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第31話
「事情はわかったけど…」
明らかにヤーさんの小沢さんと、明らかにやさぐれたヤンキーなハルと俺。そんなトリオが店に入った瞬間に、店員、客、全員が固まった。
固まりますよねー。これじゃあまるで、ヤーさん志願のヤンキーの面接。
ハルの目付きの悪さが効いてるよ、ほんま。
「若の連絡先は梶原の兄貴しか知らんのや。あの人、なんや言うてもまだ組に関係あらへんし」
席に案内されてから、小沢さんは煙草を吸いながら言い放つ。
注文を取りにきた兄ちゃんなんか、怯えてもうて可哀想なくらいに青い顔。
そないに腹も減ってへんのに、ハルが自分の分と俺の分のハンバーグステーキランチを頼む。
俺、そんなん食べたいなんて、一言も言ってませんけど?っちゅーか、遠慮せんでええ言われて、ガッツリ遠慮なく頼むオマエってどうなん?
で、小沢さんはパスタ。パスタって!!と思いつつ、チラリ、前に座る小沢さんを見る。
あの緊張したら声がでかくなる姿なんか微塵もあらへん、THE 極道みたいな…。
スキンよりは、ちょっとお洒落に着こなした細身のスーツ。でも真っ黒の生地に銀のストライプ。シングルスーツやから、まだマシか…。
それでも目つきだけは鋭くて、まるで狂犬。闇の中、暗いとこで暮らす人間。
これが龍大の世界…。
「威乃?」
ハルが黙りの俺の顔を覗き込む。思わず自分の殻に閉じこもりかけてたと、慌てて顔を上げた。
「ああ、うん。せやんね…。知らんよね」
「今回は鬼塚組も絡んでるから、ややっちいのん。だから、渋澤の兄貴もイライラ」
小沢さんは煙草の煙を勢い良く吐き出し、ククッと笑った。
スキン、苛々を俺らにぶつけたか?
「イライラするんすか?風間組のが親でしょ?」
さすがヘタレヤンキーの俺とはちゃう。ハルは小沢さんに馴れたんか、気軽に話しかけ出した。ってかハル詳しいねん、マジで。詳し過ぎ。
でもハルがおらんかったら、会話成立してへんかったかも。そもそも俺一人なら、一にも二にも早う帰ろうとする。ヤンキーみんなが極道平気とかちゃうし。
ガキと大人の境界線。ヤンキーと極道の境界線。これ超大事。
「親父が鬼塚組の組長にかなり目ぇかけとる。若も梶原の兄貴も、あっこの組長には一目置いてるねん。渋澤の兄貴は、それがあんまり…な」
「嫌いなんすか?」
「嫌いちゅうか、その鬼塚組長って変わった人でな。会合とか表舞台にあんまり出てこやへんねん。あんまりっていうよりもほとんど出てこん。せやからぶっちゃけ鬼塚組長に実際に逢う人間ってめっちゃ限られてて、実は実在せぇへんのやないかとか噂あってな。まぁ、その、見たことも会うたこともない、まして話したことのない人が兄貴分や言われても、古い考えの渋澤さんは納得いかんみたいで好かんみたいやわ」
いや、実在してるし。あれが極道じゃなかったら、異常者。サイコパス。
つうか会わん方が身のためやと思いますよ、寿命縮めたないやろうしと思う。
俺の寿命は確実に縮まったからね!
「どないする?威乃。とりあえず、関東行く?」
「え?」
「あっち行ったら、もしかしたら、風間に会えるかもしらんやんけ?」
いやいや、急やなそれ。極端やな、それ。どんなミラクルやねん。
大体、あんな知らん土地で、どないやって…?
知らん上に、大都市。広いとか、そんなレベルやないで?
関西弁で道聞いても、ドン引かれんで。見た目からもな。
「お前ら、そないにしてまで会いたいんか?若に」
驚いた顔をして、俺らを見る小沢さん。
まぁ、驚くのも無理ないやろうな。でも、そこまでして逢いたいのは、事実。
逢いたい。龍大に、逢いたい。
「その、待っとけ言われたけど、俺…。俺のことがあって、龍大は動いてるから…。俺が龍大に頼んだのに、俺がこないボーッとしとるんは…嫌やねん」
賑やかなファミレスの中、消え入りそうな俺の声。情けない。
俺はガキで、何て無力なんやと思い知る。ほんまに俺は何も出来んただのガキや。
「ん-。そうやなぁ、そうか、ほな連れてったろ」
暫く考えてた小沢さんが、灰皿に煙草を押し潰しながら言った。
それと同時に店員が青い顔して料理を運んで来た。次々に並べられる料理。
俺ら見るからにガキのヤンキーとさえ、目ぇ合わしてくれへん。
「連れてったるって、組はどないしますん?」
ハルの”組”発言に、店員がサラダの入った皿をガチャン!とテーブルに落とした。
サラダも皿も無事、ただ、店員が小刻みに震え”申し訳ありません!”と叫ぶ。
何、この状況。
「連れてってくれるん?」
ハルは店員をシカトして、話始める。それに小沢さんが頷いた。
「明日から休みやねん。だから、連れてったるわ。車で行こうや」
「ええ?!」
また、この関係の人とプチ旅行!?嫌ですとも言えず、ハルなんか”いいんすか!?”とか言っちゃって、何意気投合してんの。根っからの悪め…。
でも、これで龍大に逢えるかもしらん。龍大に…。
「あ、俺ね名取春一いいます。こっちが秋山威乃」
今更かよっ!
ハルが、ハンバーグを頬張りながらの自己紹介。そういえば前に龍大と一緒に逢うた時は名前言うてなかったもんな。
何かさすがハル。やっぱりハル。そんな感じ。
俺も口寂しくなって、ハンバーグに手をつける。食べだすと急に腹がグーッと鳴った。若いって素晴らしい。
「自分ら、若の連れなんやろ?」
パスタを器用にクルクル巻きながら、小沢さんは聞いてくる。
似合わなすぎなんですけど…。
「学年は俺らのが上ですけどね!」
ハルがそう言って、最後に”俺ら先輩っすよ”なんて言う。
あいつ老けてるしって言いたいんか?まぁ、俺は否定せんけどね。
「あっち行くって、自分ら二人とも行くんやんな?」
小沢さんの何気ない質問に、俺はフォークを銜えたまま大きく何度も頷いた。
当たり前!長距離!密室!二人きりとか嫌です!無理です!!!
”いや、俺は…” なんて言うハルの腕を、慌てて掴んだ。
何、俺はイチ抜けたみたいになってんの!?俺を見捨てんの!?俺がどうなってもええの!?俺の性格、オマエが一番よぉ知ってるよね!?
必死の形相の俺を見て、ハルが呆れた顔を見せた。
「…バイト、休むから」
ハルはしゃーないなと言わんばかりに、俺の髪の毛をくしゃっとした。
小沢さんと行くと決まってから三時間後、俺とハルは小沢さんの運転する車で湾岸線を突っ走ってた。
二回目の旅行は高級車の大名行列ではなく、龍大にホールドされた状態でもなく、小沢さんのようやく手に入れたという愛車での旅行やった。
ワンボックスタイプの車。助手席はハルが陣取り、俺は後部座席をフラットにしてもらいゴロリ横たわっていた。
寛いでるなぁとか思ったけど、小沢さんが気さくな人で、極道とか違う世界とかを全く感じさせんくらいフランクな人やった。ハルはそれを気に入ったんか、すっかり懐いてもうてた。
今日、何時に何処に待ち合わせか、いつの間にかメルアド交換とかしちゃってたハルと小沢さんで決められとって、肝心要の俺は茅の外。
ハル、懐き過ぎ…。オマエ、何処に行こうとしてるわけ?このまんま行ったら、そっちの人になっちゃうよ?
「鬼塚組の組長に逢えるかな?」
ハルが車に接続した、自分のiPodを弄りながら言う。
旅のお供は音楽。これ、王道よな。でも、ハードロック。
「鬼塚組の?いやー、ムリムリ。言うたやん、あまり出たがりな人やあらへんねんて。うちの幹部クラスでも、面会は若頭止まりやしな」
あー、若頭。あの極道とは縁のなさそうな、綺麗な綺麗な兄ちゃん。
ってか逢える言うても逢うか!どんな物好きやねん、それ。
やけど、俺は幹部でも逢われへん奴に逢うたんや。かなりのラッキー?いやいや、アンラッキーやし。死ぬとこやったんに。
「マジで?それ実在の人物?あれちゃうん?こう、噂だけで人間作って、めっちゃ怖い人っていうイメージだけの一人歩き。都市伝説みたいなん。口裂け女とかの類い」
「うそー、マジで?そんなんやったら、俺泣くわ」
そう言って、二人してゲラゲラ笑う。
前言撤回。逢えるなら、逢いたい。そして思い知れ、お前ら。
ってか、極道界の都市伝説ってなんやねん。
チラリ、視線を窓の外に向ける。窓から見える空は陽が沈みかけていて、白い雲をオレンジに染め上げる。
それがどこか切なくて、何か寂しくなった。
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