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第13話 無駄な抵抗

 初恋は保育園の頃。けど、まぁそれは、ホント。別に。  本格的に好きってなったのは小学生の頃。何人か好きになったけど、ただ好きってだけ。大体、そのクラスで一番可愛い子を好きになってたから、ライバル多すぎてさ。  初めて付き合ったのは中学一年の時だった。バレンタインに告白してもらって、オッケーってなって、そのまま交際スタート。しばらくして別れて、またしばらくして別の子と付き合った。その時は俺が告白したんだ。  高校でも彼女がいたり、いなかったり。まぁ、それなりに。  でも、好きになった子は全員、女の子。  だから、これはきっと違う。  うん。  まさかな。まさかだろ? あり得ないだろ? だって、ずううううっと好きになるのは女の子だったんだ、ここに来て急に、ありえなくね?  俺が、まさかの、男を。 「いやいやいやいやいや!」  思わず、脳内で出ちゃいそうになった問題発言を掻き消すように出た声が、静かな、誰もいない道端に響く。  言っちゃダメっしょ。  言っちゃったら、なんか本格的に確定しちゃいそうじゃんか。  俺が、まさかの……。 「だからっ!」  そして、また慌てて掻き消した。  人も通らなければ、車も何も通らない田舎の夜道で。そう、うちの近くの道端で。この次の角を左に曲がって、真っ直ぐ行って、しばらくしてから右に曲がれば会社があるところで。  帰って来ちゃったよ。飲み会、一次会だけで帰って来ちゃった。  あり得なくね?  だって、あの隣にいた女の子、絶対脈アリだっただろ。ずっと隣の席キープしてたし、向こうからたくさん話しかけてきてくれたし。何言っても反応良かったし。連絡先だって、きっと教えてくれるっしょ。完全にいけたっしょ。  なのに、脳内がずっとダメだった。  あの唐揚げ美味かったなぁとか。  あのレモンサワーの方が酸っぱかったなぁとか。  あの時の方が会話楽しかったなぁとか。  今頃どうしてるかなぁとか。  あいつ。 「………………」  脳内がずっとあり得ないことばっか考えて、テンションずっと低めで。  けど! あれは! 男だから! 俺! 女の子が! 好きだから!  いや、なんの前触れもなしにさ、急に恋愛対象変わらないっしょ。今までそんな予兆ゼロだったんだぜ? 男子は完全恋愛対象外。そもそも入ってない。だから、つまり、これはさ。 「気の迷い!」  そう、これはただの気の迷い。あいつのお腹を撫でたせい。今まで喋ったことがなかったのに、なんか最近めっちゃ喋ってるレア感のせい。  だから、違います。 「違うに決まってます」  そう、辿り着いた焼肉屋の看板の前で呟いて。 「……」  ここの看板の焼肉を見る度に美味しそうだなぁって思ったって話してたあいつの顔を思い出しかけて、急いでその場を離れた。 『やぁん、ダメだめぇ、そこぉ、いいっ』  ほら、大丈夫じゃん。 『あんあん』  全然こっちでいけるじゃん。っていうか、イケるじゃん。可愛い子大好きじゃん。  家に帰って、ソッコーでえっちぃ動画を見始めるとか何やってんだかって感じだけど、これは俺にとってはとても大事な確認作業。まさかの飲み会で脈ありの女の子と連絡先も交換せずに、あいつのことばっか考えながら「バイバイ」なんてしてきちゃった俺には今とても重要な確認作業。 『あああああん』 「っ」  ちゃんと女の子で、できました。  よかった。  ちゃんと女の子で大丈夫でした。  はぁと安堵の溜め息を溢して、吐き出したティッシュをまたティッシュで何回も包んでゴミ箱へ。 『あ、やだ、おっぱい、小さいからっ、恥ずかしいっ』  事を済ませた後でもスマホはまだ動画を再生し続けてる。小さな画面ではまだまだ盛り上がってる真っ最中で、女の子が小さいって言ってたわりにノリノリで胸を男優へと差し出すように背中を逸らせてた。  おっぱい、だって好きだし。超好きだし。あいつにはそれないし。いや、あるけど、違うじゃん? ないじゃん? ぺったんこじゃん?  ――は、恥ずかしい、よ。 「……」  それに! ほら、女の子にはないじゃん! あれ! あれがくっついてるじゃん? 想像したら、ほら……。 『あ、そこ、だめぇぇぇんっ』  ――ダメ、だよ。間宮、クン。 『あぁぁぁん』  ――間宮、ク、んっ。 「くわああああああ!」  慌ててスマホを閉じた。生活感溢れる自分の部屋の雰囲気をシャットアウトしていたイヤホンを急いで外して、想像の世界からログオフして、脳内で今、再生されそうになった妄想も電源オフにした。  ダメだろ。今のはさ。  えっちぃ動画で確認作業してるのに、そこにあいつ出てきちゃ駄目だろ。そこで、反応しそうになっちゃ、駄目だろ。 「ふふふふふ、風呂! 風呂入ろ」  これはあれだ、あれあれあれ、あれです。酔っ払ってるんです。だから、なんかフワーっとしちゃってて、しっかりしてないからで、普段の俺なら大丈夫。そんな気の迷いは起きませんから。  そう一人で頭の中で誰かに話してた。まるで、言い訳みたいなことを。けどさ。 「…………」  ――間宮クン。  もうえっちぃ動画も見てないのに。シャワーを頭からかぶって酔いを覚ましてるのに。何度も何度も再生される。  何かある度に思い出す。  可愛い女の子と話してる時も、唐揚げ食ってる時も、二次会を断った時も、一人で帰ってる時も、ずっと思い出してる。  ――間宮クン、これ、どうしたら。  すげぇ無口なあいつの頷く時の感じ。コクコクって頭が揺れる度に一緒に揺れる黒い髪の柔らかい感じ。縁太めで重そうなメガネの感じ。そのメガネを押し上げる指の白い感じ。  そういうのをことあるごとに思い出す。  ――間宮クン。  ことあるごとに、ずっと、星乃のことばっか思い出す。

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