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第49話 溢れるくらい

「お前……っつうか、あの、俺がシズ、星乃とそうなってんの知って、ビビったり、引いたり……しねぇの?」 「あー?」  男同士だぜ? その……。 「まぁびっくりはしたけど、でも、俺のことじゃねぇし」 「……」 「それに、なんかお前が今まで付き合ったどの子よりも、星乃と付き合ってる今、めちゃくちゃ楽しそうにしてるからさ」  澤田は甘い甘いメロンソーダを飲み干すと、笑いながら溜め息を一つついた。 「それでいいじゃね? って思った」  楽しそうに笑いながら。 「あ、つうか、俺知ってたぜ? 星乃が一人暮らししようとしてたの」 「は? はぁぁ?」 「連絡先交換してあるつってたじゃん」  それは知ってたけど、そんなコンスタントに連絡取り合ってたのは知らなかった。なんだ、それ、なんで澤田にそんな。 「一人暮らししようと思ってるって、前に言ってた」 「なっ」 「そんで、お前も一人暮らししたいって話してたから、俺はてっきり二人で暮らすんだと思ってたぜ?」 「は?」 「星乃にそうすんだろ? って訊いたもん、俺」 「はぁ?」 「けど……」  静は、二人でなんて暮らさないですって、焦った返事がきたって澤田が教えてくれた。 「まぁ、理由はさっき俺が言ったこととかなんじゃねーの?」  まだ、俺らは二十歳だ。  結婚とかするとして、いつくらいなんだろうな。その、恋愛をこれからどのくらいすんだろう。いつかは「ゴールイン」するんだとして、それまであと何年くらいあるんだろう。  けど一年とか二年とかじゃないだろうなぁって思う。  そんで、これからたくさん恋愛をするんだろうなぁ、とも思う。  今、この二十歳で一生なんて決めるのはちょっとビビるし、これからだって色々変更してくところはあるんだろうなって思う。好きな食べ物、好きな映画、好きなグッズ、好きな……。 「特にお前、すげぇ女の子大好きじゃん」  好きな子だって、これから一年後、二年後、五年後、っていうか、もしかしたら半年後、好きじゃなくなってるかもしれない。 「星乃にしてみたら、それ、ちょおおおおお、不安なんじゃねぇの?」  他の子を好きになってるかもしれない。 「それこそ腹、痛くなるくらいに」  静以外の子を――。 「そんじゃあ、帰るとすっか。メロンソーダ飲み終わったし」  今まで付き合った子、みんな、ちゃんと好きだったよ。その時は本当にちゃんと好きだった。けど、確かに心変わりはしたし、別れた後、その時、すげぇ好きだと思った気持ちはもう俺の中にはなくなってたけど。ちゃんとあったはずの気持ちはもうどっこにもなかったけど。 「うわ、外、さみぃ」  会計を済ませて外に出ると、待ってましたって感じに冷たい冬の風が俺らに向かって吹き付けてきた。店の出入り口から店内に俺らを押し込むように。その風に肩を縮こめながら歩いて。 「そんじゃーな、穂沙」 「あぁ……澤田!」 「あ?」  澤田はすげぇ寒そうに肩を小さくさせて、背中を丸めながら、車通勤だから俺よりずっと薄着でこっちに振り返る。 「ありがとうな!」 「…………別に、俺はお前が星乃と付き合うの、キモいとか思ったことねぇよ! けど、そんな素直にありがとうとか言われるのは、キモいわぁ、あははは」  そして澤田は笑いながら、愛車に乗り込むと、クラクションを一つ鳴らして駐車場を後にした。 「……」  今まで付き合った女の子に持っていた気持ちはもうなくて、今、俺の中には静への「気持ち」がたくさんあって。ちょっと落ち着いて、こうしてその「気持ち」の輪郭っつうか、見つめてみると、たくさん思い出すんだ。溢れるくらいに山ほど思い出す。  ―― ……あ、間宮、クン。  静の困った顔も。  ―― へ……き、よっこいしょ。  頑張ってる顔も。  ―― 百十九番だよ。  いっつも慌ててる感じなのに、いざっていう時、俺よりも冷静なとこも。  たくさん思い出す。  ―― 俺の、男のお腹なんて撫でたりするの、イヤだろうなって。  イヤだって思ったこと一回もなかったよ。マジで、一回も。  ―― あの、本当に、ごめん。間宮クンだけでも戻っていいから。  女の子と飲んでる時、静が腹痛くなっちゃった時だって、飲み会なんてどうでもよくなってたし。全然、星野の方が大事だって思ったよ。  ―― 座ってるのに着席って言っちゃったりして、それにも慌てて、もうどうしたらいいのか……想像しただけで、お腹が痛くなりそう。  静と一緒にいるのすげぇ楽しかったよ。  めちゃくちゃ楽しくて、何話してても、無言でも、何でもかんでも……楽しかった。  ――間宮クン。  こうして、何もしないで自分の「気持ち」をゆっくり丁寧に見つめてみるとさ。  ――穂沙クン。  溢れるくらいに静の色んな顔を思い出す。どんだけ、お前のことばっか見てたんだってくらい。横顔でも斜め後の顔でも、なんでも。 「……さみ」  俺さ。多分、静が思ってる以上に、俺が今まで付き合った子たち以上に、ホント、溢れるくらい、静のことがすげぇ、好きだよ。  ――おやすみ。  さっむい、冬の星空の下、たったの四文字を俺は丁寧に丁寧に打って、真っ白な吐息を一つ吐いてから、静に送った。

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