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第35話

 映写機が回る単調な音に乗せ上映が始まる。  ザッ、ザザザザッ……不快な断線の音。横長のスクリーン全体にノイズの紗がかかる。  砂嵐が凪ぎ、不気味な闇に沈む廃工場が像を結ぶ。  ザッー『カメラは?回ってるか?よし、んじゃスタート』  最初は床。  コンクリート打ち放しの床に乱雑に積み上げられた鉄骨、斑の吸殻、シンナーやスナック菓子の空き袋が不衛生に散乱する。  平坦な床から徐徐に視点を上げ壁にそってぐるり一周、殺風景な工場内の様子を映し、カメラを正面に固定する。  目立ちたがりのお調子者が至近距離で手を振る。  『ちゃんと映ってる?おーい』『ばぁか、おめ誰に手え振ってんだよ』『カメラの向こうの変態さんに。見てますかー俺らの晴れ舞台』『俺これが男優デビューだよ、気張っていかなきゃ』『男優ってツラかよお前が、タイヤに轢かれて潰れたみてえな顔しやがって』『あ、ひでっ、そゆこと言う?言っちゃう?もー傷付いちゃった俺、賠償金一億ね』『てか大事なのはビジュアルよか下半身っしょ、下半身。その点安心、俺馬なみだから。こっちは自信あんだよね』『おーい、ちゃんと撮ってる』『だから前出んなって、主役気取りかよ、俺が映んねーだろ!』『ギャラいちおくえーん』『いっちょうえーん』  シンナーでもキメてんのか、躁的な饒舌でしゃべりまくる男たちの顔はいずれも闇に沈みよく見えない。ニット帽を深く被りサングラスをかけ、面が割れない細工をしてる男たちは全員若い。一番年嵩でも三十は行ってない、地元の不良っぽいなりをしてる。  カメラが下がり、戦慄の落雷が背筋を貫く。  「久保田」   聡史の友達、一年の久保田がそこにいた。にやけ面の男たちに取り囲まれ震えている。  学生服をきちんと着込んだ久保田をカメラはなめるように映していく。  俯瞰とあおり、扇情的なアングル。ストイックな学生服を透視する欲望の視線。  『はじまりはじまりー』  誰かが口笛を吹く。野次が爆発する。  男が久保田を蹴り倒す。久保田は無抵抗でずしゃり突っ伏す。  『ご、ごめんなさい』  『ごめんなさいですめば警察はいらないんだよ、ぼく』  暴行が始まる。  スクリーンの中、久保田はよってたかって男達に嬲りものにされる。  ニット帽を目深に被った男が久保田を蹴る。肩を、胸を、腰を、鳩尾を。暴力担当の男とは別に、二人が久保田の背に回り、学生服を無理矢理脱がしにかかる。  シャツのボタンがちぎれとぶ。  『あ!』  学生服の袖が肩からおちるや久保田の顔が羞恥に染まる。  『びびっちゃって、かーわいい。コイツ童貞?あ、ちがう、処女?』  『もう犯られちゃってるとさ、伊集院に』  『なんだ。まあいいか、中古のほうが具合いいし。初物はキッツイもんな』  『ちゃんと呼び出し守って感心感心。ま、すっぽかしたらあとが怖いもんな。伊集院はおっかないもんなあ?』  『約束守って親にも警察にもチクらず一人で我慢して偉い偉い。ご褒美にいい事してやる、ここにいるみんなで最ッ高に気持ちよくしてやっからさ』  廃工場に狂った哄笑が渦巻く。  久保田が嫌々するように首振りあとじさる、腕を押さえ込む男たちの腕から逃れようと前が開いたシャツをはだけしきりに暴れる。  多勢に無勢、無力。久保田……部室で引き合わされたあの一年が、聡史の友達が、今、目の前のスクリーンで犯されている。  何本もの非情な手が久保田を押さえこみ抵抗を封じ、服を剥ぎ生白い肌を外気に晒す。  床に突っ伏した久保田が声にならない悲鳴を上げる。  あどけない顔が未曾有の恐怖に歪み、剥かれた目から涙が滴る。  ズボンを下げた男が久保田に騎乗、剥き出しの尻に赤黒く猛りきった男根をあてがう。  『やだ、やっ……!?』  久保田が恐慌を来たす。  『ーーーーーーーーーーーーーーーーっひ、ぎ!!』  体重をかけ一気に貫く。  身を引き裂く激痛に久保田が仰け反る。  喉から掠れた絶叫が迸る。  もがきあがき暴れる久保田を、繋がった男は容赦なく揺さぶって自己中な快楽を貪る。  結合部から血が滴る。血が潤滑油代わりとなり、挿入のたび卑猥な水音をたてる。  律動的に腰振り抽送に励む男が仲間をけしかける。  『ーっ、すっげえ締まる……いい……試してみろよ、お前も』  『俺は前でいいや』  『んだよ、俺と穴兄弟じゃ不満か?』   『お前が出した後なんか汚くて入れられっか』  もう一人が久保田の前髪を乱暴に掴み顔を上げさせフェラチオを強制する。  『んぶ、』  久保田の顎を強引にこじ開け、怒張した男根を突っ込む。  酸欠の苦しみにくぐもった呻きを漏らす久保田は気にせず腰を使えば、久保田を貫いた男も競うようにしてピッチを速め、激しく腰を打ち込む。  前から後ろから責め立てられる久保田を、カメラはアップで映す。  酸欠の苦しみに充血する顔、目尻にうっすら張った透明な膜、苦痛と恍惚が綯い交ぜとなった表情……  「秋山くん、これは」  敷島が愕然と呻く。  視線はスクリーンに釘付けで敷島の呼びかけに答える心の余裕がない。  思考が健全に働かない。   聡史の隣で気弱げに俯いていたあの一年が、所在なげに椅子に身を縮めていた一年が、スクリーンで輪姦されている。  廃工場の塵と埃だらけの汚い床に転がされ、発情した男たちに体中の穴という穴を弄ばれ痴態を演じている。  『ああっ、はっ、や、も……あっあああっあっひあ!!』  久保田が悲痛に叫ぶ。叩かれ振りたくる尻にくっきり大臀筋が浮かぶ。  絶頂に追い上げた久保田の体内に白濁をぶちまけ、さっぱりした様子で上体を起こす男。  同時に前の男も爆ぜ、久保田の口腔へ白濁をそそぐ。  男が交替する。  入れ代わり立ち代わり体力が続く限り久保田を犯す。  カメラは一部始終を機械的に撮り続ける。  ばらけた前髪の下あどけない顔は焦点を失い、飲み干しきれない白濁が糸引く。  「う…………」  聡史に促され一生懸命口を開こうとする様子が、聡史に支えられ部室を出ていく背中が映像に重なり、喉もとで吐き気が膨れ上がる。  これは、例のビデオだ。  廃工場でボルゾイが存在を仄めかした輪姦シーンを収めたビデオ、被害者を脅迫し金を強請りとる材料。  男たちの服装や久保田の学生服から推察するに季節は夏、廃工場が燃える前。  『わかってんのか久保田ちゃん、お前が逆らったらおうちの人に迷惑かかるんだぜ。恥ずかしいビデオが流出して、家族そろってお引越し。学校にもいられなくなる。大好きなお友達と離れ離れになんのはイヤでしょー』  『……さと、し……には、この、事……言わない、で……』  『聡史?おトモダチ、それともおホモだちかな?だーいじょうぶだよ、言う事さえ聞いてりゃヒミツにしといてやっから』  男たちがどっと笑う。  久保田がぎりぎりで精神の均衡を保ち、泣き笑いに似て悲痛な表情を浮かべる。  直視できない。  聡史に言わないでと縋るように懇願する久保田から顔を背ける。  『きゃあっ』  スクリーンを、向く。  場面が切り替わる。  廃工場の壁際に制服姿の女の子が追い詰められている。真理と同じくらいー……まだ中学生か。  地元で有名な私立の制服を着ている。靴が片方脱げていた。  『イヤだ、こっちこないで……それ以上近寄ったら人を呼ぶから!』  壁にへばり付いた女の子が狂ったように首を振る。  くしゃくしゃに歪むその顔を、カメラは映す。  『呼べば?誰も来ないから。ここどこかわかってんのお前?廃工場だよ。近くに家もねーし、大声で叫んだってだあれもこねえよ』  聞き覚えある、これは……ボルゾイの声。  女の子の顔が絶望に凍る。  カメラに手の揺れが伝わる。ボルゾイが近付く。  一歩一歩距離を詰めるボルゾイを涙に潤んだ目で睨み、女の子が叫ぶ。  『知らない……私なんにも悪い事してない、うちに帰してよ!!』  『悪い事してない?忘れたんだ、あの事』  『あの事?』  『塾帰り、自転車で。俺の足踏んで。覚えてない?覚えてなくてもしゃあないか、一瞬だったもんな。こっちはすっげー痛かったのに』  『だって……そんな、何日前のこと言ってんの』  女の子の顔が引き攣る。あんまり馬鹿馬鹿しくって理解不能という表情。  壁際に追い込まれた女の子へ左右から影が迫る。  ハッと気付いた時には遅く、左右から忍び寄った男達が手をのばし、女の子を押さえ込む。  手足をばたつかせ激しく抵抗する女の子、拘束の手を振りほどこうと身をよじるうちに靴下がめくれ華奢なくるぶしまで露出する。  女の子が叫ぶ  『お母さん!!!』  極限の恐怖に引き歪む顔に、妹の、真理の顔がだぶる。  「もうたくさんだ……」  知らず呟いていた。    胸糞悪い画。  正視にたえない映像。  まともな神経じゃ鑑賞できない。  スクリーンの中から割れた悲鳴と号泣が響く。久保田の、名前も知らない女の子の顔がー名前も知らない犠牲者の痴態がー次々とスクリーンに映し出される。  暴行、輪姦、乱交。酸鼻な映像のパッチワークに吐き気を催す。  耳を、塞ぎたい。  耳に手で蓋をして、見て見ぬふり聞かぬふりを決め込みたい。  『あっ、ああああっああ、やっ、ひぁぐ』久保田が嗚咽する『痛い、痛いよ、やめ……お願い、撮らないで、こんな』女の子が哀願する『なんでこんな目に?なんも悪い事してないのに、こんな』殴打で腫れた顔の女子高生の疑問『許してくれよ、頼むから、お前らがここでしてること言わないから……な、頼む、この通り!パシリでもなんでもやるからさ!だから頼む俺だけは見逃してくれ、俺のトモダチのそのまたトモダチでも何人何十人でもスカウトしてくるから、もっと顔がよくて撮りでのあるヤツ連れてくっから』土壇場で友達を売る学生『ああっあっひあっ』喘ぎ声……  麻生が編集したテープには、何人、何十人もの犠牲者の映像が収録されていた。  場面は次々切り替わる。  場所は廃工場。加害者は入れ代わり立ち代わり十数人、被害者は色々。  足首に下着を絡め逃げる少女を凶暴な怒号を発し群れて狩り立てる男たち。  半裸で泣き叫ぶ少年の顔の横を風切る弧を描き鉄パイプが穿つ。  冷たいコンクリ床に手錠をかけられ転がされた女子高生の膝を掴んで割り開く。  ……ああ、沢山だ、本当に。麻生は俺に、これを見せてどうしたいんだ。どうさせたいんだ。  何もできない自分の無力を痛感する。  スクリーンの中には手が届かない。  悔しいが、どうすることもできない。  久保田を助けたい。女の子を助けたい。実行できるなら、とっくにしてる。  「大丈夫か、秋山くん」  「大丈夫、です……」  敷島の気遣いが重い。口元を手で拭い、顔を上げー  再び場面転換。  「!」  違う。廃工場じゃない。  今度スクリーンに映し出されたのは見知らぬ部屋。  フローリングの清潔な床、快適に広い空間……どこぞのマンションの一室か?   白い壁紙を貼った部屋に、太い男の声が響く。  『お仕置きだ』  カメラの視線が下りる。  床に全裸の少年が這い蹲ってる。  「…………な………」  『苦しいか?』  聞き覚えある声が笑みを含ませ問うも、少年は答えない。答えられない。口に棒状のギグが嵌められている。  形良い唇を割ったギグの奥から荒い息とくぐもった唸りが漏れる。  『……ふぐ………ふっ……』  ギグ。目隠し。長い前髪の奥、両目は黒い布で覆われている。  金属のギグを噛まされた口から犬みたいに涎がぼたぼた流れる。  目隠しで覆われていても、怜悧に通った鼻梁から端正な顔立ちが想像できた。  何故だか既視感が騒ぎ出す。  『お前用に誂えたギグの味はどうだ。金属の冷たい味がするか。個人的にボールギグよりこっちのほうが好きなんだ、ボールギグは容積が大きすぎて顔まで変わっちまうからな』  イヤだー思い出すなーこの声は  全裸で這い蹲った被写体の頭に骨ばった手をおく。  髪をかきまぜていた手が顔に移り、唇をねちっこくなぞる。  『どんな感じだ。息が吸えなくて苦しいか』  『………ふ………、』  『我慢しろ。約束をすっぽかした罰だ』  罰?  約束?   カメラの角度が変わる。目隠しされた被写体の後ろに回りこむ。  さっきから続く低い電動音の正体……被写体の後ろに黒く巨大なバイブレーターが突っ込まれ振動を続けている。  『ー!っぐ、』  被写体がいきなり仰け反る。  カメラを持った人間がバイブレーターをひっ掴み、乱暴に抜き差しを始める。  グロテスクな形状のバイブで体内をかき混ぜられ、汗で濡れそぼった髪で顔を隠し、懸命に震えを堪えている。  『もっと奥を突いてやれ、そう……抉りこむように、手首に捻りをきかせて』  『ぐ、ぁぐ、ふ』  喘ぎ声はギグに遮られ濁る。  目隠しに遮られ表情は読めないが、涎に濡れ光る半開きの唇と、苦しげに寄せた眉が倒錯した色気を垂れ流す。  ぐちゃぐちゃと卑猥に捏ねる音。  バイブレーターの振動が強くなり背中の筋肉が張り詰める。  『下はどうだ?』  自重を支えられず倒れこんだ被写体の股間に手を突っ込み、無造作に掴む。  『……こんなに固くして……』  カメラが正面を向く。  そこにいる人物を見て、敷島ともども絶句。  「梶」   数学教師の梶がいた。  目隠しされギグを噛まされ、バイブで責められる被写体の股間を邪悪な笑みでまさぐっている。  淫猥さと狡猾さを織りまぜた含み笑いが既視感を揺さぶり起こす。  「梶先生が……?これは一体どういうことだ………」  敷島が息を飲む。  『イきたいか?バイブレーターで責められてこんなになるなんて真性の淫乱だな、お前は。こんな悪趣味なオモチャで感じるのか?』  嘲笑を含む揶揄が耳朶に触れる。  梶が白い歯を零し、非情な手で被写体の前をしごく。  『ふ、ふっ、ぁぐ』  鑢をかけるようにきつく擦り上げるも、根元をベルトで縛られてるせいで射精に至れず嗚咽が喉に詰まる。  『何か言いたそうだな』  塞き止められ赤く怒張した性器をいじくりつつもう片方の手でギグを外してやる。  涎に塗れたギグが外れるや息を吹き返し、激しく咳き込む。  目隠しはされたまま、しかし枷が取り除かれ自由になった口を動かし、途切れ途切れに懇願する。  『……イ……かせて………』  『もう一回』  『イかせてくれ……』  からからに嗄れた声。  梶はわざと意地悪くとぼける。  その膝に縋り付き、上体をずりおこし、バイブの動きに合わせ腰を揺すりながら言う。  『心がけ次第だな』  梶の指がしつこく唇を這う。  薄く唇を開き、その指を咥え、赤ん坊のように無心にしゃぶる。   唇の隙間から覗く舌が淫らに赤い。  根元まで涎まみれにした指を放し、梶の股間を探りあて、性急にジッパーをおろし、下着の隙間からそれを掴み出す。   抵抗なく口に含む。  右手で根元を支え、左手を添え、夢中で舌を絡める。  床に転がったギグ。  体内で暴れ回るバイブの凶暴な唸り。  後ろをバイブで責め立てられつつ前の口でも奉仕する。  『は……従順だな……なんであの日はさからったんだ?お前らしくない。俺の呼び出しは絶対だ、そうだろ』  呼び出し。あの夏の日。深夜、麻生にかかってきた電話。   俺が駄々をこねたから  止めたから  行かないでくれと頼んだから  「やめろ」  『新しくできたお友達とワイワイ遊んでるうちに自分の立場を忘れちまったか?』  梶が征服者の愉悦に満ちて笑い怒張を咥えこむ被写体の髪をゆっくりかきまわす。  目隠しの向こうで苦痛に顔が歪む。  唇が艶っぽく濡れ光る。  手と連動し性器に舌を這わせ、絡め、繊細な技巧を凝らし劣情と性感を高めていく。  完全に一方的な奉仕。  盲目の犬のような。  絶対服従のドレイ。  『は…………』  性器を掴んだ手が止まる。  バイブの唸りが一層高まる。  被写体が前屈みになり、肩が不規則に跳ねる。  『前………ほどけ……』  感電したように跳ねる肩。  ベルトで圧迫され意地悪く塞き止められた前は、下腹に付くほど反り返っている。  『俺に命令か?ほどいてほしけりゃ最後までやりとおせ』  痛みを堪え、再び舌を使い出す。   先走りの汁を啜り、唾液と混ぜてこね回し、喉の奥まで深く咥えこむー……  『ーッ、』  梶が顔をしかめる。射精の瞬間、被写体の前髪を強く掴む。  咄嗟に口から抜こうとするも間に合わず、黒い目隠しの上に大量の白濁が飛び散る。  『いい子だ』  梶が手をのばし目隠しを毟り取る。  外気に晒された顔は、俺のよく知る……  「あ………」  眼鏡をしてないせいで一瞬だれだかわからなかった。    「麻生……?」  名前を呼ぶ。  スクリーンの中には届くはずもない声で。  スクリーンの中には届くはずもない指先を、暗闇にのばす。  懐中電灯が床に落下、足元に転がる。  スクリーンに麻生が閉じ込められている。    首にずり落ちた目隠しの布。  目尻は赤く上気し、生理的な涙に潤み、弛緩した唇から涎が一筋伝う。  人を寄せつけぬ輪郭の鋭さはかき消されていた。  息も絶え絶えに疲れきった表情。  嬲られ虐げられ顰めた眉に憔悴の色が濃く蟠る。  純粋な苦痛と被虐の快感とに潤む瞳。  梶が放った白濁に塗れ生白い肌を上気させ、淫乱な本性を曝け出す姿態。  しどけなく濡れた前髪に隠れ、焦点の定まらぬ目がじっとこっちを見る……  携帯が鳴る。  即座に通話ボタンを押し、耳に付ける。  『見たか?』  落ち着き払った声が聞く。  スクリーンでは行為が続く。  梶がズボンをおろし下半身を剥き出し、麻生にのしかかる。  「………見たよ」  目を瞑る。  平静を繕って……駄目だ、声が上擦る……手に滲む汗で携帯が滑る。  目を瞑るー見たくない、もう見たくないーなのに目を閉じても追いかけてくる、図書室で目撃した光景が瞼の裏に上映されて、今さっきスクリーンで見た画と溶け合って、麻生の痴態が、唾液を捏ねる音が、夢中で舌を絡める音が再生される。  梶のものに浅ましく舌を這わせる顔   『興奮した?』  心臓が凍る。  「なにを、」  『俺を抱きたいか』   携帯を通し耳元で低く囁く。  誘惑。挑発。  スクリーンでは麻生が梶に抱かれている。  麻生が梶に組み伏せられ爪を切った手を背中に回し    あの日と同じ光景が  衝動が炸裂、手近の椅子をひったくって力任せに映写機を殴り倒す。  映写機が横倒しに吹っ飛び床に激突、スクリーンの映像がプツンと消える。  「秋山くん、落ち着きたまえ!!」  敷島が制止するも腕をおもいっきり振りかぶってスクリーンに椅子をぶん投げる。  「こんな……っ、こんなビデオ俺に見せてどうさせたいんだよ!!?」  『人は見たくないものから目をそらす習性がある。お前もだ、秋山。盲点は願望が作り出す。答えは目の前にあるのに』  「意味不明な禅問答よせよ、はっきり言えよ!!」  『俺の裸見たろ』  麻生の裸。痣と傷だらけの裸。肩甲骨の火傷のあと。  『あれを見て、なんですぐ売春組織と結び付けなかった?黒幕が学校の教師だとわかったならなおさらだ。他にもお前は見落としてる。見たくないものには目を塞いで……すぐに忘れて。工場に来た時、俺がなんて言ったか覚えてるか』  あの人に教えてもらった。  『あの人の正体わかったか』  冷静に聞く。  俺にあのビデオを見せたあとで、陵辱シーンを見られたあとでどうしてこんな冷静な声が出せるのかふしぎだ。  「……思い出したよ、全部」  忘れたかった。忘れていたかった。  忘れたままでいれば関係を壊さないでいられる、麻生はどこへもいかない。    麻生を失いたくなくて自分に嘘を吐いた。  自分をごまかし続けた。    虚構に捏造を上塗りして。  被害者同士の接点をあれこれ模索して推理をわざと複雑にして。  麻生が梶を殺す動機なんか、はっきりしてるのに。  『見て見ぬふりしろって警告したよな』  「麻生、俺は……」  『そろそろ終わりだ』    反射的に液晶の時刻表示を見る。  11:10分。  タイムリミットまで一時間をきった。  『箱の中の猫が生きてるか死んでるか、お前自身の目で確かめてくれ』  俺にはそれが、助けてくれと聞こえた。

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