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第51話 家賃激安、二LDK

 月曜は、来れそう? そう日曜日の夕方、メッセージを送った。  返信が来たのはやっぱ俺が寝てる時間帯で、それがあえてその時間まで待ったのか、ずっと考えて考えて、ようやく返信したのがその時間だったのかは、やっぱわからなかったけど、俺はもう決めてたから。  月曜日、もしも静が会社に来なかったら、自宅に行って話そうって。だから、静がどこにいても、関係ない。 「おはよ」  俺は言おうって。 「……ぁ」  俺んちと、静んち、その二方向から道がちょうど合流するとこ。右が川へと下っていく静のうちのある方、左が俺の家とあと馬鹿でかい焼肉屋の看板がある方。  俺はそのY字路の合流するところで、静のことを待っていた。 「……ぁ……ぉ、はよう」  静が真っ白な息を吐きながらいつも通り自転車でやって来て、俺を見つけて、戸惑いつつ自転車を降りてくれた。 「あの……」 「すぐ終わる。五分で済むから」 「う、ん」  すげぇ真面目な静はちゃんと朝余裕を持って行動する。俺は徒歩だし結構ギリギリでも別に……って感じで。そういうとこも全然違う。 「……これ」 「……ぇ」 「受け取って、俺の新しいうちの鍵」 「……」  週末探して即契約してきたんだ。すげぇ良い大屋さんで、年末年始前にできるだけ早く引っ越しとかしたいってお願いしたら、契約した翌日には鍵をくれた。二本。 「持ってて」  俺のと、それと――。 「え、あのっ」 「これは俺がそうして欲しくて渡してる」  もしもここで一緒に探そうっつったら、静は色々考え込むだろ?  俺で良いのかな。  あとで後悔しないかな。  女の子とやっぱり付き合いたくなったりしないかな。  自分はいつか。 「俺が静に俺んちに来て欲しくて渡してる」  邪魔になってしまわないかな。 「だから、好きな時に好きなだけ俺んとこにいていいよ」  きっと静はそんな色んなことを考えて、考えて、俺がどんだけ言葉で伝えても、不安に腹んとこを痛くするだろ? だから、こうするのが一番だって思ったんだ。  俺がそうしたかったんだって一番手っ取り早く、そんで、一番静に有無を言わさず伝わる方法。 「静んちから歩いて五分」  俺がそうしたくて、俺が選んで、俺が決めた。そしたら、静が不安になる隙間なんてないだろ?  ―― 何度伝えても、いえ、まだまだです。すみません。って謝ってしまうんだ。 「駅から離れてるけど、新しくて、家賃も安い。部屋は二つ。二人で過ごしても全然ヨユー。家具は週末の間に見てきた、一人暮らし応援セットっていうのがあるからそれにしようと思ってる」 「……ぇ、あ、あの」  ―― きっと君がいたからやりきったんだと思ってる。 「俺が借りた」 「……」  ずっと一人暮らしがしたかった。けど、まだ場所すら悩んでて、うーん、うーんって、ずっとどうしようかなぁって。それは俺が住みたい場所が決まってなかったからだ。最善はどれだろうって考えて見つけられてなかったから、決められなかったんだ。  駅の近くが便利だけど、家賃高いし。家賃安いけど交通不便だし。色々「けど」「でも」がくっついてきてわからなかった。  一つ、一人暮らしがしたいはっきりとした理由を見つけられたらさ、すげぇ早く決まったんだ。 「静と少しでも二人っきりになれないかなって考えて、近くに借りたんだ」  今の俺が一人暮らしがしたい一番の理由は。 「その鍵は」 「……」 「お前の分」 「……」 「そんだけ」  君といたいから。そんだけ。 「そんじゃあ、行こうぜ、足止めして悪かったな」 「あ、あのっ」 「んー?」  ―― でもすごく一生懸命に君の良いところをその子に伝えていた。少し意外だったよ。  けっこう好かれてる自信は、けっこうあるんだ。だからあとは静の不安がなくなればいいだけのこと。 「あの、歩いていくと、少し、ギリギリになるかも」 「は?」 「その、五分、とちょっと話し込んじゃったから、あと、自転車なら間に合うけど、でも、穂沙クン、歩き……でしょ?」 「…………」  時計を見ると、まぁ、確かにちょっと、いや、けっこうギリギリだ。つうか、今日月曜日じゃん。 「あ! 朝礼!」 「あ、うん」  だから、始業ギリギリに会社に到着したってアウトなんだ。始業のチャイムと同時に朝礼が始まっから、つまりそこで「セーフ!」っつって辿り着いても、社長が朝の挨拶しちゃってるわけで、そしたらアウトなわけで。 「マジか!」 「ぅ、うんっ」  走らないとじゃん。今、すっげぇいい感じに鍵渡せたのに。 「あのっ、鞄! 俺の自転車のカゴに」 「あ! サンキュー! 助かる!」 「うんっ、あ、あと」 「何? 静? もしかして腹痛い? 手当する? トイレ?」  何この朝のバタバタ感。めちゃくちゃダサいんだけど。  俺は走って、その隣を自転車漕いで並走する静。どう見たって、遅刻ギリギリの社会人の慌ただしさそこにはなくて、今さっきの二人のいい感じな雰囲気なんて、どこ行った? ってくらいに皆無で。 「あ、えっと、違くて、あのっ、あのねっ」  隣を自転車で走る静がきゅっと唇を結んだ。 「あの、今週末、そのっ、一緒に、ママママママ、マグカップを」  平気? 噛みっ噛みだけど。舌噛んだりしてない? 「お揃いのを買いに、行きませんか? その、えっと、デートっ」 「……」  ――あぁ、そうそう、一つ、彼の上司として気がついたことがあるんだ。彼はね。 「デート、でっ」  ――自ら行動すると自信が持てるようなんだ。だから、面倒かもしれないし焦ったいかもしれないけれど、彼に少し任せてあげてくれないかな。  面倒なわけないじゃん。むしろ嬉しいに決まってる。 「もちろんっ!」  静からデートにこうして誘ってくれるなんて、嬉しいに。 「っていうか、二人乗りすればよくね?」 「だ、ダメだよ! 交通違反っ」 「っぷ、真面目」  嬉しいに、決まってるじゃん。

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