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新生活編 5 焼いたお餅じゃないですよ?

 百八十あるって……言ってたっけ。身長。  頭、絶対に俺よりいいはずなのに、俺よりも小さな顔、頭がたっかい身長のてっぺんに乗っかってる感じ。俺はチビではないけど、でもそんな、あんな、モデルみたいに背が高いわけじゃなくてさ。俺よりも小さな静はそれこそ、なんつうの? ちょうどいい身長差っていうかさ。  カレシカノジョ……っていうか。 「えっと、あの……だから、たまにこうして前の図面確認した方が良いんだ。パソコンのネット上にも残ってるけど、それにはメモとか載ってないでしょ? だから、わからなくなったら」  それに、静が普通だ。  こういう時、お腹痛くなりそうなのに。 「こうして、探してみると、書いてあったりするから、面倒だけどね」  いや、普通なのは良いことじゃん。いちいち、腹痛くなってたら仕事にならないし、静にとってもしんどいばっかじゃん? だから、良いことなんだけどさ。 「あと……」 「静!」  心ちっさ。 「あ……穂……間宮クン」  気持ち、ちっこ。 「あー、わり、ちょっと今、下で作業しててわかんないとこあってさ」 「ぇ? あ、うん。あ、えっと、こちらは、あの製造部の間宮クン、です」  百八十新人がにっこりと笑って、深くお辞儀をした。真面目そう。あと、やっぱ賢そう。まぁ、設計に入るんだから頭良いんだよな。  百八十新人はすらすらと緊張することもなく自己紹介をすると、また一礼をした。 「……ちわ」 「設計に入りました。これから宜しくお願いします」 「おー……」  そして、俺のこの態度。いや、普段ならもっと良い感じにできると思う。けど、今はあんまりそれが上手にできなくて。っていうのも、ほら、これはさ。 「あ、それじゃあ、僕は先に設計に戻ってます」 「あ、うん。俺は製造部に寄ってから行きます」  スタスタと長い足でかっこよく立ち去る百八十新人を小さな心で見送った。仕事は頑張れよーって感じで。 「あ、えっと、それで作業しててわからなかったところって」 「あ、あー」 「?」  首を傾げて、ほっぺたは……うん……しっかりピンク色。 「ヤキモチ」 「え? 焼き落ち? ぇ? 設計間違えちゃった?」 「あ! いや、そうじゃなくて、や!」 「や?」  一瞬、設計ミスで大変な惨事になったのかとたった今までピンク色だった頬が真っ青になった。 「き」 「き?」  それにしても聞き間違えがすごくね? ヤキモチがヤキオチに聞こえる静の天然っぷりがハンパじゃない。そういうの普通に可愛いからな。いや、俺がやってもただ「お前の耳どうかしてんのか?」ってなるだけだけど、静がやるとかなり可愛いから。もうそれこそ、本当に、可愛いから。 「も」 「も?」  俺が単語を一つずつ言うと、それを素直に繰り返すくらいの天然だから。 「ち」 「……ち」 「ヤキモチ、です」  そして、焼き落ちじゃなくて、ヤキモチって分かった瞬間に、ほっぺたは再びピンク色に戻ってくれる。 「静も新人の教育係なんだな」 「……はい」 「で、あの新人に普通に教えてるところを目撃して、腹痛ないのも、本当ならすっごいいことのはずなのに」  痛いのなんて可哀想じゃん。痛くない方が断然いいに決まってるじゃん。けど、それを喜べない小さな俺がいてさ。 「ヤキモチをして、割り込みしました」 「!」 「なんで、別に設計ミスで現場は焼き落ちてないし、全然問題ないよ。そんじゃーな」 「あ、あのっ」  あーあ、カッコ悪いよな。  そんなかっこ悪い俺を静が大きな声で呼び止めて、俺の作業服の裾を引っ張った。もう暑いから今日は腕まくりしてたんだ。だから、袖のところは持てなくて。裾のところをぎゅっと握ってる。 「静?」 「ヤキモチ……って、してくれた、の? 今の、その割り込んだの、とか 「? うん、そう、だけど」 「あ、あの……」 「?」 「お、俺も、ヤキモチ焼いてもいい?」 「へ? あ、うん」  そういうとこさ。 「本当に?」 「お、おぉ」 「じゃあ、ヤキモチ、そのうち焼きます!」  お餅のこと、じゃないよね? もうお正月終わってんもんな。だから、それって、ちゃんとジェラシーってことだよね? 「あ、あの、静」 「そしたら、また、そのうち」 「な、なぁ、なんかあったのか? 俺」 「大丈夫、です! その、電話とかじゃあれなので」  どれなんだろ。 「そのうち、ちゃんと焼きます」  お餅じゃなくて? 「焼いてくれてありがとう」  俺が焼いたのお餅じゃないよ? 「それじゃあ、頑張ります」 「……お、おぉ」  妬いた、なんだけど。なんか、静のテンションとまあるいほっぺたはどっちかっていうとお餅の方が似合ってる感じがしていた。 「あ! そうだ。静」 「?」 「幹事、俺もやるよ」 「!」  新人の教育係に歓迎会の幹事。どっちも苦手そうなのに頑張ってる静の力になりたいじゃん。 「ありがとう!」  それに、そんなに嬉しそうに笑ってもらえるとさ。 「おぉ」  俺の方が嬉しくなるんだ。ほら、おかげで、さっきまでヤキモチで小さくなっていた気持ちもスキップできそうなくらいに弾んでた。  そして、一緒にいたい欲がやっぱりムクムクと大きく育って、焼いたお餅みたいに膨らんで来てた。

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