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第32話 青空と赤色

「うわぁ、すげぇ人」 「ぅ……ん」  ちょうどレンタサイクルの貸し出し場所とボート乗り場の間にあった紅葉街道には人がたくさんいた。ちょっと大袈裟だけど平日の原宿並み。休日じゃなくて、平日の原宿。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ少ないかな? って感じ……の人の多さ。  紅葉を一生懸命激写しようとスマホを構えてる人、家族でのんびり眺めてる人、銀杏の匂いに慌てるガキンチョ。それに屋台から伸びる行列。 「何食いたい? 星乃」 「あ、えっと」 「焼きそば、たこ焼き、あ、ケバブもある」 「ケバブ……」 「食ったことねぇ? 美味いぜ?」 「ぁ」  星乃は物珍しそうに前方にある、ゆっくり回り続けるでっかい肉の塊に目を丸くしてた。 「じゃあ、ケバブな」  そして、紅葉狩りって名前のまんま、紅葉を一生懸命追いかける人の中へと入っていく。 「すげぇ、綺麗だなぁ」 「あ、うん」 「あ、ほら、星乃、あっち」  そう言って俺の指差した先には紅葉があった。小さな川を挟んでいることもあって、人は入れなくなっている場所だったから、落ちた赤い葉が地面に真っ赤な絨毯として敷き詰められていた。 「すげぇ……って、星乃?」 「は、はいっ!」  少し離れたところにいた。そんで俺が指差した方向を一生懸命見ようと背伸びをして。そしたら、他の紅葉を写真に撮ろうと空の方へスマホを向ける人がいて、またその人を避けようと、一歩、俺から離れた方へ。今度はそっちに家族で写真を撮ろうとしてる人がいて、俺のいる方へ一歩、二歩、と思ったら、また反対方向へ向かいおじいちゃん達を避けて、一歩離れて。 「っぷ、おーい! 星乃ぉ」 「あっ! あっ!」  何やってんだ、あいつ。 「こーっち!」  今度は別のカップルを避けようとこっちに近づいた瞬間、手を引っ張って、引き戻した。 「わっ」  小さく星乃が声をあげて。 「何してんだよ」  ようやく到着できた星乃に笑いながらツッコミを入れた。人を避けるのに忙しくて、これじゃいつまで経ってもケバブに辿り着かないし、そのうちはぐれるだろ? 「ぶきっちょ」  そう呟いて、笑って、星乃の手をしっかり繋いだ。 「あ、あのっ」 「迷子防止」  さっきボートから降りた直後は冷たかった手はあったかかった。けど、この人の多さだ、本当にはぐれそうだからさ。 「ほら、腹ペコ」  手を繋いでケバブの最後尾に並んだ。 「さっきどこまで行くのかと思った」 「ごめっ」 「見てて面白かった」  言いながら、ケバブサンドをパクりと食べた。もうここなら大丈夫だろ? ケバブを買った後は紅葉街道を通り過ぎて、人のほとんどいないただの芝生の上で昼飯にした。人もいないけど、紅葉も全然ない。秋でも夏でもあんまり変わらないだろう景色の広場。でもどっちにしてもあの人の多さの中じゃ紅葉を楽しむどころじゃないから。さっきだって上なんて見てる暇なかったし。人を避けてどっかに行きそうな星乃しか見てなかった。 「ケバブ……初めて食べた」 「どう? 味」 「お、いしい」  それはよかった。星乃は溢さないように両手でしっかりと持ちながら、一生懸命にケバブサンドをパクついてる。 「口んとこ、付いてる、パンが」  けど、そのパンがどこだか本人はわからないみたいで、俺が自分の頬で指し示した辺りからことごとくズレた場所を指で確かめてた。 「こっち」  どんだけぶきっちょなんだよって笑いながら、パンを探す手を俺が掴んで、そのままパンがくっついてるところまで誘導してあげた。 「口、ちっさ」 「! ごめっ、食べるの、遅い」  一口のサイズが違ってる。 「いいよ、ゆっくり食べな」 「ぅ……ん」 「にいても良い天気だなぁ」  空は真っ青だった。確かに、これは紅葉が映えるだろうな。青空と赤い葉っぱのコントラストってやつ? 「間宮クンって……」 「んー?」 「やっぱり、優しい」 「俺? そう?」 「女子に……モテるの、わかる」 「モテてたかぁ?」  コクンと頷いて、また小さな口でケバブに齧り付いた。今度は、顔にパンくずがくっついてるかどうか確認してできないくらいに俯きながら。俺はその隣で、もう食べ終わったから、すぐに横になるとブタになるぞってばーちゃんからの言い伝えを無視して芝生の上に寝転がった。 「モテ……てた」  芝生の上に寝転がると本当に高い青空が眩しかった。 「かっこいいし……優しいし……その、話しやすいし……楽しい」 「そう?」 「あ! でも、俺はあんまり間宮クンを楽しくは……させ」  たくさん喋ってくれる。一生懸命で、ボート漕ぐのだって真面目でさ、「乗り方」って書かれた看板めっちゃ読み込んでたし。人に絶対にぶつからないようにって、忍者みたいにすり抜け……きれずにどんどん俺から逸れてったけど。ケバブ食べるのも一生懸命で、順番がようやく回ってきた時もでっかい肉の塊に黒縁メガネの奥で目をパシパシさせてたし。 「楽しいよ」 「……」 「すげぇ楽しい……」 「!」  確かに、これは綺麗だわ。 「星乃といると」  青空に映える赤い色。  星乃の赤い頬っぺたの色。 「めちゃくちゃ楽しい」  そんで、さらに赤くなった星乃を見ながら、ボートに乗った時よりも、星乃が好きになってる俺がいた。

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