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第18話 好きな子

 多分、すっげぇ邪魔した。 「平気か?」 「ごめん、間宮クン」  悪いのは、謝らないといけないのは、俺の方だろ。  けど本当に腹は痛かったっぽい。店を出て、そんでコンビニのトイレに駆け込んで、男二人でちょっと個室に失礼して、そこで手を当ててやったら安堵の溜息を零したから。けど、これをさ、さっきの店のトイレでやってやればよかっただけなんだ。少し酔ったぁとか言って、二人してトイレ行ってさ。そんで体調が良くなったら席に戻ればよかったんだ。  けど、そうしなかった。  腹が痛い星乃と一緒に帰ることにした。  それは俺がそうしたかったからだ。席に戻りたくなかったから。このまま帰りたかったから。 「俺こそ、わりぃな」  星乃に彼女ができて欲しくなかったから。 「な、で……間宮クンは別に」  とんだおじゃま虫だ。 「少しは腹良くなったか?」  首を縦に振った。顔色も平気そう。真っ赤なのはしょっちゅうで、その真っ赤がいつもの赤色に戻ったから多分本当に大丈夫になったっぽい。 「平気か? 歩ける? タクシーにすっか?」  今度は小さく「歩ける」と答えた。手にちょっとだけ触れるとちゃんと体温が戻ってきてた。さっき店を出るぞって手を掴んだ時は汗かいてるくせに掴んだこっちが驚くくらいに冷たかったからさ。氷水にでも浸してたのかと思うくらい冷たくてビビったから。 「とりあえず帰ろうぜ。ずっとこんなとこに篭ってたら、それはそれで具合悪くなりそうだし」  二人で見つからないように、そっとトイレの個室から出た。 「あの、本当に、ごめん。間宮クンだけでも戻っていいから」 「んー……」  俺だけでも戻っていい、ってことは星乃は戻るつもりないんだよな? なら、よかった。治ったから戻ります、飲み会に、ってなんて俺は思ってなかったから。ぶっちゃけ「別に」なんだ。今の俺は女の子じゃなくてさ。 「そしたらさ」  女の子じゃなくて。 「飲み直し、付き合ってよ」 「ぇ」 「一緒に飲もうぜ」  星乃のことが好きだからもう飲み会に戻りたくないし、一人で星乃を帰らすつもりないし、星乃が行かない戻らないことに喜んでるくらい。だからそんなふうに謝られるとちょっと申し訳なくなる。 「ここで酒買って」 「……」 「どう?」  コクンと頷いてもらえたことに、内心、ガッツポーズしたいくらいにさ、実は星乃とだけ飲みたかったからさ。 「っぷ、あははははは」 「……」 「あはははははっ」 「そんなに……笑わなくても」 「だってさぁ」  腹を抱えて笑うと、困ったように顔をしかめてる。  いや、だって、笑うだろ。飲み会途中退場させて申し訳ないからって、酒は自分が買うとどうしても言うもんだから、お言葉に甘えて頼んだんだ。酒。そしたら、店員に身分証の提示を求められてんだもん。そんで運転免許証たまたま持ってなくて、そんで、慌てて。  俺はまた一人暮らしの間取りとかお店には迷惑だけど、立ち読みしてたんだ。まだ会計終わらないのかなって、そっちのレジへ行くと、星乃がまた腹痛くなるんじゃないかってくらい、レジんところでポケット探りながら真っ赤になって困ってた。俺をすぐに呼べばいいのに、きっとでかい声で俺を呼ぶのは恥ずかしかったんだろ。そうやってまごついてる間に何人か客が並んじゃって、それにもまた焦って。駅前のコンビニだから客多くて、あっという間に列になってた。先頭にいる星乃のところへ慌てて行って一緒に酒買ったんだ。 「免許証……どうして置いてきちゃったんだ」 「ぷくくく、あははははは」  笑ったら、ビニール袋の中の酒の缶がガシャンガシャンと一緒に笑ってる。今、帰り道の半分は超えた。あと少し歩いたら焼肉屋の看板があって。そしたら、もう家はすぐそこ。 「平気か? 腹」  けっこう歩くと距離あるんだよな。車だとむしろ田舎だからすげぇ早いけど。道に人がいなくて、信号少なめで。都会とか行くと信号ハンパねぇんだもん。そんなに? ってくらいに信号がずっと並んでてさ。歩いた方が早くね? ってなるくらい。 「久しぶりに、一番、痛かった」 「そんなに?」 「知らない人と隣でずっと喋ってたから」 「けど、女の子がいるっつっただろ?」 「と、隣、間宮クンがいると……」  やっぱ、不慣れなんだなぁ。 「そんなわけねぇじゃん」 「そうなんだ」  女の子と飲むんだから。 「あ、焼肉家の看板見えてきた」 「……」 「うまそー」  焼肉味のポテチ買ってくればよかったな。普通の海苔塩買ってきちゃった。  そしてそこから少し歩けばうちが見えてきた。 「あそこ、俺んち」 「……」 「ただいまぁ」 「や、夜分に、お、おじゃま、します」  親がひょこっと顔を出して、丁寧に挨拶をする星乃に少しびっくりしてた。こういう感じの知り合いはあんまいないから、どうしたんだ? って顔してる。そのまま二人で二階に上がって。 「どーぞ、散らかってるけど」 「そんな……全然」  小さなテーブルの上に置いてあった問題集をざっと部屋の隅っこに寄せて、ゴソゴソとビニール袋の中から買ってきたチューハイを乗せた。 「勉強……」 「あー、まぁ、色々覚えることあるし、できたら資格も取りたいなぁってさ」 「そっか、すごい」 「そうでもねぇよ。CAD使いこなす星乃の方が断然すげぇ、って、ほら」  星乃は林檎の、だっけ? 俺は梨。 「カンパーイ」 「か、乾杯」  そのままグビーっと一気に飲んだ。炭酸のシュワシュワが気持ち良くて。けど、星乃は少しそのシュワシュワにも不慣れなのか黒縁メガネの奥で目を丸くしてた。  さっきの店じゃ、女の子が間にいたからよく見えなかった星乃の顔がよく見える。少し照明を落としたレストランの中よりも、慣れたLEDライトの下だと、黒い瞳がちゃんと見えて、部屋に星乃がいることにも、ちょっと……いや、かなり、もっと、ものすごく、テンションが上がった。 「せっかくの飲み会、途中で帰らせちゃって……」 「そんなことねぇよ」  俺は星乃と飲みたかったんだ。 「あ、砂肝の、すごく美味しかった!」 「あはは、だろ? あれ、めちゃくちゃ美味くて、前に三回おかわりした」 「そんなに? あ!」  二人っきりだからか、酒のせいなのか、いつもよりもずっとたくさん話す星乃が見れて、かなり嬉しいし。 「どうかした? 星乃」 「俺、澤田クンに代行のお金!」 「あはは、いいよ。別に」 「でも……じゃあ、今度の時に」 「……また、行く? 女の子と飲むとかあったら」  めちゃくちゃ嫌だけどさ。 「言えば、多分セッティングしてくれるよ」 「……」  けど、女の子と飲みたいから行ったんだろうし。 「まっ、間宮クンがいるなら!」 「俺?」 「そ、そう! お腹、がっ」 「あぁ、確かに」  じゃあ、俺が行かなかったら行けないってこと? 俺が行くなら行く、痛くても俺が治してくれるから行けるってこと? 「ホント大変だな。腹。今とかもちょっと痛かったりする?」  今、キュッとお腹んとこに手を持ってったからさ。そういう時は大概痛いだろ? 腹。 「あ、これは、緊張してる、から。平気、すぐに慣れる」  すぐに慣れなくてもいいよ。ちょっとしんどいくらいで。そしたら俺のハンドエナジー必要じゃん? そんで、それをするためって理由くっつけてさ。俺は星乃に触れるから。なんて、すけべ心はバチが当たりそうだけど。でも。 「そっか。じゃあ……手、当てよっか」 「あ、お願い、します」  そっと、そーっと腹に触れた。 「……ぁ」  その瞬間、溢れた星乃のさ。 「……はぁ」  安堵の溜息にテンションがものすごく上がったんだ。 「……あったかい」  好きな子と二人っきりになれてさ、俺こそ、すげぇ緊張してるってバレないか、すけべ心に気がつかれないか、内心ドキドキしまくってたんだ。

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