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第47話 手当て
週明け、静は会社を休んだ。
設計のとこに顔を出したら、静は来てなくて、栗原さんがインフルエンザだと教えてくれた。俺は昼休憩の時に、大丈夫? ってメッセージを送っておいた。返信が来たのは仕事が終わる定時刻を少しすぎてから。
――大丈夫、穂沙クンの誕生日プレゼントを買う予定だったのにごめんなさい。
そう、淡々と、いつも通りに文字だけの返信があった。
けど、その翌日も静は会社を休んでて。インフルエンザだからね、一週間は来ないんじゃないかなって栗原さんは言ってたけど、多分、そうじゃなくて。インフルエンザじゃなくて。
水曜日は定時上がりの日だから、俺は帰って、押し入れの奥から高校の卒業アルバムを引っ張り出してきた。静の住所が載ってるだろうから。そんで、それを見つけて。
仕事から帰って、そっからだから、遅い時間でダメかもしんないけど、でも、週末までなんて待てそうもないから。ちょっと出かけてくるっつって、家を出たのが六時ちょっと前、いつも美味そうだなぁって眺めてる焼肉屋の看板を通り過ぎて、しばらく歩いてからYの字になっている道を川の方へ向かって歩き出す。いつもはここで「それじゃあ」って静と別れるところ。こっから先にはあんまり用事がなくて、滅多に来ない。来るのは川で遊んだりとか、中高の時はバーベキューをしに、たまに通ったことはあるけれど。そこをしばらく行って、後は、家で調べておいた住所をスマホでナビしながら。
「…………ここ?」
辿り着いたのは一軒家だった。庭付きの普通の、けど、おしゃれな感じの。
夕飯時だったかもって思いつつ、それでも、顔だけでも見たくて。
「? はい」
チャイムを鳴らすと、女の人が出てきた。なんとなく静に顔が似ているのが不思議な感じがした。
「……どちら様でしょうか」
「あ、あの、俺、同じ職場で働いています。それから高校も一緒でした。工業の。間宮って言います。あの、しず、星乃クンは」
「職場と、高校が……間宮クン、ぁっ、ごめんなさい。どうぞどうぞ。上がってください」
「……すいません」
最初、少し怪訝な顔をしてた。けど、俺が同じ職場の人間だって、同じ高校出身だって話したら、ホッとしたように表情が変わった。
中に入ると二階へそのまま案内された。
「さっき声かけたから起きてると思います。どうぞ? ……静? 間宮クンがいらしてくださったわよ?」
『ぇ? え?』
「どうぞ。間宮クン、静は起きてるようなので」
「あ、すいません」
いきなり来ちゃったから慌ててるのか、バサバサと慌ただしい音がドアの向こうから聞こえてきた。部屋のドアをお母さんが開けてくれて、そんで中に入るとパジャマ姿の静がいた。メガネをかけて唇をキュッと結んで、真っ赤な顔をして。
いつもの困り顔をしてた。
「その……大丈夫か?」
「ぁ……うん。ごめんなさい」
「いいよ、寝てな? まだ結構腹痛い?」
「あ、ううん、大丈夫、今は痛くないから。ありがとう」
手当てたところで治らないかもしんねぇって思った。実際のこの前のデートではちっとも効果なかったし、そもそも効果があるのかどうかだってさ。
「前はこんなのしょっちゅうだったし。それにこれ、薬飲んだからって治らないから」
腹痛の原因は体調不良とかじゃなくて、ストレスとか緊張からだから、そのストレスと緊張の原因がいなくならない限り、腹痛は治ることがない。
「俺のこと、家族に話してたりしてたんだな」
「ぇ、あ、ごめっ」
さっきの様子。この茶髪は確かに静の友達にはいなさそう。けど、名前を聞いたことがあるんだろ。名乗ったら怪訝な顔が消えたから。
「いや、いいんだ。そうじゃなくて、ダメとかじゃなくて、お母さんが俺のこと知ってたっぽいから、そっかなぁ? って思っただけで」
「あ……うん、その」
静は一呼吸置いて、ベッドの中、掛け布団をキュッと握り締めた。
「さっき、言ったけど、前はしょっちゅうだったんだ。そのお腹」
「……」
「中学の時はそれが原因で学校休みがちだったし、行っても穂健室で休んでることが多くて」
痛いのやだなぁ、また痛くなるかなぁ、そう思えば思うほど、また痛くなる。今日は頑張れる気がするって思っても、ちょっとしたことで身構えて、痛くなって、それで……そんな繰り返しだったんだと小さく、呟いて、メガネをしていない静が自分の手元をじっと見つめた。
「けど、高校行ってからは大丈夫になって、仕事も毎日行けてて、だから、その高校から同じ間宮クンだからお母さんはホッとしたんだ、多分」
「そっか……」
「うん」
「その、けど、今、それ」
少し訊くのが怖かった。痛くなったのは急だった。俺が一人暮らしの話をした途端に、それまではいつもの俺の知ってる静だったのに、急に。
「俺が原因かなぁって」
もしもそうなら謝らないといけないって思ったんだ。そんで何が、痛くさせたのかって。薬じゃ治らない。気持ち的な、精神的なものだから。緊張とかストレスとか、原因はそういう類のもので、それがなくならないと治らない。
そんでその緊張とかストレスを俺が静に与えたんなら。
「ち、違う、そんなことっ」
静が慌てて、そんで身を乗り出して手をバタつかせた瞬間だった。
「!」
布団の中から雑誌がバサバサと落っこちたんだ。隠しておいた雑誌が。ほら、さっき部屋に入る時、バサバサって音がした。それはこの雑誌を慌てて隠してた音。
「……ぁ」
隠していた雑誌は、賃貸情報のだった。俺がうちに持ってるのと同じものあって、もしかしてそれで俺の一人暮らしの手伝いをしようとしてくれてたりして……なんてポジティブには考えらそうもなかった。
「……静、一人暮らしすんの?」
だって、静はその瞬間、腹をぎゅっと押さえて、苦しそうに目を閉じたから。
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