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第15話

 「異議あり!開発部はユーザーのニーズがちっともわかってない!」  机に平手打ちをかまし席を立つ熱血漢。  「藤木さんまあた熱くなってる……」  「今度はなんの影響?」  「逆転裁判だって」  「あーあのゲームやりこんでたもんなー寝不足の赤い目して」  「困ったもんだよ」  会議はたいてい長丁場で退屈と決まってる。  うちの会議もごたぶんに漏れず、是が非でも自分の意見を押し通し辣腕ぶりをアピールしたい野心ぎらぎらの若手と、そんな若手に苦りきった上司との間で統計がどうだのターゲット層がどうだのと不毛な論争が繰り広げられている。  「っ………」  会議室は広い。  そのだだっ広い会議室にぎっしり人が詰めこまれている。  今日の会議は新商品のコンセプトを決める重大な会議だとかで営業の俺たちにもお呼びがかかった。  長方形の机には椅子が配置されずらり人がならんでる。  あくびをかみ殺すヤツ、手持ち無沙汰に書類をめくるヤツ、俯いてこっそりメールを打つヤツとなんらかの内職に励むやる気のねえ社員も多い。  大丈夫かこの会社。  会議は二時から始まり三時に終わる予定。  あくまで予定で延長の可能性大アリ。  椅子に座ったまま、耐える。  何もしないでいるのがこんなに苦痛だなんて知らなかった。  誤解なきよう断っとくが退屈イコール苦痛って意味じゃない、字面どおり受け取ってくれ。  現に今も体内の奥深く埋め込まれたローターが微弱な震えと唸りを発し前立腺を責め抜く。  あらん限りの憎しみにぎらつく目で向かいを睨む。  机をはさみ反対側に座った千里は、俺と目が合うやにこりと笑う。  ……もうちょっと足が長けりゃおもいっきりすね蹴っ飛ばしてやるのに……自分で言ってて哀しくなってきた。  どんだけ足を伸ばしてみたところで向こうには届かない。  「はっ………ぅく………」  千里の手が動く。  顎をしゃくり目に強い光をため訴える、ぶんぶん首を振り「ばか、やめろ、それしたら絶交だ」と口パクで力一杯罵る。  だがしかし俺が嫌がれば嫌がるほど調子に乗るのが千里がドSたるゆえん。  意味深な笑みを深め、優雅な動作でポケットに手を滑り込ませる。  「!や、」  隣に座る同僚が振り向く。  やべ、気付かれたか?  慌てて口を噤み、資料の端をそろえなんでもないふうを装った途端、来た。  「―っうく、」   ローターの振動が一段強くなる。  膝が、がくがくする。  隣の同僚にばれないよう、近くの席のヤツらにばれないよう、死ぬ気で声を殺す。  千里は俺がけっして慣れてないよう、与える刺激の強さを常に計算し調整している。  カチカチと摘みを回し、強くしたら今度は弱く、弱くしたら今度は中位へと不規則に変化させる。  おかげでこっちは心の準備が出来ない。振動が一定に保たれてるならまだしも我慢できるが、慣れてきたとおもって油断した途端「最大」にされ、ともすれば机に突っ伏しそうになるくりかえしだ。  会議前に配られたコーヒーはすっかりぬるくなっている。口をつける気になれない。マグカップをとった途端、ローター強められて服に零しでもしたら悲惨だ。  「どうしたんだ、お前。顔赤いけど……緊張してんのか?もうすぐ出番だもんな」  同僚の心配そうな声。  うぜえお節介。ほっといてくれ。  頬の赤みを悟られたくない。体の震えを悟られたくない。  ごくりと生唾を嚥下し、ばらけた資料の端を神経質に整え、努めて平静な声を出す。  「武者震いだよ」  会議室には今、二十数人が集ってる。  その殆どは発言者に集中してるけど、俺の様子を怪しみだしたヤツがいないとも限らない。  くそ、千里め……  せめて会議が終わるまで我慢だ、そしたらトイレに直行してケツに入ってくる悪趣味なもんを抜く、千里なんか知るか、これ以上付き合えっか。大事な会議に身が入らねえ。  発言者の意見に耳を傾けようと努力するも水の泡、下半身に広がる痺れに似た快感が邪魔する。   俺はデキる男じゃなかったのか?  叶うなら、今すぐ蒸発してえ。  会議を抜けてトイレに駆け込んでローターを掻き出したい、もういやだ、あと一時間も生殺しが続いたら気が狂う、おかしくなっちまう。  最悪、イッちまう。  会議室で、会議中に、顔見知り含めた大勢の人間にじろじろ見られながら……  「………………っ」  最悪の想像に喉が詰まる。  俺がケツにローター入れっぱなしで会議に出てるなんてこの場の誰が想像する、千里以外知らない、と思いたい。もしばれてたら、ばれたら、おしまいだ。とんでもない変態の烙印をおされる。  視線が気になって会議に集中できない。  音が漏れてないか不安だ。  膝頭を忙しく擦り合わせ気をそらす。  一時間以上ローターでいじめ抜かれた体はすっかり茹で上がってる。  中がどろどろに溶けているのがわかる。  どうかしちまいそうだ、本当に。  音もだが、匂いが気になる。  俺の股間は中途半端に張り詰めて、とめどなく迸る先走りを吸った下着が蒸れた匂いを醸す。  俺はデキる男だ。トチったりしねえ。千里の策略にはまってたまるか。  今後の出世を左右する重大な会議……それは大げさだが、「デキるヤツだ」とアピールしといて損はない。将来への投資だ。俺にだって係長でジエンドしたくねー程度の野心はある。  意欲。  意気込み。  もちろんある。安子を寝取った男は他部署の出世頭で、だからむきになってるというのも、ある。  ああ、くそ、なんだってこんな事に。  甘い顔見せたのが悪かったのか、きちんと拒むべきだったのか。  『好きですよ、先輩』千里にほだされて『大丈夫ですか?』事後に見せる心配顔にだまされて『本当はずっと尊敬してたんです。憧れてた』口からでまかせに乗せられて。  だから付け上がる。俺がちゃんと拒まなかったのがいけない。  つくづく写メを消せなかった不手際が悔やまれる。  恥ずかしい。頭が働かない。気持ち悪い。尻の違和感が消えない。  窄まりの奥にはめ込まれた悪趣味な玩具は、周囲に聞こえない程度の音でずっと唸り続けている。  突然振動が強まる。  背筋が強張り、太腿が突っ張る。  ただ椅子に座っているだけで、窄まりの奥の粘膜がうねって蕩けるような快感を生み出す。  「はあ………」  何度も何度も寄せては返す波を硬直と弛緩の繰り返しでやりすごす。  机上の手を握りこみ、肩の浮き沈みに伴い犬みたいに息を吐く。  「本当に大丈夫かよ?具合悪いなら医務室行けよ」  「大丈夫だよ……大したことねえよ、武者震いだって言ってんだろ?どうやったら逆転裁判よりインパクトあるアピールができるか考えてんだよ」  退室は許されない、勝手に会議を抜け出してトイレに駆け込んだらもっと厳しいお仕置きが待つだろう。  びびってる?  俺が?  後輩に?  千里ごときに?  ……認めたくねえ、断じて。  でも実際もうぎりぎりで、俺はもうどにもならないとこまで追い詰められていて、今すぐ会議を抜けてトイレに駆け込んでらくになりたいが千里の目があって実行できない監視される観察される周囲のヤツらだって不審がる、頭も体もぐらぐらする、見世物にされてる気がする。異常だ、こんなの。とても普通じゃねえ。尻がむずむずする。下半身が熱い、前がきつい。もう少しでイきそうになるたび振動が弱くされる、じらされる、お預けをくらう。  生理的な涙で潤み始めた目で千里を睨む。  よせ。  止めろ。  口パクで、目で、全身で、訴えたところでやめたりしねえ。  千里の手が動くたびびくりとする。  ぐっと手を握りこみ、耳まで染めて俯く。  千里は俺が過敏になっているのを知りながら、机上のコーヒーに手を伸ばし優雅に口をつけたり、資料をめくって読むふりをしたりと、フェイントを巧みに混ぜて仕掛けてくる。  早く終わってくれ。  焦燥に焼かれる。ローターでかきまぜられっぱなしの腹の奥で、気持ち悪いを通り越し、ヘンな感覚が疼いて騒ぐ。  もどかしい感じ。イけそうなのにイけねえ。まわりのヤツらが見てるんじゃないかという被害妄想が働き、疑心暗鬼に苛まれ、些細な物音にびくつく。  咳払い、資料をめくる音、椅子の足が床を擦る音。  平素なら一緒くたに掃き捨てられる雑音に近いそれらの音が、いちいち俺を脅かし怯えさせる。神経がざわめく。  殺気だった目で千里に命令、懇願。即刻ローターを止めろとせがむ。今の俺はきっと泣く子もひきつけをおこす凶悪な顔をしてるだろう、もとからの悪人づらが高利貸しから殺し屋にグレードアップしてる予感がする。  快感と羞恥とプライドがせめぎあう。眼鏡越しの目に涙がたまる。いい年した男が泣くか、普通?慌てて涙腺を引き締める。自分があんまり情けなくてみじめで勝手に涙が……ちがう、たんなる生理現象だ。ほら、気持良すぎたり何だりすると勝手に涙がにじむだろ?だからだ。……意味不明支離滅裂、たとえに失敗した、気持ちよすぎてってなんだよ、ぜんぜん気持ちよくねーよ、気持悪ィよ、気持悪くて泣いてんだよくそったれ。  「ではここで商品のコンセプト説明を営業の久住くんに……久住くん?」  「久住、課長が呼んでるぞ」  「んだよ、うるせえな……いそがしいんだよ、あとにしろよ」  「お前の番だって!」  同僚に肘をつつかれはっと我に返る。  椅子を蹴倒す勢いで起立、硬直。一身に視線を浴び、心臓が蒸発しそうに脈を打つ。  「……はい」  資料を手に持つ。  小脇に挟み、何かの養成ギプスを嵌めたような動きでぎくしゃく歩く。  横顔に視線を感じ体が火照る。  前屈みにならないよう姿勢を保つ。  机はちょうど俺の腰の高さで、ズボンの前は隠れて見えない。助かった。  これから話す内容を朦朧とした頭でおさらいする。  口内で唾液を分泌、舌に油をさす。  課長の目配せに軽く頷き、机の先頭に立つ。  横にはホワイトボードがあり、新商品の写真が数点添付されている。  机を埋めた全員の視線が集中する。  毅然と顎を引き、まずは礼。挨拶は基本。  「ただいま課長からご紹介に預かりました営業の久住です。今回は市場調査の総括を担当します。当報告書では、日用消費財製造業者の成功の秘訣となる利便性というメガトレンドについて注目し、利便性に関連した消費者ニーズ、製品開発・マーケティング機会などをまとめ、概略下記の構成でお届けいたします」  ペンを持ち、参加者に背中を向けホワイトボードに書き込む。  きゅきゅっとペンが走る音が耳につく。  ペンにキャップを被せ、改めて正面を向く。  これからしゃべる内容。さっきざっと復習した。大体頭に入ってる……はず。  腹をくくるっきゃねえ。  ばれねーように、できるだけ普通に、冷静に、はきはきと。  顔の赤みを俯き隠し、資料に目を通すふりをする。  「まずは1ページ目、トレンドフレームワークの利用と新製品開発における品質向上についてですが……」  俺の説明につられ、皆が資料をめくる。  自分の声が自分の声じゃないみてえに遠い。  喉が、異常に渇く。  舌が勝手に動く。催眠術にかかったみたいだ。  早く終われ。  注目が耐え難い。  勘の鋭いヤツの中には、俺の様子がヘンだと気付いてる者もいるかもしれない。  知らなかった。  立ちっぱなしはキツイ。  椅子に座ってるほうがまだマシだ。  ズボンの前は机に隠れて見えない、後ろの窄まりではローターが唸り続ける。  「っ………く、……」  唇を噛む。息を継ぐ。  眼鏡ごしの目で平然とした千里を睨みつける。  最高に素敵で不愉快な人たらしの笑顔。  「……技術革新は主な成長促進因子ですが、一方課題の多いプロセスです。それを克服するためには市場の声を積極的に取り入れ、現場で働く人々の声を聞き、個々の面での更なる改善が……」  体が熱い。前が窮屈。  なに話してるんだ、俺?支離滅裂、意味不明。席、戻りてえ。  上司も同僚も他部署の連中もじっとこっちを見てる、真剣に説明聞いてる。  ボロを出すな。今は会議中だ、自分の役目を放棄するのは社会人としてどうなんだ、最後までやりとげろ、じゃないとプライドが許さねえ。  膝が震える。  「………詳細は5ページ目のグラフを参照………」  振動が強くなる。  「!!んんっ、」  机の端を掴み、耐える。耐え抜く。  説明が不自然に中断され、何人かが怪訝そうに顔を見合わせる。  「君、大丈夫かね?」  他部署の課長が、心配そうに聞く。  必死に呼吸を整え、汗にまみれた顔でぎこちない笑みを形作る。  「………すいません……足が攣りました」  苦しい言い訳だ。  あちこちで笑いがおこる。冗談ととってもらえたみたいだ。  汗も、目立たなくてよかった。  畜生……千里……絶対殺す。百回は殺す。ぎったんぎったんに殺す。  爪先からシュレッダーにかけて千切りの刑だ。  「失礼しました。説明を続けます」  机にもたれかかるのは行儀悪い、だから耐える、我慢する、ホワイトボードの横に背筋をのばし立ち尽くす。  「グラフをご覧いただければわかるとおり、主要な購買層はおもに三十代から四十代となっていて、二十代の伸び率が悪い。今後はここに力をいれ、どうやって若者にアピールする商品を開発していくかがキーとなります」  「質問だが、このグラフを見ると二十代の中でもとくに学生層が弱いね」  「はい。その点ですが、学生は性能よりはむしろデザインを重視する傾向にあるようです。たとえば、性能が同じならよりフレームのバリエーションが多い他社の製品を買う。パソコンを例にとるとわかりやすいかもしれません。どんなに容量が多く性能が優れていても使いこなせるのは一握り、ならば買う買わないの最大の決め手となるのはビジュアルです。十代や二十代は特にその傾向が強いですね。口コミ……友人が持ってるのを見て、友人から使い心地を聞いて買うという声も無視できません」  掠れた声で注釈をつければ、「なるほど」とひとつ頷き、質問者が引き下がる。  机の前のほうに座ってる何人か―ということは、他部署のお偉いさんだーも、感心したような顔をする。  ここまではまずまず順調。  時々声が詰まり途切れる他に致命的なミスもない……気付く範囲ではしてない、はず。  どうだ、おそれいったか。  優越感の光を目にやどし、千里を見る。俺はちょっと得意げな顔をしてるはずだ。  もう少しで終わる、読み通せる。遂に最後のページをめくり、口を開くー    バチバチと、高圧電流みたいな衝撃。  「!!―――――っ、」  膝がかくんと抜ける。  油断した。それがいけない。  最後のページをめくった瞬間もう少しで終わる解放される席に戻れると安心し油断した、緊張の糸がゆるんだ瞬間を見計らってアイツ「最大」にしやがった、「最小」から「最大」へ一気に……  「また足が攣ったのかね」  すぐ近く、俺から見てもっとも手前、ということはこの場における一番お偉いさんの課長がからかう。つられ、笑いが爆ぜる。  どうにかこうにか愛想笑いを浮かべようとしてまた膝がずりおち、机の端を掴み、苦しい体を支える。  「ぅっく……ふ………」  震える指で、ずりおちた眼鏡をもどす。  がくがくする膝を叱咤し、上体を起こす。  窄まりの奥、凶悪なローターが狂ったように前立腺を揺すりたてる。  括約筋が収縮、腿の筋肉が痙攣する。  だめだ、こんなところで、人が見てる、いくか、いけない、四つんばいになってー……だめだ、耐えろ、我慢しろ、もう少しだけ  「説明、続けます」  生唾を飲む。  下半身が熱く痺れる。  ズボンの前がぎちぎちに張り詰めて動きにくい。  会議中に勃起してるなんてばれたらおしまいだ。  自分が何をしゃべってるかわからない。ただ、資料の活字を声に出してなぞっているだけ。  人が見ている。  俺を見てる。  会議室を埋め尽くした全員が、机を占めた全員が、時々頷きながら俺の説明を聞いている。  逃げてたまるか。 [newpage]  今逃げ出したら千里の勝ちだ。  俺のプライドと出世のためにぜってー最後までやりぬく、やりとげる。  燃え立つ闘志とは裏腹にローターで責め立てられた窄まりはひどく敏感になって、捏ね回された粘膜が波打ち、前立腺をほぐす。  座るのは拷問、立つのは見せしめ。ぐちゃぐちゃの頭とどろどろの体じゃどっちがマシかなんてわからねえ。  絶対見返してやる。  俺をこんな状況に追い込んだ千里を、すっかり勝ったつもりでいやがる鼻の穴あかしてやる。  何度も何度もつっかえそうになりながら、そのたび千里への憤りとぐらつくプライドを糧に持ち直し、とうとう最後の段落に辿り着く。  何度も何度も呼吸を整え、上擦り漏れそうになる声を飲み込み、抑制して吐き出す。  「………以上、終わります」   限界だった。  何の比喩でもなく、頭が真っ白になる。   「久住さん!?」  「君、大丈夫かね!?」  周囲が突然ざわつく。何人かが席を立つ。視界がぐらついて―床が近くー倒れる?  資料を床にばらまく、ばらけた資料の上にあっけなく片膝付く。頭がぐらぐらする、誰かが助け起こそうとして俺に触れる、電流が走る。  床で体を丸め息を荒げる、体が熱い、もどかしい、苦しい、イきてえ、それしか考えらんねえ。  ぎりぎりまで追い詰められた体が疼く、ばらけた資料を拾い集めようと震える指を伸ばす……  「医務室へ連れていきます」  ふっ、と体が軽くなる。  誰かが俺に肩を貸し、立たせる。  「頼んだよ、千里くん」   「貧血かね」「ちょっと様子ヘンだったもんね」「体調悪いのによく頑張ったよ」「責任感強いなあ、さすが久住さん」……うるせえ、お門違いの勘違いだ。  心配そうなまなざしに見送られ会議室を出る。  「………死ね、本当に死ね、今すぐ死んでくれ……」  ゆだった頭で呪詛を吐く。千里にぐったりもたれ、足をひきずるようにして歩く。突き飛ばしたいが、力がまるっきり入らねえ。  目的地は医務室、ではない。会議室を出たその足でトイレに向かう。  個室のドアを開け、ふたりで転がりこむ。扉が閉まるのを待ち、千里の背広を掴んで脅す。   「……っく……ふ……とれよ、これ……」  ちょっと泣きが入る。  脅すというか、事実に即せば縋るのほうが正しい。  「お前のせいで会議めちゃくちゃだ、資料読んでる時もずっといれっぱなしであんなのアリかよ、音もれたら声聞かれたらってはらはらして全然集中できねーし……最悪だよ、なんだよ、いじめかこれ?楽しいかよ社会人にもなって先輩いじめ、つかなんで俺がいじめられなきゃいけないんだよおかしいだろ、後輩いびりの仕返しかよ!?」  「先輩、落ち着いて」  「落ち着けねえよ!いいから早く抜けよ、腹ン中ぐちゃぐちゃで気持悪くて……ずっと音なりっぱなし、震えっぱなしで……お前その性根カウンセリングで矯正してこい。俺が資料読んでる時に最大にして、慌てる様にやにや眺めて満足かよ?変態ぶっ殺す、もう絶対殺す、お前なんか大嫌いだ」  「ごめんなさい、大好きです」  千里が俺の肩を掴んで宥める。唇を狙う顔を振り払う。  「嘘吐け、信じられるか、好きだったらなんで俺のいやがることばっかするんだよ!?ぜんぶぜんぶ嘘だろ、俺が好きとか憧れてるとか口からでまかせで、それさえ言っときゃ警察にチクらず許してくれるって計算済みなんだろどうせ!?一瞬でも信じた俺がばかだった、乗せられたんだよ、あの時屋上でなんかお前がしゅんとしてたから、捨て犬みたくしょんぼりしてたから」  俺がぶっ倒れた時、千里は真っ先に駆けつけた。  思い出す、こいつの顔。  椅子を蹴倒し駆け寄る必死な形相、本気で心配してる顔。  「………抜いてほしいですか?」  探るように聞く千里に、一も二もなく頷く。  「帰るまで我慢できない?」  「勘弁しろよ……もたねえ……」  顔が上げられない。  まともに目を合わせられない。  死ぬほど恥ずかしくて悔しくて情けなくて頭はぐちゃぐちゃで、千里のスーツに顔を埋め洟を啜る。  「よく頑張りましたね。えらいえらい」  しゃくりあげる子供を宥めるみたいな手付きで、俺の背中をさすって褒める。  キレる。もうキレた。実力行使だ。  千里のポケットをねらって手をくりだす、スイッチを奪い返そうと試みるも見越され回避、千里が仕方なさそうに笑う。  「ズボンおろしてください」  「俺が?」  「そこまでぼくにやらせるんですか?意外だな、プライド高い久住さんが」  千里が鼻白む。やけっぱちだ。  じれた手付きでベルトをはずし下着ごとズボンをおろす。  ローター音が一層大きくなる。  「後ろむいて。壁に手をついて」  屈辱を噛み締め、命令に従う。  壁に両手を付き、剥き出しの下半身を晒す。尻を突き出す惨めな格好をとらされ、片腕をずらし、涙が滲み始めた目を隠す。  「自分でやってみます?……ああ、無理かな。結構奥まで入ってるから掻き出せないか」  「いいから早くやれよ!」  千里が嘆かわしげに首を振り、窄まりの入り口を広げ、指を突き立てる。  「!んっ………馬鹿、もうちょっと加減しろ……」  「すごい。もうぐちょぐちょじゃないか。会議中もずっと感じてたんですか?前もどろどろだし……」  「誰のせいでこうなったと思ってんだよ、変態……いきなり強くしたり弱くしたり、おかげで全然、身が入らなくて……さんざんだよ、畜生、厄日か、お前と知り合ってから一年中厄日だよ、もう完全に出世の道閉ざされたよ、声震えてたし、絶対、だめだ、ヘンに思われた、噂になってる……田舎帰る……」  「考えすぎですよ」  「安子にあわす顔ねえ……」  「今産休中だし。元カノの事なんてどうでもいいじゃないですか、失恋ふっきって前を向きましょうよ」  「むこうとしたらお前が立ちはだかったんだよ!」  「新たな恋愛対象ってことで?」   「倒すべき宿敵とかそんなかんじで……っ、ふあ!」  体内に突っ込まれた指が鉤字に曲がる。……コイツ、わざとやってる。じらして、反応見て楽しんでやがる。  「……千里、早く……」  「どうしてほしいですか?」  「抜いてくれ……」  「反省は?」  「は?」  「昨日の。ごめんなさい、まだ聞いてないんですけど」  肩越しに振り返る。俺の背に密着し、千里が囁く。  「……正気かよ、この状況で……どうでもいいだろ、そんな、ひっ!」  ずるりと指が抜ける。  「電池切れまで入れといたらどうですか?2・3日でとまりますよ」  耳を疑う。顔が引き攣り、曖昧な半笑いが浮かぶ。冗談だよな?と目で念を押すも、千里は無表情に見返すだけ。  「先輩は淫乱だから、そっちの方が寂しくなくていいじゃないですか。うん、これで解決。ぼくが慰めてあげなくてもすむし、一石二鳥だ」  「ふざけ、んな」  「いやなら自分でひりだすとか。だいぶゆるくなってるからできるでしょう」  壁に縋り、膝にズボンを絡めた格好で尻を突き出し、奥に挿入された物をなんとか自分の意志で排泄しようとする。  「う………」  「自分で指使って。突っ込んで、掻き出して。括約筋操作して」  「無茶いうな、できるか、ケツの穴に自分で指突っ込むとか汚え……」  「入れっぱなしがいいんだ。欲張りだなあ」  嘲笑が耳を嬲る。千里がわざとゆっくりと後孔のふちをなぞる。それだけでぞくぞくと快感が走り、達しそうになる。  「く…………、」  ぶん殴りてえ。張り倒してえ。  それから?  俺の体内には悪趣味な玩具が入ったまま電池が切れるまで動き続ける、電池が切れても入ったまんまだ。  その状態がありあり想像でき、恐怖で頭の先から爪先まで冷たくなる。  千里なら本気でやりかねないのが怖い。  謝っちまえ。  携帯勝手に見てごめんなさいって言っちまえ。  「……………る、かった」  「聞こえない」  「……………た………」  「もっと大きな声で」  容赦ない催促が鞭打つ。  凄まじい葛藤に脂汗を流す。片腕で腹を庇い、悩ましい疼きに耐える。背中を壁に預けずりおちそうなのを膝の力のみで支え、深呼吸。  「『ごめんなさい。掻き出してください』」  千里が復唱する。俺の頬にそっと手をかけ、顔を寄せる。睫毛が長い。   「『手伝ってください』」  「……………………」  顔を背ける。千里の手が動く。待て、と制すより早くまたスイッチが入り、快楽の波が続けざま襲う。  「……お前には、頼らねえ。俺は間違った事してねえ、悪いなんて思っちゃねえ、謝るのはお前の方だ。土下座しろ」  振動が強く  「-!っとに、いい性格してるよ……ぅあ、んく、ふ……ふざけんな、なめるなよ、なんだって無理矢理ヤられた上にこんなおもちゃ扱い……耳の穴かっぽじってよく聞け、俺はお前のおもちゃじゃねえ、これ以上好き勝手させてたまるか、ああそうとも冗談じゃねーよ、何様だ?後輩サマか?お前に頭さげるなんてお断りだね、そんなに俺に頭さげさせたきゃ腹に蹴りでもいれろよ、お前の靴に反吐ぶっかけてやる」  強く、強く―強く  意を決し、後ろへと指を持っていく。  自分で見ることもできない、さわるのも初めての場所に、おそるおそる指を入れる。  最初は浅く。  「自分でやるんですか?へえ。すごいかっこ。アナルオナニー?後ろだけでイく練習、ですか」  千里が口の端を曲げる。サディスティックな冷笑。  言葉で、視線で、どこまでも残忍に執拗にえものを嬲る。  指だけで、キツイ。すげえ違和感。  千里には何度もされてるけど、自分でやるのは初めてだ。  「はっ……はあ、ぅぐ……」  指を二本、ねじこむ。できるだけ奥まで……奥に……  腹が苦しい。  ぐちゃぐちゃのどろどろに溶けた粘膜が指を咥えこんで放さない。  眼鏡がずれて壁がぼやける。  入り口に入れただけで、奥のほうから震えが伝わってくる。指が……俺の指、必要に迫られて仕方なく……千里が見てる、笑いながら、勝ち誇って。  「感じちゃってます?すごく」  「うるせえ……」  ダメだ、届かない、掻き出せない。  指が根元まで沈む。  片手を壁に付き、もう片方の手を後ろに回し、二本指で窄まりをかきまぜる。  自分のケツに指突っ込んでる現実に打ちのめされ打ちひしがれる。  筆舌尽くしがたい屈辱、羞恥。   トイレの壁だということも忘れ額を擦りつける。  腕をねじって後ろの窄まりに指を突っ込み鉤字に曲げる、長さが足りない、掻き出せない。  「イきてぇ……もう……」  上の空で口走り、愕然とする。  千里が満面に邪悪な笑みを広げる。  「ぼく、もう戻らなきゃ。ひとりで頑張ってください」  「……千里……」  「じゃあ」  「行くな、千里、もどれっ!!」  身を翻す千里、ドアノブを掴み開け放とうとする、大声を出す。  ドアを後ろ手に閉ざし、待つ。  ゆっくりと二回深呼吸し、諦めに達して目を瞑る。  「………掻き出してくれ」  「何を?どういう状態かちゃんと説明してくれなきゃわからないです」  どうしてこんな事に。  俺が何したんだよ。  なんで俺なんだよ。  壁に身をもたせ、腕で顔を隠し、上擦る息のはざまから途切れ途切れに説明する。  「……腹、苦し……中、入りっぱなしで、さっきからずっと体がぞくぞくして、やまなくて、前熱くて、どろどろで。後ろ、奥、ケツん中、ローターがずっと震えっぱなしで、お前が弱くしたり強くしたりするせいで、頭おかしくなっちまう……頼むから、これ、抜いてくれ。膝、感覚ねえ……中も痺れて……なんか、ヘンで、ずっと唸ってて、空耳聞こえて、頭ン中で蚊が飛び回ってるみたいで」   「説明が下手だな、先輩は。さっきはかっこよかったのに」   「仕事とプライベートは別……」  気取った足取りでもどってきて、俺の腰を抱き寄せ、再び壁に手を付かせる。  「!あっあっあ、」  声と腰に弾みがつく。窄まりに突っ込んだ指をさらに奥へ奥へと挿入し、今だ振動中のローターを器用に掻き出していく。  入り口近くまで移動したローターを円を描くように動かす。  「う……ひと思いに抜け……」  「ごめんなさいは?」  「言、たくね……だってあれはお前が、写メなんか撮るから、あんなもん携帯にいれたまんま、脅迫のネタにして……っ、お前が言ってることやってることむちゃくちゃだ、俺が好きだとか嘘だろ、好きなら何でこんな……わけわかんねえ、男同士で……いや、男同士なのは横においとくとしても、お前は好きな相手にローター突っ込んで、我慢する様見ンの楽しいのかよ……ド腐れ外道のド変態が」  「そうです。ド変態です。だから……先輩が謝ってくれないと、もっと酷いことしちゃいますよ」  「何、」  「ローター突っ込んだままぼくのを入れるとか。コードレスだからほんとにとれなくなっちゃうかも」  耳の裏側で愉悦に満ちて囁く。俺の前に手を回し、優しく抱きしめる。  シャツの前をはだけ、前を包む。ローターは入り口近くで鈍い音を発し、その上から千里がモノを押し付ける。  「やめ……ろ……」  怖え。理屈じゃねえ。本能的な拒絶反応を示す。  「顔青いですよ。怖いですか。想像しちゃったかな。ああ、でもすっごく気持ちいんですよ、びりびり震えるローターの上から突っ込まれて揺さぶられるの。意識が飛んじゃうくらい。先輩だってさんざんじらされて我慢できないんじゃないですか。ドロドロのぐちゃぐちゃで、前からしずく滴らせて……凄いな、会社でこんな……恥ずかしくないんですか?仕事する場所ですよね?」  「ここはトイレだ……」  「会議中、ずっともぞついてたじゃないですか。机の下で股間固くしてたくせに。みんなに見られて顔赤くしてた」  「お前が……お前のせいで……」  「変態」  ゆるゆると、前をしごかれる。  鈴口ににじむ先走りを指でのばし塗りこめ、根元から先端へとやすりがけるように勃ちあがった陰茎をしごく。  ようやく求めていた刺激を与えられねだるように腰が弾む、亀頭の下の括れに指を巻き糸引くまで擦り合わせる。  「はあっ……ふ、ぅあ……やめ、さわんな……そこいいから、はやくうしろ、入ってんの、抜けよ!!」  前と後ろを同時になぶられじらされ、忍耐力が焼き切れそうで、叫ぶ。  こいつ本気かよ、信じらんねえ、やる気か、ほんとにローターの上から突っ込む気か?熱い肉の塊が入り口付近をゆるゆるなぞる、先端部分がめりこむ、ローターを押し戻す。スイッチが入る―また―何度目だ?波が来る、襲う、下半身が痺れて膝がくじけへたりこむ。  「千里、も、……イきて………イかせて……」  「イきたい?先輩今そう言いました?」  「る、かった……もう見ない、さわんねえ、昨日のは出来心で……はっ、だってお前が不用心にだしっぱなし、机の上ほったらかしとくから……教育的指導で……」  「言い訳はいいから。どうしたいんですか。ローターでいきたいのか、僕のでいきたいのか、両方一緒がいいのか……はっきりしてください」  ローターが発した震えが脊柱にそって入りこみ、首の裏の皮膚を通って、脳天まで突き抜ける。  言え。言っちまえ。  言えばらくになれる解放される、理性が蒸発霧散する、イきたくてイきたくてどうかしそうだ、もうすでに先走りに混じっていくらか漏れてる。  千里。  くそむかつく。  答えなんかわかりきってるくせに。  「いれてくれ……」  「どっちを?」  「お前を……」  「ぼくの、なにを?指ですか、舌ですか、それとも……」  「お前の……それ、今俺のケツをなぞってる……入り口つついてる……固いの……」  「ローターでさんざんかきまわされてぐちゃぐちゃなのに物足りないんですか。栓してほしいんですね?欲張りだなあ」  もう帰りてえ。  羞恥で頭がふやけて働かない。  あっさりとローターが引き抜かれる。  全身が弛緩し、その場にぐったり座りこみそうになれば、千里が代わっておのれをあてがう。  「!?――――っああああああ!」  「息抜いて、先輩」  無理矢理押し広げられる感覚。ローターよりもっとでかい、生き物みたいに熱く脈打つ肉が、一気に押し込まれる。  「……やっぱり、中すごく熱い……体温上がってる……」  「誰のせいでこんな……お前のせいだろ、変態……ヘンなもん突っ込んだまま、すっげえ恥かいた……」  「ごめんなさい。やりすぎました。……その、先輩いじめるのが楽しくて。ちがう、気持ちいいのと悪いの必死に我慢する先輩が面白くて」  「今の訂正の意味ねえよ!?スーツも皺くちゃで……汗くせえし……どんな顔して戻ればいいかわかんねーよ、全部お前のせいで……」  慣らされていてもやっぱキツイ。  千里がリズミカルに動く。  俺の動きに合わせ腰を使う。  前をしごく手も動く、加速する、抜き差しされるたび快感が加速して派手な喘ぎ声を上げる。  「俺が、出世街道はずれたら、責任とれよ!?今日の会議、重要なターニングポイントだったかもしれねえのに、はっ、ああっあっあ!」  千里の熱と鼓動と息遣いを感じる、体の中に直接流れこむ。  ローターの無機質な振動とは違う、肉と熱ですみずみまで充たされ満ち足りていく感覚。  「責任、とりますから、ちゃんと」  余裕を失い始めた声で千里が囁く、壁と向き合う俺の位置から顔は見えない、腰使いが速く激しくなる、追い上げられる。  イく、  「------ッああああああああああっあああああ!!」  イった。  千里の手の中に連続で精を吐き出す、さんざん嬲られた後ろがひくつく。  喉が仰け反る、背中がしなる、壁に両手を付きずるずるとへたりこむ。  消臭剤の匂いがしみた壁にもたれ、焦点のぼやけ始めた目で、後ろに立つ影を仰ぐ。  「……やっぱり大嫌いだ、お前なんか……死んっ、じまえ……」  それを最後にプッツリ意識が途切れた。 [newpage]  久住が気絶したあと、個室に取り残された千里は苦笑して首を振る。  「………だらしないなあ先輩。下半身だしたまま寝ちゃって……風邪ひきますよ?」  答えはない。久住は寝ている。  壁によりかかって、脱力した四肢を放り出し、精液で汚れた下半身を晒したまま、気を失っている。  「………やりすぎちゃったか、また」  どうも僕は手加減が下手だ。  気絶するまで追い詰めるつもりはなかったのに、と少し反省。  久住の体内から引っ張り出したローターを便器の蓋の上におき、てきぱきと後始末にとりかかる。  ハンカチを出し、内腿にかかった白濁を丁寧に拭う。萎れた股間は特に重点的に。  トイレットペーパーを切り取り、窄まりの奥にたまったものを掻きだして受け止め、便器に捨てて流す。  久住はしばらく起きそうにない。寝かせといてあげよう。  下着とズボンをはかせる。ベルトを通すのは諦めた。座り込んだ人間を相手にそれをするのは大変だし、金具のふれあう音で起きてしまったら困る。  一通り後始末を終え、久住とは反対側の壁にもたれかかる。  「ふう」  会議は順調に進んでるだろうか。  時間を確認するため背広をさぐり、携帯をとりだし、フラップを開く。  そして、今回の「お仕置き」の発端となった出来事を思い出す。  「………………」  だらりと手足を投げ出した久住を一瞥、携帯の液晶に目を戻す。  ボタンを操作し、保存してある写メの一枚を呼び出す。  一ヶ月前、久住を強姦したあの夜撮ったうちの一枚。そして、もっともお気に入りの一枚。  それは後ろ手縛られた久住が千里の手でしごかれ屈辱に顔染める画でも、シャツの前を赤裸々にはだけてそっぽを向く画でも、強気な目に涙をためて正面を睨みつけるS心をくすぐる画でもなく。  「……………レアだもんなあ」  カシャリ。  千里が携帯に呼び出したのは、ただ単に、眠りこける久住の顔。  安らかで、間抜けな寝顔。  眉間の皺は伸びてなくなり、床につけた側の頬は少し潰れている。  口元はだらしなくゆるみ、今にもよだれがたれそうだ。  可愛いなと、掛け値なしにそう思ってしまう。見ているだけでにやけてしまう。   昨日、久住が自分の携帯を勝手にチェックしてる現場に遭遇し、少なからず動揺した。  脅迫材料の写メを消されるのは勿論の事、いや、それより何よりも一番心配だったのは、消された写メの中にこれが含まれてないかということ。  千里の危惧は杞憂で終わった。久住の計画は未遂で終わった。  「だって先輩、ぼくの前でこんな顔、してくれないもんな……」  少しだけ、哀しげに呟く。  久住はいつも怒ったような顔つきをしている。千里に対しては特にそうだ。笑いかけてくれる事なんかめったにない。久住が自分をどう思ってるか、千里だって、わかる。正しく理解してる。  潔癖な久住は、千里を決して好きになりはしないだろう。  薬を飲ませ後ろ手に縛り写メを撮り、さんざん自分を嬲りものにした人間を、決して許しはしないだろう。  だから。久住が本当の意味で笑いかけてくれることなんかもうないんじゃないかと、千里はなかば諦めている。  自業自得だ。  僕には悔やむ資格もない。  久住とこの先ずっと関係が続くなら。久住の体も心も束縛できるなら、久住が好きになってくれなくたって、諦めがつく。  笑いかけてくれなくても、  心を許してくれなくても。  「先輩はお人よしだから、あの時、屋上では許したふりをしてくれたけど。ホントは僕なんか好きじゃないって知ってますよ。卑怯ですもんね」  強姦魔だから、僕は。  先輩の言うとおり卑劣な人間だから。  僕から逃げようとした先輩が許せなかった。勝手に関係を解消しようとした。そんなのは建前で、本当はもっと子供っぽい理由で怒って、それはきっと先輩がぼくの宝物を消そうとしたからで、宝物はあの夜、一ヶ月前、先輩が気絶中に撮った写メで。  現実の先輩がどれだけぼくを憎んで嫌って軽蔑しても、今液晶に映る先輩は、こうしてふやけきった寝顔を見せてくれる。  許されてるんじゃないかと錯覚してしまいそうになる無防備な寝顔。  まるで免罪符。   無言で携帯を掲げ、カシャリと一枚。  足音を消して慎重に歩み寄り、うなだれた久住の顔を注意深く起こし、カシャリともう一枚。  「………寝顔は子供っぽいんだよなあ、この人」  苦笑し、正面に屈み込む。  規則正しい寝息をたてる久住の頭にそっと手をおく。  「ごめんなさい」  返事はないのを承知で、謝罪する。  誠実に。  ありったけの心をこめて。  「でも、放しません。ずっとそばにいてください」  心が縛れないなら、体だけでいい。体だけでも自分の物にしたい。  ぼくは愛情表現がへただな、と思う。  強姦から始まった関係を恋と呼ぶのはどう考えてもずうずうしくて、恋と呼べばきっと気に障るだろうし、だからこの感情をどう名付けたらいいかわからない。  寝顔を見てるだけで幸せと罪悪感で胸が詰まって、苦しくなるこの感じを。  「好きって伝えるやりからがよくわからなくて、ごめんなさい」  言葉で?行動で?態度で?  わからないんだ。  最悪の夜から始まった、恋とも呼べない恋だから。  最低の夜から始まった、ひどく一方的で自己満足な感情だから。  携帯を懐にしまい、こんな時しか許されないやりかたで、じっくりと心ゆくまで久住の寝顔を見詰める。  そのうち見詰めるだけじゃ飽き足らなくなり、起こさないように気を付けて、息遣いさえひそめて    唇を重ねる。  先端がふれるだけの、ひどく謙虚なキス。  相手が寝ている時しかちゃんとキスできない自分は腰抜けだなと、千里は泣いてるように笑う。    千里に翻弄される久住の受難の日々。  されどそれは久住だけか?  久住が好きで好きでたまらないくせに、正面からキスする資格もないと自分を蔑み嘲って、想いを伝える事さえできない千里の受難の日々ではないか。    素直になれない先輩と素直になれない後輩の受難の日々は続く。  前途多難。

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