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第16話 なんて日だ
花は舞わなかった。
電気も走らなかった。
青天の霹靂、って感じになるかと思ってたのに。
そんな感じにならなかった。
「おし、これでいいっしょ」
俺の人生で初めて、男を好きになった瞬間は割と地味で、わりかし、普通に淡々と。
――あ、好きだ。
そう思った。
「今日は何してた?」
「あ、えっと……開梱作業とか、あと、入荷してきた機器の仕様確認とか」
「そっか」
でも、男同士かぁ。地味に俺の気持ちは着地したけど、両想いになるのはかなり難しいんだろうなぁ。
「間宮クン、休みかと」
「出張工事、一日中」
「見て、気がついた」
星乃が目線だけ向けたのは製造社員全員の名前が書かれたホワイトボード。そこに今、その人が何をしているのか、どの注文番号のものを作ってるのかがわかるようになっている。俺のところには主任の字で「出張」って書かれていた。朝は早かったから現地で落ち合ったんだ。一緒に行った先輩が会社から社用車で来てくれて、帰りはその車を俺が運転して帰ってきた感じ。
倉庫の片付けを終えて、外に出ると少し肌寒いって思った。中が暑かったのか、地味に星乃が好きだと気がついた俺だけど、好きな奴と二人っきりっていうシチュにどこかしらテンションが高かったのか、作業服の長袖を着ているにも関わらず屋外が寒区感じられる。
そこからまた現場に入ると多少は外よりもあったかかったけど、事務所みたいな暖かさじゃない。
「星乃、寒くなかった?」
「ううん」
「最後、倉庫の片付け頼まれただけ?」
コクンと頷いてる。そっか。なんか片付けとか開梱とかばっかで大変だっただろうな。
「しんどかっただろ」
「ううん。大丈夫」
段ボールって案外開けるの手間なんだよな。一つ二つならまだしも、何十箱ってなるとさ。この華奢な星乃には大変だろうなって思う。
「間宮クンみたい、にはできないけど、平気。間宮クンはもう上がる?」
「あぁ」
「お、俺も」
今日は結構話す方だなぁ、星乃、って思いながらじっと眺めた。
そう、ちゃんと「俺」って自分のこと言うし、華奢だけど、ちゃんと男なんだよ。
細いし、メガネが邪魔してくるけど、目とかでっかくて、色白だけど、名前もキラキラ女子っぽいけど、それでも、男だもんな。
「お疲れーっす」
二人でタイムカードのある事務所の方へと戻っていく。
事務所に入るとまだ営業の人たちが残っていた。その人たちに挨拶をして、ピピっとタイムカードの時刻を印字して、更衣室に。
更衣室。
……あ。
「…………」
初めてだ。
更衣室に同じタイミングで入るの。いっつも帰りは俺の方が遅かったから。
「……」
これ、ダメじゃね?
星乃の裸、見――。
「!」
真っ白だった。
そんで飛び上がりそうになった。
白くてほっそい腕、首、タンクトップを着てるから背中は見えないけど、でもやっぱり白くて……なんか、ちょっと、その。
目に。
「着替え、ない?」
「ヒェ? え? あ、着替える!」
目に、猛毒だ。
慌てて目を逸らして、自分の着替えを済ませた。できるだけ見ないように。猛毒すぎて見たら目がやられるから、首をできるだけ反対側に向けながら。それでもなんかでっかい磁石でも首んところにくっついてるんじゃないかと思うくらい、ぐぐぐぐってさ、首がそっち側に向きたくなる感じ。あれ、あれだ。ハンガーをさ、頭に通した時の感じ。あの見た目、どうした? ってなるくらいにおかしな格好でさ、本人だけがケラケラ笑っちゃうあの、奇妙な現象のやつ。針金ハンガーを頭に通すと、なんか勝手に首が横を向くじゃん? あんな感じに星乃の方を向きたくて向きたくて仕方ないっつうか。
だって、真っ白で。
俺なんかとは……。
「!」
そこで気がついた、ある重大なこと。
「間宮クン?」
「お、おおおっ! 帰っか」
コクンって頷いた星乃はさ、華奢で白くて、細くて。俺なんかとは全然違ってて、っていうこの「俺なんかとは」っていうところ。
「お、お疲れ様です……」
律儀に挨拶をして、緊張してるって感じに強張る細い肩。
「お疲れーっす」
全然緊張しねぇし、それから肩とか筋肉、まぁまぁついてる俺。ジムとか通う金はないけど、製造現場の仕事してれば筋肉なんて勝手についてくるし。
そんで気がついたんだ。
俺、どう考えたって、星乃の恋愛対象にならなくね? って。
だって、俺、どっからどう見たって男じゃん。野郎じゃん。男子じゃん。そんなのを同じ男が好きになるのって、雷にでも感電しない限り無理なんじゃね? って。
ないだろ。
俺に置き換えてみろよ。俺が、俺よりも筋肉ある男のことを好……あ、想像したら眩暈がしてきた。というか、悪寒が。
「間宮クン? どうし……」
すげぇないわ。
流石に、それは電気がビリビリどころじゃなく、バリバリって全身走ってもない気がするわ。俺が俺よりも男っぽい男を急に好きになる確率。
それこそ、そもそもそっちじゃないと――そっちって言い方はあんま良くないかもだけど、星乃がそもそもそっちじゃないと。
ありえたりするかな。星乃が――。
「おーい!」
会社をよろよろしながら出たら、声をかけられた。二人してそっちを見ると澤田が車の中から手を振っていた。
「お疲れー!」
「澤田、何してんだ」
なんか忙しい日だな。
「今から飲み会」
「は?」
「っつうことで穂沙にって、ちょっと待ってて。もしもーし」
「あぁ?」
澤田がかかってきた電話に出た。
「うわ、それは無理だな。そっかぁ、じゃあまた今度。いいっていいって、急だったし。またな……あぁ、じゃあ……金田から」
「あぁ、金田? どーしたん?」
同じ高校でよくつるんでた奴の一人だ。そいつも今日誘ったんだけど風邪引いとかで来れなくなったらしい。
飲み会に。
「どうすっかなぁ。女の子三人だし」
「おい、澤田、何勝手に飲み会のメンツに俺を入れてんだ」
「お前、この前、電話かかってきただろ? なんか断ったらしいじゃん。そんなわけで急遽、今日、飲み会……ぁ、また会った、えっと、星乃! あ! そうだ! 星乃、今から用事とかある?」
俺と澤田の会話を一歩、二歩下がったところで見学していた星乃が、いきなりこの会話に強制的に加入させられて目を丸くしてた。
「……ぇ」
「おい! 澤田、お前っ」
「今から飲み会なんだ。女の子と」
「おい!」
「そんで一人欠員出ちゃって、もしも星乃が暇なら出ねぇ?」
「え」
「飲み会」
「おい!」
来るわけねぇじゃん。星乃はそういう場所は。
「…………行く」
「ええええ?」
「あ、やった。ラッキー。そんじゃ、車乗れよ」
本当、今日は忙しい日だ。つい数分前に星乃が好きだって自覚ばっかで、生着替えに慌てて、その生着替えで気がついた天文学的数字になるだろう両想いになる確率に打ちひしがれて、それから。
今、女の子もいる飲み会に、本来なら飲み会も知らない人と接するのも苦手で腹痛を起こすはずの星乃が、率先して参加の意思表明をしたことに、もう打ちひしがれるどころか。
「よ、宜しくお願いします」
大打撃をくらう、なんかとんでもない一日だ。
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