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新生活編 4 オージェイテー係なもので

 日増しにマシマシになってく一緒にいたい欲。  もう最近じゃさ、週末だけじゃなくて、平日もいかがですか? なんて思うほどには、俺の中で静と一緒にいたい欲が高まってて。  週のど真ん中のノー残業デーな水曜日もうちに来たら良いのになんて思ってみたり。けど、静の両親は急に外出の回数が増えて、帰りだってぐんと遅くなったことを心配してるかもしれないって。  うちの大事な息子に何やら悪い虫がついているんじゃないのか? なんて。  でも、それでもやっぱり一緒にいたいし。  一人暮らしをしたいと不動産の雑誌読んでたくらいだから、むしろ、毎週末帰りが遅いよりも出ちゃった方がいいんじゃないでしょうか。なんて自分にとっては都合のいい言い訳を頭の中にたくさん並べて、草むしりの最中っていう、すごくおかしなタイミングではあるけど言おうと思ったんだ。キーホルダーの話題からの同棲しませんか、の展開に持っていきたかった。  けど、結局、そこまで話を持っていけなかった。  ――そ、そろそろ戻らないと! 今日、午後からまた俺、OJT係なので!  そう言ってた。まぁ、俺もOJT係だから、戻らないといけないんだけど。  昼休憩の後、きっと仕事は何をしたらいいんでしょうかとうちの製造部に入った新人の女の子が手持ち無沙汰になってる。  助っ人できてくれてた、静とかに教えるのとは訳が違ってってさ、ものすごく疲れるんだ。わかりやすく仕事を教えるっつうの。新人は何も知らない専門用語とか使ってもちんぷんかんぷんだろうしって。 「っていうか、オージェイテー係って」  それを静が言うとなんか急に可愛い感じがして、思い出してつい笑ってた。 「あ、間宮、これ」 「?」  草むしりを終えて、新人を待たせてるだろう現場に行くと、同じ製造の先輩が何か紙を配り歩いていた。受け取ると、新卒歓迎会についてのお知らせだった。 「へぇ……新卒歓迎会、合同になったんだ」  製造部がやるんだったら、絶対にこんな紙は配らない。もう適当だから、週末のこの日、仕事の後、いつもの場所でってだけ。  その丁寧に日時と場所が書かれたお知らせの紙を目で追っていくと、下に、ポツンと名前が記載されていた。 「……って、幹事……静じゃん」  何か不明点がございましたら、幹事設計部星乃のところまで――。って書かれてた。  あいつ、こういうの苦手だろうに。  けど、断るの下手そうだから仕方なくとかなのかも。幹事とか頼まれちゃったなぁってさ。 「こんなの、あいつ大変だろ」  確かに総務以外、三箇所に新人が入ったら、それぞれでやるより合同の方が手っ取り早いけどさ。新卒同士で会社のこととか相談もしたいだろうし。  でも、会社で、ってなってさ、それを静が仕切るとかもう腹痛確定案件じゃん。  なのに、あいつ、何も言わずに一人で。  そういうのさっきの草むしりの時に言えばいいのに。不器用にも程があるだろ。一人で使ってもいないし、通りもしないはずの駐車場で一人で草むしりなんてして。幹事引き受けて。 「ったく」  だから俺も手伝うよって言いに行こう。草むしりだけじゃなくて幹事も。むしろ手伝いたいっていうか。新人の女の子には少し別の仕事を頼んで、急いで設計部に行った。いるはずだから。 「あれ?」  けど、設計部にはいなくて。 「あ、あの、設計の星乃は?」 「え? あ……いない……そしたら資料室かな。倉庫」  なんだ、よかった。幹事にオージェイテー係。もうすでに腹が痛くなったのかと思った。  資料室。  倉庫。  どっちなんすか。  なんて思いつつも会釈をして、今度はその資料室へ。  資料室ってことになってるけど、実際はもう使わなくなった図面や伝票とかが束になって置いてあるだけの小さな部屋だから。倉庫って言った方が雰囲気的には正解でさ。  何度か静とそこに入ったことがある。埃っぽいけど、誰も来ない場所。  ちょうどそこへ行くと静が倉庫から出てきた。で、そのまま俺が来た方とは逆の方へ、つまりは俺に背中を向けたまま歩いて行こうとする。 「……しず」  声、かけようよ思った。 「先輩」  思ったんだ……けど。  倉庫から続けて、もう一人出てきた。  まだ作業服が硬そうでしっかりとしている。 「あ、はい」 「あの、これなんですけど……」 「あぁ、うんと……えっと、これはね」  背の高い新人。  設計のとこに入ったって言ってた奴だ。四月一日の朝礼で三人、皆の前に並んで挨拶をしてた時も一人だけ頭がびよーんって飛び出てた。  顔は……まぁまぁ、かな。好青年って感じ。  静はそいつのオージェイテー係だから。 「なるほど、ありがとうございます」 「いえいえ」  当たり前なんだけど仕事を教えてる最中。  けど、あの緊張しやすい静が頬を赤くして微笑んでた。そんなに腹も痛くなさそうで、ほっぺたがピンクで、にっこりって。  どこも具合は悪くなさそうな笑顔。その方が断然いいのに。好きな子が腹イタなんてなって欲しくないのに。今、そう思ってない自分がいてさ。 「あ、でも、前の図面でね……」  なんか……すげぇ――。 「へぇ、そうなんですね」  すげぇ。

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