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第26話 失恋男

 一週間、ほぼ話してなかったなぁ。  星乃とこんなに話してないのが変な感じがする。手伝いに来てもらってからは、同じ歳、同じ高校出身ってことで、星乃のことは俺が任されてるところがあったから。  その前は話したことなんてなかったのに。今は、なんか……。  けど今はどうしてもさ、避けてしまう。  星乃は栗原が好きで、栗原も多分、星乃が好きで、それをお互いに気が付いてんだか、気が付いてなんだかは知らないけど、俺は気がついちゃって。けど、俺も星乃が好きだから。もう完全に蚊帳の外なんだけどさ。 「えー、ここまで忙しい中、本当にありがとうございました。今日厳守だった納期にもどうにか間に合わせることができました」  そんで、今日でこの繁忙期のピークは終わる。まだ忙しいんだけど、もうこっからは昨日までの納期納期納期に追われる感じじゃないから。 「これは製造メンバーの頑張りと、手伝ってくれた他部署の皆さんのおかげです」  だから、星乃が製造の手伝いに来ることはほとんどなくなる。そしたら、俺は本当に、本当に完全に、蚊帳の外だ。あの設計室に星乃が戻れば俺との接点なんてなくなる、だろ? 二人はまた同じ設計室で仕事をして、あの真っ赤っか星乃の笑顔に、穏やか笑顔の栗原で、そんで二人は――。 「ということで、今日で一旦、手伝っていただいていた星乃クンには自部署に戻っていただきますが、また何かあれば、宜しく」  星乃は真っ赤っかになりながら、首を飛んで行ってしまいそうなほど横にぶんぶんと振った。 「本当に助かりました」  ぶんぶんって横に。 「でも、また忙しくなったら手伝いに」  今度は縦に。 「それじゃあ、最後に、今日、もう一日頑張ってもらう星乃から一言」 「えぇ?」  今度は、バッと顔を上げて、慌ててる。 「ぁ………………が、ンばります」  その瞬間、ぎゅっと星乃が腹のところを押さえた。あれ、痛いんじゃね? そう思った。 「じゃあ、解散! 今日も一日安全に。あー、あと、今日、定時上がりで飲み会だからなー」  ほら、痛いんだろ? 急に心構えゼロ状態で一言なんて言われたらから、いきなりすぎて痛くなったんだろ? 「星っ、」 「星乃、いるかぁ?」  声をかけようと思ったタイミングで、製造現場の出入り口から優しい声が聞こえた。 「あ、栗原さん」 「悪いな。あの、この前、出図した図面なんだけどな」  バッカだなぁ、俺。  俺は、だから、蚊帳の外なんだって。 「おーい、間宮ぁ」 「はーい!」  二人がくっつくのは時間の問題なんだって。 「今、行きます!」  だから、急いで俺は自分の仕事へと駆け足で向かった。  なんで、こうなるかな。  部内朝礼後、星乃に仕事のことで話があった栗原が現場にやってきて、そこに主任が来て、ちょうどよかった、今夜、製造の飲み会があるんだけど、栗原さんもご一緒にどうですか? ってさ。そんなの急に言われても困ったりしないですか? 花の金曜にお忙しくはないんですか? 予定ないんすか?  ――えぇ? いいんですか? 是非。  予定はないんだそうです。急だったけど、全然参加するそうです。  でも、もしかしたら、予定があったり、急で色々難しいけど、星乃が参加するから行くって言い出したのかもしれないと、勘ぐりました。  そして、星乃は、嬉しそうに見えました。頬も赤くして、あ、栗原さんが来てくれるんだ! って、内心、嬉しそうにしている様子でした。 「いやぁ、なんだか、俺もお呼ばれしちゃって申し訳ないです」 「いやいや、二日間手伝っていただきましたから」 「たったの二日ですよ」  なんで、製造飲み会にフツーに馴染んで、栗原がいるんかな。にこやか。朗らか。大人でいい感じ。場慣れっつうか、経験値高いっつうか。 「でも、私まで参加させていただけて」  そんで、同じ設計の人間男だから、そりゃ自然と栗原の隣には星乃が座るわけで。 「設計する上で、製造のお手伝いができたことはすごく勉強になりましたよ」 「そう言っていただけたら」 「設計していく上で、製造の方で工夫してもらっていたり、気をつけてもらっていることがあるんだなぁと」  星乃は頼れる先輩の隣でじっとしてた。当たり前だけど。だって、好きな奴の隣に居られるんだぜ? 最高じゃん。大喜びじゃん。歓喜、だろ。  あとはこのまま二人でゆっくり……みたいな? いい雰囲気とかになって、お互いにさ、ほら、まぁ。 「……はぁ」  居心地の悪さに席を外した。  もう栗原がいれば腹も痛くならないだろうし、むしろ俺がお邪魔だし。あんまあのツーショットを見ていたくないし。  だから、席を外した。トイレに行って、それからどうすっかなぁって、鏡に映る自分をじっと見つめてた。その時、電話が鳴った。  澤田からだ。  いつもならメッセージなのに、直接電話してくるから何かあったのかなって。 「もしもし? どうかした?」 『よー! お前、なんなんだよー、この間の好きな子って』 「あー、まぁ」  もう失恋したけどな。 『誰なんだよ。この前の飲み会の、じゃないよな』 「まぁな」 『そっかぁ、付き合ってんの?』 「いや……」  完全片思いですけど。 『じゃあ、お前は女の子のいる飲み会誘えねぇな。あ、そうだ、ほし、』  その時だった。 「もしもし? アヤコ?」  栗原の声がした。アヤコって、女の名前を呼ぶ、栗原の声。 『どうした? 穂沙』 「……わり、また、今度な」  栗原が酒の席を、星乃の隣を抜け出して。 「今夜は少し遅くなるからさ。もう、子ども達は寝た?」  電話をしている栗原の左手の薬指にキラリと指輪が光っていた。

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