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第4話

「なっ……」 全員が行為を中断し、路地の入口で逆光を背負った人影を注視する。 転々とはねて戻ってきたボールを拾い上げ、人さし指の上で器用にスピンさせた少年は、残忍さが映える綺麗な顔で笑ってみせる。 「俺の番に悪さしてんのはどこのモブ?」 「テメェ、せっかくいいトコだったのに邪魔しやがって!」 「ガキはお呼びじゃねーぞすっこんでろ!」 「お呼びじゃねーのはどっちだよえェ、からっぽのオツムにダンクシュートかましてやろうか」 静かな怒気を孕んだ声が路地に響き、吹き付ける殺気に男たちが慄く。 中の1人がすっかり怯えきって口走る。 「ストレイ・スワロー」 「ストレイ・スワローってあの?」 「ジェイクのチームをたった1人で壊滅させた?」 「チャイニーズマフィアとも繋がってるって噂の……」 「ウエストリバーサイドのハイスクール仕切ってんだろ」 とどまるところを知らないスワローの悪名と強さは下町で幅を利かせる不良にも浸透している。 リーダーの隣の少年が動揺も露わに耳打ち。 「相手が悪すぎるぜ」 お楽しみの最中に邪魔が入ったリーダーは悔しげに顔を歪めるものの、踵を返して撤退の合図を送る。 「テメェの番ならちゃんとしるし付けとけ、まぎらわしい!」 捨て台詞を吐いて退散するリーダーにはもはや完全に関心をなくし、スワローがもったいぶった足取りで路地を歩んでくる。 「スワロー……」 アスファルトに仰向けた兄を見下ろす目は、底ぬけにひややかな侮蔑の色をたたえている。 「レイプで濡れてんじゃねーよビッチ」 「う、うるさい……未遂だろ」 「Ωってみんなそうなの?ヒートがきたら誰にでも股開くの」 「どうしてここに……」 「どうしても何も通り道じゃん」 「学校はまたサボりか。先生に学費出してもらってるのに」 「おかげで間に合ったんだから感謝しろ、リュックが路地の入口に落ちてたぜ」 「そのボールは?」 「向こうでバスケやってる連中に借りた」 「遊び仲間だったのか」 「そんなとこ」 アスファルトに手を付いて上体を起こす。 幸いかすり傷以外に目立った外傷はない。小刻みに震える手で下着を引き上げ、消え入りそうに呟く。 「……来てくれて助かった」 赤裸々な痴態を見られた恥辱、またしても弟に助けられた屈辱、何もできなかった無力感。 喉元までこみ上げたかたまりを呑みこんで、代わりに弱々しく感謝を伝えれば、スワローはしらけて鼻を鳴らす。 続けてピジョンが放った冗談が自身の神経を逆なでするとも知らず。 「よかったよ、ハッタリ信じてくれて」 次の瞬間、ピジョンは押し倒される。 「!?ーっ、ぐ、やめろよ悪ふざけは!」 押し倒したのは他ならぬスワローだ。ピジョンの両手を地面に縫い付け、その上に押し被さる。 スワローの目が凶暴にギラ付き、薄い唇の端から尖った犬歯が覗く。 喉元を狙っている。 背筋に冷たいものが走り、死に物狂いに身をよじって喉元に迫る犬歯を避ける。 皮膚にくるまれ膨らんだ喉仏に熱い吐息が弾け、犬歯を伝った唾液の雫が鎖骨の窪みにたまる。 「だめだよせっ、離れろスワローこら、言うこと聞けって!」 喉を噛まれたらおしまいだ。うなじもだめだ。その二か所のどちらかでも噛まれてしまったら、ピジョンはスワローに絶対服従を余儀なくされる。ピジョンの身体と心は完全にスワローの物になってしまい、金輪際兄でも弟でもいられなくなる。 スワローはαだ。 「いいだろ、守ってやる」 αはΩを孕ませる。

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