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第14話
「久住さん、ちょっといいですか」
「何だよ」
「連れションです」
以下省略で会社のトイレの個室に連れ込まれた。
「待て待て待てっ、連れションてのは普通小のほうだろ、大の方にこもってどうする!?」
俺は久住宏澄。自称デキる男他称それなりの会社員だ。
「遠慮なさらず。ぼくと先輩の仲じゃないですか」
「遠慮じゃねえ!羞恥だ!」
意味不明ほざいてにっこり笑うこいつは千里万里という冗談みたいな名前の後輩。女子どもを一瞬で虜にする爽やかな笑顔の似合うイケメンだ。俺的にはイケメンのあとに(笑)を付けて欲しいと切に願う。
外っ面のキレイさとは裏腹に腹ん中は鬼畜でどす黒い後輩が「連れション行きましょう」と誘ってきた時からいやな予感がした。
今忙しいんだとテキトー言って断ろうとしたが「ばらしますよ、あの事」と耳元で囁かれ硬直、整理中の書類がばさばさなだれおちたが運の尽き。
腕を掴まれそのまま強制連行、背後で扉が閉じると同時に観念。
何せこっちはがっちり弱みを握られている。
あれといえばあれだ、こないだの夜の一件だ。
あの時撮られた写メはこいつの携帯にまだ保存されてる。
今後の俺の態度いかんによっちゃ流出しかねない。
かえすがえすもあこぎな手にむかっぱらが立つ。
普通好きなヤツを脅迫するか?
写メばらまきますよと脅して関係迫るか?
屋上で語り合った時はなんか知らんが安子の介入で大団円風にまとまっちまったが、あとから考えるとすごくおかしい。なんかすげー騙されてる気がする。
強姦から始まる恋とかご都合主義は断じて認めたくない。
「久住さん、いつから連れションいくほど千里と仲良くなったんですかー」
「久住くんとなら私も連れションしたーい」
「小はやりにくいんじゃないかなあ」
「ちょっと今のセクハラなんだけど最低!」
「え、君のさっきの発言は逆セクじゃないの?」
……どうでもいいがうちの部署の連中は異常にのりがいい。業績が心配だ。
黄色い声で見送る女子と冷やかす同僚をよそに、ねじれた性格に反比例し外面だけはよい(強調)千里は、「すぐ帰ってきますんで」と言い置いて、俺をトイレに連れ込んだ。
というか、監禁した。
俺に何ができる?
こっちは被害者で被脅迫者で千里の気まぐれ次第で社会的に終わる運命だ、あの画像が流出したらとても生きてけない。
どんな画像だって?
説明するもクソ忌々しい。察しろ。
簡単に言ったら、そのなんだ、ハメ撮りだ。
最近の携帯はホント高性能に出来てやがる、何万画素とかで粒子が細かく画像は細部まで鮮明にばっちりと……
「あの携帯踏み潰すか窓から投げ捨てたらすっげーすかっとすんだろうなあ。弱小高初出場の甲子園の逆転さよならホームラン、みたいな」
「考えてること口からだだ漏れですよ先輩」
……まずい。
千里がため息吐き、奥の壁に凭れかかる。清潔な顔だちに憂いの表情がよく似合う。
……黙ってさえいりゃあ好青年なんだけど……わかった、正直に言おう。腕を組んでかっこつけたポーズが気に食わねえ。
「反省の色なしですねえ」
「反省する理由がない。むしろお前がしろ、全力で。壁に頭ぶつけてかち割る勢いで、それか便器に顔突っ込んで溺れ死ぬ勢いで」
「トイレの壁壊して弁償するのも便器の水飲むのもいやだなあ」
千里がのほほんと感想を言う。
わざとらしい手付きで背広から携帯をとりだしフラップを開閉、写メを一枚表示しつきつける。
思わず顔をそらす。
携帯には、俺のあられもない姿が映っていたからだ。そりゃもうばっちりと。
事の発端は一日前に遡る。
俺はかねてより温めていた作戦を決行した。
即ち、写メ消却作戦。
なんらひねりがない直球タイトルなあたり俺にはネーミングセンスがない。
作戦内容はおしてしかるべし。
一ヶ月前、俺はこいつに強姦された。
残業でふたりぼっちになった夜、こいつは前から俺が好きだったとか犯したかったとか云々かんぬん今思い出しても憤死ものの手前勝手な理由をならべくさって、栄養ドリンクに睡眠薬しこむという姑息な手段を使って俺の気を失わせ……ネクタイで後ろ手にふんじばって脱がすわ卑語で辱めるわ写メで射精の瞬間撮りまくるわフェラチオさせるわの狼藉三昧を働いた。
惨劇から一ヶ月が経った。
俺は今じゃ千里のいいオモチャだ。
千里ごときのオモチャにされるのは癪だが、写メを掴まれた手前逆らえないし、千里は千里で「久住先輩!」と無邪気に懐いてくる。
で、なんとなくほだされちまった。
ほだされてずるずる関係を……最悪のパターンだ。
とんでもないダメ男にひっかかってボロ雑巾のように捨てられる女のパターンを踏襲する二十五歳男、会社員。
すごく痛い。
このままじゃいかんと決断、一念発起、起死回生の秘策に打って出た。
「知らなかった。先輩て意外と手癖が悪いんですね、ひとの机を勝手にあさるような人だったなんて……幻滅です」
「それを言うのはこの口か?この口か?大体俺の手癖悪いのはぶん殴られた時に身をもって知ったろ、人誅の痛み忘れたとは言わせねえ!」
しれっと首を振る千里の口をクリップのように摘んで力いっぱい引き伸ばす。
美形が台無しのヘン顔にちょっとだけ溜飲さげる。
「いひゃひゃひゃ……やめひゃくだひゃいよせんふぁい」
「えいこの、お前なんかあひる口の刑だ!」
あひる口のが愛嬌あるよな。まんざら悪くねえ。
男は自分より醜男には優しい生き物だ……女ほどあからさまじゃねえけど。
「!って、」
手の甲を強くはたかれる。
口を指で挟んで引っ張られた千里が、俺の手をうざったげに払う。
険悪に目が据わる。
……やば、本気で怒らしちまった。
俺は昨日、無断で千里の携帯を覗いた。
……待て、引くな。話を聞け。これにはちゃんと理由がある。
「ぼくが目をはなした隙に引き出し開けて、携帯いじくって……なにしようとしたんですか?」
知ってるくせに、わざと聞く。
「……戻ってくんの早すぎだよ……」
昨日はかねてよりの計画を実行に移す絶好のチャンスだった。
同僚はあらかた帰宅し、千里は他の部署に交渉にいってるとかで、偶然オフィスには俺一人だったのだ。
しめしめ、このチャンスを逃す手はない。
あれはきっと普段理不尽に後輩に虐げられてる俺に神様が与えれくれた人生最大のチャンスだったんだ。
千里は机の端に携帯を置きっぱなしにしていた。
今なら誰も見てないと悪魔が誘惑する。
良心は簡単にねじ伏せられた。というか、この場合自業自得だろう。あいつ、不用心すぎる。
右見て左見て確認後、足音消して慎重に忍び寄って机上の携帯を取り上げ写メをチェック。
昨日の行動を反芻しつつ、背筋をただし咳払い。
「………ところで千里、どうしても言いてーことがあるんだが」
「なんでしょう」
「俺のフェラ画像を待ち受けにすんのよせ!!」
爆発する。
今の声、絶対外へ漏れたろう。
「なに考えてんだお前、俺仰天したよ、度肝ぬかれたよ、びっくりしすぎて手がすべって携帯おとしそうになっちまったよ、待ち受けとか人に見られたらどうすんだよお前はどうでもいいよ俺が困るんだよアレ即刻消せ、もしくは代えろ!」
「後ろ手縛られた先輩がシャツの前はだけて、股間を勃起させてる写メのほうがいいと?でもなあ、あれはアングルが……立て膝のせいで股間が見えそうで見えない悩殺チラリズム、うん、悪くない……」
「俺から離れろ!!」
小声でブツブツ検討し始めた千里にキレる。
怒号を上げてから周囲をはばかり、ドアを隔てた向こうへ耳をすまし、だれもいないのを確認後ほっと息を吐く。
苛立ち髪をかきまぜつつ、凶悪な三白眼で千里を睨みつけぼやく。
「心臓とまるかと思った……というか、お前ばかか。ばかだろう。あんな待ち受け人に見られたら俺と一緒に破滅だろ?変態がばれる」
「先輩と心中なら望むところです」
そう言ってにっこり笑う。
きらきらとか擬音が似合いそうな極上スマイル……ぜってー使いどころ間違ってる。
「そのマイナスイオンでまくりの笑顔、『トイレは清潔に』って標語ポスターに使いたい」
ご機嫌な千里と反比例し俺の声はどんどん暗く物騒になっていく。
胸の内でどす黒い感情が溶岩の如く煮え立つ。
腕を組んで壁に凭れた千里が嘆かわしげに首を振る。
「先輩はちっとも学習しないなあ。ぼくに逆らおうなんてばかげてます。昨日のはちょっと、気に障っちゃったかな?」
結果からというと、俺の企みは失敗した。
現場に当人が踏み込むという最悪の形で。
「………さっさと消去しときゃあよかった……まさかお前、俺が待ち受けで凍り付くのを予想して、わざと携帯で釣ったのか」
反省はしない。するもんか、断じて。
俺は間違った事をしてない。
悪いのはこいつ、くそったれ強姦犯の千里万里だ。
千里は否定も肯定もせず心底楽しげに笑ってる。
煮ても焼いても食えねえ笑顔に腹が立つ、と同時に背筋が寒くなる。
俺の携帯と勝手が違って戸惑ったのもある。
そのせいでもたついて、ケータイを四苦八苦いじくってる最中に千里とばったり出くわした。
俺は元来物持ちがいいほうで、四年前から携帯は買い換えてないが特に不便も不満も感じない。対して千里の携帯はお値段の張る最新機種で、デザインもコンパクトでかっこいい。本人に聞いたところ数ヶ月ごとに更新してるらしい。
金持ちめ、死ね。
しかも「機種更新しても先輩の写メは全移植しますんで」とかしれっとのたまいやがって、どこまで偏執狂の変態だ。
「ま、先輩が要領悪くもたもたしてくれたせいで助かったけど……大事なコレクションが消されなくて」
千里が喉の奥で小さく笑う。
細めた目が粘着な光を宿す。
凄まじく嫌な予感。
千里がこの手の笑みを浮かべるとろくな事がおきない。
「………ごめんなさいは?」
小さい子に言い聞かせるように囁く。
「謝る必要なんかねえ」
「勝手に携帯いじったでしょ」
「それが?強姦犯に説教されたかないね。俺はただ、お前が調子のりくさって撮りまくったふざけた写メを消そうとしただけだ。正当防衛だよ」
「お仕置きが必要かな」
言葉が途切れる。
「やっぱりお仕置きが必要だ。だって先輩、ぜんぜん反省してないし。ごめんなさいもできないんじゃ社会人失格ですよ?」
千里がひとりごつ。
お仕置き。
その言葉を聞いた途端、条件反射で身がすくむ。
「ふざけるな……」
トイレの個室に呼び出して、何をする?何をされる?
最初からそれが目的だったのか。
「帰るぞ。付き合ってられっか」
「いいんですか?ばらしますよ」
ノブを掴み、まわしかけた手が止まる。
スーツの背中に纏わり付く視線を感じ、首の後ろが粟立つ。
胸の内で荒れ狂う激情を深呼吸でおさえこみ、自制心を総動員しノブから手を引き剥がし、殆どやけっぱちで千里のもとへ戻る。
自分の意志でもどってきた俺に、千里が相好を崩す。
「よくできました。お利口さんだ」
俺は犬か。
……まあ、千里にとっちゃ似たようなもんか。
なんでも言う事を聞く、いじめがいのある犬。
上手にとってこいができた飼い犬の頭を満足げになでる。
骨ばった男の手によしよしされるほど不愉快なことはねえ。
「さわんな。くずれる」
髪をしっとりかきまぜる千里の手を首を振って邪険に払う。
千里が手を引っ込め、少し考える素振りをする。
「………なにする気だ?」
緊張で喉が乾く。
警戒し、あとじさりそうになるのを見栄と意地で堪える。
俺の問いには答えぬまま千里は意味深な笑みを浮かべ、背広のポケットに手を入れ、なにかを握りこむ。
「手を出してください」
「?こうか」
苦りきった顔で手のひらを上にして突き出す。
千里が自らの手に包んだものをそっと俺の手におき、愉快そうな上目遣いで反応を窺う。
「これが何かわかります?」
「わかんねーよ。……プラスチック?妙につるつるしてるけど……判子入れ?」
「惜しい。正解は……」
千里がゆっくりと、じらすように手を放していく。
手のひらにとりのこされた物を目の当たりにし、息を呑む。
何かわからないほど、さすがの俺もウブじゃない。
「………全然惜しくねえよ」
生理的嫌悪と不快感と拒否感とがごっちゃになって荒れ狂い、手渡された異物を即座に床に投げ捨てたい衝動が襲う。
「捨てたらそのまま突っ込みますよ?雑菌入っちゃうかも」
俺の行動を見越し千里が制す。
腕を振りかぶった姿勢のまま激しく葛藤し、自制心を使い切っておずおず手を引っ込める。
何回か深呼吸し、強張った指をおそるおそる開いてみる。
俺の右手に、卑猥なピンク色のローターがのっかっていた。
プラスチック特有の妙にのっぺりした表面と質感に怖気をふるう。
「コードレスタイプで遠隔操作できるんですよ、これ。リモコンはこっち。可愛いでしょう」
千里が反対側のポケットからリモコンを取り出し、顔の横にかざす。
「こんなもん……いつ……」
「先輩に使おうと思って」
あっさり悪びれず言う。
「会社に持ってきたのか……?いかれてる……」
憎まれ口に覇気がない。恐怖心が怒りを食う。
右手の異物を投げ捨てたい衝動を懸命に堪える。
どうする気だ、なんて間抜けな質問はもうする気になれない。
千里がローターを出した時点で運命は決まってる。
それを承知しながら、胃袋がしこるような嫌悪感に耐えかね、精一杯の反論を試みる。
「……お前、ばかか。なに考えてんだ、今会社だぞ、仕事中だぞ。こんなもん……っ、使えるわけねーだろ!」
「先輩はいつもどおりにしてくださって結構です。できるものならね」
そう言って、意地悪く目を細めてほくそえむ。
「スイッチで強弱調整できるようになってますんで」
背広のポケットからコンパクトなリモコンをとりだし、ダイヤル式のスイッチをカチカチ捻れば、手の上でローターが振動しだす。
電動の低い唸りを伴い小刻みに震えるローターとどんどん青ざめていく俺の顔色を見比べ、千里はさらに振動を強くする。
プラスチックの卵から震えが伝わり、手のひらが痺れる。
「これが最強。結構うるさいなあ……入れちゃえばだいじょうぶかな」
「千里………」
「念のため奥まで突っ込もう」
「千里!」
冗談じゃない。
完全に余裕を失い、大股に詰め寄る。
「いいんですか、大声出して。だれか来たらどうするんです?」
「……っ、ふざけ……おま、これ……こんなもん入るわきゃねーだろ、指だってきついのに!」
「でも、ぼくのはちゃんと入りますよね。奥まで」
恥辱で顔が染まる。
振動がやむ。
千里がスイッチを切り、俺の手からローターを奪う。
「後ろ向いてください」
「……いやだ」
「壁に手を付いて」
「………音……聞こえたら、どうすんだよ。まわりの連中にヘンに思われたら」
「だいじょうぶですよ。ちょっと音が漏れたからって、先輩のズボン脱がして穴の中まで調べるような人いないでしょ。ひょっとして……怖いんですか?」
図星だ。
「そっか、ローターは初めてですもんね。安子さんに使ったことありません?」
「使うか!!おもちゃなんかに頼らなくても自前のテクとモノで十分間に合ってる!大体そんなっ、女用だろ……男に入れるもんじゃないだろそういうの……」
「あー。だから安子さんは単調な性生活に飽きて……」
「安子関係ない!傷を抉るな!」
納得、とひとり頷く千里に、テクニックとサイズを全否定され噛み付く。
俺だっていい年した男だ、それなりに女と付き合った経験がある、でもその、俗にいう大人のおもちゃを使ったことは一度もない。必要ないからだ。
セックスってのは好きな相手とやるもんで、好きな相手と愛情たしかめあうのにオモチャなんか邪魔で、むしろこれは責め具で……
千里が俺の方に歩いてくる。
「気持ちいいんですよ?中で震えて……前立腺を刺激して……粘膜が敏感になって」
「お断りだ」
それを俺の中に突っ込む?
何の冗談だ。想像だけで吐き気がする。
「あ、俺仕事思い出した。エクセルでグラフ作成中……」
そそくさノブを掴んだ手に、ほのかに熱を持った手が被さる。
突然の接触に戸惑う。
千里が俺に寄り添い横目でうかがう。
耳朶にかかる吐息がくすぐったい。
虚を衝かれ立ち竦んだ間に、扉を隔てた向こう側が急に騒がしくなる。
違う部署の連中が集団でやってきたらしい。
出るタイミングを逃し舌を打つ。千里が後ろに回る。
スーツの腰にそっていやらしく手が滑る。
「!ばっ、へんなとこさわるなっ!」
「先輩、声」
指摘され、あわてて口を噤む。
トイレのむこうからがやがや喧騒が伝わってくる。
いつまでたむろってるつもりだよ、はやく消えろ。オフィス禁煙だからトイレで一服してんのか?
なかなか去らない気配にいらだつ。
予想的中、禁煙のオフィスを追い出されたヤツらがだべっている。
人がいる。
今、まかり間違って扉が開いたら……どう言い訳する?
男二人で個室にこもってナニやってたって白い目で見られる。
千里の手が動く。
腰骨にそってゆるやかに上下する手がくすぐったく、控えめに身をよじる。
「………っ、千里……やめ、さわんな……」
聞こえたらどうする。
扉一枚隔てたむこうには大勢人がいる。
もし気付かれでもしたら……
千里の手が前に回り、ズボンの股間をねっとり揉む。
「どこ、さわってんだよ、変態……昼間っからさかるな……」
前に回った手が断りもなくベルトを外し始める。
腰をよじって手を振りほどこうと努めるも背後からしがみつかれ身動きしにくい、あんまり暴れたら気付かれる恐れもあって抵抗できない、それでなくても個室は狭くちょっと身をひねっただけで壁や扉にぶち当たりそうになる。
「!んっく……」
とっさに唇を噛み、声がもれるのを防ぐ。
千里の手がなかばおろしたズボンの内側に忍び込む。
下着の上から陰茎の形をなぞられ、悪寒と紙一重の快感が走る。
「ばか、抜け……本当にもう行くぞ、付き合ってらんねえよ、仕事まだ残ってんのに……残業こりごり……このあと会議もあるし」
できるかぎり声をひそめ言う。
性急な衣擦れの音に上擦る息遣いが混じり合う。
「助けを呼んだらいいじゃないですか。たくさん人いるし」
「…………」
「恥ずかしいんですか?耳まで真っ赤」
「……るせ……」
こいつ露出狂のケあるんじゃねーか?会話、すげーデジャブ。
一ヶ月前は警備員ひとりやりすごしゃよかったけど、今度は状況が違う。
扉一枚隔てた向こうには少なくとも五・六人がたむろって人の気も知らず談笑してる。
………空気読めよ、社会人なら。連れションはせいぜい2・3人にしとけ。
扉に上体をもたせ、前のめりになる。
従順な反応に味をしめ千里の手が悪乗りする。
俺のズボンと下着を膝までおろし潔く下半身を露出させるや、陰茎を掴んでしごきだす。
「………千里、おま……会社のトイレをSМクラブの個室と勘違いしてねーか……!?」
「痴漢みたいで燃えません?」
ダメだこいつ。早く脳除去手術したほうがいい。手遅れっぽいが。
正面は扉、背中には千里がのしかかり挟まれて身動きできない。
狭い空間で不自由に身じろぎ脱出を試みるも、千里の手が意地悪く亀頭をくすぐり尿道をほじくり気を散らす。
「ふ……、いい加減に、お前だってこんなっ、ばれたらまずいだろ……」
「先輩が黙ってればわかりません。あんまり強く手を突かないほうがいいですよ、蝶番いかれて開いちゃいます。……それとも……ズボンはだけて半勃ちのいやらしいかっこ、会社の人にも見てほしいんですか?」
唇を噛み首を振る、必死で。
罵倒しようと口を開いたそばから喘ぎに変わりそうで、悔しさのあまり目に涙がこみ上げる。
「……場所考えて発情しろ、変態」
「お仕置きですよ?先輩が一番恥ずかしくていやがるシュチェーション選ばなきゃ意味ないじゃないですか」
言葉で行動で嬉々として俺を嬲る。
罵れば罵るほど逆効果。
……変態、死ね。
「いやー昨日のサラリーマンNEO爆笑しましたねー」「いいっすよねーセクシー部長、痺れる憧れるう」「俺はなんたって寅さんだな、哀愁漂っててさあ」「課長寅さん世代ですもんねー、懐かしいでしょ」……表が盛り上がる。まだ当分去りそうにない。テレビ談義ながらよそでやりやがれ、というか仕事しろという抗議が喉元でふくらむ。世の中は真面目なヤツほど損するようにできてるんだろうか?……理不尽だ。泣きてえ。
「……い、から、手はなせ……ヘンなとこいじるな……」
腰がへたれる。扉に上体を預け、膝からくずおれそうなのを辛うじて支える。
体重をかけすぎると蝶番がばかになってドアが開く、頭じゃわかってる、体が言う事聞かない、どうすりゃいい、俺は後ろから千里に抱きしめられて身動きできない、ドアにぴったり密着した姿勢でもぞつき息を荒げる。
恥辱と怒りで肌が染まる。
会社のトイレで後輩に前をしごかれてる、ドア一枚むこうでは会社の連中がしゃべってる、顔見知りも混ざってるかもしれない。
死ぬ気で声を殺す。
感じてたまるか。
千里なんかにいかされてたまるか、先輩の面子を保て。
「強情ですね」
首の後ろ、敏感な皮膚に息がかかる。
俺の位置から千里の顔は見えないが想像はつく、きっと胸糞悪い笑みを浮かべてやがるんだろう。
ふっと股間から手がどく。安堵するも束の間、今度は後ろへ回る。
「!!ばっ、」
咄嗟の判断で口を塞ぐ。正解だった。
「---んんッ、ふく」
千里の指が窄まりに入りこむ。
ローションなしだから当然きつい、無理な挿入は痛みしか生まない。
「何回か入れてるし……ちょっとは慣れたかな。入り口広がったし」
「解説いらねえ……」
俺の体が、中が、見えない場所が、着々と千里に開発されていくのが癪だ。
千里の指で、舌で、アレで、二十何年排泄の用しか足してなかった器官が性感帯へと変わっていく。
自分の吐く息で手のひらが熱く湿る。
自重を支える膝が震度四で震える。指が二本に増える。
「………っ………」
「なにか言いたいんですか、先輩。ひょっとして、痛い?すごい汗ですけど」
「……スーツ……皺になる……」
肩越しに睨みつけた千里がきょとんとし、ついで笑いを噛み殺し、自分の股間を俺の尻に擦りつけてくる。
「いっそ全部脱いじゃいますか」
「……は、トイレで素っ裸になる趣味ねえよ……」
「じゃあ我慢してください」
畜生。くそったれ。
現実で声を出せない代わりに腹の中で罵詈雑言を浴びせる。
ドアの向こうのざわめきに神経がひりつく、ばれるかもしれない恐怖と恥辱で全身が火照る。
汗がこめかみを伝いシャツにしみる、眼鏡が鼻梁にずれて視界がくもる。
後ろでささやかな衣擦れの音、千里が手際よくシャツの裾をはだけていく。
「ローション付けなくても大丈夫ですね。中、ほぐれてるし……ぬるぬる……すごいな、先輩。一ヶ月前と違う」
「男が濡れるわけねえだろ、頭沸いたこと言ってんじゃねえ……」
「ゆるくなったの自分でもわかります?ほら、指が二本、三本……動いてるのわかるでしょう」
からかいつつ、指を鉤字に曲げる。律動的な抜き差しに後ろの穴が収縮する。
声……だめだ、こらえろ、絶対だすな。
片手で口を覆う、目を瞑る、もう一方の手をドアに付く。蝶番が軋む。
激しさを増す抜き差しに伴い粘膜が鳴る。
前立腺を乱暴に刺激され捏ね回され、中途半端に放ったらかされた前が先走りを滲ませる。
「うあ……てめ、調子のりすぎ……ぁうぐ、」
ピストン運動で性急に追い上げられ追い詰められる。
背中を丸めドアに手を付く、片膝が抜ける、腰を曲げた不自然な姿勢。
千里が俺の腰を掴み引き上げる。細腕のくせに割と力がある。
片手に持ったものを見て、ぎょっとする。
ローター。
「やめろ……」
口を塞ぎ首を振る。
膝の震えは強制された無茶な姿勢のせいばかりじゃない。
千里が手に持つローターをなめる。
プラスチックの玩具の表面を赤い舌が艶かしく這う。
唾液で十分ぬらしてから、それを、俺の窄まりへと近付ける。
「いい子だから、先輩」
「俺のが年上だ……」
「駄々こねないで。手を焼かせないでください。おもて……聞こえますよ」
耳元で優しく脅す。
笑みを含んだ目でドアを一瞥、絶望に強張りゆく俺の顔をのぞきこむ。
逃げる?どうやって?
密室だ。鍵を開けて、ドアを開けて、それで……それから?
ヤツらはまだ去らない、トイレを喫煙所と勘違いして楽しげにだべってやがる、その真っ只中にシャツをはだけてズボンが脱げた俺がとびだしてったら……
笑いもの。
晒しもの。
見せもの。
「千里、それは……昨日のは、俺が、悪かった……と、いうことにしといてやらないこともない」
最大限の譲歩。精一杯の妥協。
千里の目の温度が急速に下がる。
「謝ってるんですか、それ。反省の色ないし」
「そうだよ、謝ってるんだよ、心の中で土下座してるよ!だから……っ、おふざけはもうやめろ、そろそろ帰んないとあやしまれる、いくらなんでも連れション長すぎだ。若いのに小便のキレ悪いって噂立って糖尿の係長にぬるーい同病哀れむ目で見られたらどうすんだ、俺はいやだ、プライドにかかわる」
「早漏の先輩に言われたくない」
「!早漏じゃね、」
謂われない中傷にカッときて振り返りかけ、千里におさえこまれる。
窄まりに押し当てられた玩具に圧力がかかり、先端がわずかにめりこむ。
「ぅあ………」
涎にまみれた玩具の表面がゆっくりと沈み込んでいく。
壮絶な違和感、気持ち悪さ。
指や舌でほぐされるのとは全然違う、冷たく人工的な感触に鳥肌立つ。
喉の奥で吐き気がふくらむ、胃がしこる。千里が容赦なく玩具を押し込んでいく。
「どうですか、異物を突っ込まれたご感想は」
「……………抜け………」
固く冷たいプラスチックの玩具に窄まりを犯され、痛みと屈辱に気力が折れる。
「直径5センチ、楕円形、コードレスタイプ……どこまで行くか試してみます?」
笑いながら、恐ろしいことを平気で言う。
冗談だとは思えない。
卑猥な薄ピンクのローターが窄まりを犯していく。
さんざん指でじらされ慣らされた穴は、おもったよりラクに全体を飲み込んでしまった。
「はあっ、はっ、はふ………」
前立腺に先端部分があたるよう位置を調整する。
その動きがまた刺激となって、捏ねあわされた粘膜がもどかしい快感を生み出す。
「貪欲な粘膜」
「気がすんだら抜け……っ、早く……すげえ気持ち悪い、後ろ違和感が……」
初体験のみだらな玩具が窄まりの奥を圧迫し、馴染まない感触に下肢が引き攣る。
尻に異物を挿入されるのは生まれて初めてだ。
……せいぜい座薬くらいか?座薬と比べたってかなりでかい。
「千里、聞いてんのかよ、いい加減キレるぞ。抜けよ」
ドアに縋るようにしてこみ上げる情けなさ悔しさを堪え、途切れ途切れに訴える。
「昨日のは出来心だったんだ、お前が机においとくからいけないんだ、ポンとのっかってたらついやっちまうだろ、あんな……」
感電したような衝撃。
「--------!!っあ、」
スイッチが入る。
かちかちと小刻みな音、後ろに立つ千里がスイッチを操作する。
窄まりの奥に突っ込まれたローターが振動する、その震えが粘膜に伝わって腰に波紋を広げ芯を疼かせる、指でされるのとまったく違う機械的振動………
「弱。これが中」
千里がカチカチとスイッチを回す。
無慈悲に容赦なく、俺の痴態を愉悦に酔って眺めつつ。
「あっぁう、あっ、あ、ふ」
腹ん中からローターに揺さぶられる、前立腺を揺すり立てられ膝が砕けそうになのをドアにもたれ保つ。
声……だめだ、もらすな、もらしたら終わりだ、ケツをローターでかき混ぜられて感じてる声なんか絶対死んでも聞かせたくねえ。
感じてる?俺が?ローターで、機械で、玩具でなぶられて感じちまってるのか?
いつのまに千里と同類の変態になりさがったんだよ。
「ふざけ、てめ、調子のんなっ……は……それとめろ、今すぐ、こんな……中、すげー震えてもたね……」
謝れば許してくれるのか、トイレの床に土下座すれば解放してもらえる?
誘惑に心が傾く、負けそうになる、謝罪を紡ぎそうな口を塞ぐ。
ダメだ、立ってられない、立ってるのが辛い。
不衛生な床にへたりこみそうなのに膝を笑わせ抗う。
初めて体験するローターの味は強烈で、体内から湧き起こる振動が前立腺に染みて、萎えかけた前が次第にもたげ始める。
「聞こえます?こもった音……先輩の中から響いてる。下着はいて、ズボン上げればわからないかな」
独白に背筋が冷える。
「……このかっこで、戻れってのか?」
「はい」
顔が引き攣る。
絶望的な半笑い。
千里は明るく肯定。
「入れたまま?」
「ぼくがいいって言うまで出さないでください」
「仕事中も?」
「ずっと」
「正気かよ……」
こいつやっぱ頭おかしい。
「~こんな気色わりいもん入れたまま仕事できるかよ、おちょくんのもいい加減にしろ」
「大丈夫ですよ。だって久住さんはデキる男なんでしょ、ローター突っ込まれたくらいでへこたれたりしませんよ」
「音……聞かれたら、どうすんだよ……様子ヘンで、課長とか、安子は今いねーけど、同僚とか……ッ、どうやってごまかすんだよ!」
「自分で考えてください」
なにを言ってもむだだ。千里の決意は固い。お遊びに本気だ。
なんとか説得しようと夢中で言葉をさがす、必死に頭を働かせ口を開く。
ドアの向こうで「そろそろいくかー」と合図、トイレを喫煙所代わりにしていた集団が休憩を終えて出ていく。
よかった。
間一髪、救われた心地で息を吐く。
さあ、とっとと行ってくれ……
「!!ん――――っ」
前立腺を殴りつけるような衝撃が続けざま襲う。
背中がしなる、手で口を塞ぐ、あんまり強く塞ぎすぎて酸欠になりそうでしかし声がもれるよりマシと指を押し付ける、脂汗がながれこみ曇る視界の端で千里が目一杯スイッチを回す。
最大。
腹の奥で快感が爆発、それがずっと続く。振動が腰に響いて下肢がジンと痺れる。
扉のむこうの談笑が遠のく、足音が遠ざかる、がやがや騒ぎながら集団が出ていく。
忍耐力が底を突く。
立ってられず膝から砕けて座りこむ、床にズボンの膝が接しそうになったまさにその瞬間、千里が片腕をのばして俺を引き戻す。
振動が徐徐に小さくなる。
だが完全にはやまない。
とろ火のように微弱でもどかしく、達しきれない振動が窄まりの奥をこねる。
「みんな待ってます。仕事戻らなきゃ」
「あとで覚えてろよ………」
とことん性格が悪い。
歪んでる。
そとの連中が出ていこうとした瞬間を見計らって、俺が泣きたいくらい安心して油断した瞬間をねらって、設定を「最大」にしやがった。
そして受難の一日が始まった。
[newpage]
腹の奥で機械が唸る。
「う…………」
体が熱い。
仕事に身が入らねえ。
奥に埋め込まれた玩具が意地悪く震えを発し、尻の表皮全体に微電流が通って甘く痺れる。
「久住さんどうしたんですか?汗すごいですけど」
「~暑がりなんだよ、俺は」
「あ、そっか。今日あったかいですもんねえ、最高気温23度だっけ?すっかり春めいてきて……もうそろそろクールビズの季節っすもんね。背広だとちょっと暑いくらい……今冷房入ってんのかな?」
どうでもいいが、同い年の同僚に敬語を使われるって激しく微妙だ。
俺がいかに職場で敬遠されてるかわかってもらえたろう。
同僚の軽口に上の空で答えつつ、間接が錆びたような拙い手つきでキーを打つ。
今のところ俺の異変には誰も気付いてない、周囲の連中は仕事に集中してるか息抜きに同僚とだべってるか上司に説教されてる。
オフィスは騒がしい。
さまざまな音程の人声とパソコンの音とコピーの作動音に電話の呼び出し音がごっちゃに混じり合って、俺の体内から僅かに漏れる、くたばりぞこないの蚊の羽音みたいなローター音をかき消す。
頭の上を飛び交う声を唇を噛みやり過ごす。
声をかけてきた同僚を三白眼で睨み、苛立たしげに追い払う。
「~いいから、無駄口叩いてる暇あったらとっとと仕事もどれよ!会議に出す資料できあがってんだろうな、また課長にどやされんぞ!?」
「はーい、わかりましたー。ったく、カルシウム不足なんだから……」
口の中で愚痴を呟き、反省の色ない足取りで自分の机へ引き返していく同僚を見送り、ワード画面開きっぱなしのパソコンに向き直る。
ばれてない?
……よかった。こっそり息を吐く。
安堵でゆるみかけた顔が、振動が強くなるにつれまた強張る。
「く、あいつ……」
さっきから延延この繰り返し。いつ終わるともしれず続くお遊び。
いい加減業を煮やし、椅子に掛けた姿勢から身をよじって千里の横顔を睨みつける。
千里は女子社員がコピーしてきた書類の束を受け取りがてら、好感度満点の笑顔で雑談してる。
いつでもどこでもだれにでも愛想をまくのを忘れない男だと感心。
そつのない笑顔で女子社員をあしらいつつ、ちらりと意味深な流し目をくれる。
「千里くん、それでこっちの資料なんだけど」
「会議で使うからもう十部余計にコピーお願いします。経理の斉藤さんも見たいっておっしゃってて……」
クソ忌々しいことに千里は職場のほぼすべての未婚女子社員から少なからぬ好感をもたれている。
女子社員にそれだけ人気がありゃモテない同僚のやっかみで孤立しそうなものなのに、話の分かる相槌と気配り上手な性格のせいで、男からも可愛がられている。
まったく忌々しい、存在自体が目障りだ、癇にさわってしょうがねえ。
なんで俺が好きなのか理解できない。
千里のルックスだったらわざわざ俺なんか脅しておもちゃにしなくても相手に不自由しないだろうに……。
受難の二字が脳裏にちらつく。
悪魔に魅入られた心境に近い。
力一杯断言するが、千里の性格はくさりきってる。
実際ここに仕事中も束縛される哀れな犠牲者が一人。
千里と目が合うやプイとそっぽをむく。
あいつ、完璧楽しんでやがる。
俺が沸々とこみ上げてくる色々なもんを必死に我慢する様を、遠目に観察してうっそりほくそえんでやがる。
今すぐ椅子を蹴飛ばして、背広の胸掴んで殴り倒したい。それができたらどんなにすかっとするか。
でもダメだ。千里に逆らえない。
一ヶ月間、あの手この手で体に叩き込まれた。千里いわく「調教」だ。
内容は……言えねえ。察してくれ。
ぎたぎたにされたとはいえ、俺にもプライドと羞恥心があるのだ。
千里は俺の写メを掴んでる。俺の首にがっちり手をかけてるも同然、こっちはいつ絞め殺されるかわからずひやひやもんだ。
行為を拒むか渋るかしたら写メをばらまくと脅された。
もちろんそんなことしたら千里だってただじゃすまないだろうが、あいつならやりかねない。
時々わからなくなる。
あの時、晴れ渡った青空の下、気持ちよい風に吹かれながら千里が言った台詞は嘘なんじゃねえかって。
『先輩がずっと好きでした』
口からでまかせ。
『だから、安子さんから奪いたかった』
俺のことを尊敬してるとか、かっこいいとか憧れてるとか、全部あとづけのこじつけで。
だって普通、好きなヤツにこんな事するか?
小学生ならまだしも、いい年した大人が、好きなヤツをいじめて楽しむなんてアリか?
……ダメだ、だいぶヤキが回ってる。ぐるぐるぐるぐる思考が靄がかって迷走する。
考えたって始まらない、今は仕事に集中しろ。デキる男の外面を保て。
俺にもプライドがある。職場で恥をさらしてたまるか、千里が意地悪く観察してんなら尚更だ。
やや前のめりになり、そろそろ手を動かしキーを叩く。
ローターはランダムに設定されていて、強くなったり弱くなったりを不規則にくりかえす。
一定の振動に設定されていれば慣れてもくるし忘れたふりもできるんだろうが、千里はそれを見越した上で、「退屈しちゃうといけないから」とランダムを選んだ。
机の下で膝をもぞつかせ擦り合わせる。
できるだけ体を動かさず、余計な刺激を与えないよう細心の注意を払う。
ともすれば息が上擦り、耳まで赤く染まる。
尻に物を挟んだまま椅子に座ると、すげえ変な感じだ。
ローターは奥、前立腺のすぐ近くまで突っ込まれていて、クッションで包んだ椅子の表面がズボンの上から窄まりを圧迫すると、さんざん異物でかき回されて充血しきった入り口がきゅっと収縮する。
「あいつ……ぜってー殺す……」
どす黒い憤りに駆られて呪詛を吐く。
シャツと肌が擦れ合う感触さえ妙に意識してしまう。下着がきつい。前が張り詰めている。
ギッ、と椅子が軋む。
下半身に体重をかけるとより窄まりが圧迫されて、中の振動を一層感じてしまう仕組みだ。かといって、体重をかけないよう浅く腰を浮かした不自由な体勢を保つのはキツイ。これがホントの拷問椅子……ぜんっぜん笑えねえ。
まわりの目が痛い。ばれねーように、それだけを一心に念じる。同僚のだれひとりとして、俺がこんなもん尻に突っ込まれてるなんて思わないだろう。
ばれたら?耳がよいヤツがいたら?隣の机のヤツが「なんだろうこの音」と言い出さないかとはらはらする。
「んっく………ふ」
慎重にキーを叩く。
いつもしてる事をなぞるだけなのに、物凄い疲労がずっしりのしかかる。
口、塞ぎてえ。
だめだ、あやしまれる、声を出さないように我慢しろ。
唇を噛み、噛み締めた歯の間から暑く湿った吐息だけを逃がす。
腰の中心から響く振動がむずむずと性感をこねて脊髄を溶かす。
千里に強姦される前は、後ろをかきまぜられて反応するなんて考えられなかった。
後ろと前は繋がっている。
連動し相乗する快感。
ちょっとでも気を抜けば無意識に前に手が伸びそうになり、散りかけた理性をかき集めてそれを制す。
服と肌が擦れ合う感触さえもどかしい。
同僚の視線に過敏になる。
俺がこんな悪趣味なもん突っ込まれてパソコンやってるなんて職場の誰も想像しねえ。酷く場違いに孤立した感じがする。
頭のてっぺんから爪先まで恥辱で燃え立つ。
だれかが後ろを通るたび、近くの席のヤツが立つたび、背中がびくりと緊張する。
「やだー千里くん、超ウケるんだけど今の!」
千里の名に過剰反応、キーに手を添えデータを打ち込みつつぎくしゃく振り向く。
……野郎、まだおしゃべり中かよ。人に放置プレイかましといて。
いい加減仕事にもどれと体調が万全なら喝を飛ばしたい。
会社は社交場じゃねーんだぞ?いつまでたっても学生気分がぬけね……
「お茶どうぞ」
すっ、と机上にのびた手に促され顔を上げる。傍らに女子社員が立っていた。茶を淹れてきてくれたらしい。
「サンキュ」
自慢じゃないが、俺は職場の女子に敬遠されてる。気難しい眉間の皺と三白眼がいけないそうだ。
俺に茶をもってきてくれた女子も心なしかちょっとびくびくしてる。たしか千里と同期の新人だ。
反射的に身を引き距離をとる。
千里は音が漏れる心配ないと豪語したが、変態の言い分が信用できるか。
俺の分まで茶を淹れてくれた親切は嬉しいが、正直今のこの状態ではありがた迷惑でしかない。早く追っ払いてえ。
だからって女の子をびびらせるのも大人げない、「久住さんてば大人げない」「いくら安子さんにフられたからって女全員目の敵にしなくてもいいのに……」と音速で噂が流れそうだ。
ガチガチに固まった顔の筋肉を酷使し、強張った笑みを浮かべる。
新人の女子は俺の反応をびくびく上目で窺ってる。
……別に舌火傷したからってひっくり返したりしねーのに。そんなにおっかねーか、俺。
「あー……自分で淹れるから気ィ遣わなくてい」
言いながら手を出し、俺専用のマグカップを受け取ろうとした、瞬間。
今までの比じゃねえ情け容赦ない振動が襲う。
「-----------------っあ!?」
たまらず机に突っ伏す。
キーにのっけた手がすべり、連続で誤字を打ちこむ。
視界の端、千里が相変わらずおしゃべりを続けながら片手を背広のポケットに突っ込む。
スイッチを操作する、「最大」に。
目の端で俺の様子をうかがう。
野郎、笑ってやがる。
こっちはそれどころじゃねえ。
尻の奥のローターが狂ったように動いて前立腺を揺すりたてる、下腹全体がじんわり熱を持って痺れる、ズボンの前が突っ張って苦しい。
キャスターが床をひっかく、腰の奥でローターが唸り練り上げられた粘膜が収縮する、鼻梁に眼鏡がずり落ち液晶の字がゆがむ。
「っ………今手がはなせねーから、そこにおいといてくれ」
震える指で指示をだす。
新人は目を丸くするも、机の隅に大人しくマグカップをおく。
自然と丸まりそうな背中を意地で伸ばす。
下腹の広範囲に粘着な熱が広がって前と後ろが同時に疼く。
毛穴から汗が噴き出し、頬に赤みがさす。
努めて平静を装うも息は浅く乱れ、湧き起こり渦巻く快感を堪える声は不自然に掠れる。
女子社員が机の端、書類の隙間にカップを置き、一礼して去っていく。
ローターが窄まりの奥、前立腺に接し、もっとも敏感な場所を徹底していじめ抜く。
今の、ヘンじゃなかったか。
声、音、平気だったか?
早く終わってくれ止まってくれ、もういい加減にしてくれ、こんなのもたねえ、ばれたらどうする……同僚がこっちをちらちら見てる。
自意識過剰?
被害妄想?
電話に対応しながら茶を飲みながらコピーを使いながら俺の醜態を目の端で探ってる、ほんとはみんな知ってて知らねえふりしてんじゃねえか、みんなグルで……
時間の経過がひどく緩慢に感じる。
太股の筋肉が突っ張り痙攣する。背広の下、シャツが汗を吸ってぐっしょり湿る。
だめだ、おかしくなっちまう。頭が沸騰しそうだ。
血管中に麻薬が拡散して思考が散漫で冗長になっていく。
熱はもはや下半身全体に広がって、机の陰になったズボンの股間が勃起する。
俺は、断じて、誓って、変態なんかじゃあない。
後ろにローター突っ込まれて感じたりもしねえ。
反発し抗う心と裏腹に一ヶ月かけて慣らされた体はずぶずぶと泥沼に沈んでいく。
職場で、まわりには大勢の同僚や上司がいるのに、俺は……
自尊心の痛み。
プライドを踏みにじられる痛み。
片腕で腹を庇い、椅子から浅く腰を浮かし、余裕をかなぐり捨て猛烈に叫ぶ。
「千里、ちょっとこい!!」
千里と話してた女子がびっくりしてこっちを見る。
まわりの何人かも仕事の手をとめる。
女子を適当にいなした千里が、鼻歌でも口ずさみかねないご機嫌な様子で赴く。
「千里なにやったんだ?」「久住さんキレてるぜー」「こぶしではさんでぐりぐりの刑じゃねえか」……畜生、聞こえてるっつの。お仕置きされてんのは俺のほうだ。
悔しさで目が曇る。千里がすぐ横にやってくる。
「どうしたんですか」
「どうしたんですかじゃねえ……もうとめろ……」
「え?なにをです?」
張り倒してえ。
「……っ、お前最悪だ……性格ゆがみきってる……俺が女子と話してる時にわざと……茶あこぼして、火傷したらどうすんだよ。クリーニング代弁償しろよ」
「負け惜しみしか言えないんですか?」
周囲をはばかり声をひそめる。
俺の耳に口を近付け、愉悦に酔って囁く。
なにげないしぐさで椅子の背もたれに肘をかける。ぎっ、と椅子が軋む。
そうしてさらに乗り出し、俺の肩越しにパソコン画面をのぞきこむ。
あたかも仕事の相談をしてるふりで、パソコンについて教えるふりで。
「違うもので汚す心配したほうがいいです」
あからさまな嘲弄。
憤死寸前、思わず殴りかかろうと手を振り上げるも、千里の冷ややかな目に怖じてぐっと拳を握りこむ。
「………頼む、せめて小さく……弱く……音、聞こえる……」
切れ切れに紡ぐ声は、殆ど吐息にかき消されていた。懇願というより喘鳴に近い。
千里が背広のポケットに手を入れリモコンを操作、じれったいほどゆっくりと振動を弱める。
両隣の机は今留守、同僚は席を外してる。
オフィスは今一番忙しい時間帯で、よっぽど大声で話さない限り会話を聞かれる心配はないが、念を入れる。
「はあっ………」
ようやっと息を吹き返す。
ローターは止まないが、背筋を伸ばせる程度には体調が回復。
体の奥を無機物が嬲る。
カプセル状の器具が粘膜を練り上げて、ドロリと濃厚な快感を生む。
「だめじゃないですか、我慢できずにぼくを呼んだりして」
首の後ろを吐息の湿り気がなでる。
振り向かなくてもわかる。満足そうな声。千里は微笑んでる。
「………仕事、ぜんぜん集中できねえ……いいだろう、もう……さんざん恥かかせて気がすんだろ、おしまいにしろ」
「全然。序の口ですよ」
「~ちゃんと仕事したいんだよ!」
「どうぞご自由に。先輩が真面目なのはわかってますから、励んでください。腕を拘束されてるわけじゃないんだ、パソコンできるでしょ」
千里の手が肩に触れる。びくりと身がすくむ。
「すごい熱い……汗かいてる」
「やめろ、人が見てる……」
「ひとに見られて興奮してるんですか?」
とんでもねーことを抜かす。
ぎょっとする俺の肩を掴んでむりやり前へ向かせ、自分はその耳元でにやつく。
「へえ、まんざらでもないんだ。ズボンの前もぎちぎちだし。ローター初体験のくせに、すっかりよくなってる」
「よくねえよ」
「嘘ばっか、後ろの穴ぐちゃぐちゃにかき混ぜられて気持ちいいくせに。もしばれたらどうします?みんな、こっち見てますよ」
「やめろ……」
「先輩の様子おかしいの気付いてるかなあ。気付いてる人もいるんじゃないかな?久住さん今日なんかへん、風邪かな、顔赤い……背中伸びてないし……久住さんいつもすごく姿勢いいから、そうやって背中丸めてるとすっごく目立ちます」
千里の指摘に慌てて姿勢を正す。
途端、また一段振動が強くなり、せっかく立て直した体が前に傾ぐ。
「同僚にじろじろ見られて感じてる?恥ずかしいかっこ見られるのが好きなんですね。昼間っからローター後ろに突っ込まれて、椅子に座りっぱなしで、外っ面はあくまで涼しげに保って……自分じゃ上手くごまかしてるつもりかもしれないけど、ボロ出まくりですよ。初めてのローターのご感想は?僕の指とどっちがいいですか」
「お前のパソコンにスパム大量に送り付けてやる」
「隔離設定にしてるからむだです。……往生際悪いなあ」
息がくすぐったく耳の裏をなでる。それだけで感じてしまう。
騙せない。
ごまかしきれない。
千里の言うとおり、次第にボロが出はじめている。
「……いいからはずせ、一日中こんな……頭がどうかなる……」
「トイレが近い人って噂立っていいんですか?それに……一度ならず二度もぼくとトイレにこもったら、さすがに怪しまれますよ」
言い聞かせながら、またポケットに手を入れる。
制す暇もなくスイッチを調整し、小刻みに振動を切り替える。
「!あっ、あう、んっく」
「前向いて。仕事してください。あ、ここ変換ミス。伸び率がノブ率になってる」
「千里………」
「だめだなあ、しっかりしなきゃ。あ、ここも。一行目の利益還元が甘言に」
「千里!」
切羽詰った声。
今の俺は相当追い詰められた顔をしてるだろう。
千里が画面を指さしミスを指摘する。もう片方の手をさりげなく俺の肩に添え、微妙に指を動かす。
千里に触られた場所がジンと熱を帯びる。
朦朧とした頭で、千里に言われるがまま、のろのろとミスを直していく。
ちょっと腕を動かすだけで下半身がずくんと疼く。
体温調節が狂い発汗を促す。
俺をこんな状態にした張本人にミスを指摘されるなんて。
ぴたりと付き添って変換ミスの修正を促されるなんて、最大の屈辱だ。
片手を俺の肩に添え、もう一方の手でマウスを導き、丁寧に教える。
「ほら、スクロールして……最後の行、数字間違えてますよ?15パーセントじゃなくて25パーセント」
「はなせ……ひとが見てる、べたべたすんな、とっとと席もどれよ」
「先輩が呼んだんじゃないですか。ぼくが必要でしょう」
にっこり、悪びれもせず。二人羽織りの要領で俺の手を操りつつ、椅子の横にぴたりと寄り添い、わざと俺の腿に体を触れさせる。
びきびきと眉間が攣る。顔の筋肉が反乱をおこす。憤りと怒りと憎しみと悔しさと羞恥で頭が爆発しそうだ。
千里のアドバイスは、悔しいが、非常に的確だった。実はコイツは仕事もできる。……って、俺が教えられてどうすんだ、後輩に。
あんまり密着してると周囲に不審がられる。
というのは思い過ごしで、実際そこまで気にされてない。他の連中は会議の準備で忙し……
会議?
さっと頭が冷える。
慌てて時計を確かめる。午後一時五十分、二時から会議が始まる。
「千里、これ抜け。しゃれになんねーぞ」
声が険を孕み真剣になる。これ以上千里の悪ふざけに付き合ってらんねえ。
「言いましたよね、ぼくがいいっていうまで出しちゃだめだって。一人でトイレも禁止。用足しは我慢してください」
「-っ、お前頭煮えてんのか、知ってるだろ、あと十分で会議が始まるんだよ!こんなもんはめたまま出ろってのか、会議には他の部署の連中もくる、そこで恥かけってか、もしトチったら俺の出世が」
「意外と野心家なんですね。安子さん寝とった男を見返したい?」
「失恋の傷えぐんなよ!」
「先輩の傷口に塩をすりこむのが趣味なもので」
どす黒い殺意が湧く。こいつ絞め殺したい。
誠意のない謝罪にはらわた煮えくり返り、射殺さんばかりの目つきで睨みつけるも効果は薄く、千里が言う。
「大丈夫ですよ。会議、ぼくも出ますから」
「……………は?」
それがなにを意味するか理解するのに時間がかかる。
「大事な会議ですよね。他部署の人もくる。今回のコンセプト説明、先輩の担当でしたっけ」
「待て待て」
「原稿、ちゃんと読めるといいですね」
ほくそえむ千里の目には欲望のぎらつきがあった。
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