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第48話 馬鹿でもわかる
静が隠してたのは賃貸物件の載った雑誌だった。
「……静、一人暮らしすんの?」
訊くと、キュッと唇を噛み締めて目を閉じて。腹んところを痛そうに片手で押さえてる。腹痛の原因は緊張とか、ストレスとか。
「こ、れは……」
なんかさ、ここで、真っ赤になって、一緒に探したくてって言ってくれたらめちゃくちゃテンション上がってた。俺が一人暮らししたいって、ちょいちょい話してたのを聞いて、一緒に探してくれてたとか、一緒に住める場所を探してたとか、そういう感じだったらさ、めっちゃくちゃ嬉しくて仕方なかったと思う。
マジで?
って、笑って。
ありがとう。
って、抱き締めて。
そういうシュチとしてありえるじゃん? だって、俺もその雑誌めっちゃ熟読してっから。
それかさ。
俺は会社の近くで探してんだけど、静は? 駅前? いいよな。それはそれで便利だし。
つってさ、楽しそうな感じになれたのに。
「そっか……」
けど、そういうのじゃないんだって……。
「わ、わりっ、夕飯時に邪魔した」
だってそんな痛そうに腹んとこ押さえられたら、楽しい感じなんてしないだろ。ストレスか緊張、どっちかしかないんだから。
「あれ、会社はインフルってことになってるから一週間ヨユーで休めるぜ? その間にゆっくりしてな」
「あのっ、穂沙クン!」
「そんじゃー、お大事に、な」
デートの時に急に痛くなった。それまではすげぇ楽しそうにしてたし、笑ってくれてた。腹が痛くなったのは俺が通りがかった不動産屋の窓ガラスに貼られてた賃貸物件のチラシを眺めていた最中だった。
静も一人暮らししようとしてた。
けど、俺には話してなくて。
「俺も」の一言は言われてなくて。
なんか、つまりはさ――。
「おーい! 穂沙ぁ」
「……澤田」
「ういーっす、お疲れぇ、何してんの? こんなところで」
「……」
「今、仕事終わったとこ。今日は久しぶりの残業なし! お前は?」
「……ぁ」
「よーし、飲もうぜ」
「あ、いや、俺は」
「いいからいいから、ほら、乗れよ」
「……」
澤田はニカっと笑って、シートベルトをしたまま助手席に身体を乗り出して、ドアを開けてくれた。
「へー、彼女サンも一人暮らしを?」
「あぁ、けど、俺には隠してて、そんですげぇ気まずそうにされた」
「ふーん」
「なんか、それって」
「けどさ、お前、一緒に住むとか、マジですんの?」
「え?」
澤田は車の運転があるからって、メロンソーダを一口飲んで、どうしたってその甘い緑色のシロップ炭酸水とは相性の悪そうな唐揚げをパクリと食べた。
「だって、今後、別れるとかさ、あり得るだろ?」
「……」
「同じタイミングで一人暮らしの物件探しててさ、じゃあいいじゃん! ちょうどじゃーん! つって、一緒に住むとかノリで決めることでもねぇじゃん? 別れた時にビミョーだし、そういう話の展開になっても、先々別れるかもしんないとかさ、思うと、俺も俺もぉ、同じぃ、なんて言いづらくね?」
「別れっ」
「だって、まだ俺ら二十歳よ?」
「……」
「まだ先なんてわかんねぇじゃん」
「……」
昔、高校三年の時に付き合ってた彼女がいた。その子は工業の子じゃなくて少し離れた普通高校に通ってた。知り合いに紹介してもらって付き合ったんだ。
その子も就職組で、一緒に就活してたんだ。
その時、このまま社会人になっても付き合ってたら結婚とかもしたいね、って言われてさ。
俺は正直「…………ぇ?」って思ったんだ。まだ十八だけど? って、そんなことを言われてもなぁって思って、「そうだね」って答えながら、本気になんてしてなくてさ。だからその「そうだね」がやけに白々しくなったのを覚えてる。
本当にそう思ってなんていなかったから。
「それでなくたって同じ職場で顔をほぼ付き合わせてるわけだろ? 一緒に住んだら、それこそ四六時中一緒にいることになるし、そんなの飽きるかもしんねぇじゃん? お前がな。向こうじゃなくて。だから、一緒に住むとかリスクの方が多そうじゃん。家具とかどうすんだぁとか、別れた後のこと考えるとめんどくさ! ってなるっしょ」
今、澤田……。
「そもそもお前、そんなに長いこと誰かと続いたことないだろ?」
「ちょ、ちょっと待て、今」
「向こうにしてみたら、女の子大好きなお前が」
「ちょちょちょちょ、ちょっ、澤田!」
「あ?」
だって、今、お前。
「お前、俺の……」
今、澤田、俺が付き合ってる子が同じ職場って。俺、話したっけ?
「? 星乃と付き合ってんだろ?」
「は? はぁ? は? なんで、知って」
「だって、考えればわかんだろ。彼女ができたって嬉しそうにする割には写真すら見せびらかさないし、お前が言ってたんだろ? 彼女サン、あんま喋んない子で、けど、ぽつりぽつりとは喋ってくれて、そんで、お前を見ると真っ赤になるんだろ? まんま、星乃じゃん」
「……は」
「しかも、初めて付き合うっつってたじゃん。星乃じゃん」
「はぁ? なんで、お前っ」
「そんで、ヒナに駅前で会った時、星乃のこと追っかけてったじゃん」
あの時、静は初めてで、大丈夫かなって、すげぇ心配して緊張してて。
「星乃じゃん」
腹が痛くなるくらいで。
「馬鹿でもわかるっつうの」
女の子大好きな俺が自分とそういうことできんのかなって、すげぇ悩んでて。
「そんでさ、馬鹿な俺でもわかるもう一個」
「……」
「星乃はすげぇお前のこと大好きじゃん。それこそ、高校の時からなんじゃねぇの? そしたら」
けど俺にしてみたら、女の子大好きだった俺がそれ以上に好きな子と、えっちぃことできないわけがなくてさ。大好きな静と、めちゃくちゃしたくてたまんなかったんだ。
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