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第28話 告白パニック
「はい?」
今、なんつった?
今、誰のことが好きっつった?
「わ、わかってるよ」
いや、俺はわかってないけども。
「好、好きになっちゃいけない人だって、でも……」
でも?
「…………好き」
え? 栗原じゃなくて?
そう尋ねるようと口を開いたけど、でも、その口からその質問は出なかった。だって、星乃が真っ直ぐこっちだけを見つめて、重たい眼鏡のレンズの向こう側でまた一つでっかい雫を落っことしたから。
「ぁ……」
小さく、声を出したら、ビクンッ! って星乃が飛び上がった。
「ご、ごめ、あのっ……ぁ、の、言うつもりなかった。その、困る、し……間宮クン、女の子、好きだし」
ちっとも喋らない星乃がたくさん喋ってた。一生懸命に、顔を真っ赤にしながら、女の子が好きな俺にこんなことを言うつもりはなかったんだって、ごにょごにょ、ごにょごにょ。
「だから、あの、気にしない、で」
「あのさ、好きなのって、栗原、じゃなくて?」
気にするさ。
気にするでしょ。
だって、栗原じゃないのってなるでしょ。なのに、今、全然違うこと言われたんだ。気にするし、確認もする。俺の聞き間違えじゃないの? って。俺の願望がなんかそう聞かせちゃったんじゃないの? ってさ。
「……ぇ?」
「いや、だから、栗原じゃないの? 好きなのって」
「……………………ぇ、ええええええええええ?」
星乃のそんな声初めて聞いた。いっつも蚊の鳴くような声しか出さない星乃の最大音量の叫び声。
「なっ、なんっ」
「いや、だって、栗原の隣だとすげぇリラックスできてる感じだし」
「だって同じ部署の人」
「前に、栗原のおかげでCAD覚えられたって、嬉しそうに話してただろ?」
「それは、CAD本当に最初戸惑ったから」
「それに製造で手伝ってくれてた時、その、手をギュッて握っただろ?」
「……」
あ、覚えてない感じ?
「ほら、入荷した機器チェックの時」
「……」
まだ思い出せない? あったじゃん。
「紙に栗原がチェック入れようとして」
「あ!」
あ、思い出した?
「それは、だって、それしたら間宮クンの迷惑に」
「その時、ぎゅーって」
「だから、間宮クンの迷惑に」
「…………」
「…………」
「じゃあ、なんで、女子のいる飲み会に参加なんて」
栗原のこと忘れようとしたとかじゃねぇの? でも結局、やっぱ好きってなったとかじゃねぇの? 忘れるなんてできない! 好きっ! ってさ。
「間宮クンが行くから」
俺?
「そ、そしたら、一緒にまた飲めるって」
俺と?
「でも、女の子が隣に座るから、全然違ったって」
俺の隣希望、とか?
「がっかりした」
俺の隣に座れなかったから?
「けど、今日の飲み会、ずっと栗原の隣じゃん」
「……間宮クンに」
俺に?
「避けられてる、から」
あ。
「だから……」
確かに、避けてた。
「気が付かれて避けられてるんだと思った」
「なん、」
「気持ち悪いって」
「なっ」
「間宮クンのこと、ずっと前から、好きだったから」
「ぇ、えええええええええええええ?」
ずっと、って何?
「高校の時からずっと」
「はい?」
「四年間」
マジで?
「あ、の、星乃さ、星乃って、その、俺のこと」
「……好き」
本当に本当の? マジで? 本当に?
「ずっと、好きでした」
「……」
そして、またメガネの奥でぽとりと落っこちた。
栗原が好きなんじゃねぇの? って思ったけど、でも、さっき質問してみたら、大した決定的な理由がひとつもなかった。ただ星乃が笑ってた、っていうだけで勘違いした。女子のいる飲み会の参加したのは俺とまた飲めるからで。あの時、手をギュッと握ってまで一覧表に書き込むのを阻止したのは。
俺に迷惑をかけるからで。
好きだったのは、俺で。俺も――。
「あのさ、星乃」
また星乃が飛び上がった。そして、こっちを見ていた星乃の目からは今にも零れ落ちそうな雫がどんどんでっかくなっていく。どんどん不安が膨らんでいってる。
「ごめっ、あの、忘れ、」
俺、女の子好きなんだ。恋愛対象はずっと女の子だった。高校の時から彼女は数人いたし、社会人になってからは……まぁ……まぁまぁだったけど、でも、ずっと好きになるのは女の子だった。
星乃は高校の時からってさっき言ってた。高校の時から俺のことが好きだったって。
なら、俺に彼女がいたことも知ってる? よな? そしたら、自分は恋愛対象外ってきっと思ってる、よな?
ちげぇから。
「俺も、好きだよ」
全然、ちげぇから。今、俺が好きなのは。
「星乃が」
「…………」
「好きだよ」
泣くのって、悲しかったり寂しかったり、怖かったりとかでも泣くのが多いかもしんない。でも――。
「実は……好きなんだ」
でも、今、落っこちた雫はとてもとても綺麗で宝石みたいだったから。
「星乃のことが」
そんで、その綺麗な雫を落っことした瞳はそれ以上に綺麗で、マジで星をその瞳の中に閉じ込めてるみたいに見えたから、だからずっと見ていたいって思ったんだ。
「あ、の」
「好きだよ。俺も」
星乃の零した雫が綺麗で、濡れた睫毛も夜空みたいに輝いて見える瞳も、綺麗でさ。柄にもなく、そんで、俺みたいなのがそんなん思うのとか、クソ恥ずかしいんだけど。でも、綺麗で、可愛いから、ずっと見ていたいって、そう……思ったんだ。
「へ、平気か?」
コクンって星乃が頷いた。
「俺、顔、ヘラヘラしてねぇ?」
今度は横に振った。
「へ、き……カッコイイ」
そう小さく告げられて、鼻血が出るかと思った。
「おま、今、顔必死で作ってんだから、そういうこと言うなよ」
「ごめ」
ヘラヘラするだろうが。嬉しくて、めちゃくちゃ嬉しくて。
「行くぞ」
今度もコクンと頷いて、決意を固める。いざ――。
「お! お前らぁ、どーこの便所まで行ってたんだぁ? こっち座れぇ」
いざ、もう出来上がったベロベロ酔っ払いの群れと化した製造メンバーの元へと戻っていく。
「ほらほら、若者は飲め! 未来の製造を引っ張ってくんだぞー!」
そう、今、俺らと同じくらいに顔を真っ赤にした、いっつも、朝礼の時に、俺が星乃の身代わりイメトレの対象に使わせていた五年先輩のお釈をしながら。
「はぁ、顔面あっつ……」
俺はそう呟いて、同じく真っ赤な星乃のはにかんだ笑顔に。
「おっとっとっとー」
表面張力マックスなくらいたくさん酒を注いでいた。
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