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新生活編 1 ハルウララ、恋、ウフフ

 ハルウララ。  四月のポカポカ陽気で、あっちこっちで、隙あらばー! って感じにたんぽぽが咲き乱れ。オオイヌノフグリが辺りを青く……って、あんまそこまで、ほら、あの有名な青い花みたいに一面を青くは染め上げてねぇけどたくさん咲いてて。  俺、花には全く詳しくないんだけどさ。たんぽぽでしょ? それから薔薇、百合、チューリップ。あと、桜に梅も……あ! あとヒヤシンス。それから、小学校の時に世話しまくった……向日葵! 紫陽花も知ってる。案外知ってんな。花の名前。レアなところでホウセンカとかも知ってる。けど、まぁ、花には詳しくない俺でも一発で覚えた奇抜な名前。  オオイヌノフグリ。  あんなに小さいのにオオイヌ。  そんで、フグリ。  フグリって……。 「……フグ」 「フグ、食べたいの?」 「!」  俺の考えてたことの断片がぽろりと口から零れ落ちて、それを聞き取っちゃった静がキョトン顔でこっちを覗き込んできた。  フグ、リ、まで言わなくてよかった。つか、フグリって意味わかんのかな。静は。 「あ、いや……」  週末は、俺の部屋に来るのが通常通りって感じになってた。  デートに出かけたてから、うちでまったりって日もあれば、今日みたいに一日部屋でまったり映画を見たりって日もある。今日は後者の方。俺らが今ハマってる海外ドラマの第七期を一挙見しちゃおうぜ、な一日。流石に七期ってなげぇなって思うけどさ、六期のラストに、ガッツリ続きますって感じの気になるラストを見せられちゃったら、借りちゃうじゃん。だってずっと一緒に仕事していたアイツがまさかの、まさかのー! だったんだぜ?  そりゃ借りるでしょ。 「穂沙クン疲れた? コーヒー淹れようか? あ、俺、そうだ。今日、新発売の期間限定の桃味ジュース持ってきた」  桃味って、可愛いな。 「待ってて」  君が桃みたいに甘いです、って、言ったらかなりクサいよな。  そんなことをハルウララの陽気に当てられたのか、桃味ジュースをグラスに注いでくれる静を眺めながら思ってた。 「今日はあったかいね」 「あー、そうだな」 「……穂沙クンのとこ、新入社員歓迎会、するんでしょ?」 「あー、うん。四月のラストの週にしようって話してっけど、わかんねぇ」 「……そっか」 「静んとこは?」 「うちのとこは……どうかな。皆、あんまりその話してなかったから」 「へぇ」  昨日は四月の一日だった。  新入社員の初出勤の日。  今年は総務以外、ほら、総務はそんなに人要らないような小さな会社だから、お局様と派遣の可愛い女の子がいるから大丈夫。新入社員が来たのはうちの製造と、静の設計と、営業のとこ。それぞれに一人ずつ。 「設計のとこに入った奴でっかかったな」 「あ、うん。百八十あるんだって」 「へぇ」 「しっかりしてそうだった」 「ふーん」 「…………穂沙クンのとこは……女の子」 「あ、そうそう、在庫管理とか頼むらしいよ」 「……」  いっつも繁忙期になると多部署から助っ人を呼んで、やってもらっていた業務を常にその子にお願いすることにするらしい。在庫の管理と入荷した部品のチェック。それから細々した仕事。力がなくてもできるようなことを頼むことになるんだってさ。 「……その」 「?」 「か」 「蚊?」  うちみたいに小さな町工場じゃ、髪の色なんてそんなに色々は言われない。もちろん一流企業とかじゃ全然ダメなんだろうけど。俺も全然髪色、明るいし。だから、新しく今日から入った女の子も茶髪で、毛先がクルンクルンしてた。 「可愛い……感じ」  可愛い感じの子だったっけ。 「なんか、明るい感じで、その」  人見知りしない感じだったな。男ばっかの職場で全然フツーに皆に話しかけてたし。 「可愛いかった」 「……っぷ、それ二回目」 「!」  まぁ、可愛いんじゃん? モテキャラっぽい感じはあった、かもな。陽キャって感じ? 「っ」 「穂沙クン?」 「な、んか、急に腹が」  ぎゅーって腹のとこを手で押さえてみた。 「え? え? 痛いの? お腹?」 「ン……なんだろ、急に、だから手を」 「あ! ちょっと待って! 俺、胃薬持ってる。もしも、穂沙クンがそばにいない時のためにって」  うわ、何それ、すっげぇ嬉しい。俺、なんかさ、静にとっての必需品感すごくね? いないとダメなんじゃん? 「これ! 水なしで飲めるから! 空腹時も大丈夫だから」 「あ、いや」  あ、すげ、心配してくれんのすっげ嬉しいんだけど、あ、あの、そんなぐいぐい人の口の中に薬を押し込もうとするのは、あまり、良くないんじゃないかな。 「飲めるから! あ! 無理なら、この桃味ジュースで!」 「あっ……」  ナイスタイミングの桃ジュース、じゃなくて。 「あ、わり、腹痛、嘘」 「…………え?」 「エイプリルフール」 「えぇぇぇ? エイプリルフールは昨日だよ」 「いーの」  つうか、腹が痛いから手を貸してよって言って、押し倒そうと思ってたのに、胃薬とか常備してて、しかもそれをぐいぐい飲ませようとするとかさ。 「静をさ」 「わ!」  可愛いくね?  俺の好きな子。  可愛すぎだろ。 「押し倒す理由作りたかっただけだから」 「……」  こんな可愛い子、隙あらば押し倒したくなるだろ。 「あっ……ン、あ、の、穂沙クン」 「?」 「窓、閉めないと」 「!」 「俺、声我慢できないから」 「すぐ! 閉めます!」  ハルウララ。 「ン、あ……穂沙、クン」  春は恋の季節でしょ。

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