか。どこがいいんだよ、あんなお固いクソ眼鏡」  「麻生を悪くいうな……」  摘みが回る。カチカチカチ。振動が強く激しくなり、汗が伝う喉仰け反らせ喘ぐ。  「――んんッ、あく、はっ、やめ」  前立腺に強烈な刺激が送りこまれ、手錠に繋がれた体が不規則に跳ねる。  「さすがおちこぼれ、学習能力ってもんがないな。俺の質問にだけ答えろ。麻生とはデキてんのか、もうヤったのか、済みか?」  「……は、はは……いかれてんじゃねえの。ねえよ、ありえねえ、アイツは友達だ」  「本当か。にしちゃあ随分仲良しだけど。行きも帰りも麻生と一緒、こちとらいじめる暇がありゃしねえ。どこがいいんだよ、あんなヤツ」  「お前よりよっぽど……物知りだし、本読んでるし」  いいヤツだし。  「………助けに来てくれた」  「正義の味方の麻生クンか。助けてもらった恩感じてるのか」  余力を絞って弱弱しく首を振る。  「おこぼれ目当てのとりまきしかいねえお前にはわかんねえだろうけど」  振動がまた―駄目だ、憎まれ口を噤め―わかってる、畜生、頭じゃちゃんとわかってるのに、しおらしく従順にボルゾイの気に入るように受け答えしろ―「あっ、ん、ッくー」―湿った闇が視界を塞ぐ、汗を吸ってどす黒く変色した目隠しが顔に貼り付く「あっ、ああっ、あ!」抑えろ抑えろと念じるほど快感が込み上げてくる。  「一年のときから目えつけてたんだ」  耳朶に生温かい吐息が絡む。  「俺が先に目えつけてたんだ。入試の順位ぬかれた?もちろんそれもある、そりゃそうさ、お前みたいなまぐれ当たりの貧乏人に抜かれちゃ俺のプライドがぎたぎただ。小学校の頃から塾入ってたのに、塾もろくすっぽ行ってねえ母子家庭の貧乏人に見下されるなんて理不尽だろ」  「見下してなんかねえ」  「一年の時から目障りだったんだ。クラスは違ったけど、名前とツラはちゃんと覚えてた。お前と違って頭の出来具合がいいからな。二年で同じクラスになれた時は最ッ高に嬉しかったぜ、毎日心置きなくお前をいじめることができるって」  執念深いを通り越し異常だ。この偏執狂め。  「気付かなかった……ずっとストーキングしてたのか……」  「お前が鈍感なだけだ。廊下ですれ違うたびそのお気楽な間抜け面をぶん殴りたくてしょうがなかった、犬みたいに茶色っぽい髪を毟りたかった、縛って剥いてめちゃくちゃにしてやりたかった」  「長年の夢が叶ってよかったな」  「俺が先に目え付けてたのに横取りしやがって……裏から手えまわして、学校追い出して……畜生、思い通りにさせてたまるか……仕返ししてやる……目に物見せてやる……コイツは俺のもんだってわからせてやる……」  「何言ってんだ?」  すっかり飼い主気取り。  いや、その前に、裏から手を回したって?  濡れ衣だ。俺は何もしてない、さっぱり心当たりがない。ボルゾイの被害妄想だ。  元同級生に対し本能的な恐怖を感じる。  コイツ、完全に狂ってる。倫理と常識の境界線を踏み越えてあっち側に行っちまった。  次の瞬間、ガクンと落下する。  フックに吊られた鎖が外され、重力の法則に則って前屈みに突っ伏す。  冷たく固く砂利と埃でざらつくコンクリ床に倒れこむ。  フックからはおろされたが、両手には相変わらず金属の輪っかが嵌まり、自由に使える状態じゃない。  「秋山、ここが何かわかるか?」  「廃工場だろ」  当たり前の質問をいぶかしみつつ当たり前に返す。  ボルゾイ含むメンバーは盛大に笑い転げ、床に転がった空き缶を蹴り飛ばし、ピンボールの要領であちこちの壁や鉄柱に弾かせる。  「違うな、違う、ここは撮影所だよ!」  「撮影所?」  そういえば、たしかさっきそんなことを言っていた。  おぼろげな記憶を反芻する。  目隠しをされたまま、廃工場の内部の状況を再現する。  工場内は不特定多数の人間に踏み荒らされた形跡があった。吸殻やポルノ雑誌やシンナーの袋、使用済みコンドームが累々と散乱し荒廃の一途を辿る工場には瘴気が濃く漂っている。  「じき同じ運命たどるんだ、特別に教えてやる。ここが暴走族の集会場ってのは大ボラだ、不良のたまり場ってのは間違ってねえけど」  ボルゾイが鼻先にしゃがみこみ、俺の顔を手挟んで強引に持ち上げる。  「第一、誰がとまってるバイクを見たんだよ。このへんにゃ民家もねえし、夜ともなりゃすっかり人けがなくなる。暴走族がはしゃごうが何しようが人がいなけりゃ目撃しようがねえ、ちがうか」  「俺たちが広めたんだよ、噂を。暴走族が集会場に使ってるって嘘を流せば、物好きな野次馬だって寄ってこねえだろ」  「抗争に巻き込まれでもしたらたまんねーし?念には念をな」  「暴走族の集会場って噂を流して……人を遠ざけて……さあ、そこで何をしてたでしょう」  漠然と答えがわかりかけてきた。  『伊集院には気を付けてください』  数ヶ月前の聡史のアドバイスを思い出す。俺の身を一途に案じる思い詰めた目も。  あの時、もっと真剣に聡史の言葉を検討していれば、こんな事にはならなかった。  「………後輩から聞いた……お前、悪い連中と付き合って、クスリにも一枚噛んでるって」  「後輩ってあれか、よく一緒にいるガタイのいいヤツか。油性マジックでぐりぐり描いたような太眉の。ハチ公ってかんじの」  「お前ら、ここで……何をした?」  この廃工場で。  暴走族の集会場だとまことしやかな噂を流し、人を遠ざけて。隔離して。  思い返せば不審な点が多々ある。  暴走族の集会場という割には落書きが少ない、付近の住民にエンジン音を聞かれていない。  暴走族の集会場を隠れ蓑にして、廃工場で現実に行われていた事を想像し胸が悪くなる。  「あのフック、高さといい形といい人を吊るすのにちょうどいいよな」  「精肉工場の牛か豚みたいに」  「手錠をかませて吊るして、あとは腹でもどこでも殴り放題」  「声がもれる心配はない。近くに民家はない。夜ともなりゃひっそり静まり返る、通報される危険もない」  「生意気な女、口答えする後輩、気に入らない同級生……連れ込んでヤキ入れるにゃ理想的な条件が揃ってる」  リンチ。レイプ。廃工場は現役の犯罪の現場だった。  俺が最初じゃない、一人目の犠牲者じゃない。思い返せばボルゾイと懇意のメンバーはやけに手馴れていた、拉致の手順がスマートだった。  普通スタンガン一発くらったくらいじゃあっさり気絶しない。  よっぽど慣れてなきゃどこが一番きくかなんて咄嗟に判断できない。  近くにバンを待たせていた点といい抜け目がない。ボルゾイたちは常習で前科がある。  漸くわかった。  廃工場の空気が澱んでるのは不衛生な塵や埃のせいだけじゃない、ボルゾイ達に拉致監禁輪姦された被害者の怨嗟の声が染み付き負の磁場を形成してるのだ。  待てよ、ボルゾイはさっきなんて言った?  『生意気な女、口答えする後輩、気に入らない同級生』  『実は、俺の友達も』  言いかけてやめた聡史、気まずげに俯く顔。  「お前まさかうちの一年にも」  「ああそうだ、そういえばいたなあ、俺が飼ってやってる一年が。ひょっとして知り合い?」  聡史は友達から相談を受けてたんじゃないか。  どの程度明かされたかはわからないが、友人の話で伊集院の本性を知って、呑気な俺に警戒を促したんじゃないか。  「……最低の底も抜けた」  吐き気がする。とまらない。早くここを出たい。  夏休み最初の夜、麻生とふたり廃工場で過ごした思い出が土足で踏みにじられる。  あの廃工場で、ひょっとしたら前日、おぞましい行為が行われていたのかもしれない。泣いた人がいたかもしれない。  俺が腰掛けた鉄骨にボルゾイも腰掛け、泣き叫び許しを乞う被害者を、例のにやにや笑いで眺めてたのかもしれない。  麻生と過ごした夏の夜の思い出が、真相を知らされた今は、嫌悪と怒りしか生まない。   体と一緒に思い出を冒涜された。  「ただレイプするだけじゃツマンナイからさ、記念にビデオを撮って」  「カメラ持ち込んでAV生撮り」  「女がマワされるとことか、ズボンひん剥かれたガキが這って逃げようとするとことか、作り物にはねーリアルな迫力と手動のアングルが大好評」   耳を塞ぎたい衝動に駆られる。  もうこれ以上変態どもの寝言を聞きたくない、犯罪者の戯言に付き合いたくない。  ボルゾイ達は気に入らないヤツを男も女も片っ端からこの廃工場に連れ込んで輪姦してその一部始終をビデオに撮って脅していた、俺もそうなるのか、こんな腐ったヤツらのドレイにされるのか。  冗談じゃない、嫌だ、帰りたい、助けてくれ!  「ビデオがあるから被害届を出せない……警察にチクったらビデオが出回るって脅されて……被害者を口封じ、か。ゲスだ」  頭の上に、土下座を強制するように手が置かれる。  「お前もそうなる」  愉悦を含んだ声音で予告するボルゾイ。  そうだ、俺に全部バラしたってことはただで帰すつもりがないのだ。  こんだけ人員を揃えたのは?無理矢理ぶちこまず、ローター突っ込んで宙吊りなんて回りくどい手を使ったのは?……時間稼ぎ。撮影機材が持ち込まれるまでの。長く遊ぶなら断然ローションを使ったほうがいい、ケツが裂けて血に染まったらカメラを回せない。  それに。  ただ痛がり泣き叫ぶ様を撮るより、不本意にも感じ乱れまくる様を撮影したほうが被害者のダメージがでかい。お前だって感じてたじゃねえか、まんざらでもなかったろ、ビデオを家族や警察が見たらどう思うか……陳腐な脅迫の文句がすらすら想像できる。  「……表じゃいじめっ子で裏じゃレイプ常習犯……腐りきってやがる……どうりで」  機材が到着するまでの暇潰しか、ボルゾイが悠長に俺の頭をなでまわす。  駄犬を手懐けるようなしぐさ。  「なあ秋山、教えてくれよ。ローター奥まで突っ込まれた気分はどうだ」  「便秘してるみてえ」  「色気ねえな。萎えさせようって魂胆?」  ボルゾイが鼻を鳴らす。汗でぬれそぼった髪にくしゃりと指が絡む。  這い蹲った床から零度の絶望が染みていく。  床に付いた腕に膝に砂利が擦れ合う。  崩壊寸前の精神の均衡をとろうと虚勢を振り絞って軽口を叩く。  「今度はこっちが質問。前に俺のジャージなくなったことあったけど、あれ、お前?俺のジャージ盗んで、オナニーに耽ってたの」  「よくわかったな」  …………聞くんじゃなかった。  「汗臭いジャージの匂いたっぷり嗅ぎながら、俺の下でよがるお前想像して耽ったオナニーは最高だった。わかるか?今もびんびんに勃ってる。ローター突っ込まれて手も足も出ず、汗だくでのたうち回るしかねえお前のかっこ、たまんないね」  瞬時に理性が蒸発、手錠で括られた両腕を振り上げる。    両手を束ね殴りかかるも足首に抵抗を感じ、前のめりに突っ伏す。  殆ど受身もとれず床に激突、パーカーに包まれた肘を擦り剥く。足払いをかけられた。  「まだ逆らうのか。退屈しないね」  「コナン・ドイルも知らないヤツとは話したくねえ」  「元気有り余ってるんならちょうどよかった」  躁鬱の気の激しい声の調子に不安が過ぎる。  「!?なっ、」  突然、腕と足を掴まれ固定される。  四肢を磔にされた顔面に荒い鼻息がかかる。  パーカーの裾が一気に捲り上げられ薄く貧弱な胸板が外気に晒される。  組み敷かれた四肢に握力が加わり、骨が軋む激痛に顔が歪む。  「痣消えちまったな」  下腹にねちっこい視線を感じる。  俺の裸をすみずみまで視姦し、自分がつけた痣がきれいに消えてるのを確かめ、残念そうに呟く。  恥辱で体が熱くなる。  腰の奥でジリジリ性感が高まりゆく。ローターの波が、来る。  「いっ……放せよ、おい、手錠だけで十分だろ!?もうさんざん遊んだろ、家帰せよ、頼むから!」  「黙ってろよ、マザコン。うち帰せうち帰せうるせえよ」  腰に重石がのっかる。ボルゾイが俺に跨る。  脇腹にもぐりこんだ指がスタンガンの火傷をなぞり、新鮮な痛みが走る。  ボルゾイを振り落とそうと死に物狂いで暴れる、手足を押さえ込む連中ごと弾き飛ばそうと必死に―  「―--------------------------------------ぁああああああ!!」  また―――もう嫌だ―――頭が真っ白になる。  ローターを一気に最強にされ前立腺を律動的に弾かれる。  狂ったような震えが粘膜に伝わって腰全体を甘く蕩かす。  「はははははははははは、生まれてたの小鹿みてーにぶるぶる震えてやんの!」  「手の鳴る方へバンビちゃん!」  ローターに翻弄され抵抗がゆるんだ隙に乗じ、ボルゾイが手を上へ上へと移動させる。  「変、なとこ、さわんなっ……やめ……も、いい……」  嗚咽の詰まった鼻声で拒否、懇願。  しゃくりあげる俺をよそに、ローションで濡れた手が胸板を弄繰り回す。  鋭い痛みに爪先が跳ねる。意地悪い手が胸の突起を抓る。  「男でも乳首さわられると感じるだろ」  性格そのもののねちっこい愛撫。軽く爪を立てひっかき揉み潰し、絶え間なく刺激する。  「ちょっと尖ってきた。秋山ァ、お前の乳首キレイなピンク色だな。下と一緒だ」  「男に乳首とか……恥ずかしく、ねえのかよ、言動……」  「いいね、もっと罵ってくれよ。お前らもいじってやれよ。コイツ淫乱だから、一人じゃ満足できないんだとさ」  指で摘み突起をこね回す。二本、三本と手が増えていく。  俺を押さえ付けた男たちが―手を伸ばしてーあちこち好き放題にいじくり始める。  「いっ……ぃヤだ、気持ち悪ぃ、マトモじゃねえ……こんな事して何が楽しいんだよッ、わけわかんねー、力でむりやり押さえ付けて暴力とビデオで脅して従わせて、こんな……今までずっとこんな悪趣味続けてきたのかよ、おかしいんじゃねーかお前ら、錆びる前に早くネジ拾ってユルい頭に刺せよ、警察にバレたらただじゃすまねーぞ、全員年少送りだ!!」  「その為の口封じだよ」  「警察にチクったら自分のレイプ現場がネットと地元に流れる。自分の人生台無しにしてまで、俺らを売るバカがいるか?」  「お前もドレイの仲間入りだよ、秋山。ずっと待ってたんだこの日を、一年前からずっと……お前をめちゃくちゃに犯したかった」  誰だ、誰がしゃべってるんだ?―わからない、声が混じり合ってー眩暈がー吐き気がーかきわけてもかきわけても暗闇ー闇のむこうに闇がー  出口は?  叫びすぎて喉を痛めた。手錠ががちゃがちゃ性急にぶつかりあう。背中に固い床が当たり砂利が擦れる。  誰か、助けてくれ。  お袋ー聡史ー麻生ー思考が拡散する。精神が崩壊する。  暗い、息が詰まる、底なしの闇に溺れる。  体の奥に異物感ー固いしこりー不気味に動き続けるー  「!あああああっ、ひ」  「聞いたか、『ああああっ、ひ』だってよ!ジーパン越しにちょっと触っただけで爆ぜちまった!」  ボルゾイが高笑いで勝ち誇り仲間が付和雷同で追従。  ジーパンの股間をねっとりまさぐられるや、限界まで高まっていたものがあっけなく爆ぜた。   目隠しの布が湿る。涙と汗を吸ってべっとり密着する。  濡れた股間が気持ち悪い、湿った下着が気持ち悪い。  絶頂に達したのにローターは構わず動き続けてる。射精一回で終わりじゃない。  機械的な振動に中から揺すられ、萎えた前が次第にもたげはじめる。  「イッたあとに入れっぱなしはキツイだろ」  「……抜いてくれ……頼む、なんでもする……ッ、も……腹が、変……ずっと熱くて……中、動いて……とまってくんね……」  「電池切れまで放っとけよ」  「死んじまう」  「じゃあ死ね」  イッたのに、言ったのに、まだ許してくれないのか。  なんでこんな目に?射精の快感が霧散しどす黒い絶望と憎悪に取って代わる。   腹の奥でドロリと熱塊が蠢く。  ローターが振動を続ける。  前立腺への絶え間ない刺激ー粘膜が蕩けてー背骨がぐにゃぐにゃになる。  麻生、麻生、麻生。助けてくれ。  逆流した涙と鼻水にむせながら心の中でくりかえし名前を呼び、縋る。情けねえ、また苦しい時の麻生頼みか。何回迷惑かけりゃ気がすむんだよ、たまには一人で頑張れよ。頑張る?十分頑張った、我慢した、許してくれ。どうすれば気が済む?どうすればいい?俺が泣いて謝れば、命乞いすれば、それで気がすむのか?……まさか、どっちにしたって運命は決まりきってる。  ボルゾイと不快な仲間たちは、必ず俺を犯す。  その為にわざわざスタンガンとバンを用意して廃工場に拉致監禁した、黒幕と連絡とった。俺をマワして……一部始終をビデオに撮って……男に、それも元同級生にレイプされたなんて口が裂けても言えねえ……  「!?痛っ、」   ボルゾイの指に絞られ尖りきった突起に、鋭利な切っ先が触れる。  「なんだかわかるか?」  冷たい切っ先が突起をつつく。  針?……充血した突起に尖った先端があたるたび、冷気を伴う疼痛が走り、身が竦む。  「安全ピン。ピアッシング」  絶句。全身から血の気が引く。それを、刺すのか?俺に…………  「俺の物だって印を付けてやる」  愉悦と狂気を含む、本気の声音で宣言する。  「ふざけてるんだろ、ふざけてるって言えよ、なあ……だって、そんなもん、痛いに決まってる。針だろ?人に刺すもんじゃねえ」  声が震える。語尾が聞き取れない。  「針って言えば……でもそうだ、針を使ったトリックがあった……針の先にニコチンぬって……針でちくんとやっただけで即死に至る猛毒だから、ニコチンは……」  「何もぬってないから安心しろ。血は出るけどな」  「大丈夫、痛みは一瞬」  「伊集院は上手いから」  「チンコじゃなくてよかったじゃんか」  男たちが口々にほざくが慰めにも気休めにもなりゃしねえ。  喉から咆哮が迸る。意味不明な奇声を発し、足を蹴り上げ蹴りだし、不自由な体を捩ってめちゃくちゃに暴れ出す。  「さわんな、殺す、俺に指一本でも触ったらぶっ殺す!本気だから、部長をなめんな、俺の頭ン中には古今東西百通りの殺人トリックと完全犯罪が詰まってる、お前たち殺すのなんざ簡単だ、バイク乗るときは気を付けろ夜道にピアノ線張って首ぶった切ってやーふぐ、」  分厚い手が口を塞ぐ。抗議の声が途端くぐもる。  「ふー……ふぐ、ん、ふ……!」  ローターの振動で下肢が力を失う。息が吸えない苦しさに顔が充血する。  「黙ってろ。舌噛むぞ。それとも舌ピアスがいいか?」  ボルゾイの嘲笑。男たちの冷笑。目隠し……視界が暗い……手探り……できない。両手に固く冷たい手錠、背中に固く冷たいコンクリ床。  突起に針先をあてがう。針先に圧力がかかる。  「!痛っあ」  針先が乳首をずれ、皮膚の薄皮にもぐる。  針が突き通った皮膚がピンと張り詰め、毛穴から大量の脂汗が噴き出す  「ごめんごめん片手じゃ狙いが付けづらくてさあ、恨むんなら片腕叩き折った彼氏を恨め」  「彼氏なんかじゃねえ……麻生はダチで……―ッ!?」  鋭利な切っ先がゆっくりと緩慢に、苦痛を煽り長引かせるように、乳首を刺し貫いていく。  「―-―ッ、あ、ぃ」  激痛で視界が真っ赤に染まる。  ねちっこくこね回され一際敏感に尖りきった乳首に、金属の針が通る。  涙腺が弛緩し、布の内側で剥いた目から塩辛い水が滴る。  目隠しが吸いきれなかった分がこめかみを伝い、耳の穴に流れこむ。  顔中這い回る熱く柔らかな軟体動物……正体は、舌。  ボルゾイが嬉々として俺の顔中なめ回している。  俺の顔を滂沱とぬらす汗を、涙を、それらが混じり合った体液を、本当の犬みたいに悦び勇んでなめとってる。  一気に貫いてくれりゃらくなのに、途中でわざと手を休め反応をうかがう。  「うわイタそ、血ィ出てる」  「真っ赤に充血してる……なあ、ピアッシングってされるほうは気持ちいいの、どうなの?」  「マゾっ気あるヤツなら気持ちいいんじゃねーの?よく知んねーけど。体験者に聞いてみろよ」  「だってさ。なあそこのお前、実際どうなワケ。乳首に安全ピンさされて、まんざらでもねー顔してるけど」  「ローターのせいじゃね」  前から後ろから責め立てられ意識が遠ざかる。  ローターを、針を抜いてくれ。腹が苦しい。胸が痛い。  体が被虐の熱を帯び腰が淫蕩に重くなる……  「ほら、可愛くなった」  針が反対側に抜け、安全ピンがとまる。  右の乳首がジクジク疼く。煙草の火でも押し付けられたみたいだ。  「―っは、はあ、ふっ………!?」  ボルゾイが安全ピンを指で弾き、戯れに引っ張る。  乳首がちぎれそうな激痛に恥もプライドもかなぐり捨て泣き喚く。  「乳首刺されると痛いだろ。痛みがジクジクずっと持続するんだ。首輪代わりに嵌めとけよ、ずっと」  長い舌が耳の穴をほじくり、涙を啜る。  頭がぼんやりする。思考に霞がかかって、正常に物が判断できない。自分が今どうしてここにいるのか、時系列の整合性に矛盾を来たす。  ここに来る前、なにがあったっけ。誰と会ったっけ。大事な話、した気がするんだけど。夕飯。もう始まってるかな。終わっちまったか。土曜日。じゃあ、明日は日曜日か。学校はない。この馬鹿げた遊びはー……朝まで……ひょっとしたら、明日いっぱい……  「麻生と俺、どっちがいい」  頭にかかる霞がふいに晴れ、ボルゾイの声が明瞭にとびこんでくる。  「俺が友達の方がいいだろ?ずっと楽しませてやれる。麻生の事だ、保健の教科書で学んだ退屈なセックスするんだろうさ。優等生は正常位しか知らねーからな。頭でっかちで応用がきかないんだ。その点俺なら色々使って最ッ高によくさせてやる。なあ秋山、俺の方がいいだろ。俺の方がずっとでけーし、」  「お前……」  目隠しに遮られていてもボルゾイの狂喜が伝わる。  俺は続ける。  男たちに手足を仰向けに押さえ込まれたまま、目隠し越しにボルゾイを睨み、怒り滾らせ犬歯を剥く。  「お前となんか、絶ッ対、頼まれたって、友達になってやんねえ」  空気が凍った。  「そうかよ。そんなに麻生がいいのか。まだわかってないのか、お前。じゃあ教えてやる」  ジーパンに手がかかる。蹴り上げようとした膝をたちどころに押さえ込まれ、下着ごとずりおろされる。ローターの電動音がはっきり聞こえる。  「あああああああああっあっ、あ」  ローターがずるりと抜ける。  しっぽのように尻の窄まりからたれたコードを掴み、手加減せずローターを引っ張り出したボルゾイが口笛を吹く。  「どろどろのぐちゃぐちゃだな。ぱっくり口が開いてる」  ローターで慣らされた尻に固く猛りたった肉塊があたる。  俺の膝を割り開き腰を抱え上げ、ローターを吐き出した余韻でひく付く窄まりに自分をあてがい、興奮に掠れた声でボルゾイが囁く。  「最初は俺が、そのあとは順番に。めちゃくちゃに犯してやる。一学期の痣の比じゃねえ、二度と麻生の前に出れねえ体にしてやる」  ローターで骨抜きにされた。体に力が入らない。ボルゾイの声がー近く遠くー笑い声がー……  剥き出しの背中に砂利が擦れる。剥き出しのケツに固い物があたる。体外に排出されたローターは凶暴に唸り続けている。  視界を覆う湿った闇、鼻先を過ぎるこげ臭い匂い……  「え?」    焦げ臭い匂い?  俺に遅れ異状に気付き、ボルゾイ達の様子が豹変する。  馬鹿みたいな高笑いが宙ぶらりんに途切れ、にわかに殺気だつ。  「おい、変な匂いしねーか。なんかこげてるみてーな……」  「燃えてる?外が?」  「誰か見てこいよ」  「待て、あれ……窓が……!!」  何が起きてるんだ?わからない。俺の存在は念頭から消し飛んだか、男たちが慌しく駆け回る気配がする。入り乱れる靴音、悲鳴と罵声、シャッターが上がる音……  腹の上でボルゾイが息を呑む。  広大な暗闇に靴音が響く。たった今、シャッターを上げて工場内に踏み込んだ人物が、悠長な歩幅でこっちにやってくる。  異臭が一層強くなる。火花が爆ぜる音がする。何かが燃えている……間違いない……工場の壁をなめる炎が鮮烈に瞼裏に浮かぶ。  闇を薙ぎ払う赤い炎の幻影。  さんざん暴れたせいか、頭の後ろで結ばれた目隠しがゆるみ、体を起こしたはずみに下へとずりおちる。  「お前……ッ、どうしてここに!?」  「教えてもらったんだよ、『あの人』に」  酷く落ち着き払った声。  俺が聞きたくてたまらなかった声の主が、半開きのシャッターとそこから覗く赤い炎を背に、殺風景な工場内に立つ。  一度あることは三度ある。  麻生譲は平然と俺の前に立ち、眼鏡のレンズにボルゾイの戦慄の表情を映し、裁判官と処刑執行人を兼ね判決をくだす。  「そんなに燃えたいならいいさ、燃えりゃいい」   火刑法廷の開幕。

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