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新生活編 6 控えおろう、控えおろう。

 幹事なら、ほら、ペア感あるから隣に陣取っても全然問題ないと思ったんだけど。静の隣に座れなかった。っていうか、設計の皆さんの粛々とした感じがものすごくて、騒ぐの大好きだし、そもそも騒がしくて雑多な製造との温度差がすごくて。  でも、まぁ。 「あ、ビ、ビール頼んだ方いらっしゃいますか?」  なんか好きな子の頑張ってる姿って応援したくなるっつうか。 「は、はい! 天ぷら盛り合わせです! とっても美味しいので熱いうちに召し上がってください!」  一生懸命に声出して忙しくしてる静が可愛いっていうか。 「はーい、こっちもビール届いたんでー」  場所は製造がいつも利用している近くの居酒屋。もう裏メニューまで知り尽くしてる製造部には幹事なんて必要ないくらいに手慣れた感じ。 「あー、えっと、カシスジュース頼んだのは」 「あ、はーい」  製造での飲み会では頼んだことがきっとないだろう、ノンアルコールの可愛い飲み物を差し出すと、新人の女の子がちょこんと手を上げていた。 「ありがとうございまーす」 「はい、ドーゾ」  あっちこっちと静は周囲に気を配るので大忙し。 「あ、はい。追加、今、頼んで来ますね」  ほとんど席に座れず動き回ってばっかな静を遮って、その注文用にと希望のドリンクをメモった紙を受け取った。 「俺が頼んでくるから、静もちゃんと食いな」 「……ぁ」 「空きっ腹に酒は酔うからさ」 「……はい」  宴会場用の大広間を出て、ふすまを閉じた瞬間、中の騒がしさから離れた感じがして、ふぅとひとつ溜め息をついて、添えられていたサンダルを足先に突っ掛けた。 「すんませーん、これ、宴会のとこのオーダーしたいドリンクなんですけど。もうそろそろラストオーダーです?」  まだもう少し大丈夫ですと言ってもらえて、そのメモを手渡して、そのままトイレへと向かった。  そろそろお開きだ。宴会は二時間。六時半からスタートしたから、終わるのは八時半。今の時間が八時をちょっと過ぎた辺り。  きっとこのあとは二次会、三次会コース。製造においては。  俺は……もちろん帰るけど。あの子、うちに入った新人の子は行くのか行かないのかわかんねぇな。一応声だけかけて、俺はここで退場だからって。 「あ、いた。間宮さーん」  必要ならタクシーでも呼んであげた方がいいかもな。女の子だし。 「幹事、大変そうですね」 「いや、慣れてるから。それより大丈夫? おっさんばっかで退屈じゃね?」 「えー、大丈夫です。間宮さんもいるし」 「あはは、そう? 俺、幹事で忙しいからさ」 「うん、だから少し、さみ、」  彼女が手を伸ばして俺の腕へ掴まろうと。 「カノジョ! いますよ!」  したんだ、けど。 「え?」 「?」  その俺と、彼女の手の間に、にょきっと生えるようにボールペンが出てきた。 「え、あの?」 「穂沙クンには彼女! います!」  にょきっと現れたのはこの間、一緒に見た映画のボールペン。まるで、控えおろう、ここに居られるのは……的な、あの、なんだっけ、定番時代劇で毎回ラスト十分前くらいに出現する、あれみたいに。ガキの頃、ばーちゃんがよくそれ見てたから。 「あの」 「そろそろお開きになりますので、幹事から締めのご挨拶をさせていただきますので、どうか、ご着席ください!」  そんな定番名シーンみたいにボールペンをかざして静が登場した。  ちょうど宴会がお開きになる十分前くらいに。  そして、彼女は「はぁ」って言いながら残念そうにその場から退場した。 「………………」 「しず、」 「はぁ……き、緊張したぁ。イタタタ」 「ちょっ、おい、大丈夫か?」  そう溜め息を盛大に零しながら、その場に腹を抱えながら静が座り込んで。 「腹、手当てする?」 「……平気、です。今日は絶対に痛くなるからってお薬飲んで来てるので」 「は? お前、そんな無理して」 「俺、ヤキモチ、しました」 「……」  俺もそこに一緒に慌てて座り込んだ。 「しても大丈夫って言ってもらえたので」 「うん」 「あ、諦めてくれたかなぁ」 「うーん」 「無理ですよね。穂沙クンかっこいいですもん」 「いやぁ」  控えおろう、この方には彼女サンがいらっしゃるのだ。このボールペンが目に入らぬか。 「はぁ、諦めてくれますように」 「大丈夫だよ」  控えおろう。  控えおろう。  そんでそこから始まる大立ち回り。毎週、同じ展開なのに、ばーちゃんは毎週見てた。まぁ、いわゆる王道展開ってやつ。 「俺はかっこよくはないし、静の方が断然かっこいいし、可愛いけど」  こっちは恋愛ものの王道展開って感じ?  いらないヤキモチ妬いて、たまにすれ違ったりしつつ、でも最後はやっぱり二人はもっとラブラブになる王道定番。 「俺は静しか見えてないからさ」 「……」 「好きなのは、静だし」 「……穂沙、クン」  それが一番さ、見てて気持ちいい展開なんだ。 「腹痛、どう?」 「あ……えっと、平気、です」 「そ? ラスト、幹事が締めの挨拶しないとだろ」  そんで、その王道展開のラストのラスト、最後はやっぱり仲良くキスをして微笑み合う、とかだろうから、早くそこに辿り着くためにも一次会幹事のお仕事を済ませようぜ。 「行こうぜ」 「は、はい」  早く二人になりたいから、テキパキ社会人の五分前行動ですつって、オージェイテー係の俺らは挨拶をしに宴会場へと戻った。

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