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第17話 おじゃま虫
「いやぁ、すげぇ助かったし。今からもう一人探すのめんどくせぇからさ。俺ら的には女の子が多い方が嬉しいけど、女の子的にはビミョーじゃん?」
「そう、なんだ」
「そうなのよー。だから、星乃が来てくれて助かったわぁ」
男がさ、自分よりも筋肉あって、自分よりも男感が強めの奴を好きになっちゃう確率なんてほぼ、ほぼほぼゼロだと気がついた。けど、星乃がもしもゲイとかだったりしたら、それもありえるんじゃないかって少し期待しかけた。いや、理由なんてねぇけど、彼女がいるような感じもしなかったし、なんつうか、なんとなく。けど、そんな期待を持ちかけたところで、この女の子との飲み会にややいつもよりも積極的に取り組む姿勢を見せられたわけで。そしたら、そんな淡い期待は粉々に砕け散るわけで。
ゲイとかだったら、女の子との飲み会、率先して来ないでしょ。
人見知りでいっつもすぐに腹痛くなるのに、あんな少し前のめり気味に頷いて車に乗り込まないでしょ。
「あ、あの、飲み会……」
「そうそう飲み会」
「あの、運転、車」
「あぁ、帰りは代行頼むし。俺んち駅から尋常じゃなく遠いからさ、歩くの無理なんだわ。まぁ、ちょっと高いけど、仕事後だとねぇ」
「あ、帰りの代行、代、出します」
「あ、マジで? ラッキー、助かる」
ほら、代行代出してもいいくらいに飲み会に積極的じゃん。それはつまり女の子とすごく飲みたいからなわけで、今まで彼女がいるような感じはしなかったけど、それは欲しくなかったとか、恋愛対象が同性だったからとかじゃなくて、単純に人見知りだから出会いがなかっただけなわけで。
「おーい! 穂沙ぁ?」
「……あんだよ」
その出会いのきっかけがあれば、こんな感じに積極的になるわけで。
「生きてっか?」
「…………生きてるよ」
気がついたばっかの、天変地異みたいな俺の片想いがついさっき粉々に砕け散って瀕死だけどな。
「間宮クン?」
心配そうに覗き込むでっかい黒い瞳。
可愛い、って思った。
なんか、自分がこいつのこと好きって気がついたら、なんか途端に色々明確にわかっちゃった。可愛いなぁとかさ、そういう、今までは実感せずにいたからモザイクがかかってたみたいな気持ちの輪郭が、今ははっきりした感じ。
好きだなぁって。
「大丈夫? その、出張後、だし」
けど、好きだって自覚した瞬間に失恋だもんな。
「……へーき、なんでもない」
でも、まぁ、仕方ないよな。
「それより星乃は平気なのかよ。急に」
コクンと頷いて、黒い髪が揺れる。
「ならいいけど。なぁ! 澤田」
「あー?」
「店、まだ決めてないんだろ? そしたらあそこにしようぜイタリアンの」
「あぁ、いいかもな」
「あそこの砂肝のソテー食いたい」
「オッケー」
星乃がじっとこっちを見てた。特に喋らないけど、でも「砂肝?」って訊きたそうな顔してる。
「すげぇ美味い砂肝のソテーがあってさ。砂肝苦手?」
よかった。苦手じゃないらしい。今度は首を横に振ったから。
「じゃあよかった。マジで美味いから」
ほら、仕方ないわ。
「一緒に食おうぜ」
首を縦か横に返事の度に振る星乃がさ、可愛いなぁって思っちまうんだから。即失恋だろうが、可愛いって思うのも、好きって思うのも、もう気がついた以上はナシにはできねぇじゃん?
女の子三人、それと澤田、俺、そんで、星乃。
さっき決めたイタリアンの店で急遽始まった飲み会だった。俺の隣のは前回の飲み会にいたあの子が座ってる。
「あ、あの、ごめんね、穂沙クン、なんか」
「ううん。いいよ」
多分、この子が俺を好きになってくれた。この前の飲み会でずっと俺の隣にいてくれて、連絡先の交換もしなかったから澤田に連絡先を聞いてくれたり、今日だって隣に座ってくれててさ、完全好かれてんじゃん。こんなの前までだったらめちゃくちゃテンション上がってた。だって、俺に猛アピールとかだぜ? べっつにイケメンでもねぇし、バカだし、フツーの町工場で働くフツーの男子に、だぜ? 大歓迎の大歓喜っしょ。
フツーなら、さ。
「あの」
けど、目線はちらりちらりと斜め前方を見ちまう。
案外さ、女の子が星乃に話しかけてるなぁって。さっき「可愛い」って言われてたのもちょっと聞こえたし。
言ったのは女の子の方で、言われたのは星乃の方。
「穂沙クンは休日って何してるの?」
言われて若干テンパってる。星乃が顔を真っ赤にしてる。
「俺は一人暮らしの間取りとか見てみたり、かな」
「あ、そうなんだ。一人暮らしするの?」
「そのつもり」
けっこうぐいぐい行くな。星乃の隣に座った子。どうなんだろ、星乃は気に入ったのかな。このままいい感じになるのかな。
「そっかぁ。いいよね。一人暮らし」
「うん」
今のところはタジタジな星乃。やっぱ女子と飲み会なんてあんましないんだろうな。全然慣れてない感じだし、さっき自己紹介する時も顔真っ赤だった。
「砂肝美味しかったね! こんなに美味しいんだーってびっくりしちゃった」
「うん。ここのめちゃくちゃ好きなんだ」
星乃も美味かったっぽい。隣のぐいぐい女子が「美味しいいいい」ってテンションすげぇ高く言ったら、コクコク頷いてたから。
「良いお店知ってるのすごいね」
あれ……?
「他には、何か休日って……例えば今週末の」
顔はずっと赤いけど、なんとなく、しんど……かったりする?
あいつ、もしかして、腹痛かったりする?
「あの、ごめん」
「え?」
「あいつ、具合悪そうなんだ」
「え? 誰?」
ほら、やっぱそうだろ。腹痛いんじゃね? 手で腹んとこわからないようにだけど押さえてるし、顔ひきつってるし。
「あ、彼? 大丈夫?」
「ごめん! 俺、うち、近いから、俺が送ってくわ」
「え?」
「だから、今日とか、それからこの前の電話とかも、ごめん」
俺なんて、星乃にしてみたら邪魔かもしんないけどさ。
「おい、澤田」
「あー?」
「星乃が具合悪そうなんだ」
「え? マジで? 大丈夫か?」
「平気、俺がついてくから」
「え? ちょ、お前ついてっちゃったら」
「金、とりあえず二人分、多めに置いとく」
「ちょっ!」
出会いが少ないから今日飲み会参加したんだろうけど。まだ飲み始めて一時間ちょっとしか経ってないけど、でもすげぇ腹痛そうだから。
「そんじゃあ」
「えええ?」
帰ることにした。
「星乃」
「ぇ?」
帰ることにしてよかった。
「帰ろ」
星乃の手を取ったら、めちゃくちゃ冷たいのに冷や汗かいてて、すげぇしんどそうだったから。
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