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第10話  シオンという名、そして

紫音とのセックスを終え、お互い息絶え絶えの体を重ね、顔に手を添えた。 「…かわいい…」 と、紫音が口にして、くすっと笑ってしまった。俺を可愛いだなんて、やめてくれよ。紫音のほうがキレイだよ。 「僕はそんなんじゃないもん。」 何を言ってる。大学の先輩たちも、女の子からも、あれだけ思われてるのに。 「…そういえば、ケイさんは、そんなに追いかけてこないんですねえ。他の人はしつこいくらい付き回ってくるのに。」 そりゃ、こんだけ整った顔して、セックスが好きなんだったら、他の人も放っておかないだろ? 「でも、ケイさんは、そこまでしつこくない。だからいいのかな。僕、しつこい人キライだから。」 モテる男はつらいよなあ。まあ、選ぶことが出来る特権はあるんだろうから。 「フツーに、そこそこの付き合いでいいんだけど。あ、でも、離れられるのは嫌だなあ。僕の方がしつこくくっつくかもしれない。せっかく付き合うんだから、ちゃんとセックスもしたいし。」 俺は、紫音の方から寄ってくれるのって、すっごく嬉しいんだよ。まさかの俺が選ばれるなんてさ。 でも紫音って珍しい名前だよね。芸名みたい。 「あ、これ、本名はもっと難しい漢字書くんだよ。だから小学生まではひらがなにしてた。中学になってから、簡単な漢字を勝手に書いて、この名前にしてるけど。うーんと、ケイさんだったらいいかな。僕の名字は利根っていうの。中学で英語を習った時に、アルファベットでtoneって書いたら先生が『トーン?音かぁ。』って言って。それで、紫の音でシオンって言うようにしたの。」 ほぉ。偶然にそういう名前が出来たのか。面白いね。パープルトーンか。響きもいいねえ。 「だから、今の紫音の方が好き。この名前のほうが好きだから。」 え、じゃあ、本当の漢字はなんて書くの? 「…忘れた。なんか、草かんむりで、なんか…死んじゃうみたいな漢字だったから、それが嫌だったのもあるんだよね。そっちは書きたくなかった。」 ふーん。まあ、今の字がみんなも知ってるんだったら、本当にその字にしちゃえばいいのに。 「そうだね。ケイさんがそう言ってくれて、僕も嬉しい。」 と、俺の体にきゅっとしがみついた。紫音のドキドキが俺にまで伝わってきた。 後日。 ふと、シオンという名前を、ネットで調べてみた。 なんの意図もなく、気がついたので見ようと思っただけで。 シオンという花があり、花言葉は『思い出』。 なるほど。みんなセックスのことを思い出してるんだねえ。…ホントかよ。 するとそこに、日本書紀の昔話が書かれていた。 ある田舎に母親と双子の兄弟が暮らしていた。母親はもう年老いて、兄弟が看病していたが、その甲斐もなく亡くなってしまった。 兄は母親との看病生活を思い出すのはとても辛いと、なるべく忘れるよう努めたという。 弟は母親とのやり取りをいつまでも残しておきたいと、なるべく思い留めておきたいという。 やがて兄は少しずつ母との思い出は忘れていき、墓参りにも来なくなってしまった。 弟はその思い出が鮮やかに残っており、いつまでも形に話に母を登場させていたという。 やがて兄弟も亡くなり、お互いの墓が作られた。その墓には草花が咲き乱れたという。 兄の墓の周りに咲いていた花は「忘れ草」、萱草(かんぞう)と呼び、 弟の墓の周りに咲いていた花は「思い草」、紫苑(※草かんむりの下にウかんむりが入る)(しおん)と呼ばれた。 しおん…?まさか…ねぇ… 草かんむりに、死んじゃう。シオンのオンの字って、たぶんこれかな。たしかに小学校じゃ習わないよなあ。 そして俺が、この記事を見てもう一つ気がついたこと。忘れ草の萱草の『萱』の字。 これって、カヤだな。俺の名字が萱野っていうんだけど。 家の表札はこの難しい方の漢字なんだけど、俺も同じく難しい漢字が書けなくて、簡単な『茅』の字を書いて茅野と言ってたんだよな。 まさか、こんなところでこんな繋がりがあったなんて。まあ、これは別に黙ってても構わないだろう。そのうち忘れるだろうし。

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