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第3話

心臓が強く鼓動を打ち、全身の毛穴が開いて汗が噴き出す。この感覚は覚えがある……発情期だ。 「嘘だろだってまだ……」 急激な虚脱感によろめき金網に凭れる。 網目に手を食いこませ不安定に前傾、節操なく上擦る吐息と唾液を飲み干す。 抑制剤を忘れた自分の迂闊さを呪っても後の祭り、とにかく少しでも人けがない場所へ逃れようと歩み出す。 誰にも知られたくない、見られたくない。 肩を滑ったリュックが路地の入口にどさりと落ちる。 それを拾い直す気力もなく建物と建物の峡谷に迷い込み、荒廃した路地の暗がりを覚束ない足取りで歩んでいく。 「はあ……はあ……」 身体が熱っぽい。肌がおそろしく敏感になっている。 独りで歩くのも辛いのに教会まで帰れるだろうか。ズボンのポケットに突っこんだスマホを手に取り、短縮で登録した番号を呼び出しかけ、葛藤に顔を歪める。 やっぱりだめだ、先生に迷惑をかけられない。子供でもあるまいし、むかえにきてくれなんて頼めるわけがない。 発情がおさまるまで耐えるしかないのか。ダストボックスとゴミ袋の山の隙間で膝を抱え、キツく目を閉じる。 異常に喉が渇く。目が潤んで視界が霞む。股間がズキズキ痛いほど脈打って後ろの孔が疼く。 どうか誰も通りませんように、気付きませんように。 焦燥にまみれた心中で狂おしく祈り、手の甲を噛んでむらむらをごまかす。 「んぅッ、んッむぅ」 自分の体が思い通りにならない恐怖ともどかしさ、それらを上回る性欲がピジョンを揉みくちゃにして思考をひっかきまわす。 「っふ……」 瞼裏の暗闇に朧げに浮かぶ母の面影に縋る。 母も同じ苦痛を味わっていたのか。 ピジョンが覚えている母は若く美しく優しく、発情期でも息子たちの前では気丈に振る舞っていた。 俺は母さんみたいに強くない。あの人ほど強くなれない。寂しい、会いたい。今どこにいるんだ、母さんならきっとわかってくれるのに…… 「お金なんてもってないよ」 ピジョンの切実な願望を遮ったのは、突如として路地に響いた悲鳴。 スケボーを脇に抱えた男の子が鉄パイプを担いだ不良の集団に首ねっこを掴まれている。 「強盗扱いたァ失礼だな、そっちがぶつかってきたんだろ」 「わ、わざとじゃないよ!道広がって歩いてるから……」 「だとさ。聞いたかお前ら、テメェのしたこと棚に上げて開き直るたあふてぶてしいガキだぜ」 「クリーニング代に慰謝料上乗せだなこりゃ」 「やめて痛いやめてよごめんなさい謝るから!」 ストリートファッションをゴツいチェーンで飾り立てた連中が、哀れにもすっかり縮み上がった男の子を小突き回して恐喝する。 「ごめんなさい、許して!」 あどけない顔を悲痛に歪め、べそをかいて謝罪する男の子。 ダストボックスとゴミ山の隙間にちょこんとはまり込んだピジョンは彼らの死角に入るせいか、まるで眼中にない。 このまま黙っていればやり過ごせる。その方がいい。 軟弱で喧嘩に勝った試しのない俺が余計な口出したってこじれるだけだ、コイツらだって命まではとらないはず…… 「ひっ!」 鉄パイプの先端が風切る唸りを上げて男の子を掠めると同時、ピジョンは口を開く。 「よせ、よ」 「あン?」 集団のリーダー格がこちらを向く。 「ンだてめェ……どっから沸いた」 「さっきからずっといたよ……その子から離れろ、警察呼ぶぞ」 ダストボックスに寄りかかって立ち上がり、孤立した子供に目配せ。 「今のうちに」 男の子が眼差しに感謝と安堵をたたえ頷く。 腰砕けに逃げていく男の子を庇って不良の眼前に立ち塞がったピジョンに、リーダー格が舌なめずりをする。 「この感じ……Ωか」 「フェロモンだだ漏れじゃん」 「犯してくださいって言ってるようなもんだ」 こうなることはわかっていた。 わかっていたけど、それは他人を見殺しにする理由にならない。今そこにいる子供の泣き声に耳を塞いで保身に走る言い訳にならない。 唇を噛んで虚勢を張るピジョンへと、凶器を携えた不良たちがこぞってにじり寄る。 「慰謝料とりっぱぐれた分も遊んでくれるんだよな、お嬢ちゃん」 「股関節ぶっ壊れるまでマワしてやっから」 「寄るな、叫ぶぞ」 深呼吸で実行しようとするもリーダーが動く方が早い。 「ぅぐっ、がほ!」 鳩尾に衝撃が炸裂、酸っぱい胃液と唾液をぶちまけるピジョン。 続いて不良たちに蹴りを浴びせられ、靴でもって無造作に転がされる。 リーダーが横柄に顎をしゃくり、手下がピジョンの両手をおさえこむ。 「肉便器Ωがカッコつけんじゃねえ」 「誰でもいいから咥えこみたくてうろついてた淫乱が」 「優しい俺たちとばったり出会えてよかったじゃん」 「ケツの奥の子袋にたんまりザーメンくれてやるから覚悟しな」 不良たちは既にピジョンが垂れ流すフェロモンに理性を失っている。 分厚い掌で口を塞がれたら抵抗する術もない。 脳裏を駆け巡る大事な人たちの顔、母に神父に弟たちの顔…… 無力感と屈辱感のごった煮で塩辛い涙がこみあげる。 ピジョンのシャツを剥いで胸板を暴いたリーダーが下卑た高笑いをする。 「よそのガキの為に一肌脱いでむざむざヤられちゃ世話ねえな」 「俺の目に入ることで、かはっ、無関係なことがあるもんか」 こんなヤツらにヤられるのは嫌だ。せめて感じないように、何をされても感じたりしないようにギュッと目を瞑る。リーダーの手がピジョンのズボンに伸び下着ごと引きずり下ろす。 先走りの汁に塗れたペニスがそそりたち、かと思えば強引に脚が割り開かれ、分泌液で潤んだ窄まりに怒張が添えられる。 「勝手にケツが濡れんだからΩってのは便利な身体だな」 「性欲処理の為に生まれてきたようなもんだ」 「待て、待」 「誰が一番に孕ますか賭けるか?」 母さん。先生。スワロー。 「ん゛―――――――――――――ッ、ぅぅ――――――――」 ずぷりと圧がかかり、赤黒い怒張の先端が窄まりにほんの僅かめりこむ。 口を塞がれたせいでろくに息もできず暴れて抵抗するほどに酸欠で顔を染め、目尻からこめかみへ、こめかみから耳孔へ垂直に吸い込まれる涙のぬるさに戦慄く。 心は拒んでも身体は悦んでいる、先走りに濡れそぼり屹立するペニスと男を迎え入れる準備ができた後孔がその証拠だ。 「喘げよ」 リーダーが一気に根元まで挿入しようとしたその時― バスケットボールが後頭部を直撃する。

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