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第29話 カラカラ、ゴニョゴニョ、どーっん、ギコギコ。

 俺の隣で飲みたかったって言ってた星乃は、あの後、ずっと俺の隣に座ってた。  少し頬っぺたが赤くて、何度か「大丈夫かぁ?」と訊かれてた。  俺は、そんな星乃の隣に座りながら、星乃がいる右側がずっとなんかあっつくて、ずっとふわふわしてた。片想いだと思ってたのが、両想いになったことに足の先からずっと浮かんでるみたいに、ふわふわしてた。  ふわふわしながら、あー、俺、星乃と両想いだなぁって。  真っ赤で可愛いなぁって。  わー、俺、男相手でも星乃だと可愛いとか思うんだなぁって。  真っ赤な……星乃がいつも……可愛いって…………って。 「……あ」 「!」  俺の、小さな「あ」に隣で自転車をカラカラ音をさせながら押していた星乃が飛び上がった。そんで、その拍子に押していた自転車がバランスを崩して。 「ちょっ、待っ、ぅおっとっ!」  慌てて手を伸ばして、星乃が自転車共々ぶっ倒れるのをなんとか阻止……したかったんだけど、無理だった。 「アタタタ……」 「ごめっ、」 「へーき、俺は。星乃は怪我しなかった?」  星乃は首がどっかに飛んで行きそうなほど縦に何度も振っていた。 「あれ? 星乃、メガネは?」 「へ? あっ! 見えないっ! ぇ? あっ」  目が悪いくせに、メガネがないことに今気がつくとか、ってつい笑った。しっかりしてそうに見えて、結構、ちょっと天然なんだなって、最近気がついた。 「待ってって、あんま動くなよ。あぶねぇから……あ、あった……あそこ」 「へ?」 「って見えないか」  ぶっ倒れた拍子にすっ飛んでったんだろ。離れたところに星乃のメガネが落っこちてた。  二人してチャリもろともすっ転んだから、その勢いで飛んだんだろ。なんか、暗い夜道でガシャガシャになったチャリと尻もちついてる星乃と、それを慌てて守ろうとして覆い被さった俺、っていうのがさ、誰かが見たら、本当にただの酔っ払いじゃんって。 「待ってな。俺が取ってくる。起き上がれる?」 「ぁ、ぅん」  ポーンと飛んでったメガネを拾って、田舎で星が綺麗に見える夜空へ掲げた。でも、まぁ、夜空なんで、メガネの傷とか確認できねぇけど。でもそのメガネのレンズの向こう側は俺にはすごくぼやけてて、星は見えそうもない。 「割れたりとかはしてないけど、傷ないといいな」 「ぁ……」  どうにかチャリを自分で起こした星乃が、俺の声がする方へと顔を向ける。目が悪いのに、メガネしてなくて夜道であんま見えてないんだろう。声のするほうに辿々しく顔を向けてる。 「さっきの、あ、は」 「?」 「いや、なんつうか、まさか飲み会の途中までこんな風に星乃と帰り道一緒に帰るとか想像もしてなかったからさ」 「……」 「そんで、うわぁ、俺ら、順番ごちゃごちゃじゃんって気がついただけ」 「……順番」 「そ、順番」  フツーは、好きだって自覚して、そんで告白して、向こうもこっちが好きだったら、ラッキーっつってお付き合いして、それからデートして、キスがあってからの、その先――だろ? 「俺ら、告白前に、その……まぁ」 「……ぁ」  今度は星乃が「あ」って呟いた。そして、俺のごにょごにょを察したみたいで、照れ臭そうに肩をすくめて俯いた。  俺ら、順番を完全無視だからさ。 「ごめ」 「いや、星乃が謝ることひとつもないだろ。俺が言い出したんだし」 「……」  男子校ではフツーらしいよ? 抜き合いとか、っつって。デートも、告白もお付き合いもすっ飛ばしてさ。 「けど、高校の時から俺のこと好きって……ことは……あの」 「!」 「あー、えっと」  それはつまり抜き合いの時も、俺のことは好きだったってことになる。それってさ。 「あ、あの……間宮クンと、そのできたら、嬉しい、から」 「……」 「こんなこともう絶対にないだろう、し、だから、俺」 「……ぁ……」 「! ご、ごめっ、あの、騙すようなことしてっ、その」 「いや、そうじゃなくて」  順番ガチャガチャだけどさ。 「いや、俺も男子校でそういうのフツーにしてるかどうか知らねぇ」 「えっ!」 「なんか、前に聞いたことがある気がしたから、適当に言った」 「そうなんだ…………ぇ、じゃあ、なんで、そんな」 「触りたかったから」 「……」 「星乃に」  好きな子にはさ、触りたいじゃん? 誰だって。  俺だって。  星乃だって。  あわよくば触ってみたいじゃん。なんか適当な理由くっつけて、どさくさ紛れだろうとさ。  好きな子には。 「あー、これ、メガネ」 「! ぁ、はい。すみませ、」 「けど待って」 「ぇ?」  好きな子には触りたいし。 「メガネしてると邪魔だから」  したいじゃん。キスだって。 「……」 「……」  だから両手でメガネを受け取ろうとする星乃のその手の中にそっとメガネを置いてから、手首を掴んだ。掴んで、引き寄せて、そっと唇にキスをした。 「!」  唇を離すと、星乃がぎゅううううってメガネを握りしめてて、真っ赤っかで、そんで、固結び! ってびゅっと唇を結んでた。結んでるはずなのに、柔らかかった唇が可愛くてさ。 「明日、暇?」 「ぇ?」 「デート、しようぜ」 「!」  順番ガッチャガチャだけどさ、でも、キスもしたし、その先もちょっとしたし、告白もしてお付き合いスタートしたんだから、ゲートしないとだろ? 「明日、出かけようぜ。あとでメッセージ送るわ」 「! ぅ、うんっ」  さっきキスした唇をキュッと結んで何度も頷く様子が可愛くて、すげぇ可愛くてさ。 「にしても、今しかチャンスないからって、抜き合いしちゃう星乃って、ダイターン」 「はぎゃ! あ! あっ、それはっ」  面白い声。星乃のリアクションが全部面白くて、笑いながら、ちょっとだけキスで触れた。そしたら、今度は「ぎゃ!」って、星乃が突拍子もなく可愛い、恐竜みたいな鳴き声を上げた。 「ちょ、お前、平気か? 転ぶなよ?」 「うぅ……見えにくい」  すげぇ、口がへの字。 「だってめっちゃ握ってたじゃん」 「うぅ」  まっずそうな顔。  っていうか、渋い顔。なぜなら、ギュッと握りしめたメガネのレンズが星乃自身の指紋だらけになったから。 「気をつけて帰れよ」 「うん……ぅ、うぅ」 「っぷ、家まで送ろうか?」 「へ……き」 「気をつけろよー。おやすみ」 「……おやすみ、なさい」  そしてカラカラとタイヤの回転音を早くさせながら、「うぅ」って指紋がついて見えにくくなったメガネに唸りながら、どんどん小さくなる背中を見送った。 「……はぁ」  ギコギコ、自転車も少し不服そうな音をさせながら。  そして、そんな星乃を見送りながら、今日は星がなんかすっげぇ綺麗だなぁって、夜空を一人ニンマリ顔で見上げた。

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