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第37話 知ってるよ

 ゆっくり行こうぜって、マジで思ってた。  ホント。  マジで。  そーゆー邪な計算はマジで全然してなかったよ。そーゆーっていうのは、つまり、家族のいない家で家族のことを気にせずたっぷり好きな子とあれこれしまくり……的な計算。  いや、マジで、マジで。 「マジか……」  家に帰ったら、誰もいなかった。一軒家だから真っ暗だった。寝てるのかなとも思ったけど。帰宅するとだーれも本当にいなかった。 「なんか、じーちゃん家で飯食って、そのまま親父が寝たから、面倒で二人して泊まるらしい……メッセージ来てた」 「あ……そう、なんだ」 「妹は……多分友達んち、かな」  うち地元民だからさ、じーちゃん家もすぐ近所なんだ。歩いて五分くらいのとこ。で、飲むの大好きだから、多分、じーちゃん家でも酒盛りしてそのまま寝たんだろ。 「けど! あれだから! 知ってたわけじゃねぇからっ」  親がいないならウシシシ……なんて思ってねぇからって慌てつつも、静がもう何度も来たことのある自室へと案内する。 「待ってて、酒となんかつまみ持ってくる」 「あ、うん」  なんで、このタイミングでいないかな。ゆっくり行こうぜって決めたばっかで、この家族全員不在とかマジでさ。狙ったみたいになってんじゃん。別に、いや、本当に、今すぐとかじゃなくても、静のタイミングで合わせるって思ってるのに。これじゃ……まるでさ。 「お待たせー、って好きに座ってていいのに」  部屋に行くと静がどこにどう座ればいいのかわかんなかったらしく、部屋のやや端に直立不動で立ってた。 「つまみと、それと、酒、つっても、あんまなかった」 「はぃ」 「甘い系のあるけど、足りなそうなら買って、」 「あっ!」 「うおっ! ど、どうしたっ」 「あの、手当ての、おばあちゃん!」  静がらしくない声を出すからびっくりすんじゃん。缶酎ハイを倒して、けど、まだ開ける前だったからセーフとか思ってたら、静がパッと表情を明るくした。多分、あの「手当」の言い伝えばーちゃんが! 実在した! とかって思ったんだろ。なんか、有名人にでも会えたようなテンションで、それがまた面白くて可愛くて。 「あ、そうそう、そのばーちゃんとこ」 「!」  そんで笑った。 「ご、ごめっ大きな声っ」 「いーよ、別に」  他の家族いねぇし。  静はつい自分のあげたでかい声に困ったように顔をくしゃりとさせたけど。 「飲もうぜ」  なんか、今、「あー」って思った。なんか、こういうとこが、めっちゃ好きなんだなぁって。一生懸命で、健気でさ。 「星、静は、グレープフルーツサワーと林檎どっちがいい?」 「あ、できましたら林檎が……」 「林檎好きだな。すげぇしょっちゅう林檎の買ってたら、うちのかーちゃんもハマったみたいで飲んでる」 「これ、お母さんの?」 「へーき、いいよ飲んで」  そういうとこが可愛いって思うんだ。 「いただきます……」 「ドーゾ、召し上がれ」  一生懸命さとかさ、健気さとかさ、そういうのって性別関係ねぇじゃん? 「流石に梨味は秋じゃないからなくなったっぽいけど、林檎のならまだあっからさ」 「うん、すみません」 「っぷ、敬語」 「だって、お母さんの」  女の子らしい可愛さとかじゃないとこで、静のことを可愛いって思ったんだ。 「いーよ。最近来ないねって言われたくらいだから、星、静の分って考えたんじゃね?」 「え……」 「まだ、ちょっと慣れないなぁ、呼び方」 「……ぁ」  いいなぁって思ったんだ。 「静」  静のこと。 「好きだよ」  好きだなぁって思ったんだ。 「あははは、告白プラス呼び方練習な。すぐに星乃って言いそうになるから、そのレンシュー、もう一本飲む? 持ってきてや、」  持ってきてやろうかって言おうと思った。 「ほ……ず……」  そしたら、静がクンって俺の服を掴んだ。 「穂沙、クン……」  まだ、慣れない。 「俺も、好き」  静に名前で呼ばれるのも、まだまだ慣れてない。  無口だから、ほとんど、「あ」とか「う」とかばっかだから、静に名前を呼ばれることがそもそも少ない俺は全然その呼び名に慣れてなくて、心臓バックバクになるんだ。 「俺も……」 「あ、あー、林檎の! と、あと俺ももう一個」  ゆっくりさ、初めてばっかりの静に合わせようぜ、って決めたばっかなのに、誰もいない家で二人っきりっつうことにめちゃくちゃ意識しそうになる。 「こ、後悔とか、しない?」  めちゃくちゃ、そんなことばっかで頭の中がいっぱいになりそうになる。けど、今日はゆっくり行こうって決めたばっかだから、できるだけその頭の中にいっぱいになりそうなことを払いのけて。 「その……」  押しのけて。ズズーって隅っこに寄せたりなんかして。  今日は静に合わせるって決めただろって、宥めてみたりしてさ。 「穂沙クン……」  それでも、頭の中がさ。 「俺、女の子じゃないよ」  静のことでいっぱいになる。  静とそのうち、いつかでいいからしたいアレコレで、いっぱいになりそうになる。 「穂沙クン……初めてじゃないでしょ? 俺、違うよ? ……その身体だって、声だって」 「知ってるよ」 「だから、途中でやっぱりって」 「ならないよ」  途中で萎えました的なこと?   女の子じゃないと無理そうです的なこと?  ないけど? 「……」 「男同士での仕方、調べたし」 「!」  そりゃ調べるじゃん。 「知ってるよ」  あれは、二回目のデートの後だ。ネットで調べたんだ。  どこをどうするみたいなのは知ってたけど、そんな簡単に大まかなことじゃなく。冷やかしでもなんでもないから、ちゃんとやり方調べたんだ。  段階踏んで、ちゃんと準備して、必要なものがあって、そうしないとできないってことくらいはベンキョーした。  色々あるんだなぁって思った。丁寧にしないといけないのもわかった。最初は上手にできないこともあるってわかった。まぁそうだよな。無理だよな。フツーそんなこと、入るようになってるわけじゃねぇじゃん。簡単になんて無理に決まってんじゃん。そう思った。  焦らず、最初はできなくても当たり前くらいのノリの方がいいとか。ちゃんと調べて知ってるよ。 「仕方」  知ってる。  男同士でするのが大変なのも。  静が女の子じゃないことも。  静がすげぇ真面目な奴なのも。 「ちゃんと、静とする方法、調べたよ」  こういうのが不器用で下手なのも、全部、知ってる――。

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