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第15話 花舞う劇的ロマンチック

「おーい! 間宮ぁ、今度はでかい方のを取ってくれや」 「ういーっす」  今日が出張工事でよかった。客先での設置作業でさ、一日、外なんだ。 「お、わりぃな。そしたら、あっちの機器、全部取り付け頼んでいいか?」 「了解っす」 「俺はこのでかいの全部取り付けちまうわ。パッと終わらせちまおう」 「ういーっす」  時計を見るとちょうど会社の定時になるところだった。今から会社に戻って六時過ぎくらい。製造社員は残業してる人がいるかもしんないけど、助っ人で来てくれてる星乃たちは定時で上がってるだろうから。ちょうどいい。そしたら、会わないで済む。  最近、ずっと星乃を避けてる。  そもそも助っ人で来てくれてる前は話したことなかったし、俺とあいつが同じ高校出身って知らない人もいるくらいだったから、接しようとしなければ話すこともない。  俺、上司じゃねぇから、本来はあいつに仕事を指示して手伝ってもらうのは俺がすることじゃない。  そんなふうに避けまくってる。  じゃないと、また色んな星乃を見つけそうで。  そんで星乃がいない時にそれを思い出しそうで。困った顔とか、細腕で現場仕事を一生懸命に頑張ってるとことか、腹が痛いのを耐えてる時の真っ赤な顔とか。 「……」  色々見つけて、また、頭の中に出没する星乃が増えそうじゃん。キラキラつってさ。だから、出張工事で助かった。前までなら少しかったるかったはずの出張だけどさ。 「よーし、そっち終わったか?」 「あ、はい」 「そんじゃあ、帰っか」 「ういーっす」  今回は助かったなぁって。  どうしたんだろうな、俺。  車に乗り込むと、足が疲れ切ってるせいか、じんわりとした。出張工事は一日立ちっぱなしだからすげぇ疲れるんだ。星乃だったら途中でダウンしてそう。まぁ、出張工事に助っ人で来てくれる社員は行かせないけどさ。 「疲れたなぁ」 「そうっすね」  ほら、また星乃のこと考えてた。  本当、どうしちゃったんだろうな。  ――今度もまた飲み会あるんだって。それで、その。  女の子の方から連絡もらうってさ、すげぇじゃん。もうほぼ確定じゃん。わざわざ澤田に連絡先教えてくれって言ったんだぜ? 次の飲み会に俺も来るのか、って女の子の方から言ってもらったのなんて初めてだろ。  ――行けたら。  彼女欲しかったし、あの子可愛かったし、すげぇいい感じじゃん。  ――けど、無理かも。今、繁忙期だから。この前はたまたまだったんだ。また、そのうち。  まさかの、断ったなんてさ。何してんだろうな。女の子と電話しながら頭ん中でさ、ずっと星乃がちらついてるなんて。 「お疲れしたー」 「おー」 「あ、俺、工事用資材下ろしておくんで」  俺もやるよ、と言ってくれた先輩に今日の工事は小規模だったし資材もそんなに運んでないから大丈夫だと断って、先に行ってもらった。  別に遠慮したとかじゃない。いつもだったら、「えー、一緒に運んでくださいよ」とか笑いながら言ってたかも。寒いし、二人だけで工事だったから疲れたし。けど、万が一、もしかしたら、まだ星乃が残ってるかもしれないって思ったんだ。今の時間が定時から三十分過ぎたところ。嘘みたいにさ、帰りの道がすげぇ空いてて、行きよりもずっと早くに帰ってこれたから。 「よっこらしょ」 「わっ!」  びっくりした。資材置き場の倉庫を開けると同時、声がして、そんで奥のところに。 「え?」  星乃がいたから。 「おま、どうし」 「あ……」  向こうも驚いたんだろ。飛び上がってその拍子にメガネがズレた。 「あ、あの、資材を片付けてて、その」 「腹、痛いの?」 「あ、これは、ごめ、大丈、」  大丈夫じゃねぇじゃん。腹んとこぎゅっと手で押さえてんじゃん。 「貸してみ」  自然と身体が動いたんだ。手を伸ばしてた。当たり前みたいに。 「間、宮……ク」  触れると……俺が、落ち着いた。 「あ、の……」 「ずっと痛かった?」  コクンって頷いた、と思ったら今度は首を横に振った。 「平気、あの、ごめん」 「? 何が?」 「俺の、男のお腹なんて撫でたりするの、イヤだろうなって」 「……」  不思議だ。  もっと、劇的なものだと思ってた。  だって、俺の今までを丸ごとぐるりと回転させてさ、横に縦に振って、振りまくったくらいに人生観? みたいなものが変わるようなことじゃん。  電気がさ、ビビビーって走るような衝撃とか。  心臓止まりそうなドキドキとか。  歌にでもなっちゃいそうなロマンチックな感じとか。  漫画だったら花が舞っちゃう? みたいなのとか。  そういう感じがしそうじゃん?  女の子が好きだったはずの俺がさ、男の、大人しくて、静かで色白ではあるけれど、俺よりずっと細い身体してるけど、それでもちゃんと男の星乃を。 「全然、イヤじゃねぇよ」 「……」 「悪かったな。ずっと、その」  男の星乃を好きって気がつく瞬間。 「……ううん」  電気は走らなかった。  ロマンチックでもなかった。むしろ埃っぽい倉庫っていう地味なシチュだった。  心臓が止まりそうなドキドキもなくて、歌になっちゃうようなロマンチックもなくて、花も舞わない。  劇的シチュエーションなんかじゃちっともなくて、本当、普通に「今! ここ!」みたいな明確なもんなんて一つもなく、すげぇふんわりと、自然にさ。  着地した感じ。 「大丈夫」  そう言って笑う星乃のことが。 「星乃」 「?」 「どれ、運んでた? 俺、手伝うよ」  あ、好きだなぁ……って思ったんだ。 「ありがと……」  小さく呟く星乃の笑った顔とかさ、可愛いって思って。そんで、俺は星乃が好きなんだっていう確定事項が、割と、地味なテンションで地面に着地した感じだった。

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