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新生活編 3 カノジョさん

 ちょっと早いかな……とも思うんだ。  静にしてみたら初めての、ってことだからさ。さすがに付き合ってまだそんなに経ってないうちに同棲っつうのは……。  でも、社会人だし?  前は一人暮らしも考えてたわけじゃん?  それなら家を出るっつうのはアリなわけだろ?  じゃあ、一緒に住んじゃう?  みたいな?  感じで?  言ってみたり、なんかして。  だって、週末ずっと一緒にいてさ、ラブラブな訳だから、映画デートだってめちゃくちゃ楽しかったしさ。映画見終わって、もう二人して大感動の大興奮で、そこの映画館のグッズ売場に吸い寄せられるように寄っちゃってさ。お揃いのシャーペンとか買っちゃったりして。  あ、つうか、あの時、グッズ、キーホルダーにしたらよかったかも。  これに同じ鍵付けようぜ?  え? なんで? 穂沙クン?  っつって、キョトン顔の静に。  そんなの……決まってるじゃないか……フ。  なんて、俺が言っちゃうわけだ。  えぇ? 穂沙クン! それって! まさか!  あぁ……静、俺と一緒に暮らそう。  穂沙クン……俺、嬉しい!  って、若干、キャラにズレが生じたけど、でもそういう展開に持って……はいけないか。難しいか。でも、映画デート終わって、うちに来てさ、二人で夕飯作って食って、風呂だって入ってさ。もうそんなの寝る場所が違うだけじゃん。そしたら寝る場所も一緒にしちゃっても問題ないっしょ。  ないっっっっしょ。 「……うん」 「え? ここに書くんで大丈夫ですか?」 「あ?」  ふと話しかけられたなと顔を上げると先週の金曜日の一日だけ出勤した新人の女の子がこっちを覗き込んでいた。  そうだ。  俺、とりあえず月曜日にやらないといけないことを教えてたんだっけ。そんで、これ、静にも教えてたなぁって思い出して、あの時のテンパり具合とか、それでも一生懸命にやろうとしてるところとか可愛かったなぁ、って考えたら、なんか、同棲のタイミングのことに思考が行ってた。 「あーいや、これに直接書いちゃうとダメなんだ。まずコピー取って、それからやる感じで」 「あ、はい、あ……コピー用紙ない、です」 「それストックあっち。あ、いいよ、俺、取るから」  小さな彼女が背伸びをしようとしたところで俺が手を伸ばした。紙の棚の上のところだったし、案外、紙の束ってさ、重いだろ。 「わー、ありがとうございます」 「いえいえ」 「そんで、そのコピー取ったら、これでチェック。あ、先に日付書いておくと」 「あ! それ、最近映画でやってたキャラの」 「あー、これ?」 「好きなんですか? 私めっちゃ好きで。映画見に行ったんですか?」  胸ポケットに入れておいた、買ったばっかのシャーペンに新人の女の子がぴょんって跳ねた。 「映画どうでしたぁ?」 「楽しかったよ」 「そっかぁ。カノジョさんと観に行ったんですかぁ?」 「あー……」  カノジョ……ではない、よな。静は男だし。  なんかさ、そのそういう時にさ、あれ、つまりはセックスの時に静が挿れられる側っつうか、女の子側っつうか、だからかな、「カノジョ」っていう呼び方に何か引っ掛かるんだ。  気持ち的に。  俺にとって静は静で。女の子「役」なんてして欲しいわけじゃなくて。静だから良いわけで。  つまりはカノジョって呼ぶことに抵抗を感じるっつうか。 「あ、カノジョさんじゃなくてお友達? さんと?」 「あ、いや、まぁ、カノジョ、かな」 「そっかぁ」 「あ、それで、このコピーでチェックをしてもらってもいい?」 「あ、はぁい」  でも、結局なんて呼ぶのが頭の良くない俺にとって一番しっくり来るのかわからなくて。恋人って呼ぶには、まだ俺がガキ臭いなぁって思っちゃって、結局、また「カノジョ」呼びで落ち着いた。  ふわふわな春風に、ふわふわな黒髪が揺れてた。 「しーずーか」 「わぁぁ!」  声をかけたら、どすん、って思いっきり尻餅をついて、その拍子に黒縁メガネがズレた。  お昼後の清掃時間、っていっても、そうみんなちゃんとなんて掃除しない。ただ足元の綿埃をほうきで掃いてお終い。  あとはゴミ捨てくらい? 外にゴミ置き場になってる倉庫があるからそこに捨てるってだけ。  このくらいの季節は外に出ると気持ちが良いから率先してゴミを捨てに来たら、そんなふわふわな黒髪を駐車場で見つけた。 「わり、びっくりさせた?」 「あ、ううん。あの。この草が抜けなくて。引っ張ったら」 「っぷ。すげ、葉っぱだけ千切った?」 「あ、本当だ」  引っこ抜けて尻餅をついたのとか、可愛いって笑ったら、真っ赤になった。  だって、可愛いじゃん。  誰もこんな面倒臭いことしないのに。俺だって、しない。そもそも車通勤組じゃないのに駐車場の草むしりなんてするわけない。でも静はやる。そういうとこも好きだなぁってさ 「これは抜けなそう」 「う、ん」 「俺も手伝うよ」 「え、い、いいよ。手、汚れちゃう」 「いや、製造やってたらもっと手汚れるから。っぷは、これ、すげ。大根みたいな根っこ」 「わ、ホント」  二人で笑いながらなら、草むしりも全然面倒臭くない、そのくらいに、静といれたらさ、なんでも楽しいんだ。  だから、きっと一緒に暮らしたら、本当に最高なんじゃないかなぁって。 「……映画のさぁ」 「?」  キーホルダーにしとけば、あの展開に持って行けたなぁって。 「グッズ買ったの、キーホルダーにすればよかったよなぁ」 「……ぇ」  そしたら、ここに同じ部屋の鍵をくっつけられるだろ?  そう言って、話を切り出せるなぁって、ふわふわな春風の中、思ったんだ。 「そしたら――」  ふわふわに揺れる静の黒髪に見惚れながら、そんなことを思ってた。

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