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第12話 こっちの唐揚げ、あっちの唐揚げ
そうだ。俺は女の子が好きで、彼女、絶賛募集中だったんだ。
今、繁忙期な訳だけど、今日は納期遵守なものは全部完了。そんで来週から始まる新しい仕事をしたくても材料がまだ入って来なくてさ。材料が入ってこないと仕事ができないじゃん? どうしたってできないじゃん? だから今日も定時上がりになったんだ。
俺と星乃は家が同じ方向になる。途中で分かれるんだけど、俺は焼肉屋の美味しそうな看板のある方へ、星乃は坂道の方へと進む。けど、一緒に帰ったことはない。そもそも帰る時間が違ってるんだ。今までは部署が違ってたから。今は製造を手伝ってもらってるから仕事が終わるタイミングは一緒。定時のチャイムが鳴ったと同時に星乃は仕事を終える。でも、俺はその後掃除と片付けがあるから、少し帰る時間が遅いんだ。って言っても五分くらいのものだけど。適当にゴミをホウキで掃いて、工具片付けてそれで仕事は終了になる。星乃が掃除もの手伝おうとするから、これはいいよって言ってんだ。就業時間内だけでいいからって。
けど、今日は飲み会もあるし、材料ないから仕事がちっとも進まなくて、片付けもすぐに終わっちゃったし。
チャリ置き場に行くと星乃がいた。
俺を見てた。
けど、俺はちょうどその時、澤田から電話が来て、話しる最中で、だからそのまま、「お疲れーす」って言って帰ったんだ。
スーッとさ、一人で帰ってきた。
愛想なかったかな。
いや、けど、今まではその距離だったじゃん? だから別に。
「穂沙もお疲れ」
「……おー澤田も、今日は急にありがとな」
「いえいえぇ」
飲み会しようぜって言ったら、運よく即誘ってもらえた。繁忙期真っ只中だから誘うのどうしようか迷ってたんだけど、今日、あるぜって。
その澤田が「どうよ? 今日のメンツいい感じだろ?」って顔でニヤッと笑ってる。
「間宮クンも澤田クンと同じ工業高校出身?」
「あ、うん」
「そっかぁ。何してるの?」
「あー現場で仕事」
「へぇ、私は事務なんだぁ」
「そっか」
隣に座ってるのは可愛い子だった。
俺、美人系よりも可愛い感じの子が好きなんだ。しかも、澤田がセッティングしてくれた今回飲み会、参加してる女の子が仕事してる子たちだった。これが大学生とかになるとさ、話が少し合わなくてビミョーになる。そんな大学生ばっかじゃないんだろうけど、でも、なんかのんびりしてるっつうかさ。大学、行ってないから話聞いててもよくわかんねぇし。その点、今回は仕事してる女子で同じ歳だから、親近感がグッと湧く。
「現場とかすごいね」
「そうでもないよ。工業行ってたけど、うちの工業そんな頭良くないし」
「えぇ? そんなことないよ。手に職って大事じゃん?」
好みの可愛い系女の子、しかも同じ歳で同じように仕事してる。さすが、澤田。俺の好みをよく心得てる。けど。
――席、俺の隣、つまらない、でしょ?
星乃と飲んだ、この前の方が楽し……いいいいいわけがないだろ。こらこらこら。女の子に失礼だろ。ほら、あれだ。星乃と飲み会で盛り上がったのは、内輪ネタだったから。設計のあの物静かな雰囲気とかさ、おほほっつって飲み会すんのか? とかの、一緒に仕事してるからこその内輪ネタってやつ。
この女の子とは今日が初対面だからそりゃ、ずっと同じ会社で、今は一緒に仕事をしてるのとは、会話の盛り上がり方が違うじゃん。
「あ、穂沙クンもお酒おかわりする?」
「あーうん。ありがと」
いえいえ、って言いながらふわりと笑った女子から甘いいい香りがした。仕事してるから、いろんなものがくっついてたり、お絵描きレベルで細かい模様が入っていたりしない、ただピカピカに光る爪で、これでいい? とメニューの中からビール指さした。
清楚な感じもすげぇいいじゃん。
しかもすごい気がきく感じじゃん。
優しいし。
――すごく助かった、から。
星乃ってちゃんとしてるよな。俺なら、そのまんま二百円を手渡してる。ビニールになんてそもそも入れない。っていうか、そもそも二百円も返さない。
「穂沙クンってジムとか言ってるの?」
「へ?」
「筋肉すごそう」
「あー……まぁ」
――すごいね。力持ち。
ちょっとだけ、あの時、俺は得意気になったんだ。星乃がさ、ほっぺたんとこ赤くしながらそんなふうに褒めてくれるから。どやぁってなったんだ。
――話すのは苦手なんだ。
星乃は無口でそうたくさん話すわけじゃないのに、おとなしい印象があったのに、静かだなって、会話弾まないなって、退屈の思ったことなかったなぁって。
――でも、間宮クンは話しやすい、から。
二人でいる時、退屈だなぁって、つまんないなぁって。
星乃といる時、思ったことなかったなぁって。
「穂沙クン、唐揚げ来たよ」
この前もテーブルからテーブルバケツリレーみたいに運ばれてくる唐揚げを星乃から受け取ったっけ、って思ったんだ。
女子と、しかも好みの女子との飲み会の真っ最中なのに。
――間宮クン。
なんかあんま楽しくなくて、そのせいかわかんないけど、でも、この前の唐揚げの方が断然上手く感じた。
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