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第41話 幸せな朝

 初めて、した……わけじゃないけど、初めてした時よりもずっと緊張した。セックス、できたことに二人で嬉しくて笑った。こういうのは、初めてだった。 「お……はようございます」  二人で一個のベッドに寝た。 「おはよ」  静は真っ赤になりながら、チラリとこっちを見上げた。見上げて、昨日のことが本当だったんだと、今更実感したのか、目を逸らして俯いた。  しましたよー。  俺ら、昨日、セックスしましたよー。  って、心の中で言いながら抱き寄せた。 「ベッド、半分ごめんね。狭かったでしょう?」  腕の中から静の声がぽつりぽつりと聞こえて、静がしゃべると、懐がじんわりとあったかくなる。冬でも毛布がいらない気がするくらいにあったかい。 「全然、狭くないから、っつうか、平気?」 「ぇ?」 「ここ」 「ひゃっ」  抱き締めたまま、腰を撫でて、指で触れたのはお尻の割れ目の、ここ。 「あっ」  昨日、帰れなかったんだ。し終えて、息が整うまで抱き合って、そろそろ帰るねって静が起き上がった次の瞬間、よろけてそのままベッドから落ちそうになるから。 「そ、そんなの、それより穂沙クンの頭、たんこぶっ」  咄嗟に腕を引っ張って、落っこちないようにって引き寄せたのはいいけど。そのまんま、勢いで俺がベッドから落っこちた。ものすっごい「ゴンッ!」ってでっかい音を立てて床に後頭部から激突した。 「へーき、そんなに大事なものは頭ん中に詰まってねぇから」 「そんなことっ」  もう静が、そのやばいくらいにでかい激突音に慌てて、けど、腰がこんにゃくみたいになってるとの、メガネをしてないこともあって手がベッドの端で滑ったんだ。結局静も落っこちた。俺の上に。俺を下敷きにしたことにまた慌てて、けどやっぱ立ち上がれもしなくてさ。そんでそれじゃ帰れそうもないからって、うちに泊まった。 「頭空っぽになっても、別に、昨日のことだけ覚えてれば」 「……」  二人してさ、床の上で裸で抱き合って笑ったんだ。超笑った。大爆笑だった。 「き、昨日の」 「静の可愛いとこ」 「! か、可愛くなんてない」  事後? つうの? それがあんなに爆笑で、楽しくて嬉しかったのは初めてだった。 「あっ!」 「は、はい!」  ベッドの中なのに、静が俺の「あ」に返事をしながらビシッと背筋を伸ばして気をつけの姿勢になった。ビヨーン、って一本の棒状になった  そういうとこが可愛いんだよ。本人は気がついてないのかもだけどさ。 「可愛いのは女の子みたいにってことじゃねぇから。静らしく、可愛いって意味」 「お、れ……らしく」 「そう、静らしく」  真面目で、ぶきっちょでさ。 「あ、りがとう、ござ、います」 「いえいえぇ、あ、そうだ、今日どうする?」 「?」 「デート、手袋買いに行くって言ってたじゃん? けど、今日歩けなさそうじゃね?」 「あ……」 「?」  静がキュッと唇を結んだ。夜、寝るときに貸してやった俺の家着の裾をぎゅっと握りながら、俺の服も握って。 「あの、ごめんなさい」 「?」 「ホ、ホントは、いらない……んだ、手袋」 「……」 「去年、買ったのがあるから、う、ウソをついた、んです。外なら、その意識しないでいられる、から」  戸惑い混じりで言葉をつっかえさせながら、ぽつりぽつりって自白してる。 「意識?」 「そう、あの、二人っきりになると、その意識しちゃうから」  可愛い感じの自白。 「ごめん……静」 「……ぇ」  俺のシリアスで、神妙で、とにかく真剣に重苦しい声に布団の中で今度は身体を硬くした。 「実は、さ……」  息を呑んだのがこの距離だとすごく伝わってくる。それでも俺は構わず、重苦しい雰囲気をそのまま続けて。 「あ、あの」  戸惑う静に構うことなく告げるんだ。真実を。俺がずっと隠してた、嘘を――。 「男子校だと普通にするらしいって言ったけど、あれ、嘘だ」 「……ぇ?」 「抜き合い」 「ええええええええ?」 「っぷ、あはははは、しなくね? わっかんねぇけど、する奴もいるかもしれないけど、普通はしないだろ。うちの高校もほぼ男子校みたいなもんだったけど、そんなの誰もしてなかっただろ?」 「だ、だって」 「触りたくて」  俺もだよ。 「静に触りたくてこじつけました」 「! だ、だって」 「可愛いつったじゃん」  触りたくてたまらなかったんだ。意識? そんなのこっちこそしまくってたっつうの。 「え、えぇ?」  慌てた? パニクった? 「まさか信じて触らせてくれるとは」 「あ、あれは! その、だって、好、好きな人に触れるなんてチャンス」 「……」  静が一個自白したから俺も一個自白した。 「だから、嬉しくて……俺」  けどもう一個、静が自白したから、俺ももう一個……しないとフェアじゃなくね? って思って、だから、そうだな、なんかないかな。何か、静がびっくりするような、何か。 「すげー好きだよ」  これは驚くかな。 「こんなにめちゃくちゃ嬉しいって思ったのは、初めてだよ」 「……」 「めちゃくちゃ好き」 「ぁ……嬉し」  はにかんで笑うのが可愛かった。たまらなくて、キスをすると、小さく甘い声をこぼしてくれるのもまた可愛くて。 「静……」 「ぁ、穂沙、ク……ン、あ」 「ただいまぁ、あら? 誰か来てる? おーい! 穂沙ぁ!」 「「!」」  甘くなりかけた部屋の空気を、突然の親帰宅に静が大慌てでかき消してく。 「いるよー! 静が来てる」 「静? え、あら……」 「ちげーから!」  そっか。名前では今まで読んでなかったっけ。そんで静、じゃ女子っぽいか。名前が。 「星乃静!」 「あら、星乃クン……いらっしゃーい」 「お、お邪魔してますっ」  珍しい静の大きな声は慌てて、そんでひっくり返ってた。 「っぷ」 「……」  困った顔してる。それが可愛くてまた笑って。 「……びっくりした」  キスをした。 「静、真っ赤」 「だ、だって」  初めて、した。静とセックスを。二人でした初めてのセックスの翌朝はすげぇ冷え込んだらしいけど、俺らはちっとも寒さを感じないくらい抱き合って寝て起きて、笑って、笑いながら、また何度もキスをした。

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