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第20話 マジで、マジか。
男子校ってけっこうそういうのしてるって聞いたことがある……気がする。 手コキ? し合うみたいなの。たぶんだけど。「マジで? そんなんすんの?」って驚いたような記憶があるから。 そん時の俺は 「マジで? マジかぁ、いくら女子がいないからってそれはなくね?」ってありえないと思ったけど。
ほら、それは前はそう思ったってだけで、今はアリと思えばアリかなって。触り合いくらいいいじゃね? ってさ。
だから、別に俺らは男子校に行ってるわけじゃないけど、きっと大丈夫。
酒飲んでたし、酔ってて、ふわふわぁってしながら、そんな気分になっちゃって流されちゃいましたぁで済むと思う。
「あの、間宮クン」
「は、はいっ!」
ついさっき勢いに任せて自分の欲求に忠実に従ってしまったけど大丈夫だったかなって。だって、星乃にしてみたら男と、ってことじゃん? 酒の勢いでやばいことをしたって冷静になっちゃうかもしんないじゃん?
明日も仕事だから帰る星乃を送ろうと外に出ると夜風が思っていた以上に冷たかった。その冷たい風に頭も身体も落ち着いてく。 そんで落ち着いてくるとけっこうすごいことをしましたけどってビビりそうになる。
あれはギリギリ、アリだった?
いや、さすがにナシだった? って。
「あの」
いや、フツーしない、よな。
「お。おお」
やっぱ、ナシ、だった……よな。
「あの林檎の、美味しかった」
「へ? あ、あぁよかったじゃん」
「……間宮クンの飲んでた梨も美味しそうだった」
「あ、あぁ」
「いい匂いしてたから。今度、また飲む、とか……あれば」
ナシ。
「お、俺、ここで大丈夫! ありがとう。 それじゃあ。 間宮クン」
なし。
「お、おおお」
「おやすみ」
「おお」
じゃなかった?
「梨」
走って帰っていく後ろ姿を呆然としつつ見送って、星乃の華奢な背中がすげぇ小さくなった頃、その場にしゃがみこんだ。
「マジ?」
真っ赤だったけど、照れてるって感じの表情だった。こっちを見ずに目を逸らしたまんま話してたのも。照れてるからって感じで。 そんでさ
嫌そうではなかった。
してた時も、今、帰り道でも。
女の子との飲み会も初めてっぽかった。話すのさえ緊張しまくってた。全部が全部不慣れっぽかった。
仕事ん時もそうだっけ。あいつ、すげぇ真面目なんだ。話すの苦手って言ってて、無口だし不器用だけど、言われたことを本当に真面目に取り組んでた。だから多分俺が言ったことも真面目に受け止めてる。
―― する、の? 男子校とか、だと。
「マジ、か」
そんで夜道に一人でぽつりと呟いて、ロ元を手で隠しながらその場にしゃがみ込んだ。
だってさ、梨のいい香りがしたって、あいつが言ったんだ。 俺が飲んでた梨の。 あいつは林檎のを飲んでて、けど普通に飲んでる時は香りなんてしなかった。 その香りを感じたのはもっと近く、身体をすげぇくっつけた時に感じた。甘い香り。それと甘い声。きゅっと結びすぎて赤くなってた唇が美味そうに見えるくらい、キスとかしたくなるくらい近くに行った時。
―― あっ、間宮クンっ。
俺の名前を呼んで、 イク寸前、メガネが邪魔でいつもはあんま見えない黒い瞳がキラキラしてるって気がつくくらい、それこそキスだってできそうな近くにいた時に香ったんだ。
「……すげ、可愛いかった」
腹んとこがぎゅっと締め付けられて仕方がないくらいに星乃が可愛かったんだ。
あれは「また」があるってこと?
うちで飲もうって言ったら、来んの?
梨味チューハイ飲みに?
飲むだけ?
けど、また次も飲もうってだけであんなに顔赤くなんないだろ。
あの頬っぺたの色はさ。
「、はよ」
その頬っぺたの赤さは。
「お、おお、おはよ」
下駄箱のところで靴を履き替えてたところだった。星乃がやってきた。
うちみたいに小さな町工場じゃ出勤の時にスーツとかカジュアルオフィスの格好で出社なんてしなくて大丈夫。営業の人以外はけっこうラフな私服で出社する。もちろん靴だってスニーカーで大丈夫。
星乃が履いてた白地に青のラインの入ったスニーカーを脱いで手に取り、代わりに上の段に入っている社内履きを足元に置くと、その白い手が下駄箱の扉をバタリと閉めた。
白い手。力仕事なんてしたことなさそうな指。
あの手に昨日俺は。
「間宮クン?」
「! お、おおっ」
白い手にさ。
「あの昨日は、飲み会、途中で帰らせてごめん」
「い、いいって、別に。 腹、大丈夫だった?」
なかったことにする?
スルーしとく?
飲み会じゃなくて、腹痛のことじゃなくて、俺のハンドエナジーのことじゃなくて、その自い手と俺の手でしたこと。
「大丈夫。澤田クンから連絡あった?」
「あーあったけど、星乃のこと心配してたよ」
また飲もうぜって、誘ったら額く?
昨日の帰り際に「また」って言ってたけど、あれは社交辞令だったりする?
ここで、俺がさ、言ったら、スルーするつもりだったのに、スルーしないのかってビビる?
今度の週末とか言い出したら。
「あ、あのさ、週末」
ドン引きする?
「昨日言ってたじゃん? 梨味の。だから、その、うち、来る? 今度の金曜」
どっちに首を振る?
「……ぁ」
しくじったかな。横に振るかな。
「あー、いや、無理にとかじゃねぇよ。全然別に」
縦には振らないかな。
「だから、気にすること、」
「ん」
星乃は小さな声で返事をして、そんで、首を。
マジで?
マジで。
マジか。
甘い林檎みたいに顔を真っ赤にしながら、首を縦にちょん……って一回振った。
小さくだけど確かに縦に振ったんだ。
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