18 / 24

第18話

「ヤることヤッてから思い出したんですけど、今日ってハロウィンですよね」 「今さらすぎだろ……ここ来る途中仮装した連中とすれ違ったの気付かなかったか」 「今夜はどんな体位で久住さんを喘がせようか、Hの事で頭がいっぱいでド忘れしてました」 「ゾンビナースやツギハギ医者が代々木公園の方にぞろぞろ歩いてった、行き先は渋谷だなきっと。朝来る時も山手線で場違いなコスプレ見かけたし……警察は交通整理に大忙しだろうぜ、ご愁傷様」 「スルースキルに尋常ならざるポテンシャルを感じさせます、僕の調教の成果ですね」 「調教いうな殴るぞ。仮にそうだとしてもテメェのせいとテメェのおかげを履き違えんな」 「わかってますって、身の程はわきまえてますから。僕にできるのはせいぜい仕事終わりに疲れてる久住さんを手近なビジネスホテルに誘い込んで、調教し甲斐のある身体を貪るだけですよ」 「いちいち言い回しがこっ恥ずかしい、声に出して読みたい官能小説じゃねーんだぞ。あ~~なんだってハロウィンの夜までこんな……」 「トリックオアトリートしたかったんですか、その年で」 「だれかさんのせいでハッピーハロウィンする気分じゃねーのだけは確かだな」 「全くツンデレなんだから」 「あ゛ぁ゛?」 「素直に言えばいいじゃないですか、甘いお菓子が欲しいって。ベッドの上で可愛くおねだりしてくれるならそこのコンビニでチロルチョコ箱買いしてきてあげてもいいですよ、今ちょうどハロウィン限定のカボチャ味でてますし」 「甘い物は好きじゃねーし菓子は願い下げ。社会人になってから仕事してる時に外で騒がれるとイライラすんだよ」 「持てるもの持たざるものの埋まらない差ですね」 「何の差だよ」 「余暇?」 「はっ、なるほど。夜通し酔っ払って馬鹿騒ぎできるのは二日酔い出社の心配しなくていい、暇人の特権だもんな。お前も学生ン時はそうだったんだろ」 「うるさいのも混んでるのも苦手だから渋谷のお祭りに参加したことはないですね、サークル主催の仮装パーティーには行ったけど」 「何の仮装だ」 「あててみます?」 「悪魔」 「小が付きます?」 「付かねー。ただの腹ン底までどす黒え悪魔だよ、強姦脅迫されてる俺にとっちゃな」 「私怨挟みまくりですね……正解したら明日は直帰させてあげようと思ったんですけど」 「待て。時間くれ」 「一瞬で本気出されるとそれはそれで複雑ですね」 「狼男。吸血鬼。ミイラ男。フランケンシュタイン。海賊。騎士。わかったホッケーマスクのジェイソンだ、それか鉤手のフレディか」 「下手な推理は数を撃ったところで掠りもしないし跳弾して致命傷です」 「もったいぶりやがって、とっとと正解教えろ。ここまで引っ張っといてシケたオチだったら許さねーかんな……って返せ俺の眼鏡」 「正解は……社会人です」 「はあぁ?」 「正確にはサラリーマンですかね。地味すぎず派手すぎずその他大勢に溶け込める既製品のスーツに袖を通して、度が入ってない眼鏡を借りて、足元はワックスで磨き抜いた革靴できめて、奇抜な仮装でごった返すパーティーに行ったんですよ」 「……聞いていいか?なんでサラリーマンなんだ」 「意表を突けますし」 「目的はそれだけ?」 「皆が僕を見て当惑するのが楽しかったのは事実ですけど」 「当時からヤな性格だなおい。てかサラリーマンて仮装に入んのかよ、ただスーツに着替えただけじゃねえの」 「狼男、吸血鬼、ミイラ、フランケンシュタイン……さっき久住さんが挙げた通りハロウィンはモンスターに化けるのがならわしですよね、おっかないモンスターの仮装をすることで自分より強くて大きい他の誰かになりきるんです」 「へえ、そーゆー考え方もあんのか」 「憧れと恐れは表裏一体だったりしますからね。実際襲われたらたまったもんじゃないですけど、男の子の大半は海賊に憧れて海賊ごっこした経験があるんじゃないかな」 「お前にとっちゃごく普通のサラリーマンが憧れと恐れの対象だったのか、モラトリアムこじらせてんな」 「だからでしょうか、僕は僕と同じ服を着てるのにずっと強くて大きくて優しいひとに憧れてるんです。正直ずっとハロウィンが続いてて、仮装したまま大人になっちゃった気分が抜けないんですよね。格好だけまねたって中身は追い付かないってわかってるのに、ちょっと、大分かっこ悪いな」 「仮装かどうか決めんのは結局自分だよ、自分で偽物だって思ってる間はただの偽物でしかねーよ」 「そうですよね……はは」 「偽物だっていいんじゃねえの」 「え?」 「世の中常に本物だけが正しいとは限んねーし、ハッタリやデマカセで救われることもある。嘘も方便ってヤツだ、取引先との関係を円滑にする世辞と手土産。だからリーマンのコスプレだっていいんじゃねェの、役立ってんなら」 「久住さん……」 「そろそろ行くぞ、とっとと服着ろ」 「その考えにならうと、僕たち職場でコスチュームプレイしてるんですよね。なんかすごい淫靡で興奮してきました、延長戦いいですか」 「フォローした俺が馬鹿だったよ」 「できればコレ付けて」 「……テメェ会社に持ってくカバンから何出したの、俺の眼鏡の度が合ってるなら猫耳カチューシャに見えるんだけど」 「久住さんに似合いそうだったんで買っちゃいました、コレ付けて気分だけでもハロウィンしませんか。しましょうよ、ね?」 「……職場で薬盛って男を強姦する男ってだけでも大概だが、猫耳カチューシャを先輩に強要する男って手遅れ通り越して周回遅れだぞ」 「絶対似合いますって、白や茶色もあったけど久住さんの髪色に一番馴染む黒にしたんですよ」 「ぜってえやだ、どうしてもってんならまずテメェが手本見せやがれ」 「わかりました」 「プライドねえのかよ!?」 「満足しました?」 「あーーーーーーー……なんてかその、フツーに似合うな。金持ちの家の猫っぽい。野郎に使うの気色悪ィ言葉だけど、キャーーーカワイイーーーって職場の女の子たちが嬌声上げて喜ぶんじゃねえの」 「さわってもいいですよ」 「え?」 「ちらちら耳の先っぽ見てるから触りたいのかと思ったんですが」 「しねーよ馬鹿、野郎の猫耳なんざ興奮するか」 「久住さんなら撫でてくれていいんですけど。大人しく正座してますし」 「……お前さ、猫ってゆーか犬だよな。案外懐こい大型犬タイプ。どうしてもってんなら質感確かめてやる」 「痛くしないでくださいね」 「神経通ってねえだろ。へーーー割と本物っぽいな、ファサファサしてる。引っ張っていいか?にゃーって啼いてみな、なんて」 「にゃー。……そろそろいいですか」 「照れんならやんなよ」 「照れてません別に。約束は守りました、次は久住さんです。男なら下手な言い訳はしませんよね?さあ僕が見ている前でしっかりハメてください、今さらハメるのやだとか駄々こねるの駄目ですよ、久住さんが仕事帰りにハメてくれるのだけを楽しみに辛い外回りに耐えたんですから」 「ハメるハメる連呼すんな全部別の意味に聞こえんだよ!じゃー行くぞ、写メは撮んなよ。ったくなんだって俺がこんなこと……カチューシャはめんのなんて安子とディズニーランド行って以来だよ」 「しっかり上書きしてくださいね」 「おらよ、至近距離でたっぷり見さらせ」 「…………ぷ」 「笑ったな?」 「わ、笑ってません。ただそのごめんなさい、久住さんがあんまり可愛すぎて……顔のニヤケ止まんなくて、オールバックとスーツと眼鏡、不機嫌この上ない三白眼とへの字に曲げた口元がミスマッチすぎて、ベッドの上に胡坐で腕組みしてるし。ホント久住さん猫耳でふんぞり返るの似合いますね、弱いものいじめは絶対許さない、魚は骨まで綺麗にとって食べ、路地のポリバケツの上から威嚇するボス猫の風格が滲みでてます。新宿ゴールデン街によくいるタイプのふてぶてしい野良です」 「~~~千里テメェ好き放題ぬかしやがって、誰が恥を忍んで子供だましの遊びに付き合ってやったと」 「なでていいですか」 「なんっ」 「だめですか」 「…………チッ、10秒な」 「カウントが渋い。30秒におまけしてくれたって」 「それ以上食い下がるなら5秒にすんぞ」 「速攻とりかかります。へ~~こんな感じなんだ……思ったよりすべすべ。可愛いな、すごく可愛い。猫耳なのに猫背じゃないの不思議だけど、それでこそ久住さんですよね。しっぽが付いてないのが惜しいな、このままでも十分可愛いんだけど」 「……千里」 「久住さん地毛が黒いから黒い猫耳と相性バッチリですね、本当頭から生えてるみたい。カチューシャ自体の色も黒だから頭に馴染んでるし、いい買い物しました。ハメ心地どうですかしっくりきますか痛くありませんか、サイズ小さめなんでキツくないか心配したんですけどパッと見安子さんに負けずとも劣らずフィットしたハメ感で」 「~~~~千里っ!!」 「おかしいなあ、耳に神経通ってないのにどうして赤くなってるんですか」 「お前さあ、っとに……やってられっか畜生でるぞ」 「投げないでくださいよ、壊れたらどうするんですか」 「うっかり口車にのせられて大恥かいた、大の男が何が哀しくて猫耳生やしてお触りされなきゃいけねーこそばゆい、こんなの仮装でもなんでもねーよただの猫耳カチューシャプレイだろ!!」 「次回はしっぽ型アナルバイブ持ってきますね。前立腺にあたる太さと振動の具合がちょうどいいって評判で、あ――――――――――――――!?」 「予約はキャンセルで」 「へし折って捨てることないじゃないですか、酷いです久住さん」 「はいはい……最初さも思い出したように言ってやがったが、予め鞄にブツ仕込んでるってこたあ完璧計画犯じゃねーか。すっとぼけて隙を誘おうって魂胆が見え見え」 「ハメちゃったあとにドヤっても手遅れですよ、久住さんのギャップ萌えの極みの猫耳スーツ画像しっかり目とスマホに焼き付けましたからね」 「焼き付けんな盗撮犯、テメェどこ隠してたスマホ!?」 「耳なでてる間ずっとそっぽ向いてたじゃないですか、こっそり片手で持って死角から絶妙のアングル狙って」 「音は?鳴んなかったぞ」 「日本製のスマホは盗撮防止の為にカメラのシャッター音消せない仕様になってるんですけど、専用アプリを使えば抜け道できるんですよ」 「犯罪じゃねえか……違法と合法の反復横跳びでどこまで落ちてきゃ気が済むんだお前」 「僕は真人間のコスプレしてるだけですから、今さらドン引きしたって遅いですよ。やってしまった事の罪と責任はあなたを嵌めた時から一生背負ってく覚悟です」 「脅迫のネタ増えてよかったな」

ともだちにシェアしよう!