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第25話 はにかみ笑顔
入荷した機器の仕様チェックは搬入前に行う。だから半分屋外みたいなもので冬になると朝一でやるその作業がしんどくて仕方がないんだ。寒いし、ぼっち感がすげぇし。正直、これを朝一やるのは新人の頃、イヤだったりもした。
けど、それを星乃は嫌がらず、一生懸命にやってくれるから、ありがたかったし、偉いなぁって思ったし、そういうところも好きになった理由の一つだったんだ。頬を黒くしながら、箱のラベルを一生懸命に確認する星乃だから、俺は好きになったんだと思う。
――あぁ!
普段ほとんど喋らない星乃がその半屋外、搬入前の入荷機器置き場で、でっかい声を出した。
そして、慌てて、ぎゅっと栗原の手を握った。
――あ、あのっ! これ、お客さんからの書類なので一切書き込んじゃだめなんです。
――そうなの?
コクンと頷いて、頬を真っ赤にしてた。
――そうなんだぁ。それにしてもここでこの作業しんどいね。星乃、手冷た。
――あ、いえ、大丈夫、です。
ぎゅっと握ったまま、数秒そのままだったんじゃないでしょうか。手が冷たいと指摘されて、星乃は肩をキュッと小さくしながら、今度は大丈夫ですと耳まで真っ赤にした。
真っ赤。
真っ赤っか。
――ギリギリセーフです。
俺といる時だったらこれは言わなくて、多分、無言で俯くだけな気がした。
――あははは、だね。
男に手を握られても動揺もせず、引きもせず、呑気に笑ってた。
――そしたら、これ一緒にやりましょう。
これも俺といる時だったら言わない気がした。
――あ、ねぇ、星乃。
――はい。なんですか? 栗原さん。
――これは? 仕様違うんじゃない?
――あ、本当だ。
仕様が違ってるらしいんだけど、それを栗原、さんが指摘した時、覗き込んだ星乃との距離、最小距離、十五センチを切っていたんじゃないでしょうか。とにかくとても近かった気がします。
――こういうのがたまにあるらしいんです。
――なるほどね。
笑ってた。星乃がにっこりと。
――あとで、確認してもらいましょう。
――オッケー。
またここでも笑って。栗原は始終ニコニコ笑顔で。つまりは二人して微笑みあってる感じで。
――偉いなぁ。こんなことやってたんだねぇ。
そう栗原に言われた星乃は。
――……いえ。
はにかみながらまた笑って、そんで真っ赤っかなまま俯いた。
これが俺の見た一部始終です。
そんでその数分前に俺が思っていたのは、男子校ではよくやってるらしいよ? と言われたところで、俺は男と抜き合いなんてご免だ。男となんて絶対に無理。けど、それを星乃は俺とした。つまり、星乃の中で俺はアリ寄りのアリなんじゃないかっていう、日本語が微妙だけどそんな感じのことを思っていた。
けど、多分、やっぱ、ナシなんだろうな。
多分さ、星乃は男はアリだけど、俺もアリだけど、多分一番アリなのは栗原なんだ。
そこで、一つ思い出した。
この間、うちで飲んでた時、俺ばっか喋らせてると申し訳ないとか思った真面目な星乃が、律儀に自分から話し出したんだ。CADエピソードを。学校で使ってたのと違っていたから、最初全然わかんなくて、焦って、けど、主任の栗原って人が色々教えてくれたからできるようになったって。
栗原。
あの人だ。
一つ思い出したことがある。
あの栗原って人だけは、能面が並んでいるような設計室の中で朗らかで、話しかけやすい感じがした。ボソボソと「え? 今、念仏唱えてる?」みたいな話し方じゃなくて、笑顔混じりで対応してくれるから、息するのさえ迷いそうなあの空間で、唯一話しかけやすかったっけ。栗色の髪もあそこでは目立ってたから、俺はよくその栗色を目印にして話しかけてた。
もしかして……星乃って、さ。
「……そっか」
栗原のことが。
「……」
好き、なんじゃね?
めっちゃ笑ってたし、めっちゃ自分から話しかけてたし、めっちゃ楽しそうだったし。
「……ぁー」
めっちゃはにかんでた。
それはもう、俺からしてみたら可愛いって思うレベルで。
「……」
けど、その可愛いってレベルに楽しそうな笑顔は栗原に向けられたもので、俺に、じゃないから。
「っ」
思い出しても、胸のところを苦しくさせるだけだった。
二日間、栗原と星乃はほぼペアみたいになって仕事をしていた。まぁ、そうだよな。同じ部署の人間だし、栗原が手伝いに来てくれる前もよりもずっと一人でこの製造現場で頑張ってくれてたから、スタンス的には星乃の手伝いに栗原が来てくれた感じ。だから、星乃が栗原に仕事を教えて、二人で一緒に手伝っていた。
――こんなのもやってたんだ。手とか痛くしなかった? しんどかったでしょ。
そう栗原が声をかければ、はにかみながら「……いえ」って答えて俯くんだ。照れてさ、可愛い感じでさ、そりゃもう、好きなんだろって思うじゃん。そんでそんな星乃を思いやって声をかけるとこ見ると、あれ? もしや? ってさ。
思うじゃん。
あいつも星乃のこと、好き、なんじゃないですかね? って。
手伝いに来てたのは二日。
その後は、星乃だけ手伝いに来てくれてたけど、今週末が大詰めだったから、忙しくて、ものすっごい忙しくて、俺は星乃とほとんど話せてなかった。
「! ぁ、あのっ、間宮クン」
星乃だった。
「あの……ごめ、今日」
「あー、わり……俺、忙しいんだ。ホント、ごめん。主任に聞いてもらっていい?」
「……うん」
話せてない、じゃなくて、俺が星乃と話していない。
「ぁ、あのっ! 今日の夜っ」
「おーい! ここにいたのか、星乃」
「あ、栗原さん」
その名前にピクンって指先が反応した。
「ちょっとだけ戻れるか?」
「あ、はい。今、戻ります」
そう告げる星乃に「悪いな」って優しく笑ってる。
「あの、それで、間宮クン」
「わり、今日、用事あんだわ」
「……」
「そんじゃあ、頑張れよ」
笑った顔も、星乃の仕事も、もうなんか、胸んとこが苦しくて、しんどくて、俺はまともに星乃の顔も見ないでその場を立ち去っていた。
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