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第53話
「えええええええ! 知、知って……」
静のめちゃくちゃ大きな叫び声がリフォームしたてで新品っぽい感じがする匂いの部屋に響いた。
「あー、知ってたけど?」
そんで、澤田の飄々とした声が返事をした。
俺はそれを黙って眺めてた。
静が黒縁メガネの奥で目をパシパシ瞬かせて、口を鯉みたいにパクパク開けてる。そりゃ、まぁ、わかるけれども。俺もつい先週、ファミレスで同じように口をパクパク開けて驚いたけど。
「いや、だって、フツー、気がつくっしょ。星乃、俺に連絡先教えてくれた時から、なんとなくそうかなぁとは思ってたけど?」
女の子と飲みたいわけじゃなさそうなのに、また飲み会に来たいと言ってたところから不思議だなぁと思ってたって。真面目そうで、大人しそうなのにやたらと積極的なような、女の子に対しては消極的なような。
「まぁ、確信持ったのは浮かれてるこいつを見た時だけどさ」
「えっ?」
そこで静が肩をキュッと縮こませて、テーブルの角を挟んで座っている俺の方を見た。
「……らしいよ?」
そうらしいよ?
なんか、俺が「彼女サン」設定で話し続けてたのがどう考えたって静のことだろって思った、らしいよ?
「……なっ」
今、俺らは引っ越しを終えて、引っ越し祝いを兼ねて鍋パーティーの最中。
引っ越しは一日で完了した。って言っても、家具家電は今日に合わせて配送してもらってたから。実家の自分の部屋から運んだのは衣類といくつかの本くらいなもの。ベッドも持参した。分解して、無駄にでかい澤田の車のシート潰せば乗っけて運べたし。それでも運べなそうなでかいのは、驚くことに自分たちで運んだんだ。焼肉屋の看板の横を通って、いつものY字路を右に曲がる出勤コース兼駅前へ向かう方面じゃなくて、左に曲がって静の実家から徒歩五分の俺の部屋へ。
静と二人で。
田舎だからさ、こんな木の板抱えて歩いてたって車はヨユーで避けてくれる。対向車線から車なんてほとんど来ないから。
静は少し恥ずかしそうだった。
まぁ、目立つから。でっかい床板を自力で運んでたら。
けど腹は痛くなさそうだった。何度か歩きながら訊いたけれど、大丈夫だよって小さな声が答えてくれた。
――車が通る時恥ずかしいけど、大丈夫。
そう言って。
――製造部の手伝いで少しは力ついたと思うし、へーき。
そう軍手が似合わない辿々しい手が床板をしっかり掴んでた。
「あ、あのっ」
「ま、いいんじゃね? 俺が好かれてたらちょっと困るけど、でも、別に男が男好きだろうが、人は人っしょ」
「……」
そうして引っ越し作業は無事完遂。
夕食は鍋用のスープに適当に三人で買ってきた食材入れて煮込んだんだ。
「本人が幸せならそれが一番っしょ」
澤田はそういうと、よくわかんねぇけど、これってよく食レポしてる魚じゃんって買ってきた「アンコウ」をパクりと食べてた。
「いやぁ、食った食った」
「今日はありがとな」
「おー、オヤクニタテテナニヨリ」
「っぷ」
「あ、あの、今日は、本当に……あの、これ引越し手伝ってもらったお礼……」
静が「ありがとうございます」って印刷されたポチ袋をそっと、靴を玄関先で履いている澤田に差し出した。
「いーよ、そんなん」
「でもっ」
「これは受け取っとけって」
俺に静がコクコクと頷いて、そうだそうだって、またそのポチ袋を澤田へと差し出した。流石に、土曜出勤だってめっちゃある仕事で、せっかくの珍しい週ニ休みのうち、一日をこの引っ越しに使わせたんだ。
「いーって、友達じゃん」
けど、澤田は受け取らず、にっこりと笑った。
「俺、けっこう給料はもらってるからさ。それより」
「……」
「穂沙のこと、頼むな」
「は、はい」
その元気な返事に、澤田がまた笑った。
「送るよ。澤田」
「大丈夫、車だし。あ、それとさ。もう女の子参加の飲み会誘えないから、また一緒に三人で鍋パしようぜ。おじゃま虫かもしんねぇけど」
「そ、そんなこと」
「あ、ちなみに、どっちからも恋愛相談受付っからさ」
「ありがとな」
「おー」
「仲良くな」
そう言って、澤田は手を振りながら自慢の、そんで今日一日大活躍した車に乗り込んだ。
仲良くな、だってさ。
「…………」
澤田はよく喋るから、その澤田がいなくなると急に部屋の中が静かになった気がした。
「…………ぁ、食器片付け……」
今日から二人っきり。
まるで歌の歌詞みたいだ。
もちろん、まだ静は実家暮らしだから、二人でここに住むわけじゃないけど、でも。
今日からは、二人でこうして過ごすことが多くなってく。そんで、その先には一緒に暮らすとかもありえて。
「食器片付け終わったらさ」
駅までは徒歩三十分以上。田舎の辺鄙なところのアパート。そんなところに住んだ理由なんて一つしかなくて。
「今日、泊まって……く?」
とあるご自宅までは徒歩五分。自転車も使う必要ないくらい、すぐそこに部屋を借りた。そんな理由はさ。
理由なんて、好きな子と一緒にいたいからなわけで。
「あ……」
手を繋いだら、キュッと指を握ってくれた。
「ぁ……ぅ、ん」
部屋を借りた理由の好きな子がコクンと頷いてくれたから。
「泊まり、ます」
俺は、俺らは、急いで新品のお皿を洗いにキッチンへと向かった。
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