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第30話
窓に反射する安っぽい色のネオン。
男の罵声も聞こえる。女の悲鳴も聞こえる。
やのに自分の心臓の音が聞こえへん。止まってる。そんな錯覚。
篠田さんは俺に何も言わんかった。きっと色々と情報を知りたいはずやのに、何も言わんかった。
龍大が今どこにおって、誰と何をしようとしとんのか。問い詰めて言わしたいはずやのに、何も言わんかった。
龍大がおらんくなる訳がないと思いつつ、俺の不安は一向に消えへん。篠田さんの言葉が胸に突き刺さって、深く抉る。
龍大が死ぬ。龍大、お前は俺に何も言わんまま死ぬんか。俺はお前に何も言えんまま死ぬんか。そんな訳あらへん。
無事を確かめたくても、俺と龍大は互いに何も知らん。連絡先すら…。
身体だけ繋がって、いざって時の連絡先はお互い知らんまま。
「くそ…」
なんでおかんのこと頼んだんやろ。なんで行かしたんやろ。
なんで、なんで、なんで。
ずっと同じ自問が繰り返される。後悔とか、自責の念に駆られる。
どうしたらええか分からんで身悶えとったら、何のアクションもなくドアが開いた。
「……お前にはマナーってないんか」
ドカドカ部屋に入ってくるハルに、俺は空笑いで言うた。
当たり前みたいにドア開けて、当たり前みたいに入ってくる。これって、不法侵入や!とかで通報出来るんちゃうん?
「お前は報連相って言葉知らんのか」
「ホウレン草嫌いやし」
「やっぱ、お前はアホやな」
あんた、久々のお宅訪問がそれ?アホの再確認?
「最近、学校じゃあ、遂に秋山は学校辞めるって噂や。不登校やし来ても大人しいしな。で、辞めんの?あー、そういや何や、実は年少入りが待ってるって噂もあんねんけど?」
「なに、そのゴシップ」
「それ聞いて彰信は泣くしな」
ってか、どんだけ単純に引っかかってんの?彰信。今日、がっつり学校で逢うたやんけ。
フフッと笑ったら、頭を小突かれた
「お前はほんまに何も言わんな。俺らが信用出来んか?風間と付き合うな言うたからか?」
ちゃう…。ただ首を振った。俺かてこの現実に付いてかれん。
ある日突然おかんが行方不明で、ある日突然現れた龍大とマッハの勢いで親密なって、俺すら触れたことない場所に受け入れた。
俺の中で昔からそこにあったみたいにデカイ存在なった龍大は、俺の中を掻き乱すだけ掻き乱した。掻き乱して俺を一人にした。
そんな一人になった俺に、人間の汚いとこや人間の死に様とか人間の生死を身近で見て来た刑事は、”龍大は死ぬ”と断言した。
死ぬや生きるやがこないに身近なんて、今まで考え事なかった。
何も言われへんのは龍大と付き合うな言うたからとかやなく、信用出来んとかやなく、ただ混乱してる。ただ、どうしたらええか分からんねん。
「で、鬼塚組が何?学校じゃ、話にならんかったやんけ」
「…」
「お前がそない、ダメージ受けてるとはな。で?何なん?」
「俺なんかのために、あいつは何でこんな動くんやろ」
「…は?」
「俺には何もないのに、必死になって…。絶対危険って分かってるとこ行って。そんなんしてくれんのに、俺は何も返されへん」
ハルは俺の言葉を黙って聞きながら、煙草を銜えてハル専用の灰皿を棚から引き摺りだした。
カンッとジッポが高い音を鳴らす。煙草に火を点け、ゆっくりと紫煙を吐き出し、ハルは溜め息に似た吐息を吐いた。
「返してほしいから、お前は動くんか?」
「え?」
「お前は見返りを求めて動くんか?誰に対してでも俺はこれをしたったんやから、オマエも何か返せって一回でも思うた事あるか?ちゃうやろ?あいつも俺も、お前に何か返してもらいたいから動くんやない。彰信も俺も、連れやからや。連れのためなら、自分がどないなろうが関係あらへん。全力で動くんが連れやろ。ま、あいつは連れやからって訳やないみたいやけどな」
ハルはそう言って笑った。
言われながら、最近、涙腺に欠陥が見つかった俺の目からは大量の涙が溢れ出てて、大洪水。ハラハラハラハラ流れる涙。
それを見て、ハルはぐしゃぐしゃ頭を撫でてきた。
「女の涙より、連れの涙のがキツいわ。で?風間は関東?」
俺は一生懸命、大洪水を止めようとそれを拭う。が、欠陥は、拭ったくらいじゃ治まらん。
「…関東に、行った。風間組と、鬼塚組?と何、やったか、一新一家?あと…、何とか、組…。それが、どうこうって。何か、俺には、よぉ、分からん。組とか、全然、分からんし」
嘔吐いて、呼吸困難なりながら喋るもんやから、途切れる。
一新一家と、鬼塚組、風間組。他に何やったか、頭の悪い俺は思い出されへん。
「何気にヘビーな名前ばっかり出すなや。怖いわ、お前…。そうか、関東か」
「龍大が死ぬて、篠田さんに、言われた」
近くにあったティッシュで涙を拭い、はーっと大きく深呼吸。
ハルに話して楽になったんか、涙は止まり気分は落ち着いた。
「だれ?篠田?ああ、あのイケメンサツか」
「龍大と連絡取ろうにも、携番も何も知らんねん。…今どこにおるんかも」
「あるやんけ、方法が」
「……?」
「いや、乗り気やないで。乗り気ではない。ほんまに乗り気やないけど…。それ以外、方法がな。いや、乗り気やないけど、乗り気やないけど、風間組ピンダッシュ?」
いやいや、ピンダッシュしてどないすんねん。そうか、組に行けば…。
「行こか、ハル?」
「え?俺も?」
「乗り掛かった船」
「最近まで乗船拒否してたくせに」
言いながら、ハルは煙草を灰皿に押しつけた。
デカイ、どこか威圧感のあるビル。二人して、その前でアホみたいに立ち竦む。
ここ来るん何回目やっけ?何回か来てるけど見た目だけでは、このビルの中にそんなおっかない人間がおるようには思わんな。
「どないすんねん?」
ハルがため息をつく。どないすんねんって、俺に聞く??
「受付姉ちゃん、美人やで」
「俺は秘書シリーズが好き」
AVの話をしに来たんちゃうし。ってか秘書シリーズって実は才女好きか、ハルよ。
「ピンポンどこや」
いやいや、あんたほんまにピンダッシュ?てか、ある訳ないやろ、こないにでっかいビルにピンポン。誰が押すねん。
「入ってみよか」
そう提案した俺の顔を、ハルはふざけんなと言わんばかりの顔で見てくる。
「お前、面通るやろ。ってか、顔パスやろ」
「いや、無理やろ。普通に」
「おい、クソガキ。何じゃワレ等」
背中を突き刺す凄まじい怒気に、ハルと二人飛び上がった。
ゆるり振り返ると、スキンで顔に傷がある、ダブルのスーツがよぉお似合いのおっさんが車から降りてきた。
事務所の前でコソコソしてるんが目に付いたんか、威嚇モード全開で凄んでくる。これって…ヤバい。
「何しとんじゃって聞いてんねんぞ!!答えんかぁ!!」
グワッと近寄られ、ブワッと仰け反るあほ二人。
パねぇ、迫力。血が逆流しそう。ってか、一気に胃液が活発なって吐きそう。
「あ、あ…。梶原、さんは…?」
何とか声を絞り出す。まだ生まれたての赤ん坊のほうがでっかい声出るぞっていうくらいの声に、スキンの顳かみがピクリ、震えた。
「ああ!?何で兄貴の名前知っとんねん!?」
「あ、いやその」
「貴様ら…。カチコミかー!!!!!!」
ちゃうー!!あまりの怒声に声も出ず、ハルと抱き合った。
「あ、若の友達」
スキンの後ろから、場に不釣り合いな暢気な声が聞こえた。
「はぁ?」
「渋澤の兄貴、その子、若の友達っすよ」
「あ!あんた!」
いつぞやの龍大に熱い視線送っとった奴!確か、確か、確か、確か…。
「若の連れぇ?ほんまか小沢」
そう!!小沢!!緊張したら、声デカなるタイプ!!
「若の連れぇ?」
ギロリ睨まれ、たじろぐ。凄まれる意味が分からん。連れや連れ!こんな、ひ弱なカチコミおるわけないやろ!
現に俺等、めっちゃ学生服!!めっちゃ子供!!どんだけ使えん鉄砲玉!?
しかも正面玄関から堂々とカチコミ!?ないないない。どうせするなら、夜!!裏口!!
「渋澤の兄貴、俺が対応しますさかいに、先に行ってください」
小沢さんは、渋澤と呼ばれるスキンを促す。せや、去れ!はよう去れ!
渋澤スキンは俺とハルをジロジロ見ながら、渋々ビルに入って行った。瞬間、ハルと二人、大きく息を吐く。猛獣が去った気分。
「さて、どないしたん?」
小沢さんはスキンとは天と地との差があるほどの笑顔で、俺とハルに振り返った。
「ここじゃ、あれやからな。あっこ行こうや。腹減ってないか?食わしたるで?」
言いながら指差す、道路の向こうに見えるファミレス。俺とハルは、顔を見合わせ頷いた。
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