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第30話 出発進行、君の胸の内
抜き合いして、そんで、告白して、お付き合い始まったんで、キスした……んだから、次はデートだろ。
――ピロン。
小さく、さりげなく、ポケットの中のスマホがメッセージ来ましたよって教えてくれる。音なしにしてると気が付かなさそうだから、音出しておいたんだ。玄関先で靴を履いてる最中だった。
――道のところにいます。
メッセージはたったのそれだけ。しかも絵文字もスタンプもなし。マジで文字だけ。でもそれが星乃っぽくて、思わず笑った。けど、もしもスタンプ連打のほぼほぼ絵文字文系でも、それはそれで意外で面白いっつって笑ってたと思う。案外はしゃぐんだーっつってさ。
「いってきまーす」
外に出ると、十一月、冬が近くなってきたなぁって空気のツンとした感じでそう思った。俺はニットにカーゴパンツにブーツ。紐でぐるぐるのやつ。そんで、星乃は。
「……ぁ」
「……っぷ」
「!」
「あはははは」
なんか、めっちゃ「らしくて」つい笑った。チェックのシャツにカーディガンにズボン。いつもの、会社にくる時と大差ないその格好がさ、あ、でも革靴だ。会社の時はスニーカーだった。なんか普通すぎる普通なのがある意味、珍しくて。笑ったら星乃が真っ赤になって困った顔をした。
「わり、ごめん」
「……デートとか、したことなくて、急、だったから」
「いや、笑ったけども、でも、いいよ」
めっちゃ笑っちゃったけどね。でも、うん。
「星乃、っぽくて、俺は好きだけど?」
「……」
待ち合わせたのは俺んちと星乃んちの方へと道が分かれるY字の道。ここを右に曲がれば川へ降りていく方向で、左に曲がれば焼肉屋の美味そうな看板に腹が鳴る。
「ま、間宮クンはっ」
「……」
「か、かっこいい……です」
「……」
いつも通りの星乃なのに、普段の星乃なら絶対にここの場面は無言でいるはずなのに、今、最初声をひっくり返らせながら、俺の服装の感想を述べるから。いつもの星乃とそれがちょっと違ってるのが、俺は嬉しかった。
「あんま緊張してると、腹痛くなるぞ」
「!」
いつもの星乃だけど、そこがいつもの星乃と違うから。
「ほら、行こうぜ」
「あ、えっと、どこに」
「あー……映画? それから都内で少しぶらぶらしようぜ」
「あ、うん」
ほら、また違う。いつもなら絶対に首を縦に振って終わってた。けど、今、ちゃんと声にだして返事をした。だから、あーなんか違う、これはデートだぁ……ってさ、なんか、すげぇ嬉しかったんだ。
デート、とは言ったもののまだ入って二年目の俺らは車も持ってなく、チャリで仲良しこよしで駅に向かうのもなんか高校生みたいで恥ずかしいと思ってさ、歩いてのんびり駅へ、なんて思っちゃったもんだから。もうすでに散歩デート感がすごくて。
そんで散歩デートって、ダブルチャリよりお子様っぽくないか? って、ちょっと思いつつ。けど、この散歩デートくらいが星乃みたいな緊張するタイプにはちょうどいいのかもなって。
「最初に好きって思ったのは……えっと……顔、かな」
「顔? 俺の?」
コクンと頷いて、星乃が俯いた。
「クラス、一緒になって、俺が前の席で、そしたら、目が合った」
「は? あそこで? はやっ!」
俺のツッコミに星乃が真っ赤になって、そのうち首がもげるんじゃね? ってくらいに思いっきり地面を見つめてる。俺が隣を歩いてなかったから、そのまま電柱でも垣根でも前方未確認で突っ込むぞってくらいに思いっきり地面だけガン見して。
「カッコ、よかったから」
「俺が?」
「ぅん」
小さい声。自分でイケメンって思ったことはあんまないけど、でも、まぁ、そう……そうなの……あっそ……ふーん……俺の顔。まぁ、まぁまぁ悪くはないかなとは思うけど、でも、何その、俺、なんつうの? えっと。
「顔、だけじゃないけど」
「……」
「優しいし、結構真面目」
「……」
「あと、すごく、仕事してる時とか、かっこいい」
「……」
なんつうの? これさ、あー、ああー。
相当、好かれてたり、しない? なんちゃって。
「だから、あの、製造の飲み会の時とか、信じられなかったし」
そう? 隣で飲んでた時?
「あと、駐車場で声かけてもらえた時とか、すごい奇跡がって……思ったし」
あれは、奇跡っつうか、肝試し感すごかったけどな。寂れた駐車場で発見したうずくまる黒い影、なんて怖いだろ。
「だから……えっと」
星乃はあんま喋らない。
無口って思ってた。
けど、こうしてゆっくり歩いてるとさ、少しずつだけど話してくれる。ゆっくりゆっくり、ぽつりぽつりと思ってることを伝えてくれる。そんで伝えてくれると、普段すげぇ喋らずにいる胸の内でめちゃくちゃ喋ってるんだって気がつく。
その胸の中ではその百倍くらいのことを考えて、喋りまくってる。多分、きっと今だって――。
「ぁ、間宮クンはスイカ? それとも」
「俺もスイカ」
「ん」
きっと今だってたくさん喋ってんだろうな。
「なぁ、星乃」
星乃は都内に向かうのならと線路の向こう側、上りの電車が来る側のホームへ行こうと階段を登るところだった。俺に呼び止められて、どうしたのだろうって不思議そうな顔をしている。多分、この瞬間だって、行かないの? 上りの電車そろそろ来るって、ほら、アナウンスが、ってさ、色々話しかけてるんだろ? だから。
「下り」
「ぇ?」
「映画はまた今度にしようぜ」
下りの電車で駅数個分。そこには大きな公園がある。
「行き先変更」
「……」
映画と人がたくさんの都内じゃなくて、人があんまいなくて静かな湖もあって、季節ごとに花も咲いて、ピクニックとかに最適な。小学校の頃はそこに遠足で行ったこともあったっけ。すげぇデカくてさ、でかいから静かなとこ。
「ほら、下りの電車も来た。星乃」
きっとこっちの方が、星乃が今もたくさん喋ってるんだろういろんなことを聞ける気がするから。
「行こうぜ」
「!」
いいの? 映画、観たかったんじゃないの? 都内で買い物しなくていいの?
そう喋ってる星乃の声をゆっくりゆっくり、ぽつりぽつりでいいから聞くためにはきっと静かな方がいいだろ? そして、俺たち二人を乗せた下りの電車が小さく揺れて、ゆっくりと公園に向けて出発した。
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