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第8話

 「はあ!?」  愕然とする。  「どっちの机とか、関係ねえだろ。机は机、仕事する場所。パソコンのっけて、書類おいて、ホッチキスおいて、あとはなんだえーと……そう、茶だ。湯のみをおく。あれ、場所さがすのも大変だよな。課長の机なんか汚いからおくとこなくてさ。へたにバランス崩すと山積みの書類ごとなだれおちて大惨事、隣の机まで散らばって二次三次被害が深刻」  「どっちにします?」  上から覗きこむ千里をきっと見返す。  「どっちもごめんだ。変態が」  「まだそんなこと言ってるんですか?今先輩が寄りかかってるの、駿河さんの机ですよ」  悪い偶然は重なる。  いや、必然か。  千里がわざと追い込んだのか。  「お誂え向きですね。手間がはぶけてちょうどよかった。それにしても先輩、別れた彼女の机にすがるなんて、心底女々しいですね。今のかっこ見たら駿河さんも幻滅するな、きっと」  千里がふざけて手を広げる。  「幼稚だよ、お前。まるっきりいじめっこの思考回路だ。スーツ着る年になってまで、んなことして楽しいか」  「楽しいです。今まで知らなかった先輩の素顔や痴態が色々見れて得した気分だ」  どうも本気で言ってるらしく、ご満悦に目を細める。  しなやかな手がのびて脇腹にしのびこむ。  「こりねーな……!」  手を払おうと身をよじる。千里は許さない。たじたじの抵抗がかえって興をそそるらしい。  死ね変態。  調子に乗った変態が脇腹に這わせた手をゆるゆる動かす。  脇腹を擦られ、不快なくすぐったさが芽生える。  固く突っ張った膝を千里の下半身に固定され、背中から机に倒される。  手が上へ上へと移動する。  机と千里の間に挟まれ身動きできない。  縛られた手が机と腰に挟まれ、軋む。  「!痛ッ……」  自重に圧迫される手首の痛みに呻けば、千里が薄く笑う。この上なく狡猾な笑み。  「机、どうですか。背中当たってるでしょ。固くて冷たくて……ごりごりする」  「挟まれてちぎれる……」  「大げさですね」  「ホントに痛いんだよ!」  「痛いの痛いの癖になあれっておまじないすれば大丈夫」  「ドーパミンですぎでやばい合図だろ!?」  千里の手が胸板にじゃれつく。  首筋を気まぐれにさわり、肩にそってすべり、鎖骨をくすぐる。  露骨な触り方。  下心を隠しもしない劣情そそる前戯。  千里は器用だった。  たださわるだけなでるだけで特別な技巧をこらしてるようには見えないのに、バターのような手が吸いつき、快感の濃淡が熱の分布となって肌に広がる。  「床に寝転がるのは服がよごれるからおすすめしません。初めてで立ったままはきついからつまらない意地張らずよりかかったほうがいい」  「……犯すの前提で話すすめんな……」  千里に押され、机に乗り上げる。  ばさばさと派手な音たて机上の書類がなだれる。  「恋人の机がいい?」  千里が目だけで嗤う。  顔の上と下で温度差のある笑み……背筋が薄ら寒くなる笑い。  安子の机を飾る私物が書類もろとも転げ落ち床で跳ねる。パソコン横のぬいぐるみもクリップやセロテープの小物も一緒くたに……あ。あの不細工なパンダ、安子が大事にしてたのに。  咄嗟に膝を浮かせ、落下したぬいぐるみをすくう。  安堵したのも束の間、膝にのっかったパンダに相好を崩せば、千里が面白くなさそうな顔をする。  ぽん、と放物線を描いてパンダのぬいぐるみが弾かれる。  「あっ、おまっ、蹴りやがったな!?せっかくキャッチしたのに」  「こりないですね」  千里の顔が急に近付き、威圧感に息をのむ。  「自分の机でこんなことされてるって知ったら、駿河さん、びっくりするだろうな」  押し被さり、首筋をついばむ。  「先輩は明日から駿河さんの机見るたび僕にされたことを思い出す。今晩僕にされた一部始終をはっきりと、感触もまざまざと。とても平静じゃいられない。駿河さん普段はボケボケのくせに妙に勘が鋭いから、気付くかもしれませんね。女性ってそういうの敏感でしょ。小物の位置が変わっただけでぴんときそうじゃないですか。元通りにしても、絶対不審がりますよ」  「やめろ」  「素知らぬ顔、できますか。証拠が残ってるかもしれないのに。先輩が聞き分けなく暴れたせいで細かい傷たくさんついたのに。駿河さんが大事にしてた小物もばらばらになって、ぬいぐるみは床におっこちて汚れがついて、なにもかも完全に元通りにはいきません。隠し通せるかな?先輩、打たれ弱いからな。絶対ボロ出ますって」  「んっく」  首筋を甘噛みされ、官能的な痛みに喘ぐ。  背中が机の表面に付く。  パソコンが肩に弾かれ端へと追いやられる。   「匂い、ついちゃうかも。先輩の体液の匂い。元カノなら当然知ってますよね。机に飛ぶかもしれない。なんてごまかします?残業中お前の裸思い出してむらむらしてマスターベーションしたとか捏造します?元カノの机で自慰するのと男に犯されるのと、どっちがより最低ですかね。判断保留かな」  熱に浮かされたように饒舌にしゃべくりながら、発覚の恐怖に喘ぐ俺に、まったく心のこもってない気休めを吐く。  「安心してください、先輩。駿河さんが今日の事聞いてきたら、共犯の僕がアリバイ保証してあげます。先輩は机の前通りかかるたび自分がされたこと思い出すんだ。挙動不審に陥るさまが目に浮かびます。僕にあっけなく押し倒されて、必死にもがいて暴れてなのに抜け出せなくて、抵抗を重ねるほどにシャツは乱れて……痩せた胸板も腹筋も丸見えで。待ち受けていたように吸い付く」  「吸い付いてねえよ、よく見ろ、鳥肌立ってるだろ!!」  是が非でも俺を共犯に引き込みたいみたいだが、断固拒否だ。俺はノーといえる日本人だ。  剥き出しになった上半身を手と唇が同時に責める。  首筋を唇でなぞられ、息が上擦る。  死ぬほど嫌いな男の唇を好きな女と勘違いしたのか、執拗な愛撫が体をほぐしたのか、発汗で鳥肌が消え始める。  「っあ………さわ、んッ、な……」  「恋人の机で男にキスされて興奮するなんて、変態だ」  このカウンターは利いた。  「恋人の机で悪戯されるなんて倒錯した状況ですよね。まんざらでもないんじゃないですか、先輩も。感じてるし。ああ、否定は結構ですよ。口ではちがうちがう騒いでも、体が裏切ってるし。こんな状態でちがうって言っても、説得力ないですよ」  「俺、は」  「だからいいですって、意味のない否定は。むなしいから」  首筋でぬるつく舌が波打つ。  「ーいっ………て、め、ふざけんじゃね……」  「しょっぱい」  「離れろ、殺す、絶対殺す。なめる趣味もなめられる趣味もねえって何回言わせんだおなじこと、俺の首なんかなめたって汗の味がするだけだよ、不味いだろ、塩分過多だろ、健康に悪いぞ!最近カップラーメンばっかだから相当塩濃度高いぞ、まずいって!」  「美味しいですよ?」  だめだ、罵倒すればするほど嬉しがらせる。マゾでサドなんて死角なしじゃねえか。  引き離そうにも千里はぴったり密着して背中に机がめりこんでにっちもさっちもいかなくて、膝と膝で押し合ってホモ、じゃねえ、不毛な攻防戦くりひろげる間にも首筋から胸板へと舌が這いおりてくる。  「……舌、は、よせ……」  「首と胸が唾液で光ってる」  悶々と考える。  最善の判断、最良の決断。深夜のオフィスで他に人はいなくて目の前には千里がいて俺は後ろ手縛られて机に押し倒されて、王手がかかってる。  このまま犯されちまうのかよ、俺は。  よりにもよって後輩に。男に。大嫌いなヤツに。  「彼女とも会社でしました?」  あからさまな嘲弄に手を縛られてるのも忘れ跳ね起きれば、乱暴に押し戻される。  机が振動し、衝撃でまた書類の一角が崩れる。  「……んなわけ、あるか!」  カッとして言い返す。  「勝った」  優越感に酔った声が不安を駆り立てる。  背中が痛い。腰が痛い。手首が痛い。  この体勢は、辛い。腕ひしぎの拷問だ。  右を向いても左を向いてもオフィスの光景と机の面がちらつく。机の持ち主の顔が瞼裏にちらつく。固く無機質な机の感触と持ち主の記憶は密接に結び付いて切っても切り離せない。気分はまな板の上の鯉、かっさばかれるのを待つだけ。  「思い出の詰まった恋人の机だ」  千里のお節介な指摘が、別れた女の面影を炙りだす。  『ズミっち寝不足?目の下に隈できてる』  おぼろにかすむ視界に覆いかぶさる人影をとらえる。  背中とかちあうパソコンキーがかちゃかちゃうるさく鳴る。  椅子に腰掛けキーを叩く安子。  眉をちょっとしかめ気味にして下唇突き出して、むくれた顔。  集中する時の癖。俺が一番好きな角度。  安子は化粧してない顔のほうがより子供っぽく親しみやすかった。  キーをかちゃかちゃやりながらよくでかい独り言を言っていた。  『やぁだ、フェリシモのサイト繋がらないとおもったら、半角入ってんじゃん』  『消費税加算が消費税火山になってる!あったま悪い、このパソコン!』  会社でブログを書くサボり癖がとうとう治らなかった。覗こうとすると「エッチ」の定番台詞とともに額をつつかれた。今思えば、安子がプライバシー保全の名目で隠し続けたあのブログには二股生活の内実が赤裸々に記されてたのかもしれない。  『ズミっち、今日焼肉いこっか。タン食べよ、タン』  安子が誘う。  『ズミっちこれ好きでしょ?オロナミンC。冷蔵庫にたくさん買ってしまっといたからね。あんま無理しちゃだめだよ』  安子が憂う。  『ズミっち、人に優しさ見せるのへただから。誤解されやすいけど、ホントは照れ屋で不器用なだけだって、知ってるよ』  安子が笑う。  明るくはしゃいだ声と共に、仕事に忙殺され忘れたふりをしていた失恋の痛みが甦る。  胸が痛い。  瞼がじんと熱を帯び、ちょっと気を抜けば女々しい嗚咽がもれそうになるのを、奥歯を噛み縛りぐっと堪える。  「彼女の事、思い出してるんですか」  追憶の笑顔が急速に薄れ、現実の千里の性悪な笑みが取って代わっていく。  からかう千里を不自由な体勢で仰ぎ、びっしょり汗をかきつつ妥協案をひねりだす。  「………どうせなら課長の机のほうがやりやすいだろ。ヒラの机よか広いから」  唐突な申し出に、一瞬、千里が困惑する。  内心、打算が働く。  課長の机にはでかい灰皿がのっかってる。ガラス製の重たいヤツだ。足に狙って落とせばー  「自分の机は?」  「え?」  「自分の机を拒む理由は」  千里が静かに聞く。  「それは……」  うしろめたさに口ごもる。  「………わかるだろ」  「まあ大体わかりますけど。先輩の口から聞きたいなって」  「死ね。瞬く間に死ね」   「恥ずかしいんですか。恋人の机より?」  なぶるような視線を避け、俯く。  床に散らばった書類と自分の薄汚れた靴が目に入る。  自分の机が目に入ったら、平静を保ち続ける自信がない。   「毎日毎日座って仕事する場所ですもんね。パソコンと向き合ってキー叩いてお茶飲んで、会社にいるあいだ大半をすごす場所だ。パーソナルスベースってヤツですか?」  「なんだよ、それ」  耳慣れない単語に眉をひそめる。  「心理学用語です」  千里が博識に説明する。  「パーソナル・スペースはコミュニケーションをとる相手との物理的な距離のこと。簡単に訳すと縄張り意識かな。心理的な私的空間ゆえ持ち運び可能です。机は代表格。座ってる時間に比例してパーソナルスペースに組み込まれる」  俺の顔をまともに覗きこむ。  「120センチから360センチ」  「?」  「職場の同僚と一緒に仕事をするときの適切な距離だそうです」  次第に顔が近付く。   「45センチから120センチ。 友人などと個人的な会話を交わすときの距離」  清潔な前髪がさらりと揺れる。  視線が絡む。  千里の唇が、吐息の絡む至近で動く。  「45センチ以内。家族・恋人などとの身体的接触が容易にできる距離。今、何センチか、わかりますか」  「15センチ」  「ゼロです」  ゼロになった。  顔が被さる。  唇が重なる。  噛まれるのを警戒してか舌は入ってこなかった。  唇の感触から言葉にできない何かを判定する実験のような、大胆で慎重なキス。  一瞬だけ触れ合った唇がはなれ、余韻に浸るように一呼吸おき、呟く。  「………パーソナルスペースを侵害されると、人は凄まじい不安感と不快感を抱く」  「その通り。実感したよ」  毒々しく唇をねじって言い放てば、千里が鷹揚に微笑む。  透明すぎて底が見えない笑顔。  「自分の机で犯されたら、一年中、座るたびに、レイプされた記憶がフラッシュバックする」  「仕事してても、なにしてても、忘れられない。楽しい思い出だよ。あんまり楽しすぎて、出社拒否になるのも時間の問題」  「先輩は、僕を忘れない」  思い詰めたように俺を見る。  こっちが息苦しくなるようなまなざしに、妙なうしろめたさを覚える。  一心に絡み付く視線を振り切り、吐き捨てる。  「わかったらとっとと移動しろよ。課長の机の方が広くて都合いいだろ。そっちのがお前もラク……」  言い終えるのを待たず、千里がとまどう俺の肘を掴み強引にひきずっていく。  課長の机と反対方向に。  「千里!!」  叫ぶ。  肘を振って抗うも握力はゆるまず、踏ん張って抗えば容赦なく手綱をひかれる。  ぐしゃぐしゃに書類をにじる。  セロテープやホチキスを蹴飛ばす。  俺は馬鹿だ。千里の性格を考慮すりゃ、今の発言は、とんでもない失策だった。千里は明らかにこの状況を楽しんでる、俺のプライドへし折って喜んでやがる。次はどんな目に遭わせ屈辱をなめさせようかうきうき考えてらっしゃるのだ。馬鹿正直に言うんじゃなかった、油断するんじゃなかった。読み取られてどうする。  千里は俺の一番いやがることをする。  「どのみちこうするつもりだったんだよな、俺がどう答えるか頭のいいお前はぜんぶお見通しでぬかりなく仕組んでたってわけだ、はっ、恐れ入ったよ!!パーソナルスペースとか屁理屈こねやがって、全部お前の計画だろ!!」   千里は俺を掴んではなさない。  軟弱な優男のくせに腕力は結構強い。捻り潰されるかもと物理的な圧迫と恐怖を感じる。  指が食い込む痛みに顔をしかめる。  「4.5メートル」  千里が怪訝な顔で振り向く。  自分の顔が下劣に歪むのが、顔筋の動きでわかる。  「45センチの陪乗。お前と俺のホントの距離さ」  親密な人間が45センチ以内にいるのなら、千里。  お前はその陪乗、離れてる。   「半径5メートル離れなきゃ同じ職場にいたくねーよ、今度課長に席替え申請して」  衝撃。  机めがけ突き飛ばされる。  「痛って……、」  「ほら、またゼロに戻った。先輩が逃げたって、何度でも追い付いてふりだしにもどしますよ」  耳元で場違いにはしゃいだ声がする。そのくせ、底冷えするような声だ。  パソコンが傾き、書類がばさばさとなだれて羽ばたく。  舞い散る書類の中、無邪気な微笑みを浮かべた千里が、おもむろに下肢に手をさぐりいれる。  「!!-っ、あ」  息が詰まる。  時間を経て窄まり始めた孔に指をねじこみ、体内に残ったジェルをかきまぜすくいとり、それをまた内壁にぬりこめる。  「粘膜は嘘が吐けない」  「……指……抜けっ……」  熱と寒気が混濁し、膀胱のすぐ上あたりにずきずきした痛みを伴う不透明な快感が沈殿してく。  「ちゃんと掴まってて……って、むりか。縛られてるますもんね。その体勢、辛いでしょ。膝ががくがくして、今にもへたりこみそうだ」  机に上体が乗り上げる。  そうでもしないと、バランスがとれない。膝に全体重がかかって、沈み込んじまう。  「………ケツに、指突っ込んで、楽しいのかよ……残業より、大切なことか……俺の出世がかかってるんだぞ!」  「諦めてください」  さらっと言う。  「先輩どうせ上司受け悪いから出世しませんよ。せいぜい係長どまり」  「具体的な予言するなよ、めちゃくちゃリアルじゃねーか!?」  指が中で鉤字に曲がる。  「ー!!」  奥のしこりに指がふれ、強烈な快感が脳天まで貫く。  指が忙しく出入りする。  一本、二本、三本。  溜まったジェルを水音激しくかきまぜて、中をピストンする。  「く………」  背筋がぞくぞくする。  激しい指の動きが、体の奥の熾き火を掻きたてる。  性感帯に作りかえられた全身に快感が飛び火する。  掻き立てた熱を煽り全身へと散らし、それでも指は止まらず、リズムをつけ抉りこむ。  「あ、ぅっく、ぁ」   潤んだ粘膜が指を咥え収縮、電撃が腰を鞭打つ。  前立腺を中からしつこく刺激され、机を覆う書類を散らかし、汗に塗れてばたつく。  「腰が上擦ってきた。前もまた……初めてなのに指だけでイけるんじゃないですか?自分の机で犯されるシチュに興奮してるとか。あ、写メっとこうかな」  「撮ったら、殺す」  「頃合だ」   一際派手な水音たて指を引き抜く。  太股にあたる固い物。  「眼鏡、動くたびカチャカチャ鳴って、邪魔ですね。はずしましょうか。壊れちゃうと困るし」  顔の前に指が来て、レンズに触れかけ、ひっこむ。   「………やめた。似合ってるのにもったいない」  軽く言い捨て、でかい犬がじゃれるように背中を抱く。  さんざん指で慣らされた尻穴に、先端がめりこむ。  「眼鏡越しに睨まれると、ぞくぞくするんです。その蛆虫でも見るような目、最高だ」   「欲張らずサドかマゾかどっちか決めろよ……」  「知ってます?サドとマゾって両立するんですよ」  知りたくなかった真実だ。  「眼鏡、壊さないでくださいよ」  「弁償するのはいやか?ケチだな」   せいぜい憎たらしく皮肉れば、耳の裏側に唇が来る。  「弁償するのは構いませんけど、レンズが割れたら先輩、散らばったガラスに顔埋めるはめになりますよ。いやでしょスプラッタ」  「人の顔さんざん歪ませといてよく言うぜ」  「歪んだ顔は色っぽい」  「異常だ。ねじくれてる」  「久住さんは虐めたくなるタイプだ」  耳の裏側に唇がふれる。  耳裏をなぞる唇が体温を追い上げ、顔の前に回った手が、眼鏡を正位置に戻す。  千里の声が淡々と残酷な事実を語る。  「目に焼き付けてください。これは久住さんの机、久住さんが入社二年間使ってきた愛着ある机だ。あなたは今、上も下も裸に剥かれて、さらにはネクタイで後ろ手縛られた恥ずかしい格好で、その机に押さえ込まれている。犬が交尾するような姿勢でね」  「黙れ」  「勃ち始めてる。後ろはぐちゃぐちゃ音をたてる。中に三本も指突っ込まれて、しつこくねちっこくいじくられて、拒む心と裏腹に体が発情してる。前は固い。机がごりごりあたる。後ろには僕がいる。前はごりごり後ろはぐちゃぐちゃ、はさみうち。逃げ場はない」  耳を塞ぎたい衝動に駆られる。  「腿に滴ってる」  緊張に突っ張る内腿をジェルがぬるりと伝う。    猛烈な羞恥。怒り。屈辱。殺意。失禁の感覚に近い。  机に突っ伏し、交尾される雌犬のように下半身をさらした格好で楔を穿った肛門をじろじろ視姦される。  体の下敷きになった書類がうるさくがさつく中、引き攣る腹筋を励まし、呪詛をしぼる。  「泣いて謝って土下座しろ、後輩」  声を出すのが、辛い。  肺が収縮し、喉が痙攣し、喘鳴のような声しか出ない。  内臓が浮く感覚に脂汗がにじむ。  机の固さに縋り、もってかれそうな意識を辛うじて繋ぎとめる。  千里ががさりと書類を踏み、俺の腰を手で抱え持つ。  もう片方の手は俺の頭へおき、指の間にくしゃりと髪をまきこむ。  「そっちこそ」  耳の裏を這う唇から、吐息と一緒に声を紡ぐ。  「泣いて喘いで腰振って楽しませてくださいよ、久住先輩」

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