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第52話 無口なのに、静かなのに
一週間、宅飲みデートは控えてた。なにせ俺は荷造り作業があったからさ。引っ越しをできるだけ早くにしたかったんだ。俺の誕生日とクリスマスが来る前に一人暮らしを始めたかった。それに、静も忙しくて。あっちはほら、一応「インフル」ってことで一週間休んでたから、仕事が溜まってて、それに追われて忙しかったから残業もあったし、次の日も忙しいだろうから。
平気か? なんか手伝えることある? って、とりあえず訊いてはみたけど、俺に設計のCADソフトが扱えるわけもなくて。ただ応援するしかできそうになかった。
でも、静は嬉しそうに頑張ってたから、応援するだけくらいでちょうどよかったんだと思う。
やる気満々。
栗原さんが俺にもちょろっとだけ言ってたけど、何か仕事を任されたらしくて、それをやってやるぞー! って感じに、鼻の穴でっかくして製造にも営業にも自分から声かけて走り回って、色々訊いて頑張ってたから。
そんな感じの一週間が慌ただしく過ぎて行った。
「お、お待たせ、しました」
「おー」
待ち合わせたのはいつものY字のとこ。
久しぶりのデートにお似合いの青空を見上げていたら、のどかな田舎道、急いでいそうな足音が聞こえてきた。
「待、待たせちゃった……」
「んーん、待ってない、俺も今来たとこ」
現れたのは、いつものもっこもこマフラーにダッフルコート。通勤の時は自転車だけど、デートの時は歩き。鼻先を真っ赤にした黒縁メガネの俺の好きな子。
ホッとした拍子に眼鏡がずるりと鼻先を滑って、それを少し冷たさに赤くなった指先がクイッと持ち上げた。
「そんじゃあ、行こうか」
「あ、はいっ」
今日は来週から俺の一人暮らしのための買い物に行く。最優先で、最重要、購入アイテムはマグカップ。
「今日、買い物いっぱい」
「あー、そうでもないかも。食器類は実家がくれるし」
「そうなんだ」
少し残念そうだ。気合い入れて来てくれたんだろう。ちょうど製造部のヘルプに向かう時みたいに。よーし頑張るぞ! って、意気込んで来てくれた。
「毎日使ってるもんはそのまま持ってくつもりだし」
今、いつでもどこでも一生懸命な静はじゃあ今日の自分は何を手伝えるかなって、ぐるぐる頭を動かしてる。
「でも、これから使うものは買わないと」
今度は、俺の次の言葉に耳を一生懸命傾けてる……って感じかな。何か今日買わなければいけないものがあるんだなって、そしたら、それを一緒に選ばなければって、そんな感じ。
「おそろいの家着とか?」
恥ずかしがるかなって思ったんだ。けど、案外、嬉しそうで。
「あ、枕はもう一個いるかも」
お泊まり、には頬っぺたを赤くしてた。
「それからバスタオルとかも」
これにも頬っぺたを赤くしてる。
「あと、歯ブラシ」
そこには、照れ臭そうに笑って、はにかんだ。
無口なのに、ちっとも無口じゃない。
静かなのに、ちっとも無言じゃない。
今度は何か思いついたのか、ハッとしてる。
「あ、そうだ。軽トラとか借りたり」
「あー、いや、家具は直でアパートに運んでもらうし、俺の服とかしかないから、澤田に車出してもらう」
「あ、そっか……」
「土曜の朝から手伝いに来れる?」
コクコク頷いてマフラーにその頷いた拍子に顎が触れて、窪みができてた。
「あ、そうだ、あのさ」
「?」
「そんで、澤田が車で来てくれて、俺は荷物を詰め込んでから行こうと思ってんだけど」
「うん」
「家具の配送、朝一なんだ。できたら……」
今度はきっと目を輝かせるよ。
「俺、受け取り? しとこうか?」
ほら、ついに俺の出番だ! って、意気揚々とするんだ。この顔、よく製造で仕事してる時に見つけたっけ。「なぁ、星乃、悪いんだけど」っていうと、見えない耳をぴょーんと立てて次の指示を聞き漏らさないようにと細心の注意を払いながら、じっとこっちを見つめてくれる。
なんか、久しぶりだ。こうして静と話をするの。
静と話すのが好きなんだ。淡々としてて、短くて、けど、その言葉のキャッチボールが心地良くて。あ、あれに似てる。バレーボールとかテニスとか、ボールを自分から相手へ、相手から自分へ、ずっとずっと続けていけるラリーみたいな。一、二、三って数えていって、長くなればなるほど嬉しくなる感じ。
「マジで? 助かる。鍵、使って入ってていいからさ」
「……」
「静?」
ふと、その言葉のラリーが止まった。横を歩いていた静がもしかして腹痛くなったのかなって、家具の配送業者への対応とかに緊張したのかなって、見てみると……。
「静?」
嬉しそうにしてた。
「鍵、使えるって思って」
「……」
ポケットからとても大事そうに取り出したのは、俺が月曜日の朝、渡したアパートの合鍵。
それを見つめて、やたらと嬉しそうに笑うから。
「穂沙クン?」
あぁもう。
「反則……」
「え? あ、ごめ、やっぱり鍵は」
「そうじゃなくて」
可愛すぎて反則って思っただけなんだ。
早く、アパートに引っ越ししたくて、二人で過ごす時間が増えた毎日が待ち遠しくて、たまらなくなっただけなんだ。
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