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第33話 すげぇ、好かれてね?

 二人でチャリ乗った。あの、自転車が合体してるやつ。それに乗って、湖の周りを一周した。俺が前に乗って、星乃が後ろで、振り返る度に目が合うと困ったような顔をする星乃が可愛くて、可愛くて、湖を何周でもできそうだった。 「やっぱ美味かったなぁ、砂肝!」 「うん」  夕食は前に澤田が連れてきた女の子たちと一緒に飲んだ時のイタリアンの店にした。夕飯、どこにすっかぁって言ったら、あそこがいい! って、星乃が真っ赤になりながら言っていた。だからそこの店で、今度は向かい合わせで、カップル用の小さなテーブルで。  星乃はすごく嬉しそうに笑ってた。  その笑顔を見ながら、もしかして、この前できたかったことをしてるのかなぁなんて思ってみたりした。 「よっぽど気に入った? あそこの店」  俺とまた飲めるかなって思って参加した飲み会。けど、女の子がずっと星乃の隣を陣取っていて、予想と違ってしまった飲み会。 「あ、ぅ、うんっ」 「もしかしてぇ、俺と二人っきりで飲むんだと思ってた前回のリベンジだったりしてぇ」 「!」  そうだったら、なんか、すげぇ嬉しいなぁって、ニヤニヤしながら星乃の肩に肩でちょんってぶつかると、真っ赤になって小さな口をキュッと結んで、俯いた。 「ぅ……ん、リベンジ……」  そして、小さな声でそう呟くと肩に顔がめり込みそうなくらい身体を縮めて。 「……ぁ」  俺はそう言ったっきり、なんか、あまりの可愛さに声とか出すの忘れて。 「おーい! 穂沙ぁ、あ、星乃じゃん」  世界は狭い。そして田舎は行く宛が少ない。俺らを見つけたのは澤田だった。クラクションを鳴らして、俺らを立ち止まらせると、同級生の中では数少ない車持ち、しかも軽じゃなくて乗用車の澤田も、その自慢の乗用車を端へと寄せた。 「おー、ちーっす、星乃」 「!」 「なになに? 最近、仲良し?」  運転席から身体を思い切り伸ばして、こっちを見上げてる。澤田は全く俺らの展開なんて知らないし、今日一日デートしてたなんて思いもしないから、呑気に「どうしたー?」なんて言って笑ってた。 「まぁ、同じ職場だもんなぁ。あ、そだ。星乃さぁ、この前の件、聞けた?」 「!」  澤田に突然話を振られた星乃は飛び上がって、それで首を……縦っつうか、横っつうか、斜めっつうか、不思議な角度で振ってる。 「何? 澤田、お前と星乃、連絡取ってんの?」 「そ! 仲良しだよなー? 女の子いると緊張するけど、男子のみ飲み会あるなら来たいっつって連絡先交換してたんだ。この前の飲み会の時に」 「……へぇ」 「で、この前、お前が好きな子いるっつってたじゃん? 星乃に誰か知ってる? って訊いたんだわ」 「……へぇ」  今、お前の目の前にいるよ。っていうか、星乃がその子だよって言ったら澤田はどうすっかなぁ。とりあえず慌てるんだろうな。  っていうか、星乃が知ってた? 澤田にその事を伝えた時から? 澤田のことだから、言ったら即星乃にも伝わる。そしたら、結構前から俺に好きな子がいるって。 「あ、あのっ、えっと」 「あ! もしかしてわかった?」 「あのっ」  知ってたのか? 俺が告る前に? 「おい、澤田、星乃のこと困らせるなよな」 「困ってねぇよなぁ? って言うかお前だ、お前! いつの間にかそんな展開になってやがってよぉ。紹介しろ! むしろその子の友達を俺に紹介しろ! 誰なんだよぉ。俺の知り合い?」  あぁ、今、お前の目の前にいるよ。 「んー……」  真っ赤な顔をして、困った顔で、どうしようどうしようってソワソワしてる。 「教えろよー! むしろその子の友達を!」 「内緒」 「は? なんでっ!」 「その子すげぇ照れ屋なんだ」 「は? その子って、え? もうすでにくっついた?」  くっついた。つい最近な。 「展開早くね? つうか、星乃はそのこと知ってた?」 「あ、えっと」  知ってたもなにも、その相手が星乃だし。 「そんじゃーな。澤田」 「あ、おい、逃げんな」 「またそのうちなー」 「おーい! こらー! 穂沙ぁ」  話はここで終了。星乃がそのうち頭から煙だしそうなくらい、ショート寸前だったからさ。俺は星乃を連れてその場を離れた。澤田も車をそこに置いてまでは追いかけて来なくて、しばらくして立ち去った。 「……澤田と連絡取り合ってたんだ」 「! ごめっ、あのっ……うん。その……そしたら会社の飲み会以外でも間宮クンと……」  連絡取り合ってたのは知らなかった。まさか俺と会う機会が増えるかもとか考えてるなんて思わなかった。 「……俺に好きな子いるって、知ってたんだ」 「あ、うん……」 「その好きな子って、星乃でした」 「……」  駅前の一帯を抜けるともう人なんてほとんどいない田舎。先月までは鈴虫がうるさくて、先々月は蛙がうるさかった夜道。  デート中ずっと真っ赤だった。  女の子が隣にいたせいで果たせなかったお隣同士に再チャレンジするべく、今日の夕飯の場所を率先してリクエストした星乃。  俺の好きな子がどこかにいると思いながら。 「けどさ、そのー、あー、うちで家飲みとかしてる時、その話題出さなかったな」 「あ……それは……」 「それに」 「男子校では、その、してるって言ってたから、でも、なんでもいいから」 「……」  俺に誰か好きな子がいる、そう知っていても、それでも、俺のうちで飲んで、触れて――。 「間宮クンと……」  口下手なのに、澤田と連絡取って、俺と会える機会を増やそうとしたりなんかしてさ。 「その……」  俺、すげぇ、好かれてね? これ、めちゃくちゃ好かれてるじゃん。そう思ったらたまらなくて、ちょうど別れ道のとこ、右側の川へ下る方への道と焼肉看板の道、星乃んちと俺んちへの別れ道。  そこでキスをした。  触れて、角度を変えて、少し長めのキスを――。 「……ぁ、間宮、クン」  今日一番小さな声で星乃が、俺の名前を呼んだ声は。 「星乃」  甘くて、甘くて。もっと聞きたくなるくらいに甘くて。 「きょ、今日は、あの、ありがとうございました」 「うん」 「そ、それじゃ」 「うん?」 「おやすみなさいっ」 「えっ!」  甘かったから。 「えぇぇっ!」  この甘さの続きへの期待にうっとりしている間にさ。 「ええええええっ!」  星乃ってもしかして忍者の末裔? ってくらい、音もなく、ものすごい速さで、まるで蜘蛛の子を散らすように、その場からいなくなっていた。

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