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第50話 根性あります!

 俺はさ、本当に静のこと、好きだよ。そんな不安なんて持たなくていいってさ、思うけど。でも、それをどうやって証明すればいいんだよ。  あの心配事があるとすぐに腹が痛くなっちゃう静にさ、どうやったら信じてもらえんだろ。あいつの心配が消えて、緊張もなくなって、腹が痛くならないような証明。 「おやすみ」と静にメッセージを送って、「おやすみなさい」と返事が来たのは深夜だった。もちろん気がついたのは朝。  俺が寝てて気が付かない時間帯になるまで待っての返信だったのか、それとも。 「……おはようございまーす」  すげぇ悩んで悩んで、悩んだ末の深夜の返信だったのか。  設計のところに顔を出すと静の姿はなかった。当たり前……だよな。インフルって言って休んでんのに、すぐに出社できるわけがない。  もしかしたら俺の「おやすみ」でまた腹が痛くなったりしたのかもしれない。 「おや、間宮クン、珍しい人がいるな」 「……あ」  設計室の出入り口でまごついてたら栗原さんがやってきた。タブレットを片手に持って、にっこりと親しみやすそうな笑顔を俺に向けている。 「星乃クンなら来てないよ。インフルで今日もお休みだ」  知ってるよ。昨日会ったし。 「しばらくが来れないかもしれないなぁ」  知ってる。  栗原さんは通勤カバンを自分のデスクに置くと、パソコンのスイッチを入れた。確か、静のデスクはこの人の斜め前だった。私物を置いてる人も結構いるのに、静の机はカレンダー以外何も余計なものがなくて整然としてた。 「もしも図面で修正箇所があるとかなら、僕に言ってくれていいよ? 直しておくから」 「あー、いえ」 「そう?」 「はい。失礼しました」 「…………あ、ねぇ、間宮クン」  ペコリと頭を下げて設計室を出ると、栗原さんが追いかけるようにその設計室の扉のところから顔を出して、俺を呼び止めた。 「ちょっとだけ、いいかな」  そう言って、またにっこりと親しみやすい、静ですらホッとしてリラックスできそうな笑顔を俺に向けた。 「悪いね、製造は今忙しい?」 「あー、まぁ……いえ、そんなでも」 「そう? 星乃クンはそちらで大活躍できてた?」 「もちろんですっ」  そこだけはっきりと即答えたら、栗原さんは目を丸くして、それから「それは良かった」とあの笑顔に戻った。  初、だな。設計の栗原さんとツーショット、とか。つうか、なんで俺を呼び止めたんだろ。もしかして、インフルつって休んでるけど、本当の理由を見透かして、そんで俺に――。 「君らが入社してすぐくらいにね」  俺に、静のことをあまり構わないようにって言われるのかと思った。なんとなくだけど親しみやすい笑顔にちらりとなんでも見通せそうな何かが混ざっているように感じられたから。 「うちの女子社員が君のことを噂しててね」 「……はぁ」 「まぁ、うちの設計の女性スタッフは大人しい子が多いから」 「……はぁ」  それは、知ってる。設計室はいっつも息が詰まりそうなほど静かで、製造の現場の荒波の中で仕事をしている俺からしてみると、むしろその静けさが怖いくらいでさ。だから、穏やかだけれど、無言、ってわけでもない栗原さんに俺はよく質問をしてた。 「いつだったか、君が修正を依頼した図面を女の子が持って行こうとしたんだけど、君、失礼だけど、怒らないでくれよ?」 「……はぁ」 「うちの設計の女の子が持って行きにくそうにしててね」 「……はぁ」 「そしたら、星乃クンがその子に声をかけたんだ」 「……」  ――あの、大丈夫ですよ。間宮クン、すごく優しい人だから。その、俺、同じ高校出身なんです。優しくて良い人ですよ。  そう、俺を敬遠していた女の子に説明したんだそうだ。  俺は、もちろんそんなの知らないし、それが誰なのかもわからない。図面の修正依頼なんて何度もしてるから。  知らなかった。  当たり前だけど。  静が俺のことをそんなふうに誰かに話してくれてたなんて、知らなかった。 「珍しいなぁって驚いたんだ。星乃クンはそういう話題に自ら入っていくタイプでもないしね」 「……」 「でもすごく一生懸命に君の良いところをその子に伝えていた。少し意外だったよ」 「……」 「それから少し経って、社長が設計室に来てね」  今年は繁忙期に外部から派遣スタッフを雇うのではなく、自社内でどうにか賄いたい、設計から製造のヘルプは出せないか? って打診があった。  もちろん製造部が忙しいのなら設計だって忙しいに決まってる。けれど社長からの要望に応えないわけにもいかない。 「悩んでいたら、ぽつりと星乃クンが立候補してくれたんだよ」 「え?」  新人だからとか、そういう理由じゃなかった。 「非力だけれど、自分にできることがあるのならやりますとね」 「……」 「正直、無理じゃないかなぁと思ったよ。けれど、やりたいというから任せてみることにした。彼が自分の自信を持つ良いチャンスになるかもしれないと思ってね。途中、様子を見に一日体験したけれど、あれは大変だ」  ほっそい身体で、折れそうな腕で、でも頑張ってくれてた。 「きっと君がいたからやりきったんだと思ってる」 「……」 「君は星乃クンを理解して、そして、ちゃんと頼ってくれるだろう? 心配になることなんてなく、ちゃんと仕事を任せてあげる。それが彼に自信をあげたと思うんだ」 「あ、あのっ、でもっ」  それでもさ。 「よろしく……って、ありがたいんすけど、でも、俺は」 「……」  俺がそばにいるとあいつはまた腹が。 「あの……」 「そうそう、彼は少しナイーブなところがあってね。しっかり成長していると何度伝えても、いえ、まだまだです。すみません。って謝ってしまうんだ。たくさん勉強して、設計のことも学んで、頑張っているけれど、どこか他者からの言葉だけでは不安の方が勝ってしまうんだろう」 「……」 「でも意外に根性があるんだよ。僕なんかじゃ、製造のヘルプ、数日で音を上げそうだ。根性ないから」 「……」 「もしかしたら、君よりも根性があるかもしれない」 「……」  一人で入荷した機器チェックをずっとさっみぃ屋外で、頬っぺたに土埃くっつけてやってくれた。重たいものをあの薄っぺらい腹んところで支えて、どっこいしょってよろけながらも持って運んでくれた。どんな時も頑張ってくれた。  俺よりもずっと、いっつも。 「あ、あのっ、来週はあいつ元気に出社すると思うんで」 「そうか、ならよかった、ちょうど、新しい案件を彼に任せたいと思ってたんだ」 「そん時は是非、宜しくお願いします!」  俺よりもずっと頑張り屋で、一生懸命で。真っ直ぐで。 「こちらこそ、星乃クンを宜しく」  そんなところがすげぇって思って、そんな奴だから俺は。 「はいっ」  女の子が大好きだったはずの俺が、大好きになったんだ。 「あぁ、そうそう、一つ、彼の上司として気がついたことがあるんだ」 「え?」 「彼はね……」  そう言って、栗原さんはにっこりと穏やかに笑って、教えてくれた。

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