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第8話
まだ学生のおらん通学路を、二人で歩く。
何で、コイツと仲良ぅ歩かなあかんのやろ。ちょっと前を歩く風間の表情は、背も高いしよぉ見えん。
ダッシュで逃げたら、追いかけてくんのかな。そこまで溜まってんの?
「逃げたきゃ逃げろ」
「…は?」
オマエはエスパーか!人の心読めるんかっ!?
「そんな顔しとる」
「あ、アホか!誰がビビってんねんなっ」
「ビビってるなんて、言うてへんけど?」
「喧しい!オマエかてヘタクソやったらやらせんからな」
「オマエ、さっき気持ち良さそうやったし」
うっ…と言葉につまる。
確かに気持ち良かった。身体中に電気走ったみたいな、そんな手コキ。ただの手コキでテクニシャン風間の出来上がり。
それ以上やったら、それ以上のそれが待ってるんか?でも…勇気も覚悟もいる話やがな。ケツやで。
絶対気持ちいいわけあらへん。気持ちいいんは風間だけで、俺は悶え苦しむんか。
”とーかこうかん”恐るべし。
「着いたぞ」
やたら立派なマンションの前に立ち止まって、風間が中に入っていく。
俺の塒の永久荘とはえらい違いや。高級って感じ。
オートロックを解除して、どんどん中に入っていく。何か居心地悪て、言葉も出ん。
無駄に広いエレベーター乗って、最上階のボタンを押す風間。
もう逃げれん。
無機質な箱の中、風間を見ることも出来ずに自分の足元ばっかり見る。
何でこんなことなったんやろ。後悔しても遅い。彰信を助けてくれ言うたんは俺。
連れのためなら、こんなんなんでもない。
エレベーターが目的の階に着いて、風間が降りる。少し遅れて俺が降りて、同じドアばっかり並ぶ廊下を歩いた。
突き当たり。一番端っこで風間が止まって、ドアに鍵差し込む。
当たり前の光景に、ガチガチに緊張しとる。情けない。
「借りてきた猫みたいやな。いきなり食いついたりせんから入れ」
「ビビってないわ!ボケッ!」
嘘。かなりビビってる。でもバレんように、それ隠すように風間を押し退けて家に入った。
バカ広い玄関。簡易照明が足元照らしてて、部屋中に風間の匂い。一気に違うテリトリーに入ったことを再認識してまう。
「お邪魔します」
何か圧倒されて、声が小さなる。
「誰もおらん。遠慮せんと入れ」
遠慮ちゃうって。
ビビってんねんて。
逃げられへん。
もう嫌や、ごめんなさいなんかで許されへん所まで来てる。
そのまま風間に促されて、渋々部屋に足踏み入れた。
どこに行けばいいか判らんであたふたしてたら、トンッて背中押され目の前のドアに手を掛ける。
意を決してドア開けたら、これまた広いリビング。
でも、何か…。
「殺風景やな」
そう。広いリビングにソファーとテレビ。
他の奴の家にはあんまり行ったことないけど、それでも判る。家って感じせん。
暖かみもなんもない、俺の塒と同じ匂い。ただ寝るだけの家。
「一人暮らしやからな」
不審がる俺に、風間が一言。
あぁ…だからか。
「高級マンションに一人暮らしなんか、お前ボンボンか」
「そんなええもんちゃう」
あ、風間の顔にまた見えた……縋る顔。
オマエも俺と同じか……?
「オレんちなんか、このリビング余るくらいの広さやぞ。めちゃくちゃ狭いのに、贅沢言うな」
「せやな…なんか飲むか?」
何か、これ以上触れんなって感じやな。
我がのこと知っといて欲しいけど、内々まで立ち入るな、か?せやけど、俺はオマエとヤルんやし。
男としてのプライド捨てて連れ助けてもうた、とーか交換の代償払うんや。俺のがリスクでかいんやから、俺に聞く権利あるんちゃうんか。
でも、まぁ、聞いてもしゃあないな。
ええよな、オマエは我がの欲求だけでセックス要求して、俺はプライドずたずたの激痛か。理不尽。
「何もいらんのか?」
「いる。冷たいもん」
「アイスコーヒーでええか」
「何でもええ」
出されたアイスコーヒーは焙煎されとるんか、いつも飲む缶かんの水臭いやつやない、しっかりホンモンのコーヒー。
味わいながら飲んでたら、いつ延びてくるか判らん風間の腕に段々と緊張してきた。
今から肌重ねてエロいことするなんか、想像つかん。裸になって身体合わせるなんて、想定外。許容範囲外。
手コキだけで勘弁してもらえんやろか。無理かな、無理やんな。
「ビビっとんか」
一人百面相をジッと観察されてたんか、目の前のソファーに腰下ろした風間が俺を見ずに言う。
「ビビってへん!ヘタクソやったら最悪って思っただけや!」
嘘。ビビってます。
ナニされんのか皆目見当もつかん空気に、さっきから押し潰されそう。
死にそう。
逃げたい。
俺、女ちゃうもん。
「ヘタクソかどうかじっくり味わしたるがな」
「いらん!ちゃっとヤって、さっさとイけ」
「つまらんやろ」
「俺はそれでいい。早よぅイカせて、終わらしたいんや」
溜め息と共に、漏れた言葉。
初めてこんなビビってる。喧嘩でもリンチでも、こないビビったことあらへん。
何でこないビビらなあかんねん。
「威乃……」
名前を呼ばれて手招き。
ジーッと警戒しながら、ゆっくり移動。
黙って風間の前に立つと、一瞬身体浮いて、そのまま風間の膝の上。しかも向かい合わせとか…。
死にたい。
女やないんやし。
「ホンマ…猫やな」
また片眉上げて、俺の顔覗きこむ。
「オマエ、これ癖やな」
「なにが?」
「これ…」
真似してやってみるけど、なかなか上がらん。
片眉だけなんか、よー動かさんわ。
「あぁ…気ぃつかんかったわ」
そりゃ、我がの顔見ながら会話なんかせんしな。そりゃそうや。
「あの、さっきのとーか交換…って代償なに?」
「あいつの敵取ったからな。抱かしてくれんのやろ」
ですよね!やっぱりね!微かな期待持った俺があほやったわ。
明らかに脱力。
やっぱり、理不尽。
そりゃ、彰信助けてくれたよ。前山達片付けて、救急隊までしてくれたな。
感謝や感謝。腐ったくだもん抱えてる俺の力じゃあ、どないにもならんかった。確かにせや。
でも、だからって…そりゃない。
この期に及んで見苦しいかもしらんけど、かなり覚悟いるんやで、これ。
「…そないな面すんな」
「普通や、そんなんどーってことあらへん」
自分に言い聞かす。
何でもせや、ばばあが男と家出たんも、目ぇ閉じたらいいだけや。
風間が足開いた俺の上で動きよるんも、見んかったらいい。見んかったら、我慢出来る。
「抱けへんし」
「…え?」
聞き間違いか?なんやて?
「威乃の身体欲しいけど、身体だけやないから。俺欲しいん」
「まさか…命…」
「あほぅ…ここや」
明らかに不機嫌なって、胸の真ん中、トンって押される。
ここ…何やねん。
「…オマエの気持ち」
気持ち…?気持ちって…気持ち?
「年下は嫌いか」
いや、風間、そこ重要やないし。何この人、天然?ちょっと色々と残念なイケメンなの?
それでも…オマエはズルい。何でそないに、縋るみたいな目すんねん。
オマエ見てたら…俺見てるみたいや。
「肝心なこと忘れてへんか?俺もオマエも男やで」
「だから?」
だからって…そこ重要やしな。
同じ逸物股間にぶら下げて、それが恋愛に発展する世界は正直世界観の違いや。
「威乃」
また縋るみたいな目。
自分じゃあ気がついてへんのやろな。いつも血に飢えた猛獣みたいに牙剥いて人殺しそうな目してんのに、垣間見る風間の縋るみたいな目。
セコい…。
「俺にどないせぇ言うねんな」
「一緒おって、俺を好きになってくれたらいい」
滅茶苦茶や。滅茶苦茶…必死や。
たかだか俺如きの人間に。
確かに男前や。目ぇじーって見られて、何か言われたらグラッてくる。女なら堕ちてる。
「オマエ…何なん」
「なにが?」
「袋にされてた俺見て、一瞬にして好きなったとかほざくん?」
「…オマエが俺好きになったら教えたる」
何その理由…。
「早う好きになれ」
おいおい。
はぁ〜と諦めに似た溜め息漏らしたら、腰に両手回ってぎゅーっとホールド。ってか、何か大事なもんみたいに抱きしめられて動けんようになる。
「威乃…」
「やめぇって…名前で呼ぶん」
照れくさなる。
抱きしめられて、後頭部らへんに風間の顔があって、肩口に顔寄りかかるようなって…。
ヤバい…コイツ屋上んときもやけど、心地良い。今にも目閉じて、夢ん中に落ちそうや。
「眠い?」
「…眠ない」
「…やっぱり猫みたいやな」
フワフワする。何でコイツとおったら、こないにすぐ眠たなるんやろ。
ハルかて熱ある時とか、弱ってる時以外は近くおったら寝られへんのに…。
コイツの匂いは、変に落ち着く…。
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