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第46話 欲しいもの

 手袋を買いに行こう。 「あ、あの、でもっ、それじゃあっ」 「いーから」  今、欲しい物はないんだ。あるけど、ないんだ。ガキの頃みたいにどうしてもどうしても欲しくて、十二月になるのが待ち遠しくなるほど欲しくてたまらない「物」は特にない。いつか、欲しいなぁってくらい。  どうしても。  どおおおおしても、今欲しいものがあるとすれば、それは――。 「チャリ乗るっしょ?」 「あ、はいっ」 「じゃあ、こういうの」  丈夫な方がいいじゃん。そしたら、こういう方がいいと思うんだ。革の手袋で、裏地? っていうの? かな。内側の生地が柄になってて、チラリと見えるオシャレイズムがいい感じ的な。 「わ、かっこいいです」  けど、目が悪いから、手袋を差し出す度に目をぎゅっとしかめて険しい表情に一瞬なるのが面白かった。メガネはいまだにつけてないから。 「メガネ、かける?」 「あ……いえ……お手数じゃなければ、あの、このままが。緊張しなくて済むので」 「そ? そっか、じゃあ、こういうの」  次のを差し出すと、これはちょっと派手では……と、しかめっ面の後に苦笑いをこぼしてた。ボルドーカラーの革手袋。さすがに、これは、確かに。この手袋してチャリ乗って颯爽と出社する静はミスマッチ感がすごくて楽しそう。 「んー、じゃあ、これ」 「あ、それは素敵……た、高い! た、高いですよ!」 「そう? けど、ここのセレクトショップの人気あって」 「た、高いです! 俺が穂沙クンに差し上げるものならそれでもいいですけど、っていうか! 俺のじゃなくて、穂沙クンのを!」 「いや、俺は」  静は周りの商品の金額をチラリと確認にしては目を丸くしてた。そこにディスプレイされているコートの値段、マネキンが履いてるパンツの値段、中に着ているニットの値段、ブーツの値段。壇上に佇む真っ黒なマネキンが身につけている服のトータル値段を、パチパチパチパチと脳内電卓で静が弾き出して。 「ひぇぇ、え……」  って、小さく小さく悲鳴を上げた。 「こ、ここはさすがに」 「そ?」  そして、静が小さくなりながら、そのお店を出ると、はぁって安堵の溜め息を溢した。 「今のセレクトショップ、人気俳優とかめっちゃよく来るんだ」 「そ、そうなんです?」  お洒落な店で、店なのに、中庭があって、その中庭で買い物しつつものんびり寛げるって雑誌にもよく載ってる。 「じゃあ、別んとこにしよう」 「あ、あの、俺の手袋は別に……そうじゃなくて、穂沙君の欲しいものを」 「んー」  今日のデートは確かに俺の誕生日プレゼントを選ぶのがメインテーマだったんだけど、俺にとってのメインテーマは「デート」だったしなぁ。 「うーん」 「た、高いなんて、言っちゃったけど、でも、穂沙クンのプレゼントなら別に高くないので」 「うーん」 「本当に全然値段とか気にせずに」  言いながら、なんとなく歩き出して、それに静は合わせて歩き出す。欲しいものかぁ。今、欲しい「物」ってなぁ。 「あ、ちょっと待って」 「何か、ありましたか?」 「あ、違くてさ」  今、欲しい「物」じゃないけど、一人暮らしがしたんだ。 「この辺に住むつもりないけど、どのくらい相場違うのかなってさ」 「え?」 「家賃」  この辺の値段ってどんななんだろうって、ただの好奇心。実際に自分が見てるのは地元の田舎の一人暮らしの相場だからさ。 「うわっ、たっか」  そして、それこそ、さっきの静みたいに目玉が飛び出る高さだった。 「すごくね? こんなに高いんだ」  しかも部屋小さいし。これじゃ、ちょっと広いカプセルホテルじゃん。 「……」 「色々見てんだけど、どうしようかなぁって」  そもそもこの辺の都会で一人暮らしする予定はないけど、職場がこの近くとかの人はこの値段の家賃になるのかぁ、なんて呑気に眺めてた。 「少し奮発して、広めなとこもいいかなぁなんて」  車を買うとかも特にしないで暮らせてるしさ。そしたら、それもありかな、なんて。 「静も泊まれるし」 「……」 「あ、つうか、一緒に暮らすっていうのもよくね? なんて」  むしろ、それが良かったりして。そう思いながら、後ろに立っている静へ振り返った。 「……ぁ」  予想は真っ赤な顔をして慌ててる静だった。照れて、一緒に暮らす? とか? え? あ、あのっ、つって慌ててさ、動揺しまくりで、いつもしてるマフラーに顔を埋めながら頬っぺたを赤くする感じの静。 「それは……」  けど、振り返って、そこにいたのは不安そうな顔をして、腹んとこをぎゅっと手で抑えてる静だった。 「わり、腹痛い?」 「あ、いえ」 「いえ、じゃねぇし。痛いんだろ? どっか休む? っていうか、トイレとか」 「平気……」 「手当しないとじゃん」 「大丈夫だから」  俺は慌てて立ち上がると、静の手の上から手を重ねた。 「しんどい?」 「平気、あの、ここ、人がたくさんだから」  いつもなら、こんなふうに撫でてやれば大丈夫。すぐに頬は真っ赤になってそんではにかみながら「すごい……ありがとう」って俺の手を不思議そうに……。 「っ」  けど、もっこもこのマフラーにダッフルコートを着てても、静の手は冷たくて、冷や汗が滲んでた。

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