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38 俺は口うるさいお母さん

「ちゃんと、静とする方法、調べたよ」  男同士でする方法なら、ちゃんと――。  受け入れるようになってない身体でするから、ムードもすげぇ大事だし、準備も大事。もちろんすっごい準備をしても、お互いにしたくてしたくてたまらなくても、できないこともある。体調だったり、いろんなことで。だからもちろん、初めてでできないことだって大いにある――って知ってる。  ちゃんと勉強した。 「……ぁ、の」 「引いたかどうか、って訊きたいなら引いてない」 「……」  真っ赤になってる静が瞳を潤ませた。デートを今まで五回したけど、その五回の中でこんなに切ない感じの顔をした静は初めてで、俺は、見惚れてた。ずーっと見ていたい。だから、すげぇ近くに引き寄せて、額をコツンってくっつけた。じっと見てたいから。いくらでも見ていたいって思ったから。  近くまで来て、そしたら、ゆっくり、ゆっくり、静が俺に。 「……穂、沙……クン、あの」  キスをした。  唇が触れて、ほぅ、って小さく吐息を溢して、そんで、メガネの奥で何度か瞬きをした。  あぁ、すげぇ。  どーしよ、これ。 「調べてく途中でそういう画像とかも出てきたけど、それは別に……なのにさ」 「?」 「静とキスしたら……勃つよ」 「穂ず……」 「心臓、バックバクになるくらい」  言葉が出てこなくなる。熱くてさ、身体の中が。そんで、心臓痛くって、喉奥がギュッてしまって、息ができなくなる。 「静と、したくなる」 「……」  耳の裏側に手を添えて、少し重たげな黒髪の中に指を入れると、クセのある柔らかい髪が指先に絡んで気持ちいい。静も気持ち良さそうに目を細めた。 「……ン」  小さく声をあげて、その声が恥ずかしかったのか俯こうとする静の邪魔をするみたいに、俺が身体を丸めて下から潜り込むようにキスをした。 「ン」  軽くないやつ。舌先を絡めて、そんで。 「ん……ン」  やらしいやつ。濡れた音がするような甘くて、濃い味の。ゆっくり、長く。 「んっ……ン、あっ」  唇を離すと、静が息を乱しながらギュッと掴まった。 「し、したくなる……の?」 「静と?」  コクンって静が頷いた。 「したいよ。そりゃ」 「っ」  したいけど、ゆっくりって言ったし。全然、我慢できないけど、全然我慢するし。だから、無理になんて――。 「こ、これっ」  そういえば、そんなの持ってたっけ。小さなビニール袋。うっかり忘れてたけどさ。その小さなビニール袋を俺と静の間に置いた。中には……。 「ひ、必要だからっその、ロー…………ション」  これを買いに行ってた? 夜遅く、駅前の薬局に? あそこなら二十四時間やってるから。つうか、あそこしか二十四時間のとこないし。  そんで、夜に買って、帰る途中に俺と澤田と、澤田の元カノを見て、走って。 「マジか……」  あぁ、もう、何それ。  一つ溜め息を溢して、項垂れると、静の肩に頭を乗っけた。目をぎゅっと瞑ればあの時のショックそうな顔をした静が思い浮かぶ。びっくりした顔してた。目を丸くして。そんで次の瞬間、見たくなかったって感じに目をぎゅっと瞑って、そんでマジダッシュで逃げた。  したいって思って準備してくれた。  でも、その俺が女の子といたから逃げたんだ。やっぱりって思って、自分じゃダメなんだって思って。ビビらせたのはごめんって思うのに、あの時、したいって思ってくれてたことがすげぇ嬉しくてさ。 「! あのっ」 「やっばい……」 「これは」 「静」 「これはっ」  また額くっつけて、今度は真っ赤になってる頬っぺたを両手で包んだ。 「すげぇ、嬉しい」 「ぇ?」 「ビビらせてるのかなって思ったから。けど、静もしたいって思ってくれたんだーってさ」 「!」 「けど、静はまだまだだな」 「え?」  待ってて、そう言って、額にキスを一個すると飛び上がるんだ。ただちょっと触れただけで、笑うくらいにびょん! って飛び上がる。その様子を眺めてから、二人でソファがわりに座っていたベッドを離れて、洋服ダンスの中にしまっておいたもの取ってきた。 「こっち、忘れてる」  ローションとゴム……のゴムの方。 「……あ」  静が俺を見上げて、真っ赤っかになった。なって、そんで、唇をキュッと結んだ。 「だから、ちゃんと調べたって言ったじゃん」  同性でする場合だって必要だろ? こっちもさ。 「けど、ビビったら言って?」 「……」 「即やめるから」 「……うん」 「我慢すんなよ?」 「うん」 「ぜーったいに」 「うん」  何度も何度も念を押した。  だって、見てたからさ、ずっと静のこと。 「ぜーったいに」  すげぇ頑張り屋でどんなしんどい仕事だって一生懸命に頑張るところを見てたから。こいつの性格知ってるから、だから何度も念を押して、押して。 「も、わかった」  静が困った顔でキスをして、この先の続きをせがむまで、口うるさい親みたいに。 「わかった……穂沙クン」  頬っぺたにキスをして、首のとこにもキスをして、静が小さく声を上げて。 「けど、マジで、ぜーったいに」 「っぷ」  始まりそうな雰囲気になりかけても、まだ何度も念入りに念を押す俺に、もうわかったってば、って静が笑った。俺もまた笑って、なんかこれからすることと、今のこの部屋の雰囲気が全然違うのにさ。  ムード作りも大事って、そういえばハウツーサイトに書いてあったけど、まぁ、人それぞれなんだろ。  俺らはこの笑いが溢れるような雰囲気の中で、全然ロマンチックとかじゃない空気感の中で心臓バックバクにさせながら、ゆっくり丁寧にキスから始めた。  キスから、セックスを始めることにした。

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