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第35話 彼女サン

「どうよ? 彼女サンとは」 「………………」 「おーい、穂沙さーん、生きてますかー?」 「………………」 「死んでる。お前はもう死んでいる」 「って、うっせぇなぁ!」  急に俺の額を指で突き始めた澤田のその手を払って、でかい声をあげるとケラケラ笑ってる。笑った上で「バーカ」と意味もなく暴言を吐いてる。 「なぁんだよ。珍しく週末連絡してきたかと思えば、すげぇ、テンション低くてよお。彼女サンと喧嘩したんだろ」 「してねぇよ」 「んー……じゃあ、もう別れたとか?」 「別れてねぇよ!」 「あらま」 「けど……」  好かれては、いる。マジで。デートはもう五回した。明日が六回目のデート。  二回目が水族館。三回目が少し遠出して中華街デート。テレビで見て、めちゃくちゃでかい中華まんがマジで笑えるくらいにデカくて、その話を星乃にしてたら流れで三回目のデートの場所が決まった。四回目は映画館。初デートの時に見ようと思ってた映画がそろそろスクリーン小さいとこになりそうだしっつって、でかいスクリーンで見た方が絶対に楽しい系の映画だったから。  映画も見たし、王道水族館も行ったし、中華街デートなんかもしたし、五回目は、そろそろ宅デートって思ったんだけど。  ――ど、動物園に行きませんか?  そう珍しく星乃が提案したからそうなった。  どこ出かけようか? もしよかったら、俺んち、来る? ほら、もう外も寒くなってきたしって、話したら、慌てたように動物園に行きたいって言うから。  そんで、明日が六回目のデート。  今度こそ、宅デートって思ったのに。  ――買い物! に……あの……手袋、欲しくて……自転車……。  明日は買い物デートになった。  そりゃこれからどんどん寒くなる中、自転車で通勤してたら必須だろ。っていうか、去年どうしてたん? って思うけど。毎年新調してるのかもしんないけど。  とにかく明日も外デートになった。  んで、まぁ、ここまで来れば誰だって思う。  うちに来るの拒否ってる……よな。  六回目だぜ? もう付き合って一ヶ月になんじゃん。もうクリスマスじゃん。  あ! もしかして! クリスマスにタイミング合わせてる、とか?  ――あの……クリスマスプレゼントは……えっと。  なぁんて、真っ赤になりながら自分の身体に真っ赤なリボンを巻きつけ……。 「うおぉ! どーしたん? 急に」  そこまで考えて、おい! っていう脳内一人ツッコミを入れようと、飲み屋のテーブルに頭突きをしてみた。澤田が叫んで。  俺は案外痛かった額にしょぼくれて。 「っぷ、おっまえ、一人百面相? 別れてねぇけど、点、点、点、で急になんで、テーブルに頭突き? どうしたわけ? この俺が話聞いてやっから」 「……別れてねぇけど」 「ねぇけど?」 「ねぇけど! なんか、避けられてるっぽい」 「じゃあ、嫌われてんじゃん」 「嫌われてねぇよ! デートの時はすげぇいい感じだし。あんま喋んないんだけど、デート中は嬉しそうに、ポツポツ喋るし。俺見ると赤くなるし」 「はぁ……」 「ただ、うちに呼ぼうとするとビミョーんなる」  キスも隙あらばするけど。拒否られたことはない。むしろ、はにかんでるし。照れてるし。可愛いし。 「んだよ。ただのラブラブ、バカップルじゃん」 「……けど」 「つうか、お前がそんなに色々彼女とかのことで考えてるの初めて見たかも」 「は? そうか?」 「あぁ、初めてだろ。もっとパーっと付き合って、ガーっといったじゃん。だからこのノリ初めてだぜ?」 「初めて……」  それは、きっと、星乃もだ。  きっと星乃こそ、「初めて」だ。 「向こう、初めて付き合うんだ」 「マジか。じゃあ、それだ」 「……」 「ゆっくり大事にしてやれよぉ。初めてなら、尚更さ。相手がお前じゃ、不安にもなるだろーが」 「はっ?」  でも……そうかもしんねぇ。  星乃にしてみたら、全部が初めてなんだ。一個一個、そりゃ戸惑うだろうし、慌てたり焦ったりするだろ。 「よーし、そんじゃあ、もういっぱいお代わり」 「どっちのおかわりだよ」 「いーっぱい! 明日のデートにお前が遅刻するくらい」  しねぇよ。そう言って、俺もレモンサワーをおかわりした。  明日のデートで手袋買って、そんで、もう一回、誘ってみよう。六回目のデート。付き合うようになって一ヶ月と半分。そろそろやってくるクリスマスに合わせてでもいいし、好かれてはいるんだ。そのうち、って、あんま焦らず。星乃のペースでさ。  抜き合いなんて誤魔化さずに。  好きだっつってさ。  真っ赤になるだろう星乃を誘おう。 「はぁあああ、酔っ払った」 「おい、澤田、お前、代行頼んだんじゃねぇの?」 「頼んだぁ」 「ったく、どこに呼んだんだよ。ここでいいのか? お前、毎回代行頼むってリッチだな」 「ここでオッケー。その代わりに激務だけどなぁ」  澤田がフラフラとガードレールに腰掛けた。時計を見るともう十二時を過ぎてる。もう星乃は寝た、かな。寝たよな。明日、買い物行った後、うち来ない? って言ってみたかったけど、もう寝てる時間だろ。 「あれぇ? 澤田と間宮じゃん」 「! あ、ヒナだ」 「わー。久しぶりぃ」  田舎だから遊ぶところなんて限られてて、たまにこういうハプニングにも遭遇する。  声をかけてきたのはヒナ、同じ中学出身で、澤田の元カノだった。びっくりするくらいに中学の時と雰囲気が変わってた。高校の間は会ってなかったから、まるで別人みたいに大人っぽくて。澤田も元カノの大人びた感じにかなりびっくりしてる。 「なに? まだ一緒に連んでんだ?」 「まぁな。あ、ドーモ」  澤田がめざとく隣にいる女の子にも挨拶をすると、ヒナとは少しタイプの違ってそうな子がペコリと頭を下げた。同じ職場の子らしい。今、会社の飲み会が終わったところで、帰ろうとしてるって聞いて、澤田が酔ってなかったら送ったのに、って。 「澤田はホント、女子に手を出すの早いから、マジで」 「そういうのじゃねぇから。あの、俺、マジでそういうのじゃないんで」 「彼女は真面目だから、澤田は来んな」  付き合ってた頃のノリのまんま、駅近くで騒いでたんだ。代行のドライバーさんが来るまでの間。四人で、路上で。 「…………」  そしたら、星乃がいた。  小さなビニール袋を持って。  澤田とヒナの笑い声に向こうが顔をあげて、俺を見つけて、そんで――。 「ちょっ!」  目が合った。 「なっ!」  目、合ったら、なんでか星乃が走った。 「穂沙?」 「わりっ! あー、えっと、また、そのうち!」  マジダッシュで。  なんか、走って逃げてった。  そんなの、追いかけるだろ?  俺を見つけて、目を丸くして、けど、その目をぎゅっと細めて、ぎゅうううって腹んとこを手で押さえながら、走り出されたら、追いかけるじゃん。  どこ行った?  なんで、マジダッシュ?  なぁ、星乃。  澤田とだって知り合いになったじゃん。別に、あそこでマジダッシュで逃げることなんてなくね? 「あークソ! どっち」  駅を離れて、めっちゃ走って。多分、自分ちとは逆方向には走んないだろ。駅前に買い物に来てたんだろうし。だから、とりあえず帰り道を走って、走って。 「はぁっ、はぁ」  腹めっちゃ痛いけど、走って。 「なぁ……」 「!」  ホント、ここのボーリング場、謎じゃね? 「星乃」 「!」  なんで金曜の夜なのに、今日は車さえ止まってねぇの? けど、そのおかげで、すぐに見つけられた。 「はぁ……急に走って、腹痛い」  あの日の夜みたいに、ここにうずくまって小さくなってる星乃を、すぐに見つけられた。

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