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新生活編 9 心ばかりの……
「なんかちょっと、これ、微妙な感じすんだけど」
「……そう? かっこいい……よ」
えー? そうかぁ?
「うん。だって、ついこの間だったじゃん。成人式」
そうなんだけどさぁ。でもなんかもうすでにツンツルテンって感じすんだけど。気のせいなんだろうけど。スーツなんて気慣れてないからさ。
「それにスーツじゃなくていいのに」
着てるだけで窮屈でさ。
新入社員の作業服着てるのと似てる。新品っていうのが滲み出てる。
「そういうわけにはいかないだろ」
「ただルームシェアする挨拶……」
最初が肝心でしょ。
だって大事な息子がルームをシェアするんだからさ。相手が変な奴だったらダメじゃん。
「……それになんだか……」
そこで、静が頬を赤くした。
「! 穂、穂沙クン?」
それが可愛くて、つい、さっきからネクタイを何度も結び直してる手を止めて、横でモゴモゴしているその唇にキスをした。
ネクタイさ、普段つけないし、高校の時は形とか適当だったし。そもそもネクタイをキュッと結んでなんてしてなくて、帰れば緩めて輪っかのままクローゼットに引っ掛けておくだけで。つける時はその輪っかに頭を通すだけで済ませてたから。かっこいいネクタイの結び方がイマイチなんだ。
「それになんだか、ですから」
それになんだか、結婚の申し出みたい、でしょ?
まぁ俺的にはその予行練習兼ねてる。
今はルームシェア、だけどさ。
静はそれを察知して頬を真っ赤にして肩をすくめた。
まだ二十歳そこそこ、まだ成人式だって終えたばっか。そんなんで将来のことを話したって、まだまだ信頼なんてしてもらえないでしょ。だから今はルームシェアをしたいってことにしようって、静と一緒に話したんだ。
家賃を半分にできるからって。
でも、いつかは……って考えてるよ。
静の親に、あの時はそう言いましたが――ってさ。
「よーし行くか」
「あ、ぅ……うん」
引っ越しは先週のうちに終わった。そうは言っても持ち込んだのは衣類とか本とかそういうものくらいでさ。っていうか自宅に設計ソフトの解説書とかが置いてあることに驚いたけど。勉強家だなぁって。
荷物の運び入れは澤田に手伝って貰おうかと思ったけど、大した量なかったから、二人で旅行用のカバンに詰め込んで、荷物を持ってきて終わりにした。澤田のところも今年新入社員がいたらしいけど、あまりに過酷な労働に入って二日で辞めたらしい。
引っ越し作業はすぐに終えて、そこから一週間は静は自宅で過ごしてた。
挨拶をしてからにしようって、それも二人で話して決めた。
「えーっと、菓子折りを渡す時は……つまらないものですが、ってあんま使わないんだってさ」
「うん」
「えー、けどさ、けっこうそれ聞く気がする。つまらないものですがって、ドラマとかでもそういうシーンとかなかったっけ?」
「ど、だろ」
でも言っちゃいけないらしい。つまらないものなら寄越すなってことで。まぁ、そう言われれば確かに。
「紙袋からは出して渡す。ほぉ……言う言葉は、心ばかりのものですが……とか、評判の品と聞きましたので」
うーん。
「っぷ」
「あ! お前、笑ったな」
「だって。どっちも穂沙クンらしくなくて」
「らしくないとか、らしいとかはいいの。社会人たるものマナーをなぁ」
「じゃあ、まず、歩きスマホ」
「……ぁ」
確かに。それはしちゃダメだよな。電信柱とかあったらぶつかるし。
「気にしないでいいよ、そんなに」
「そうは言ってもさぁ」
「だってもう何度かうちには来てるじゃん」
「だけどさぁ」
今、思い返して、何度か訪れた静の実家で、俺ってちゃんとしてたっけ? なんか、微妙だったりしてないかな。風貌が風貌なものですから。どうしても滲み出てしまうだろうチャラさが。
「うーん」
スーツが身体に合わないのかな。履き慣れない革靴がダメだったのかな。なんか、ほら、体質が静に似てきたっていうか、そういうとこが似てくるものなのかはわからないけど、でも、ほらほら、やっぱり。
「腹、痛い」
「え、えぇ? 大丈夫?」
「っていうか、静は平気なの?」
「うん。だって」
キャラ的にはこの緊張する場面で腹痛になるのは静の方じゃん。親がこのチャラい俺を見て、ルームシェアなんてだめですって反対したらどうしようってさ。心配と緊張で腹がぎゅうううっと。
「うちの親、穂沙クンとなら全然歓迎してくれると思うし。それにルームシェア、できるの楽しみだし」
静が真っ白で華奢な手を出して俺のお腹に当てた。
「大丈夫」
そして、静が嬉しそうに笑った。頬は桃の色。黒縁の重たそうなメガネの奥で目を細めて、口元をキュッと結んで、口角上げて。
俺の好きな笑顔。
「……楽しみ」
「静」
挨拶が終わったら、二人で「帰る」んだ。
うちへ。
朝起きたら「おはよう」って言って、食事の時は「いただきます」って言って。帰る家は一緒で。「ただいま」って言えば「おかえり」って。
「俺も……楽しみ」
菓子折り一つ渡すのにも、親への挨拶の仕方も、それからネクタイの結び方もまだ辿々しい。でも、一つずつ、二人でこなしていきたい。
「よーし! 紙袋からは出して、座布団に座る前に渡す。言葉は、えっと……」
なんだっけ。
「心ばかりのものですが、評判の味と聞きましたので、のどちらか」
「あ、そうだったそうだった。じゃあ、心ばかりの」
「うん」
辿々しくも二人でさ。
「心ばかりの」
「うん」
ハルウララ。
恋をしていこう。
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